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第32話

以前見た、リーダーの男だろう。


「リタ、詠唱を頼む」

「分かった」


リタが詠唱を開始する。

わざわざ姿を現してくれるならありがたい。

先手必勝。仕掛けさせてもらおう。

……と思ったが、よく考えたら敵が一人というのはおかしい。

まだ周りに居るはずだ。

敵が多ければ、使用する魔術も省エネなものにしなければならない。


「……詠唱、終わったがやらないのか?」

「敵が何人いるのか分からない上に、妹の姿が無い。

 むやみに攻撃するのは得策じゃない。

 それに、この状況で向こうから現れたなら、何か意思疎通したいのかもな」


細心の注意を払いながら、男のもとまで近づいた。


「よう。今日は魔導士だけか?」

「……」


リーダーの男は気さくとも言える様子であいさつする。

腰には短剣が指してあるが、それだけだ。

防具は無い。

随分と余裕そうだ。

これは、何か一計あると見るべきだろう。

だが、焦るリタが前にでる。


「い、妹を返してくれ!」


それを見て、男はニヤリと笑う。


「それはあんた次第だ」

「わたし?」

「そうだ」


男はどこからともなく麻縄を取り出した。

手足を拘束するつもりなのだろう。


「大人しく捕まってくれれば、妹は返そう」

「嘘ではないな?!」

「本当だ」

「わ、わかった!」

「よし。なら話は早い」


男が合図をすると、右の木陰から猿ぐつわをされた幼女と、それを取り押さえる見知らぬ男が現れた。

妹は意識もはっきりしていて、無事だ。

ひとまず安心する。

だが、それをみたリタはますます取り乱したようだった。

率先して人質交換を行おうと前に出る。

何やってんだ。


「まてよ」

「ん?」


俺はリタと男の間に入る。

いつでも魔法を発動できるよう、魔力は練っている。


「あんたの要求は身代金じゃないだろ。

 わざわざ妹と交換するんだ。

リタの奴隷としての身柄が目的だろう?」

「……そうだな」

「リタを渡したとして、奴隷ってのはそっから先はどうなるんだ?」


奴隷になるならば、そこから先は悲惨な運命が待ち受けているはずだ。

今のリタのように、そう易々と受け入れて良い要求じゃない。


「奴隷はまず商船に乗せられ、他国に引き渡される。自国の貴族を同じ国の人間が買うと大犯罪だからな。他国の貴族に買ってもらうのさ」

「買われて、そっから先は何をされる?」


ちらりと後ろのリタを見る。

自分を犠牲にし妹を救おうと前のめりになっているようだが、焦って言いなりになるのはいけない。

冷静にさせなければならない。

そのために、男から残酷な現実を語らせる。


「……性奴隷だな。多分。貴族の変態は何をするのか詳しくは分からんが、壊れるかもな。

 だが妹を救えるのなら、相応の対価だ。

 妹の方は珍しい人間の魔導士の卵だ。奴隷としての価値はその女に負けてない」


リタが、後ろで生つばを飲み込むのが分かった。


「リタ」

「……なんだ」

「落ち着いたか」

「あ、ああ」


リタは後ろに下がる。

その様子を見て、男はリタが乗り気でなくなったのを感じ取ったらしい。

態度を一変させ、短剣を抜き放った。


「作戦変更だ。力ずくで奪う!

