第22話
「皇子様が朝からお見えになりません」
決闘の翌日の朝、修練場にやってきた俺とリタを出迎えたインゴットはそう言った。
彼は恨みがましく俺たちを見ていた。
「まじすか」
「本当です。このまま聖都に帰るかもしれません」
正直こうなることは覚悟していた。
あそこまでコテンパンにやったんだ。
メンタルが折れてしまっても不思議でない。
あれ?
でもこいつはわざわざ俺達にそれを伝えるんだ?
お前たちのせいだから、責任を取れとでもいうのか。
除隊しろ、とかじゃないよな?
「それを俺たちに伝えてどうしろと」
インゴットは何不思議なことを、と首を傾げた。
「皇子様を使って戦地から逃げたいのでしょう?
何とかしなければいけないのでは?」
「……」
なんでこいつがそのことえを知ってんだ。
魂胆バレバレじゃないか。
俺は努めて冷静な顔をしたつもりだったが、
顔を見てリタは「そうだったのか……」と呟いた。
まあ、責任を負えとかいう話じゃなくて一安心だ。
「分かりましたよ。何とかします」
「その方が良いでしょう。
それで、どうするおつもりですか?」
「考えてはいます」
こうなる事を覚悟していたのだから、もちろん対策も考えていた。
できることは一つ。
皇子様のメンタルフォローだ。
皇子は自分から引き起こした決闘で、ボロボロにされた。
それも戦友の目がある前で敗北し、大恥をかいた。
恥をかいて、名誉を失ってしまったと考えるのは当然だ。
なら、そこをフォローする。
すなわち、「皆そこまで気にしてないよ。人生いろいろあるよ作戦」だ
作戦はシンプルだ。
とにかくあの場で観戦していた騎士や見習いにそれとなく、「気にしてないよ~」と言わせるのだ。
これは俺の経験から来た作戦だ。
中学生時代、思春期アズマの話である。
俺は全校集会で盛大なくしゃみをした。その時同時に盛大な屁が出た。
慌てて俺は周りを見渡す。
周りのクラスメイトは気づいているのかいないのか分からない表情をしていた。
俺はその出来事を忘れられず、毎晩思い出すようになった。
次第に自己嫌悪に陥り、周囲の目が常にあざ笑っているように見えた。
しかし一か月後、ついに耐え切れず、クラスメイトの唯一の友人にその事を話すと、「ああ、誰も気にしてねえよそんなん」と言われたのだった。
俺は一か月の間、存在しない嘲笑におびえ続けていたのだ。
その一言が、どれだけ俺を救ったか。
……まあ、よく考えたら(お前の事なんか)と付け加えられていたようだが。
なんにせよ、救われたものは救われたのだ。
同じく思春期の皇子様にも、通用すると信じたい。
事実、昨日の事を周囲の人間は誰も気にしてない。
寧ろ皇子様可哀そう、と思っているほどである。
最後の悪役は俺だ。
この作戦、実は昨日のうちに、ゾフィから全員に根回し済だ。
彼女曰く、皆そこまで皇子の事を好んではなかった。
口は悪いし、そこまで実力も無い。
人気のない皇子様だったようだ。
そのため、「なんでそんな事をわざわざ……」と言われかなり難航したらしい。
で、皆に声をかけてもらう前段階が一番大変だ。
皇子をこの場所に、何とか連れ戻さなければならない。
「インゴットさん、皇子様どこにいるか検討つきます?」
「そうですね」
インゴットは少し思案する素振りを見せる。
「あ、皇子は困ったことがあると、酒場に行きます」
「酒場?」
未成年なのに参ったら酒に頼るのか?
それは、何というか。
急に親近感湧いてきたんだが。
「どこの酒場です?」
「兵舎の近くでしょう。貴族専用の酒場があるので、恐らくそこかと」
「分かりました。行きます」
踵を返し、出口に向かおうとすると、
インゴットに「待って下さい」と引き留められた。
「なんです?」
「リタ様が行った方がいいかと」
「……本気ですか?」
皇子はあれリタを見下していた。
昨日と同じような発言で彼女を傷つけるかもしれない。
口もそこまで達者じゃない。
説得に不向きだ。
それにいざとなったら力ずくで修練場まで連れて来れない。
「その方が手っ取り早いです」
「どうして、そう思うんですか?」
「それは、言えないです」
「は? 話にならないですね」
俺はそう言い残すと、足早にその場を去った。
リタはゾフィに預けておいた。




