第20話
俺は邪神だ。
魔術体系学の開祖である邪神族の一員である。
なので基本的にこの世にある殆どの魔術の知識があると言っていい。
だが、実際に知識を対人戦闘に織り交ぜるのならば得意不得意がある。
その中でもっとも得意とする魔術は「破壊」と、
この「鬼神化」である。
「破壊」で相手の装備を崩し、「鬼神化」で生身の体に攻撃を加えるのだ。
具体的に言うと、そう、こんな風に。
「はぁ。はぁ。もう、負けろよ!」
「嫌です」
俺の目の前には、擦り傷切り傷打撲とありとあらゆる軽傷を負った小太りの男がいた。
レザーアーマーを破壊され、服のあちこちが破けて傷が見えている。
「嫌ですが、リタを除隊させず、父親を殺さないなら考えてやってもいいですよ」
「……! ふざけるな!」
ボロボロだが、皇子の目から憎悪と恐怖が入り混じった感情を感じる。
今だ闘志は衰えていない。
まだ折れていないか。
これでは負けた後も何するか分からない。
「……」
俺はインゴットを見た。
彼は明らかに戸惑っているようだ。
それもそのはず。
俺が魔術を使ってから、余りにも皇子が一方的にやられすぎている。
なのに、俺の勝利を宣言することはできないからだ。
見えないのだ。速すぎて。
そのため、勝敗を決する決定打が入っているのかも分からない。
彼は冷静な護衛だが、目は鍛えられていないようだった。
勝敗が審判によって決さないならば、
どちらかが負けを認める、もしくは戦闘不能になるまで戦いは続く。
「行きますよ」
「……く、くそっ!」
大地を踏みしめ、コンマの時間で皇子に切迫する。
そしてその手を掴み、皇子を乱暴に放り投げる。
放物線を描き、もはや体の自由が利かない皇子を追う。
落下地点まで到達する。
首から落ちると彼が死ぬ。
剣を使い、斬りつけているように見せて足から着地させる。
「貴様あああ!」
傍から見れば俺がとどめを刺そうとしたところ、皇子が新体操よろしく回転しながら躱した様に見えただろう。
しかし回転させられた本人は、事実に気づく。
命を救われたのだ。
決闘の相手から命を救われるとは。
コケにしているのかと怒るわけである。
その後も追撃による追撃を重ねる。
反撃の隙を一切見せない。
途中からは剣を捨てた。
折れたからだ。
「――! ―――!」
だから拳で殴った。
何度も何度も。
決定打こそないものの、その名の通りフルボッコである。
最初こそ何が起こっているのか理解していなかったオーディエンスも、徐々に分かってきたらしかった。
俺が一方的な試合をしていること。
決定打は与えていない事。
そして気づく。
相手をいたぶるこの男は、まさしく悪魔。
邪悪な魔法で召喚された、獣そのものである、と。
攻撃を重ねながら周囲を見ると、誰もが皇子への同情と、俺への非難がましい目を向けていた。
だが、俺はやめるつもりはない。
こいつの心が折れるまで。
俺とリタに手を出せば誰もが返り討ちに会うと知るまで。
やめてはならない。
「がっ! ぐああっ!」
「……もう諦めたらどうですか」
「嫌だ!」
皇子を嬲れば嬲る程、俺は次第に冷静になってきた。
余りにも一方的だ。
既に皇子の全身に痣ができ、顔も腫れている。
少しずつ皇子が可哀そうになってくる。
皇子の悲惨な傷を見て、インゴットが試合を中断しようとした。
だが、それを皇子は止めた。
何故この男はここまで負けを認めないのか。
未だ心が折れないのか。
それは武功を立てなければいけないからか。
王座への執着が、こんなところでこんな男に負けてはならないと囁くのか。
いや、どうでもいい。
大事なのは彼よりリタだ。
強めの一撃を加え、それを剣で受けた皇子が吹き飛んだ。
もういいだろう。
ここまで技術と力の差を見せられても強情なら、
その差を広げるまで。
「はあっ。はあっ」
「これが最後です」
俺はリタから受け取った魔力の残りに手を出すことにする。
魔力を練り、繰り出すのは「稲妻」の応用。
あれだけ輝いていた太陽が雲に隠れる。
その雲は黒く黒く空を染め上げる。
次第に、雷の低く唸るような音が鳴りだす。
「こ、これはっ!」
空を見上げ、皇子が驚愕する。
「貴様がやったのか!」
「そうです」
「そんな……!」
俺と空、交互に見る彼は明らかに恐怖していた。
やはり自然現象系の魔術は衝撃が強いようだった。
最初から、こっちを使えばよかったか。
大きく育った積乱雲は風雨を生む。
誰もが恐怖し、中には逃げ出す者も居た。
だが大半はやはり戦士。
戦いを見届けようとその場に残る。
目標は、皇子……ではない。
消し炭にしたら、大罪だ。
なので、皇子の脇を狙う。
感電しない、ギリギリ外側。
一部観覧者が逃げ出して、スペースができている。
丁度いい。
「稲妻」
轟音。
そして視界が真っ白になるほどの光量。
稲妻は俺の剣より出でて、皇子の脇20メートルほどを走り、天へと向かった。
「……あ、ああ」
視界には稲妻の軌跡が焼き付く。
その通り道にあった雑草は、残らず焼け焦げていた。
「……ああ、くそっ! くそっ!」
皇子は尻もちをついていた。
「殺してやる、ぶっ殺してやる!」
しかしその声は未だ勢いを失っていないように聞こえる。
……だめか。
もう一押しだろうか。
そう思って、再び剣を構える。
もう魔力はほとんどないんだが……。
「や、やめろ! アズマ!」
そう、斬りかかろうとしたところで、リタの震える声。
俺は「やめろ」と命令され、ぴたりと止まった。
なんだ、まだ不十分じゃないか?
リタを見ると、彼女は恐怖の表情で俺を見ていた。
「もう十分だ! 皇子様をよく見ろ」
「……」
促されて、相対する彼を見た。
相変わらず喚き散らしているが。
……彼は放尿していた。
「そうだな」
皇子の戦闘不能は明らかだ。
試合は終了。
勝者は俺だ。
目的は達成できたか分からない。
皇子の報復の意思を折れたかは分からない。
だが、報復すればある痛みを被るであろうことは分かったはずだ。
相手を皇子と知ってなお、俺は容赦しなかったのだから。
そう願いたい。




