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第2話

目が覚めた。

真っ白で、何もない空間。

においも、音もない。

ただ白いだけ。


「どこだ、ここ」


首の後ろが強引にひっぱられる感覚がある。

親猫に加えられた子猫はこんな感じなのだろうか。

なんとなく。

なんとなくだが懐かしい感覚だ。

理由は不明。


体を見る。

部屋着兼外着兼寝間着であるグレーのユニ○ロスウェットを着ている。

今気づいたが、膝に穴が開きかけている。

出不精なので、もう何年も着ていたもんな。


そんな部屋の中と変わりない格好で、

俺は何もない空間を飛んでいた。


なんだこりゃ。


「まてよ。あ、俺死んだのか」


先の出来事を思い出す。

俺はドクターストップを無視し、酒を飲んだ。

で、アル中になって死んだ。


……馬鹿すぎる。

こんなことならドクターストップかかった時に部屋のストゼロ素直に没収されとくべきだった。


「…………」


今終わりを迎えようとしている人生を振り返る。

前世の記憶で知識無双し、生徒からも先生からも気味悪がられた小学生時代。

出る杭は打たれていじめられた中学生時代。

見返してやろうと進学校に行くも、酒を覚えて学校に行かなくなった高校時代。


あ~あ。

碌な人生じゃなかったな。

恋愛もしなかったし、

両親には迷惑ばかりかけたし。


「…………」


まあ、でも。

碌な人生じゃなかったけど、

ニートを見捨てない優しい父母に恵まれた。

飯もうまかった。

家もつぶれなかった。

平和な生活を享受できた。


前の世界じゃ戦ってばっかだったからな。

貴重な体験をさせてもらった。

俺にはもったいない毎日だった。

後悔はない。


ありがとう、日本。

ありがとう、母さん、父さん。

最後までクズでごめんね。

多分俺は地獄行きだけど、心配しないでね。


表情だけは安らかに逝こうと目をつむる。

うん、後悔はない。

さあ、見えない力よ!

俺を天国でも地獄へでもつれていけ!

やっぱ地獄はやだ。


「…………ふむ」


この体で童貞も捨ててないし、

美少女も居ないであろう地獄はやだ。

天国であれば童貞が捨てられるに違いない。

だから天国にしてくれ。


そう思っていると、女の声がした。

声の方向を見る。


何もない。幻聴か?


……いや、なにかいる。

女? いや少女?

13歳くらいの少女だ。

少しずつ近づいてくる。

その足は動いていない。

謎の力によって、お互いに吸い寄せられ、

顔が認識できる距離にまで近づいた。


美少女だ!

天使だ!

つまり、天国行きだ!


幼さはあるが、美しい少女だった。

利発そうな大きな目に、スッと通った鼻。

肩までのボブヘアー。

その髪色が少し紫がかっているのが特徴的だ。

白人のようだ。

いや、本当に人種が違うのだ。


それにしてもかわいい。

もしや俺が童貞を捨てたいという願いを天が聞き入れてしまったのだろうか。

ということは、もしかして、天使?

魂を天に送り届ける上、最後の晩餐サービス付きということか。

ならばもう少し俺のタイプに近づけてほしかったが。

こうボンキュッとね。


「………」

「………」


お互い手が届く距離まで近づいた。

少女は何も言わない。

腰に手を当て、胸を張ってるが足が震えている。

恐怖を感じているようだ。


俺の見た目は怖いのだろうか?

なら俺から声をかけた方がいいのだろうか?

待てよ。

レディーファーストと言うしな。

黙っといた方がいいか?

あ、いや。そういう意味じゃないか。

うう。テンパってるな俺。

だって女とか久しぶりだもん。

何でもいいや、話しかけよう。


「ハ、ハロー」


できるだけ警戒心を与えないよう微笑んだ。

が、我ながら気味の悪い笑みが浮かんでいるだろう。

高校卒業してから、愛想笑いしたことないからな。


少女ははっとする。


英語じゃダメか? 天国って英語圏じゃないの?

困ったな。

私、英語以外分からないんですけども。

まあ英語もスラングくらいしか知らないですけどね。高卒だし。LOL。


「は……はは成功した?」

「ん? え?」

「成功したんだな! やはりわたしの理論は間違いなかったのだ!」


足は震えているが、急に堂々としだした。

って、あれ。

この言葉は……なんだっけか。

そうだ、俺が前の世界にいた時。

前世でよくきいた「人族語」だ。

訛っているし、久しぶりに聞いたが、間違いない。


「となれば、貴様はかの邪神だな!

 ついに相まみえたな!

さあ召喚の導きに応じ、わが身に受肉せよ!」


召喚?

