第33話
「やべえやべえやべえ……」
二度も同じ相手に追い詰められる屈辱と苛立ち。
自分への不甲斐なさに呆れそうになる。
だがそんな事をしても現状は変わらない。
もっと考えるんだ。
考える時間を稼ぐんだ。
敵の剣戟を辛うじていなし続ける。
だが、
「……はあっ! はあっ!」
頭が回んなくなってきた。
体力に頼った戦闘は、無慈悲に体内の酸素を奪う。
冷静な思考など許すはずもない。
このままではじり貧。
打開策も考えられない。
万事休すか。
そう、あきらめかけたその時。
「アズマ!」
リタの声。
声は森の方から聞こえた。
声のした方に彼女を見つける。
顔には血が付いている。
右手には剣。
怪我をしたのか?
いや、違う。
あれは返り血だ。
誰の?
「妹を解放したぞ!」
……そうか、あれはヨハナを拘束していた男の血か。
奇襲かタイマンか分からないが、大の男に勝ったのか。
リタはヨハナを逃がすことに成功したのか。
その事に気づき、リーダーの男がリタ目を奪われた。
見逃さない。
俺はギリギリの体力ながら、リーダーに斬りかかる。
だが、隣の男が割って入る。
浅い斬撃にとどまってしまう。
「ちっ!」
ヨハナを解放し、リタも自由。
だが俺は自由ではない。
状況は変わったが、どうするべきか。
今ここでリタの元に戻り消失すれば、敵の剣は彼女らに向く。
先に二人には逃げてもらうか。
俺が時間を稼げばいけるはず。
俺が死ぬ可能性はあるが。
……よし、そうしよう。
決めて、二人に伝えようとする。
「邪神さん!」
そんな時に、今度はヨハナの声が響く。
「結界は大規模で急造の魔法陣を使ってる。だからかなり不安定になってるはず!
消せるかもしれない!」
「まじか……!」
そんな事、できるのか?
この結界の魔法陣は巨大だ。
魔法陣は手書きだから、形もいびつ。
ならばどこか不安定な個所もあるかもしれない。
だが見つけられるのか?
いや信じよう。
彼女は魔導士の見習い。
その中でも優秀な人間だ。
結界の構成についてもあたりがあるのかもしれない。
彼女なら、結界を壊す方法を知っていてもおかしくはない。
「ヨハナ! やってみてくれ! リタ、ヨハナの援護を!」
「させるか!」
ゴロツキ数人がヨハナの方へ向かおうとする。
足を踏ん張り、彼女と彼らの間に割り込む。
ここで耐えられなければ、本当に負ける。
どんな方法でも、敵を抑える。
「死んでも通さねえ!」
足を止めた一人に斬りかかる。
相手は容易に剣をはじこうとする。
だが俺の目的は切る事ではなかった。
長剣を捨て、視線を剣に誘導する。
その間に、男の懐の短剣を奪う。
剣を捨てた俺の動きが予想できなかった相手はコンマ数秒固まった。
その顎に短剣を突きさす。
口内を血だらけにし、男は倒れた。
短剣はその名の通りリーチが短い。
だが、短剣の方が腕力の無い俺には合っている。
より素早く、より早く動ける。
同じ要領で今度は隣に居た長身の男に短剣で斬りかかる。
今度はフェイントは無し。正面から間を詰める。
――ように見せて剣を投げつけた。
剣を相手は辛うじて防ぐ。
そこにドロップキックを叩きこんだ。
直ぐに短剣を広い、馬乗り。
倒れた男にとどめを刺そうと試みる。
しかし、リーダーの男の横なぎの剣がそれを防いだ。
剣を受け、転がりながら形勢を立て直す。
「そこをどけ!」
「どく訳ねえだろ!」
お互いに汗が噴き出した顔を合わせ、吠える。
双方剣を構え、リーダーの男から仕掛けた。
彼は強かった。
圧倒的な手数と技量。
俺は再び防ぐので精一杯になった。
「アズマ!」
そこで再びリタの声。
その声は喚起に溢れている。
「結界を壊したぞ!」
「なにっ!」
「よし!」
言い出してから破壊するまで1分と経っていない。
結界は本当にぼろかったのか。
ヨハナが優秀すぎたのか。
想像より遥かに短時間だ。
思わずガッツポーズをする――余裕はなかったので心の中でポーズしておいた。
それと同時に、再び魔力を意のままに操れることを確かめた。
「……けど魔力がもうないな」
