第24話
余はゴモラ・ルブレヒト・エルドリアである。
神聖国エルドリア第八皇子である。
余の上には七人の皇子がいる。
皆、優秀だ。
特に第二皇子には手も足も出ない。
容姿、剣術、頭脳、会話、礼儀のどれをとっても完璧なのである。
対して、余は平凡で、しかも会話は特に下手だった。
にも関わらず、余を信じて皇帝に据えんがため、日夜戦う者がいる。
だから、余は彼らに報いるため、無謀にも皇位を狙わなければならない。
そして敗北することは必定である。
勝ち目のない戦いに挑むのは、絶望である。
余は生まれながらに絶望の運命を待ち受けるのみである。
そんな余も、10歳となり、騎士見習いとして訓練所に行くこととなった。
どの皇子も通る道である。
余は全く授業に興味を持てなかった。
どうせどれだけ頑張っても皇帝には成れず殺されるのだから、努力しても仕方がない。
そう思っていたのだ。
だがある日、一人の少女に出会った。
余と同じ学年の、リタ・ベンドリガーである。
それは美しい女であった。
彼女は地方貴族の子であった。
田舎者と聖都の皇族。
身分は大きく違うが、似ているところがあった。
授業に関心が皆無である点だ。
だからもちろん成績は低く、肝心の剣も疎かであった。
余と同じ、落ちこぼれだ。
落ちこぼれ同士、仲良くなれないか。
そう思った。
だからまずは彼女を観察し、話のきっかけを作ろうと考えた。
彼女はいつどこで見てもボーっとしていた。
友人に話しかけられても、教授にあてられても、話半分に聞くか無視してしまう。
まるで何かを夢想しているようだった。
そんな彼女を見て、余も夢想した。
一体何を考えているのだろうか?
何を好んでいるのだろうか?
好きな話題は何だろうか?
会話のきっかけは中々分からない。
気が付くと、余はいつも彼女の事を考えていた。
入学から数年が経ってから、彼女の趣味を知るに至った。
彼女が誰かと話す機会は少ないので、それを知るのに数年かかってしまった。
彼女の親友ゾフィ・グレイヒム曰く、趣味は魔術だそうだ。
魔術の事を考え、彼女はいつもボーっとしていたらしい。
なるほど魔術か。
魔術?
余は聞いて驚いた。
騎士が魔術だと?
有り得ない。
そんな無益なことを趣味にして、何になるというのだ。
だが、何年も研究を続け、成果を意気揚々と親友に話す彼女を見て、
次第に考えが変わった。
剣士の身ながら魔術を志すのは、変わっているが凄い事ではないか、と。
魔導士でないということは、魔術のセンスが無いと言うことだ。
そして魔術を研究する環境も与えられないと言うことだ。
センスも無く、環境も無い中、やりたい事をやり続けるには強い忍耐力が必要だ。
彼女は不屈の精神を持っているのだ。
それは、凄い事だ。
それに気づいて、余は触発された。
才能と環境に恵まれなかった彼女と同様に、余も継承順位に恵まれなかった。
だが関係ない。
あきらめない心が大事なのだ。
彼女はそれを教えてくれた。
余もあきらめない。
余も、第八皇子ながら王位を狙おうじゃないか。
そう決心すると同時に、彼女への恋慕を自覚し始めた。
時は過ぎ、戦争が始まった。
敵は強大で、国は存亡の危機にあった。
皇帝は言った。
この戦いで上げた武功を、最大限継承に考慮すると。
継承順位一位の第一皇子は反発した。
だが残りの皇子は歓迎した。
余もその一人だった。
この日の為に、心機一転、剣と頭脳を磨いてきたのである。
少しして、ゾフィ・グレイヒムが異例の人事を受けることになったと知った。
騎士見習いながら、隊を率いるという。
彼女は同期でも圧倒的な剣の腕と頭脳を持ち、騎士と同格の扱いを受けていた。
身分に関係なく、指揮官としての才能を期待されたのだろう。
その隊は、正規騎士と騎士見習いの混成で成り立つという。
正規騎士で足りない人手を、特に有能な見習いで補うのだ。
武功を上げるチャンスであった。
余はゾフィ・グレイヒムに何度も近づいた。
最初こそ皇子には危険だと認められなかったものの、最後には入隊を認められた。
彼女には何やら考えがあるそうだったが、関係ない。
武功を上げられるのなら。
召集初日。
余は意気揚々と修練場に行った。
そこで、驚くべき現実を目にした。
なんと、あのリタ・ベンドリガーがいるではないか。
なぜ?
