第36話
修練場から兵舎に戻ってきた。
部屋に入り次第、リタは甲冑をどこからか引きずりだしてきた。
埃が少々かぶっているが、普通の甲冑だ。
……これがリタの甲冑か。
フルプレートアーマーのようだが、局所の金属が取り除かれ軽量化された甲冑。
女子には丁度いいだろう。
持たせてもらうと、大体20キロはあった。
重いのは重いのだが、着ればそこまで重量を感じないらしい。
ただし着るまでは大変だ。
手伝いが要る。
……そう、手伝い。
着替えに俺の力が必要なのだ。
……という訳で、俺はリタの着替えを手伝うことにした。
残念ながら下着から着替えを手伝う訳ではないんだけどな。
あくまで鎖帷子より上の甲冑装着だけを手伝うのだ。
「ほら、入れるぞ」
「ん」
「あれ中々入らないな」
「い、痛い」
「ほら、力を抜いて」
「む、無理に入れようとしないでくれ」
「いやほら、穴が小さすぎるからさ」
「……そ、そんなはずは。……っておい、金具外してないだろう」
「ああ、調節用のパーツがあるのね……はいはい」
ズボッ。
おお、入った入った。
なんてな。
実は調節パーツには気づいてたけど、ちょっとふざけてしまったぜ。
おかげで上半身の装備だけで10分も使ってしまった。
「……太ったのかと思った」
「おい、こんなにちんたらしてたら間に合わないぞ」
「そっちが甲冑の仕組みも分からないのに手伝うなんて言い出すからだろう!
ああ、こんな事なら普段から一人で着る練習しておけばよかった」
そんなこんなで全身の装備が完成する頃には、集合時間がかなり迫っていた。
「さあ、行くぞ」
「ああ」
俺はリタに貰ったローブをレザーアーマーの上に羽織る。
腰には街で売ってた安い短剣を二本差しておく。
用意しておいた保存食や水も、革袋に二人分突っ込む。
「どした、浮かない顔だな。怖いのか?」
「い、いや」
準備万端というところでリタの様子がおかしい事に気づいた。
リタは少し迷ってから、俺に近づいた。
「アズマ、最後の確認だ」
「なんの」
「ここから先は、本当にわたしのわがままに付き合わせる事になる。
ここに来て、嫌になったなら付いてこなくていい」
「……じゃあ嫌って言ったら?」
そう言うと、リタは打ちひしがれたような表情をした。
両手はぎゅっと胸の前で握られる。
ガーンという効果音が付きそうだ。
「……一人で、行く」
「そうか、冗談だ。ここまで訓練してきたんだ。約束だからな。何よりお前のために戦うなら気分は悪くない。戦う意気もばっちりだ」
「そうか……」
かすれる様に、よかったという言葉が聞こえた。
しかしそれは彼女の意に反した言葉だったようで、慌てて口を押えた。
「す、すまない」
「そんなにすぐ謝るなよ」
「すまな……分かった、ありがとう」
「おう」
そう会話を交わして、再びドアに向かう。
ドアを開けて、リタを先に通してやる。
そこで、ふと思った。
彼女こそ、大丈夫なのだろうか?
体は小さく、華奢で、性格も優しい。
戦闘向きではない。
なのに、俺を気遣って気丈に振舞っている。
でも、本心ではどうなんだと。
怖くはないのか?
迷いはないのか?
彼女の横顔に目が行く。
こわばっている。
そして、その両手は相変わらず強く握りしめられている。
足は、かすかに震えている。
……明らかに、落ち着いてない。
何が、「最後の確認だ」だよ。
そうだな。
ちょっと、ほぐしてやるか。
「リタ、待て」
「なんだ」
ドアを掴む手を離し、リタの両肩を掴む。
クルっと彼女の体を俺に向ける。
次いで、彼女の頭を俺の胸にうずめた。
体も優しく体に引き寄せる。
「なっ! なっ!」
ただただ、安心させるためのハグ。
できるだけ卑猥な感じは無しにしておく。
甲冑越しだしな。
唐突にハグをされて、リタは反射的に抵抗する。
だが次第に下心はない事を察したのか、動きを止めた。
なんなら、両手を俺の背に回してくる。
「嫌だったら後でぶん殴ってくれ」
「……」
リタの返事はない。
顔は俺の胸にあるから、顔も見えない。
首筋は真っ赤だが。
……ひとまず、ぶん殴られることは無さそうだ。
「もう、いい?」
少し経ってから、そう聞く。
そろそろほんとに集合時間超えそうだ。
「いや、もう少しだけ頼む」
「あ、そう」
「……」
「……まだ?」
「……」
「……もう時間が」
「……そっちからしてきたくせに」
ガバッと顔を上げると、リタは俺を突き放した。
顔は真っ赤で、少し目も潤んでいる。
おや、時差でブチギレられるかと思ったがそうではないらしい。
「殴る?」
「いや、いい。それより、今のはどういう意味だ」
「緊張が溶けるかなと思って」
「……そうか」
「いきなりすぎたな。すまん」
「すぐに謝るなってさっき言ったばかりだろう?」
「そうだったな」
「アズマ」
「なんだ?」
「こんな時に、お前はずるいな」
「ずるい?」
なんで?
混乱していると、リタはプイッとそっぽを向いてしまった。
そのまま踵を返して兵舎の階段へと向かっていった。
「アズマにこんな胆力があるなんて、びっくりね」
突如後ろから声を掛けられる。
この声は
「ぞ、ゾフィたいちょ?」
恐る恐る振り返ると、そこには鬼の形相の軍曹が。
右手は強く握られ、わなわなと震えている。
「確かに、戦いの前の女は弱いわよ。
ちょっとでも優しくされたらぐらつくのも当然ね
でも相手は選びなさい?」
ちょ、ちょっと。
その右手、鉄のグローブで鉄塊みたいになってますけど?
それで殴ったら人が死にますよ?
隊長?
「何私のリタに手ぇだしてくれてんのよ!!!」
絶叫と共に、視界が銀色に覆われた。