第27話
30分程歩くと、建物に到着した。
でっかい渡橋を渡り、でっかい甲冑が警護するでっかい鉄の門を通る。
入るとすぐに中庭があり、ちらほらと魔導士見習いらしき者達が見える。
本を読んだり、談笑したり、思い思いに過ごしている。
なんとなくほっこりする光景だ。
女神像下町は戦時中の雰囲気が強いので、なんだか久しぶりに癒される。
「ここは戦争って感じが無いな」
「そんなことはないよ。戦争のせいで沢山の人が帰っちゃったし」
「あ、そうなのか」
この町の人気があまり無いのには、戦争も影響していたらしい。
中庭を通り、施設内に入る。
施設内には所々、魔物の剥製や伝説の宝玉が配置されていた。
心くすぐられる物とはこれのことだろう。
確かに厨二心くすぐられる。
リタはそれらを食い入るよう見ていた。
何回も来てるんじゃないのかと思うが、やはり魔術関係の物の方が、剣よりはるかに面白いんだろう。
「そんなにここが好きなら、お姉ちゃんも召喚以外も勉強すればよかったんだよ」
「いや、邪神の召喚術以外興味はない」
「頑固だねえ」
施設内をしばらく歩くと、広い空間に出た。
ろうそくが大量に刺されたシャンデリアに、長い長いテーブル。
まさしく魔法学校の食堂って感じの場所だ。
俺達はその内の一角に座った、
間髪入れずウェイターがお冷を持ってくる。
そのままウェイターから注文を取った。
朝食と夕食の時間は、全見習いが一堂に会し同じものを食べるそうだが、昼間のこの時間は各自自由にオーダーができるそうだ。
しかも外部の人間も出入り可能。
リタとヨハナがごてごてのパフェを注文する傍ら、俺はメニューを凝視していた。
「どうしたアズマ、早く決めないか」
「……ここってラーメンあるのか」
「ラーメンもあるな。辛いけど」
「まじか」
メニュー表には日本語の発音でラーメンと書かれていた。
何故この世界にラーメンが。
誰か異世界転生者あたり絶対居るだろこれ。
そう思いながら俺はラーメンをオーダーした。
驚いたことに麺カタこってりができたので、それとトッピングに唐辛子マシマシもつけて置いた。
帰りにラーメンテイクアウトしよ。
「で、お姉ちゃん。この邪神を連れてきたのには、理由があるんでしょ?」
ウェイターが離れたのを見て、ヨハナが前のめりになった。
「そうだ」
「やっぱり、戦争についてのはなし?」
「そうだ」
「ふぅん」
それを聞いて、途端にヨハナが不機嫌になる。
ヨハナはリタの戦争参加に反対の立場だ。
ならば、これから彼女とリタの間で論争が始まる。
俺も必要とあらば助太刀するつもりで、居住まいを正した。
「お姉ちゃん、あたしが送った手紙読んだ?」
「読んだ」
「ならあたしが反対してるの分かってるよね。説得でもしに来たの?」
「そうだ。わたしにも強力な……武器が手に入った。家族のために、これを生かさない手はないという事を伝えに来た」
「武器」と俺を表現するにあたって、リタはかなり躊躇を見せた。
人間にしか見えない俺を武器と言うのに、抵抗があったのだろう。
リタらしいことだ。
だが、俺は構わない。
召喚獣は明らかな武器だ。
それに、武器と表現した方が分かりやすいしな。
「ふぅん……じゃあ、手紙で言ってた召喚獣って、もしかしてこの人?」
「この男だ」
「……うそ。それ本当? 召喚獣だよね?」
召喚獣と聞いて魔物でも想像していたのか、ヨハナは驚く。
手紙で俺に関する全ての情報を知っていたのかもしれない。
「知性のある召喚獣、それも人型なんて。
……お姉ちゃん本当に召喚術に関してはすごいんだね」
「ありがとう」
「じゃあ、もしかして邪神っていうのも本当?」
「それは、分からない。
だが、この召喚獣の紋章は確かに邪神のアイコンだ」
「ほんとだね。神話に出てくる奴だ」
リタの手を取り、紋章を訝しげに眺めるヨハナ。
彼女は次いで俺に目線をやった。
「邪神さんは本当にあの神話に出てくる、無敵の邪神さんなの?」
「邪神だ」
「じゃあ一個聞いていい?」
「おう」
「その前にあたしの話、聞いてね。長くなるけど」
「いいぞ」
「あたしの専攻なんだけど、実は――」
話とは、ヨハナの研究内容についてだった。
彼女は魔術の研究として、太古の悪の魔術について研究をしているらしい。
太古の悪の魔術とは仰々しい名前だが、魔術に悪も善も存在しない。
種族問わず才能があれば使える、ただの技術だ。
