第18話
修練場の試合場は長方形のスペースだった。
大体ドッチボールがプレイできるサイズに、白線が書かれている。
その周りを他の騎士や見習いのオーディエンスが囲む。
リタはいつでも詠唱できるよう、彼らの一番前に居る。
皇子対リタの召喚獣。
皇族対落ちこぼれ。
一体どちらが勝つのか。
周りを囲むオーディエンスは、固唾を飲んで戦いを見届けようとしている。
日はすでに頭上にあり、陽光が心地よい。
風は無く、気温もちょうどいい。
本来なら、絶好のピクニック日和といえる。
そんな朗らかな陽気の中、俺は一人の男と対峙していた。
神聖国第八皇子 ゴモラ・ルブレヒト・エルドリア。
背は俺よりも少し高いが、その分横にも広い。
体つきを見るからして、高速戦闘には付いてこれないのではないか。
そんな疑問が浮かぶが、ゾフィからは「彼は弱くない」と聞いている。
「30分の猶予を与えたと言うのに、逃げ出さないとは。
中々勇気ある行動だぞ?」
「どうも」
皇子はあざ笑う。
それは俺はにへらと笑い飛ばすと、舌打ちされた。
皇子の姿を観察する。
剣は一般的なブレードソードサイズの長木剣。
鎧としては麻のトレーニングウエェアの上に、支給品のレザーアーマーを重ねている。
簡易なものと言える。
今回のルールは、審判であるインゴットが致命傷と認める斬撃を与えられた方が勝ちだ。
なので、甲冑は着ず、機動性を重視した方が良い。
彼の選択は間違っていない。
そして、俺も同じように、トレーニングウェアとレザーの胸当てくらいしか着ていない。
「では、両者剣を持て」
インゴットが仰々しく言う。
俺も皇子も、腰の剣を向く真似をし、前に構える。
騎士の決闘の作法だ。
「逃げるなら、これが最後だぞ?」
「逃げませんよ」
「俺様は長剣北方流で二段をもっている。師範をも倒したことがある」
「そうですか」
「人だけではない。森で魔獣狩りをした事もある。一人でだ。成熟したレッサーヴァンパイアを倒した」
ほほう、劣等種とはいえヴァンパイアを。
それを聞いてインゴットが顔をしかめるのを横目に捉えた。
ちょっと盛った……?
嘘はいかんな。
お礼に挑発してやろうか。
「皇子様」
「なんだ」
「余り試合前に過去の自慢ばかりしてると、弱く見えますよ?」
ニタァっと。俺は性格悪そうに笑う。
リタにあれだけボロボロに言ってくれたんだ。
一言くらい噛みついても許されるよね?
それを聞いて皇子は、
「き、き、貴様あああああ!」
ブチギレた。
堪え性のない皇子だ。
皇子は一直線に向かってくる。
俺は剣を構えた。
用意された剣は、魔力で強化されてない腕には重くて、二刀構えはできない。
両手に握り、防御の構え。
「おらぁっ!」
真一文字の一閃。
それを正面から受ける。
ゾフィに比べれば軽い。
勝てる。
大した奴じゃない。
本能的に思った。
これは魔法は不要かもな。
「ふははっ」
反撃しない俺を見て、皇子が笑う。
余裕が無いと見たのだろう。
次々と、斬りかかる。
ガッ、ゴッ。
遠慮のない太刀筋を防ぐ。
凄まじい手数。
だが、俺に斬りかかることで必死なのか、皇子はかなり腹の防御が疎かになっていた。
このまま、反撃してもいいが……。
ただ彼に圧勝するだけでは、この勝負意味が無い。
攻撃をいなしつつ、俺は冷静であることに努めた。
もし、ここで、ガラ隙の腹に全力の一本を入れて瞬殺するとする。
最高に気持ちがいいだろう。
だが、デメリットが2つ。
一つは、皇子が俺に恨みを持つ可能性があること。
あれだけ噛みついた相手に瞬殺されれば、皇子に大きな恥をかくことになる。
そうなれば、昂る怒りを皇子はどう処理するだろうか。
恥をかかせたリタと俺を、何とかして排除するのではないだろうか。
同じ部隊の女を一人、除隊させることくらい、皇帝本人に泣きつけば可能だろう。
もう一つは、彼自身のメンタルが折れる可能性があることだ。
彼を瞬殺フルボッコにしてメンタルをへし折ってしまえば、馬鹿にした相手にボコられた屈辱で彼が抜けるかもしれない。
彼が抜けると、部隊は戦線離脱の大義名分を失う。
そうなっては試合に勝って勝負に負けたと言える。
ならばどうすべきか。
達成すべき目標は、
すなわち「ギリギリ勝って、屈辱を与えず満足させつつ、実力を認めさせることだ」
「どうしたどうした! 貴様が守ってばかりでは面白みが無いぞ!
