表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/52

第23話

「よう、皇子様」


俺は皇子の隣の、汚いカウンター席に座った。


皇子が居たのは、貴族専用の酒場でもなんでもなかった。

兵舎の近くですらない。

ここは町はずれの酒場。

スラムに近く、客層が悪い。

手当たり次第に酒場を回ったので、かなり時間を掛けてしまった。

それにしても、何を思ってこんなところに……。


「貴様、なぜここに」

「探したからです」

「……」

「横、失礼しますよ」

「座ってから言うでない」


皇子は見るからに覇気がない。

横目で俺を力なく睨むが、怖くは無い。

だが、その目からは憎悪がありありと感じられる。


そりゃそうだ。

彼の屈辱の原因は全て俺なのだから。

こんな俺が説得しようとしても反感を買うだけかもしれない。

だがゾフィは指揮で動けないし、リタも動かせない。

ならば俺がやるしかないのだ。

何とかして、皇子を修練場に戻す。


その為にまずは、謝らなければならない。

やり過ぎましたごめんなさいと言わなければならない。

意を決する。


「皇子様、昨日の事なのですが――」

「……昨日は、なぜ素直に従わなかった」


さて謝ろうとしたところで、早速遮られた。


「なぜ、素直にリタの異動を認めなかった」

「なぜと言われましても……」


思いのほか食い気味だ。

もっと、意気消沈してると思ってたのに。

……で、どう答えよう。

異動先の方が危険だからです。逃げるためです、とは素直には言えない。


「後方に回されれば、勿論戦に参加することはできない。

 だが、それだけだ。何の不名誉も無い。

 それに、リタ・ベンドリガーは武功に興味はないだろう。

 なのに、なぜだ」

「……」


おや?

そこで気が付いた。

相変わらず俺は睨まれているが、皇子の口から昨日の厭味ったらしいニュアンスが消えていた。

俺の視点に立って考えた結果、昨日の俺の選択が純粋に疑問。

と言った感じが伺える。

まるで別人だ。

なにがあったのだろう?

ここは一つ、素直に疑問に答えてみる。


「皇子様、一つ勘違いをしているようです」

「なんだ」

「後方に回されても、前線に回されても、結局危険だということは承知でしょうか?」

「何を言っている。後方であるこの町は戦場にはならない」

「なぜそう思うのです?」

「エルドリアの防衛は万全だからだ。正規の騎士と屈強な傭兵、兵士が揃っている。

 対して西方連邦は大量の兵士を擁している。しかしそのほとんどが奴隷である。

 士気は低く敵ではない。そして、魔導士部隊が存在すると聞くが、数は少ない。

それに人間の魔導士如き敵ではないわ」


そう確信を込めて話す皇子は、海岸での水際防衛がいかに容易に成功するであろうかを語った。

しかし根拠は敵の軽視の塊だった。

俺からしてみれば、それは甘すぎるんじゃないのと言える。


「皇子、敵は数で強大ですし、魔導士も軽視してはいけない。

町の住民や、ほとんどの騎士は女神像下町の陥落を確実視しています。

町を放棄するとなれば、控える後方部隊も危険です。市民の防衛に当たる義務が生まれるからです。この戦場の大多数の場所で、戦闘員は生き残れないでしょう」


……というのは完全にゾフィの受け売りなのだが。

間違ってはいないと思う。

皇子の予想は稚拙だ。

ゾフィの予想の方が現実に即していると言える。


「……嘘だ。西方大陸の蛮族に、エルドリアが負けるはずがないのだ」

「魔導士が強いのは、俺で分かったでしょう」

「お前は召喚獣だ。人間ではない」


む。

まあそれはその通りなんだけどさ。


「まあ、ここで勝敗を議論するつもりはないです。

 とにかく、俺は皇子様とは違う意見を持っていると言うことです。

 前線も後方も危ない。

 なら一番安全な場所はどこか。

いつでも逃げれる場所であり、最も強い者が居る場所です。

 遊撃隊は自由に部隊を動かせる。

 逃げようと思えば、逃げることもできる。

しかもゾフィ・グレイヒムは強い。だから遊撃隊に居るのが一番安全なんです。

だから、リタが後方送りになるのは認められなかったんです」


分かりました? と確認すると、皇子は頷いた。

渋々と言った様子だが。


「なるほど貴様の考えは分かった」

「それは良かった」

「……」

「……」


再び沈黙が訪れる。

皇子は何かを考えているようだった。

そしてようやく何かを決心したらしい。

彼は椅子を降りた。


「すまなかった」

「?」

「脅すような真似をして」


皇子は頭を下げた。

え?