太古の悪の魔術という名前は、人間がまだ魔術を使えなかった大昔、邪神と魔族が使っていた魔術の総称だ。
その研究とは、そのころ使われていた過去の魔術を今に復元することらしい。
考古学+魔法科学みたいなイメージだ。
重要な研究だそうで、本来は研究歴の長い魔導士が行うそうだ。
「あたしくらいの年で研究するのはすごいことなんだよ!」とヨハナは主張する。
全くその通りだろう。
ヨハナはリタを超える天才なのかもしれない。
「で、それと質問に何の関係があるんだ?」
「こっからが重要なの。
あたしの研究では、昔の事をさかのぼって調べるから、一緒に昔の歴史も分かるようになってくるんだよね」
「ほう」
「そこでね、最近不思議に思ったことがあるんだ」
頬に指をあて、う~んと唸るその姿は年相応だ。
だが研究内容がそこらの成人魔導士と変わらないと思うと、子供の振りしている大人にしか見えなくなってくる。
変な言葉も知ってるし
アポトキシ○飲んだ高校生と言われても納得できる。
「今って、人間も魔術つかえるよね。
なのにどうして、昔の人は魔術を使えなかったのかな?」
「……それは、昔の人間は研究が進んでなかったからだろ?」
「ううん、そうは思わない。
だって、ここ百年で人間の魔術は結構進歩したもん。
戦争で勝つために、何にも知識がない0の状態からここまで進歩させたんだよ?」
「……」
「昔の人も、やろうと思えば魔術の研究はできたはずだよ
だって、同じ百年間、昔の人と邪神は戦ってたんだから。
なのに全く使えなかったってのいうのは、おかしくない?」
なるほど。
確かにそれは疑問だな。
今の人間も、昔の人間も戦争をしてたのは同じ。
邪神や魔族から、魔術を学べる環境というのも同じ。
寧ろ、本物の魔術を直に見ることができた昔の方が、魔術の研究はしやすかったはずだ。
なのに、どうして今の人類は魔術が使えて、昔の人類は魔術を使えなかったのか?
「……不思議だよね。でも邪神さんが邪神さんなら、分かるんじゃない?」
「……なるほど。簡単な質問だ。つまり、当時の人間には魔術を研究ないし使用できない理由があったんだろう!」
俺の答えを聞き、ヨハナはぱちくりと瞬き。
「す、すごい! もしかして、天才!?」
「でっへへー」
「――なんてなるわけないじゃん!
そんなの誰だって分かるよ!
その理由が何だったのか聞いてるの!」
憤ったヨハナは机を叩いた。
ほう、ノリツッコミまでできるとは、コミュニケーションまで大人の領域だなこの幼女。
恐ろしい子だ。
だが、机をたたくと音はポンッとしか鳴らない。
腕力は幼女だ。
「うぅん。そんなこと言われてもなあ。
俺は確かに邪神だが、当時の人間どもがどうして魔術を使わないかなんてわかんないわ」
「……」
「そもそも人間どもの考えが分かってたら、俺らは人間に負けてない。
俺はまだ世界の統治者に君臨していたはずだしな」
「……本当に?」
「おう。人間って賢いからな。狙って魔術を使ったり研究したりしてなくてもおかしくない。分かるのはそれだけだ」
フハハハと笑う俺をヨハナはジト目で見続ける。
そして、何かが切れたかのように俺に興味を失ったようだ。
「ねえ、お姉ちゃん。これ本当に邪神なの?」
「わたしにも分からない」
「納得できないよ。邪神じゃないなら、お姉ちゃんは安全じゃないじゃん」
「そうか……」
どうやら俺の回答では、ヨハナを邪神と信じさせることはできなかったようだ。
ヨハナは俺をただの亡霊か何かだと判断したのだろう。
邪神じゃないなら、無敵ではない。
無敵ではないなら、リタは死ぬかもしれない。
それは間違いでない。
「ヨハナ」
「なに? お姉ちゃん」
「アズマは邪神じゃないかもしれないが、強い。
ゾフィに剣で一本取っている」
「そうなの?」
「そしてわたしやヨハナが知らない魔術も使う。雷を落としたり、相手の武器を壊したり、体から炎を出したり――」
リタは神妙な面持ちで、俺の強さを伝える。
ゾフィや皇子との決闘、魔法実験についてできるだけ詳細に話した。
ヨハナはそれをどこか冷めた様子で聞いていた。
聞くだけじゃ、信じられないのだろうか。
ならまた、魔術実験でもやってやろうか。
「お姉ちゃん」
「なんだ」
ヨハナは話し続けるリタを制止した。
「ごめん、そうじゃない。
確かに邪神さん邪神さんじゃなくても強いかもしれないけど。
やっぱり分からない」
「どうして……」
「いくら召喚獣が強くても、お姉ちゃんは弱いんだよ?