無論、守る事しかできないのだろうがなぁ!」
「……」
もちろん、最後に俺の実力を認めてくれるなら、ギリギリ負けるのも有りだ。
むしろその方が良い可能性がある。
しかし、しかしだ。
この皇子様は少し言葉が過ぎる。
流石に俺も腹が立った。
こんな男に敗北することは、俺のプライドが許せない。
プライドなんてしょうもないと言われても結構。
女子の傷ついた顔を見て、復讐心が少しも出ない奴は男じゃないぜ。
最後に勝つのは俺だ。
さてと。
十分最初の攻撃は受けてやっただろう。
俺は余裕の表情を見せ、反撃に出ることにした。
猛攻を加えられる中、一歩大きく踏み出した。
「お腹がお留守ですよ?」
鋭い剣に対し、カウンター。
浅く、腹を斬りつける。
「ぐっ! 貴様っ!」
貴様貴様って、お前は海○か。
腹の無防備に気が付き、皇子は仕切りなおそうと大きく下がる。
そこに間髪入れず追撃。
もう一つ、袈裟斬りを挟む。
これは防がれる……が姿勢を崩させた。
追撃したい衝動に駆られる。
だがこれ以上はやめておく。
一方的になりそうだ。
再び、二人の前に距離ができる。
「や、やるじゃないか。そろそろ本気をだしてやろう」
「それは怖いですね」
本気を出すと言われ、冷汗がどっと噴き出す……はずもない。
そんな敗北直前みたいなこと言われてもである。
だが、反応はしといた方が良い。
少々慄いたような表情を作る。
「ふふふ、そう緊張するな。いくぞ!」
「どうぞ!」
再び、皇子の剣戟が繰り出される。
単調だった先程に比べると、カウンターにフェイントと技術を織り交ぜるようになった。
それに幾分か隙が無い。
やるじゃないか。
本当に本気じゃなかったんだな。
それでもゾフィには遠く及ばないが。
負けじと、俺もカウンター、フェイントを混ぜる。
ギリギリ反応できるくらいの分かりやすさで。
「はあああ!」
「えいやっ! そいやっ!」
「うおおおお!」
「ソーランソーラン!」
「ふ、ふざけてるのか!」
「いやいや……はあああ!」
などと打ち合っていると、周囲の反応も様子見から「おお」とか「ああ~」とか声が聞こえるようになってきた。
白熱しているように見えるのだ。
カアンッ、コォンと木剣の打ち合わされる音も変化している。
本気で撃ち合う剣士のそれである。
良い感じだ。
この調子で、最後は何とか首を切ったような感を出しつつ勝利すれば終わりだ。
俺は余裕である。
……対して、皇子は少しずつ余裕を失っているように見えた。
少しずつ、押されているのだ。
それもそうだろう、少しずつ速度を上げているのだから。
もう少ししたら均衡を崩し、攻撃を受けつつ首を取りに行くとするか。
「がああっ!」
余裕ぶっかましていると、突如皇子が全力の大根切りをカチこんできた。
おお、まだこんな力が残ってたか。
彼の汗に滲んだ顔が、俺の顔に近づく。
目が血走っていて、少し怖い。
「……けろ」
「はい?」
そんな状況で、皇子が何かつぶやいた。
「お前、負けろ」
「え?」
意図せず間抜けな声が出た。
「お前は俺と競り、無礼を働いた。
許されざることだ。