……そうか。

そうかそうか、そんな魔術もあったな。


「あ~、思い出した」


この場所は、俺が追放された時に通った空間だった。

天国への階段でもなんでもない。

あの時は一瞬だったから忘れかけていた。


蘇るかつての記憶。

邪神としての記憶。

そして、記憶の中に少女の「召喚」という言葉がヒットする。


「……」


なんとなく理解したわ。

召喚。

物や植物、生き物、人間、果ては神までを異なる世界から呼び寄せる、高等魔術だ。


そしてこの少女は俺を召喚しようとしているらしい。

先程邪神と言っていたな。

俺を狙って呼び出そうとしたのだろう。

であれば魔術は成功だ。

なぜなら俺は、邪神なのだから。


「クククク、フハハハハハ。小娘よ! よろこぶが良い。邪神降臨である!」

「お、おお」


威厳あふれる邪神ポーズを決める。

俺の銅像を作らせた時も、このポーズだった。

今も銅像は残っているだろうから、邪神ポーズだとわかるだろう。


「なんだその変なのは。だ、ダサい」

「…………」


ちょっとへこんだ。

昔は俺発信でこれが流行ったのに。

ポーズを解く。


少女ははっとして、訝しげに俺を見る。


「ちょ、ちょっとまて。本当に邪神なのか? やけに弱そうじゃないか? かっこわるいし」

「いや、間違いない。俺は邪神。邪神ヴォルナークである」

「ええ、ほんとか……?」

「服装と顔は締まらないかもだが」

「ポーズも締まらないけど」

「あれは邪神フレンドみんなで決めた邪神ポーズだ。締まらないとか言うな。みんなかっこいいっていってた」

「邪神ポーズ?」

「邪神の銅像見た事ないか? あれと同じポーズだ」

「邪神の銅像は禁止だ。今はもうどこにもない」


だからポーズを知らないのか。

嘆かわしいことだ。


少女は俺を無遠慮にジロジロ見てくる。

ほんとに邪神か?って感じの疑いを感じる。

まあ確かに、上下スウェットの日本人が邪神に見える奴は目が病気だな。

自分が邪神であることを証明するには骨が折れそうだ。

人まず話を変えよう。


「で、自己紹介したんだから。そっちは?」

「あ、そうだな。まだ名乗ってなかったな。わたしはリタ・ペンドリガー。歳は14。

貴族である父、ヴァルター・ベンドリガーの娘であり長剣北方流の剣士なり」

「14? まだガキじゃねえか」

「が……! ガキじゃない! あと一年で成人だ! ぎりぎり生贄になれる歳だ!

「生贄?」


どういう意味だ? と聞く前に合点がいく。

いや、そういえば邪神召喚には子供の生贄が必要だった。

惨いことに、この少女は魔術師ではないということか?

剣士とか言ってるし。


「なるほど、生贄なのか。そりゃかわいそうにな」

「哀れむな! 望んでなったのだ」

「望んで?」

「このつまらない人間の身でいながら、かの邪神降臨の糧となることができるのであれば、命も惜しくはない!」


さも誉れあることかのように、胸に手を当てるリタとやら。


「悪魔信仰団体の一員なのか? 呼び出そうとしてるのは世界の破滅を目論む団体か?」

「そうだ! と言っても、わたししかいない。あと世界の破滅とかは望んでない」

「ってことは一人?」

「そうだ、全部わたし一人でやった」

「まじで?」


信じられん。

邪神召喚はほとんど人知を超えるレベルで難易度が高く代償も大きい。

それを、このリタとかいう女の子一人で?

いや、俺も向こうの世界を離れて久しい。

技術革新でも起こっていれば、そういうこともあるのか?

少女でも邪神召喚し放題な世界が。

となれば、すでに世界は邪神だらけなのだろうか。

終末が近そうな世界だ。


「まあ、そういうこともあるか。……じゃあ、招待に応じて召喚されるとするかな」


俺は少女の肩をポンと叩いた。

なんにせよ一人で邪神召喚してしまうほど熱心に取り組んできたのだ。

期待に応えてやろうではないか。

俺は召喚に応じる意思を決めた。

というか元の世界に戻れるんだし、是が非でも戻りたい……と思ったのだが。


「うーん、そこなんだが……やっぱりすまん」


リタは首を横に振る。

その目は泳いでいた。


「へ?」

「なんかわたしが思ってたのと違う」

「なにが」

「見た目が。もっと邪神って禍々しくて、恐ろしいケダモノを想像していたからな」

「悪かったなこんなんで」

「うん。だから……わたしの理想と違うのに死ねん。すまんな」


「じゃ」と言うと、彼女はダッシュで元来た空間を戻っていく。

漫画ならピューっと効果音がついていた。


え、召喚って途中でやめれるの?

チェンジあるの?

いやいや、そうじゃない。


「ちょちょちょ、ちょっと待て! お前が戻ると俺はここに置き去りなんですけど!」


このままだと俺は置き去りになる。

すなわち死である。

勝手に召喚に呼び出され、勝手に放置され、死ぬ。


はあ?

ふつふつと怒りが湧いてきた。


「都合がいいにも限界があるぞてめえ!」


俺は全力の平泳ぎで、少女を追いかけた。


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