彼女は弱い。
その訓練期間の大半を魔術に費やしてきたのだから。
なのにどうして、こんな危険な部隊に居るのだ。
悶々として、イライラして、貧乏ゆすりが抑えられなかった。
翌日、合同訓練が始まって、余は直ぐにリタの元へ向かった。
彼女がここにいるのは間違っている。
より安全な、後方支援部隊に回すべきだ。
そう伝えようとした。
冷静に、論理的に。
なのにどうしてか、リタを前にしてアガってしまった。
いつも以上に口下手になり、過激な物言いをしてしまった。
俺様なんて一人称まで勝手に出た。
恥ずかしさを汚い言葉でごまかしてしまう者が居るというが、
余がそれであった。
しかも何たることか、余はリタ・ベンドリガーは傷付けてしまった。
どうしようかと慌てていると、激昂する者が居た。
ゾフィである。
彼女はリタ・ベンドリガーが無能ではないと主張した。
まさかそんなはずは無いと思ったが、どうも様子が違う。
聞いてみると、リタは召喚の魔術に成功し、召喚獣を従えているのだという。
この召喚獣が、強いのだと。
指さされたのは、凡庸な男だった。
疑った。
こんな弱そうで、覇気の無い男が召喚獣?
しかも強いと?
有り得ない。
こんな召喚獣一匹のために、リタが危険な目にあうことは許されない。
余は、何としてもリタを安全な後方に異動させると決めた。
その為には何をすべきか?
男の袖を掴み、さも信頼しているかのようなリタ。
その様子を見て、余は思いついた。
この男を斬り、その無能を証明することを。
余は決闘を挑んだ。
この男になら勝てるだろう。
そう信じて疑わず、斬り合いに臨んだ。
戦いが始まって、直ぐに召喚獣が手を抜いていることに気が付いた。
にもかかわらず、いい勝負をしてしまっている。
一瞬で、自分が負けると気が付いた。
自分の目は曇っていた。
この男は強い。
ゾフィは正しかった。
だが、それでもリタが危険な目に会うのは許せなかった。
それに、リタの前で敗北する姿を見せるのはプライドが許さなかった。
だから、やった。
やってしまった。
一度見誤った男を、もう一度見誤ってしまった。
リタの異動と父親の死。
二つを天秤にかけさせた。
間違いなく選ぶべきはリタ。
後方の方が、安全なのだ。
戦うことができないだけだ。
なのに、男はどちらも選ばなかった。
選ばず、ただ余が選択を強制したことに激昂した。
そこから先の事は覚えていない。
気が付くと、失禁していたこと。
それを哀れむように、リタが見ていたこと。
その二つだけは覚えていたが……。
で、余は翌日から全てのやる気をなくした。
あれだけ派手な敗北を晒したからだ。
他の騎士たちに?
そうではない。
リタに晒したのが許せなかった。
失禁までした余を、彼女はもはや身の程も知らぬ虫けらと見ただろう。
お終いだ。
余は負け犬だ。
だから一人、犬小屋よろしく粗末な酒場で酒を食らっていたのである。
そこに、現れたのは昨日の悪魔であった。
大方、ゾフィに命令されたか、インゴットに言われ、余を連れ戻しに来たのだろう。
ふん、今更何を。
傷ついた余の心は治せんし、リタは危険なまま。
頑として話す気は無かった。
が、いざ男が隣に座ると、余は耐え切れず昨日の事を聞いていた。
なぜ、あのように余を痛めつけたのか、と。
悪魔は説明した。
リタを守るためだと。
余は勘違いをしていたのだ。
リタを守るために余は動いたが、悪魔もまたリタを守るために動いていたのだ。
同じだったのだ。
これは……余が悪い。
深く反省し、昨日の無礼を謝った。
その後、余の懸想を看破され。
動揺し混乱している内に、あれよあれよ話は進み、
気が付くと隊に残留することになっていた。
さらに時が経つと、飲み会が始まり、余と悪魔は酔いつぶれて、財布は空になっていた。
恐ろしい人心掌握。
これも魔術か。
そして翌朝ゴミ溜めで目を覚ますと、アズマが己を邪神と主張し、しつこく過去の話を聞かせてきた事しか覚えていなかった。
だが悪い気分ではなかったし、悪魔は戦友アズマへと変わっていた。
そして、余はアズマと共にリタを守る決意に燃えていた。