だが俺様は寛大だ。ここで負ければリタ・ベンドリンガーの除隊で許してやる。
反対に、お前が勝てば……リタ・ベンドリガーの父親は死ぬ」
「は……? 死?」
「知っているぞ。
リタ・ベンドリガーの父親、ヴァルター・ベンドリガーは前線で指揮を執るらしいじゃないか。前線とは言っても、お偉い貴族らしく、後方でな」
「し、知りませんよあいつの父親の事なんて」
一体何を言っているんだこいつは。
理解が追い付かない。
「結局、最前線で敵を迎えるのは平民上がりの兵士と傭兵だ。
それを指揮するのも騎士じゃない。
……だが、俺様には父上の力がある。あの女の父親を真っ先に敵と戦わせる。
そうすれば、貴族の騎士と言えど、たやすく死ぬだろう」
ハ、ハッタリか?
俺はリタの父親を知らないし、
戦場に立つとは聞いてるが、どこで何するかもわからない。
真偽を確かめるための情報が無い。
そこを突いた嘘だ。
心理戦だ。
それに、いくら傲慢でもこんな練習試合で勝つために脅しなんて……。
「――俺は本気だ」
「……!」
俺の剣がグッと押される。
皇子の息は荒い。
そこから感じるのは尋常じゃない勝利への渇望。
目は正気じゃないようにも見える。
異常だ。
「ほ、ほんとにやる気なんですか」
「ああ。やる。さあ選べ!」
「まじかよ……!」
その試合で、始めて俺は後ろに飛び、距離を取った。
どうする。
正面でニヤつくあの男からは狂気を感じる。
恐らく、マジ。
俺が負けたらゾフィは除隊。
勝てばリタの彼女が死ぬ。
つまり、俺がここで負ければ俺とゾフィの目的は達成できず、勝ってもリタの目的が達成できない。いずれにせよ詰みだ。
何とか選択肢を変えられないか。俺が負ける代わりに、リタの除隊は免除とかは無理なのか。
……いや、無理だろう。
相手は負ければリタの除隊で許すと言った。
あの言い方はつまり、除隊で妥協してやるということだ。それ以上は無い。
じゃあこんなん。
どうしようもないじゃないか。
「……はあ」
そこまで考えて、俺は剣をだらりと下げた。
その様子を嬉々としてあげつらうのは、もちろん皇子。
「ははははは! リタ・ベンドリガーの召喚獣よ。敗北を認めるか」
「……」
皇子は俺を脅した。
俺の主であるリタを使って。
何が何でも勝とうとするその欲望は称賛ものだ。
俺はまねできないね。
すごい事だ。
王座争いにも勝てる才能なんじゃないだろうか。
「良い良い。俺様の剣の前には形無しだったからな。あきらめるのも仕方がない
だが、リタ・ベンドリガーは除隊だな!」
「……」
でもな、何が何でも相手に勝つだけが能じゃだめだ。
もっと大事なのは、相手をこんな風に脅していいかどうか見極めることだ。
俺は一目見れば雑魚に移るだろう。
体も屈強まではいかないし、覇気も無い。
剣の腕だって皇子にギリギリ勝てるくらいにしか映らなかったろう。
脅せば折れそうにも見えたかもしれない。
確かにヒントは少なかったといえるからな。
しかし、俺を見くびったのは間違いだ。
なぜなら。
……俺は脅されれば、完膚なきまでに脅し返す主義だからだ。