魔力は練らずに放置しておくと、俺のような霊体の存在は魔力を徐々に放出してしまう。
リタの詠唱からかなり時間は経過している。
気づかないうちに、底を突きかけていたようだ。
勝ったと思ったが、さらなる障害が現れた。
結界を壊したのに、いつまでも魔術を使わない俺を見て、ヨハナが魔力切れを察知したようだった。
彼女がリタに何かを言い、リタが再び詠唱を始めた。
だが、供給される魔力はほとんどない。
すでに限界近い魔力を貰っていたからだ。
俺の体力も限界が近い。
このまま剣だけで戦えば押し切られる。
今度こそ再び絶体絶命か。
……というとそうでもない。
方法はある。
唯一の選択肢だ。
残り少ない魔力で、俺はひとまず鬼神化を発動させた。
体中から再び発火。
敵は皆一様絶望の表情を並べた。
だがこのままだと後10秒も維持できない。
魔力を増やす必要がある。
俺は視線を巡らせる。
後ろにはリタとヨハナ。
正面にはリーダーの男含め5人の敵。
そして彼らの更に奥には――敵の魔導士。
若い彼は風景同化を切り、固唾を飲んで戦況を見守っているようだった。
油断している。
だが、バッチリ俺と目が合うと彼は慌てて姿を消そうとする。
「もう遅い!」
彼の元へ、全力で飛んだ。
ものの1秒で魔導士の元へたどり着く。
姿はほとんど消えていたが、首を鷲掴みにすると魔力を切ってしまったようだ。
姿があらわになる。
「ひ、ひいいいいい!」
恐怖に染まった顔。
戦闘の意欲は0。
可哀そうにも思えたが、ここでやらねば俺が死ぬのだ。
「お、おい! そいつはもう戦わない! 殺すな!」
リーダーの男はそこでようやく状況を把握したようだった。
さっきまで俺が居た場所から叫ぶ。
魔導士は若く、成人もしていないだろう。
彼らの中では可愛がられていたのかもしれない。
そんな子供をなぜ自分たちより優先して狙うのか。
懇願するような声の中に、混乱が聞いて取れる。
……悪いが、人質目的などではない。
俺が魔力を得る方法。
それはこの世に生きる全ての魔導の者が使用できる方法ではない。
俺だけが使える方法だ。
邪神だけが使用できる神の力だ。
そして、ただの魔人が神と崇められる圧倒的な力を得るための、天賦の才能だ。
「ドレイン」
首を鷲掴みにしていた手に力を籠める。
ボグッっと不気味な音が鳴り響くと、男は泡を吹いた。
すぐに、その目から光が消える。
その瞬間、彼を掴んでいた俺の手が青白く光る。
同時に、体に魔力が伝わるのを感じる。
ドレイン。
魔導士を殺し、その魔力を手に入れる固有魔術。
この世でたった7人のみが使用できる魔術だ。
「て、てめええええ!」
魔導士を殺すと、ブチギレた一人の兵士が突進してきた。
正面からの袈裟斬り。
だが、ドレインを完了した時点ですべては決している。
右手を前に掲げる。
「破壊」
直後。
全ての傭兵たちの剣が砕け散った。
袈裟斬りは、勿論空振る。
刀身の無い剣で相手は斬れない。
あるはずの感触が無く、前のめりになった男の顔に、
すれ違うようにグーパンをぶち込む。
鬼神化で加速された俺の拳は彼の顔にクリーンヒットする。
当然、顔は凹の字になって、体は錐揉みしながら吹き飛ぶ。
剣が無くなり、味方一人が吹き飛び、あっけにとられる残る4人。
彼らに飛び込み、もう一人の頭を地面にたたきつける。
トマトが潰れた。
続けざまに、その隣の一人にアッパーカット。
顔半分をなくした彼はどこかに飛んで行った。
ふぅ。
後二人。
「……ひ、ひぃいいいいいい!」
そう思ったところで、リーダーの男じゃない方が逃亡した。
失禁しながら全力で走り去る。
逃がすか?
否、これ以上俺の戦い方を知っている奴を逃がすことはできない。
リベンジはもう許さない。
「麻痺」
人差し指から飛んだ閃光は男の足を的確にとらえた。
足がもつれた彼は倒れこみ、容易に追いついた。
「よう」
「こ、殺さないでくれ……!」
彼は泣きじゃくっていた。
「無理」
容赦なく、頭を踏み潰した。
返り血が顔にかかる。
生暖かい。
ぶっちゃけ吐きそうになったが、吐き気を抑え振り返る。
そこには最後に残ったリーダーの男が居た。