 ……いいんだな? リタ・ベンドリガー」

「……アズマ! 大丈夫なのか?」

「ひとまず妹見つけたしな」


リタと妹を保護して戦線離脱が元々目的だ。

2人の位置が分かれば問題ない。


リーダーの男が叫ぶと、周りから盗賊風の男たちがぞろぞろ現れた。

10人以上は居るだろう。

彼らが包囲網を作り、その外へとヨハナは連れていかれる。

ヨハナは何かを叫ぼうとしていたが、抵抗虚しく木陰へと消えた。


「やれ!」

「「おうっ!」」


一斉に、男たちが飛び掛かってきた。

俺は魔法を発動させようとする。

ひとまずは身体強化でリタを安全な場所に移すべきだろう。

そう瞬時に判断し、発動する。


「鬼神化」


体中が熱を帯び、発火に似た現象が体を包む。

飛び掛かる男たちはそれを見て驚愕する。

敵は多い。

手加減はなしだが、直ぐには戦わない。

まずはリタをお姫様抱っこした。


「え!」

「つかまってろ!」


地面をけり、飛翔する。

それだけで50メートルは先へ進める。

2秒かけて、100メートルほど間を空けた。

街道の脇の森にリタを下す。


「ここで待ってろ」

「わたしも戦う!」

「無理だ。待っててくれ」


返事を待つことなく、再び地面を蹴る。

奇襲をかけるべく森を経由して、俺は敵のど真ん中に再び跳んだ。

ついでに一人の頭を飛び蹴りでへし折っておく。

どしゃっと一人が倒れた。


「どこからっ!」


消えたと思ったら再び現れた俺に、盗賊達はさらに驚く。

しかし戦意は全く失われていないようで、

再び包囲陣を敷こうと動く。


「させるかよっ!」

「うおおおおおっ!」


一人、また一人とゴロツキを殺す。

蹴り、殴り、あるいは目を潰す。

容赦はない。

魔力が無いから、時間が無いのだ。

一切の無駄を省き、殺す事だけに集中する。

一人、二人と敵が死ぬ。

まさに蹂躙だ。

劣勢が明らかになりだすと、次第に敵は恐怖に満ちた目を向けるようになる。


「ひ、ひいいいいい!」

「くそっ! くそっ!」


気づくと敵は半減していた。

そこまで来て、戦いに参加していたあの小男が取り乱した。


「こ、こいつただの魔導士じゃなかったのかよ!?」

「うろたえるな!」


前回の俺は魔力が使えず、鬼神化も披露していなかったからな。

ここまで近接格闘ができて驚くのも無理はない。


「対策はある! エドウィン! 結界はまだか!」

「結界?」


リーダーの男が何者かに催促をした。

結界。

この世界に来てまだこのワードを耳にした記憶は無かった。

未知の技かもしれない。


彼が見る先には、一人の若い男。

レインボーのローブを着ている。

今見れば非常に目立つ。

魔導士だ。


彼が結界を発動するのだろうか。

それが俺への対策であるならば、早々に気づいておくべきだったが。

あんな目立つ服装で、なぜ気づかなかった?

――いや、あれ店で見た風景同化のローブじゃねえか?

あんなに高価なもの、どうしてこんな人攫いが。


「リーダー! 行きます!」

「おせえよ!」


若い男が叫び、大地に手を当てる。

直後、周囲が青い光に包まれる。

光は地面から湧き出ているようだ。

なんだこれ。


「……! ま、魔力が!」


結界とやらの正体を看破しようとしたところで、その効果は現れた。

魔力を練る事ができなくない。

魔力は体内に残るが、操作をしようとすると霧散してしまう。


――魔力封印の結界だ。

結界は結界でも、かなり難易度の高い結界のはず。

人間が使えるとは!


「今だ! 全員やれ!」


リーダーの合図で、足を震わせていた男たちが奮起する。

残りは6人。

鬼神化なしで相手をするのは骨が折れそうだ。

うろたえる。

……だが、以前のように油断はしていない。

この敵との戦闘は二回目。

俺の存在を知っているなら魔導士封じの選択肢を対策として持っていてもおかしくない。

何かしら予想外の出来事が起こる想定はしていた。

想定していたからこそ余裕がある。

頭を切り替えられる。


まずは場をしのがなければ。

手近な死体から、長剣を奪う。


剣を使い、躍りかかる敵をいなす。


「くっ! 剣も使えるのかよ!」


敵も予想外の出来事続きのようだ。

焦燥と恐怖に駆られているようなので、気を持ち直す前に反撃をしたい。

隙を伺う。

……だが連携がとれている。

難しいか。

まずい、このままだとじり貧だ。

ああ、くそっ。

先程まで一方的にやっていたはずなのに、魔術が無くなるとこうも俺は弱いのか。

召喚獣でなければ、大出力の魔力で結界のキャパオーバーも狙えたが、今は無理。


「やっべえ……」

「おらおらおらぁ!!」


どうする。

どうする。

考えろ。

まず敵についてだ。

こいつらはただのゴロツキじゃない。

高難易度の結界に豊富な資金力、そして連携の取れた攻撃を見るとそうではない事が分かる。

たぶん、訓練や援助を受けている。

傭兵なのか、変体貴族がバックに居るのか。

なんにせよ、ただの不良なら剣一本で殺せただろう。

だが、兵士なら生身の俺では難しい。

正面から戦うことはそうそうに辞めるべきだ。


なら逃げるか?

背中を見せて、結界の外まで出るか?

いや、あれほど時間がかかったのだから結界はかなりの大きさだろう。

半径一キロ近くある。

走って脱出する間に俺の体力が終わる可能性もある。

純粋な体力なら、引きこもりの俺よりもあいつらの方が上だろうからな。


戦っても勝てない、逃げても追いつかれる。

援軍はない。

くそっ!

どうする!



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