どういう事?

あのプライドの塊のようだった皇子が、ゴモラ・ルブレヒト・エルドリアが、謝罪?

これは考えてなかった。

寧ろ俺が謝ろうと思っていたのに。


「あ、頭を上げてください」


席に着くよう促すと、皇子は素直に従った。

再び席に着いた皇子を見て、先程の謝罪が幻覚だったような錯覚を覚えた。


「貴様の考えを知らなかった。余は自分の考えが正しいと思っていたゆえ、あのような行動を取ったのである」

「……そうですか」


余?

本当に昨日出会った俺様系王子様かこれは?

一人称すら違う。

まるで別人のようだ。


「……」


……もしかすると。

皇子は俺の第一印象とは大きく異なる人間なのか?

俺の思っているより考えて行動する人物なのか?

ならば、俺はもう一つ勘違いをしている?

皇子は本当にリタを排斥することが目的だったのか?

自分の部隊がエリート部隊であるために取り除こうとしたのではないのか?


「まるで、リタの為を思ったような言い方ですね。

 リタのような落ちこぼれが部隊に居れば、部隊の質が下がるから除隊させようとしたのでは?」

「はっ。まさか……いや、そう思わせてしまうような発言しかしなかったな。

 余は口下手なのが短所であると自覚している」


そうだったのか。

では侮蔑にしか感じなかった発言も、何もかも口下手だから?

いや、それはちょっと信じられない。

あれは口下手ってレベルじゃない。


「では、本当にリタの事を考えて?」

「……」

「皇子様?」

「……」


皇子はそれ以上口を開かなかった。

なぜ、皇子はリタの安全を思い行動したのか。

リタを守る必要性が何かあったのか。

それも言えないような理由が。

例えば、リタの父親と皇子に親交があり、頼まれたとか?

しかしいくら追求しても、皇子が口を割らなかったので話を変えることにした。


「リタの事は分かりました。

では皇子の話です。

皇子様、部隊を離れるつもりなんですか?」

「……」

「部隊を離れたら、武功を上げられなくなりますよ」

「……そうだな」

「それでいいんですか」

「……」


皇子はキッと俺を睨む。


「そんな事は余も分かっている」

「じゃあ、戻るんですか?」

「いや、戻らん」

「皇帝になりたいのでは?」

「皇帝も、武功も何も、どうでも良くなった」

「そうですか」


そこまでメンタル逝ったか。

やはり昨日はやり過ぎだったか。

ごめんね。

皇子が本当に父親を殺すつもりが無かったのなら、やらなくても良かったよね。

俺は無駄な心配だったよね。

責任を持って、彼の心を修復しなければ。

俺は目を瞑り、少し考えて、改めて話し始めた。


「どうでも良くなったのは。俺が皇子を、周りの目がある場で負かしたからですよね」

「……」

「他の奴らはそれを見て、皇子に幻滅したと思っているんですよね」

「……」

「なら、それは大丈夫です。

 昨日の一件以降、俺がすっかり悪役です。

 皇子が負けたのは、俺に力があるのに警告もせず戦ったから。

 俺は卑怯だ。皇子を嘲笑うため、爪を隠していたと思われています」


これは半分嘘だ。

皇子様可哀そう、アズマやり過ぎ、とは思われているが、

実力を見誤った皇子も悪いとも思われている。


「だから、戻りましょう。

 皆皇子の味方です。

 だれも嘲笑うことは無いし、そもそもそこまで気にしてないんですから」

「……そんな見え透いた嘘を言わずともよい」

「……うっ」


見抜かれた。

皇子は不敵に笑った。

俺の心を見透かしているようだ。


「お前は顔に出るな」

「え」

「嘘がよく分かる。部隊の奴らが思っているのは、貴様はやり過ぎたが、皇子は愚かだったということだろうよ。余があれを見ていたら、そう思う」


やはり、俺は顔に出るのか。

くそっ。

作戦失敗だ。

これじゃあ連れ帰っても、意味がない。

どうしよう、プランBとか用意してねえぞ。


「よい。そんな事に気を回さずとも」


焦りだし、ぶわっ汗を拭きだしていると、皇子がフハハハと笑う。


「余は、有象無象の連中にどう思われようと、そこまで気にはせん」

「どういうことですか?