召喚獣が無敵の神じゃないんなら、お姉ちゃんが死んじゃうかもしれないのは、
変わらないんだよ?」
「……でも、家族が戦うのにわたしだけ逃げるのは」
「お姉ちゃん。戦争は家族のために参加するものじゃないよ。
国が無くなっても、家族は生きていけるんだから。
戦争は、国のためにするものだよ。
お姉ちゃんは国のために死ぬ覚悟はあるの?
お兄ちゃんやお父さんはあるって言ってた。
私はないよ。無いから、戦争に協力すると言ってもこの壁の中からだけ。
お姉ちゃんも無いんだよね?
ただ、家族が逃げないから自分も逃げたくないだけだよね。
そんな理由で、危険な戦場に行くって言われてもあたし達家族は納得できない」
ヨハナの言葉が効いたのか、
リタは言葉を失った。
言い返そうとして、何度か口をパクパクしては閉じた。
次第に反論の意思は消えたようだ。
リタは意気消沈したように俯いた。
――正直、ヨハナは核心を突いたと言えた。
「もし邪神さんが無敵で、絶対にお姉ちゃんを守れるなら、まだ分かるよ。
でも、そうじゃないじゃん。
どれだけ他の騎士より邪神さんが強くて、敵を蹴散らしても、頑丈でも、お姉ちゃんを守り切れる保証はないよね。
お姉ちゃんは矢の一本でも受ければお終いなんだよ?」
彼女の言葉は適格だ。
リタのこれまでの言葉や意思を、全て否定する。
神話に出てくる邪神は、強い。
全人類総出で、ようやく一人殺せるかどうかなレベルで強い。
そんな邪神を従えたなら、戦場のど真ん中でも安全は保証されるかもしれない。
だが、俺は邪神じゃないとヨハナは考えた。
ならば、どんなに強くてもリタは安全ではない。
安全ではないなら、死ぬ可能性がある。
ならば、死ぬ覚悟が必要だ。
家族のためにではない。
国のために。
リタにはそれが無い。
だから、戦場に立ってはいけない。
論理的で、反論の余地はないように思えた。
「ねえお姉ちゃん」
「……」
「戦争なんてやめなよ」
「……」
「お姉ちゃんは家族と戦いたいのかもしれない。
だけど、家族はそんなこと願ってない。
ただ、迷惑なだけだよ」
長い、沈黙。
俺もヨハナも話さない。
リタの答えを待っていた。
そこでウェイターがやってきた。
雰囲気の悪さを感じたのか、料理を置いて、そそくさとその場を後にする。
目の前にうまそうなラーメンを置かれるが、食べる気にはなれなかった。
リタの前には、パフェが置かれる。
重い空気に、カラフルなパフェ。
甘そうな匂いを放つそれは、今この場面では不要なものだった。
「……もう。嫌なんだ」
「え?」
リタが、小さくつぶやいた。
それを待っていたヨハナが、聞きなおす。
「もう嫌なんだ……落ちこぼれと言われるのは!」
かすれるような声で叫び、勢いよく立ち上がる。
勢い余って椅子は倒れ、ひじに当たったパフェは倒れた。
真面目くさった様子で、俺の強さを語っていたリタ。
そこから、さきほどから驚くほど豹変した表情。
苦しさ、悔しさ、情けなさ。
ありとあらゆる暗い気持ちが、その表情から漏れ出ていた。
肩は震え、拳は強く握られている。
「お、お姉ちゃん……」
ヨハナはやってしまったとばかりに慌てた。
分かっていたのに、触れてはいけないところに、意図せず触れてしまった。
そういう感じだった。
俺はそれを黙って見ていた。
ふと、俺とリタの目が合った。
だがリタはすぐに気まずそうに目線を外す。
遂には居ても立っても居られなくなったのか、走って食堂から出て行ってしまった。