 ではなぜ辞めるのですか?」

「……」


皇子は「しまった」という様子で黙り込んだ。

俺はそれを見逃さなかった。

まて、何か見落としている気がする。

考えろ。

皇子は有象無象の奴らなんて、気にしないと言った。

それはつまり、有象無象でなければ気にするということか?

有象無象ではないもの。

皇子の皇位継承権に関わるもの? 家族? 自分を信頼する従者? 

……違う。

違うぞ。

思い出せ。

なぜ、リタを気遣い危険から遠ざけようとしたのか。

先程はその理由が分からなかった。

今は、なんとなく分かる。

それは……


「皇子様。……もしかしてリタが好きなので?」

「……」


全て納得がいく。

皇子はリタを好いている。

だから、彼女の為を思い、除隊しようとした。

俺を脅してまで。

その過程は好意など微塵も感じさせなかったが、彼は口下手だ。

口下手な余り、素直に好意や心配を伝えられない。

「好きな子に意地悪するタイプの男子」強化版だ。

そして彼女の除隊に失敗した挙句、失禁シーンを好きな相手に見せてしまった。

確かに、死ねる。

俺なら、死ねる。


「……」


どうだ?

俺の予想は当たったか?

間違ってたら死ぬほど恥ずかしいな。

齢500年以上の邪神。

何でもかんでも恋愛で考えるピンク脳の持ち主だと思われてしまう。


……だが、皇子の様子は情けないほど分かりやすかった。


「そ、」

「そ?」

「そそそそそそそんな訳なかろう!! 

俺様の想い人はあのような落ちこぼれではない!

何を言うか下郎!」

「oh……」


顔を真っ赤にした皇子に、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられる。

はっはーん。

なるほど、こういう時になるとテンパってしまうのね。


しばらく黙ってその様子を見ていると、

ようやく自分の行動の恥ずかしさに気が付いたのか、

皇子は俯いて黙り込んでしまった。

すかさず、フォローする。


「まあまあ、飲みなされや」

「貴様、誰にも言うなよ! インゴットも知らぬのだ!」

「はいはい」


ショットグラスを皇子に渡す。

皇子は琥珀色の蒸留酒を勢いよく飲みほした。


「皇子様」

「なんだ!」

「そういう理由で辞めるなら、ひとつ相談があるのですが」

「……聞こう!」


俺は説明することにした。

リタがグレイハウンド遊撃隊に入る理由を、全部だ。

いつでも逃げられる場所に居れば、一番強い者の近くに居れば安全というのは確かだ。

そして前者には条件がある。

逃げるための建て前が必要なのだ。

それが、皇子の命だ。

彼が居ることにより、遊撃隊には「皇子の命を守るため、危なくなれば逃げる」という使命が追加される。

であるからして、つまるところ――


「皇子が隊に残っていただければ、リタの命は守られる。

 皇子がリタを守るのです」

「なんと」

「確かにリタには恥ずかしいところを見せてしまったかもしれません。

 リタは、皇子に幻滅したかもしれません。

 でも、皇子の愛はそんなものなのですか?

 相手に嫌われても、愛を貫き通すのが、男なのでは?」


俺は大げさに身振り手振りを入れ、できる限り「逃走する」ことの後ろめたさをうやむやにしようと努めた。

努力は功を奏した。

皇子は力強く頷いた。


「そうだな。好いた相手に嫌われようとも、守り通すのは騎士の美徳だな」

「その通り!」


ビッシィッ! と指をさすと、眉をひそめられた。

調子に乗り過ぎた。


「では、隊に残って頂けますでしょうか?」

「……いいだろう」


やったー!

俺は任務を達成した。

クエストクリア効果音が鳴り響く。

頭の中で。

うむ。

そうと決まれば、この恋する男子は俺の戦友である。

そしてお互い酒好きときた。


「……皇子様」

「なんだ」

「仲直りしましょう。その証に、一杯どうですか?」

「……一杯だけだ」


昨日の敵は今日の友。

俺と皇子は夜中まで飲んだ。

お勘定は、勿論皇子持ちである。

相変わらず、俺は無一文だしな。


そういえば、インゴットがリタを説得に推したのはこう言うことだったのか。

リタに痴態を見せたのが恥ずかしくて隊を辞めようとしていたのだ。

リタが「気にしてないよ」と一言言って慰めれば、それでおしまいだったのだ。

……うぅん。

でもそれだと、優しくされた皇子が勢い余る可能性があるな。

告白とか。

そうなればリタは間違いなく振っただろう。

失恋で皇子が隊を辞めた可能性がある。

俺が来て正解だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