第17話
俺達は与えられた30分の間に、装備の用意やウォームアップを行った。
その後修練場の端で向かい合うように屈み、ゾフィから皇子の事を教わうことにした。
「ほんっとうにごめんなさい!」
さて聞こうじゃないかと思ったところに、開口一番謝罪を入れたのはゾフィだった。
「隊長としてあるまじき行為だわ。兵士同士の決闘を促してしまうなんて」
「いいよいいよ。俺も同じような事しようとしてたし」
「……怒ってない?」
「怒ってない」
「……そう。なじってくれてもいいのよ?」
あの場で俺と皇子の戦いを引き起こしてしまったのはゾフィだ。
確かに隊長ならば、言葉だけで場を収めるべきだったかもしれない。
そこは失敗だ。
だがおかげでちょうどいい機会ができた。
リタの能力を知らしめる機会だ。
うまくやれれば、彼女も部隊の一員として認められるのだ。
全くの失敗という訳ではない。
「いいから、皇子について教えてくれ」
「……分かったわ」
ゾフィはやや元気なさそうではあるが、説明を始めてくれた。
エルドリア神聖国第八皇子 ゴモラ・ルブレヒト・エルドリア。
神聖国皇帝 ホルガング・エットゥス・エルドリアの15番目の子供だ。
皇帝の正妻の子ではあるが、皇位継承順位は七番目と低い。
そのため此度の戦争で武功を立て、発言力を得るべく、この女神像下町へとやってきた。
しかし皇子の身をやすやすと危険な目に合わせるわけにはいかない。
しかも彼は初陣である。
勝ち目の薄い戦いの最前線に身を投じさせることはさすがに躊躇われたらしい。
せめて前線でないところで、接敵はするが、直ぐに逃げ出せる部隊を、ということでグレイウルフ遊撃隊に入れられたそうだ。
彼は前線の指揮を執れず、しかも入れられた部隊でも指揮を執れなかった。
ゆえにその不満は大きく、部隊がエリートのみで構成されることに、
かろうじて自己肯定感を感じていたのだろう。
だから、落ちこぼれ代表のリタを除隊させたがった。
劣等生がエリート部隊の体を損なうと考えたのだろう。
ちなみに、ゾフィが皇子の入隊を認めたのには理由がある。
皇子を入れた事により、部隊はいつでも戦線を脱出できるようになるからである。
皇子の命は、女神像下町よりも重いからだ。
皇子の存命が部隊が前線を退く大義名分になるのだ。
「とにかく、リタとあんたがここに残るためには、皇子にリタが一介の戦力であることを教え込まなきゃいけないわ」
「そうだな」
「勝ちなさい。アズマ。あんたなら剣術だけでも一本は取れるわ」
「それは買い被りすぎじゃ?」
「負けなしのあたしから一本取ったのよ。自信持ちなさい」
バンッと俺の肩を叩くゾフィの横で、「え、そうなのか!」とリタが尊敬のまなざしで俺を見ていた。
一本取った後はボコボコだったんですけどね。
その後、俺はゾフィから今回の決闘で皇子の剣の実力や癖、その対策を伝えられた。
事細かに教えてもらったが、教えられたことをすぐ実践に昇華できるほど、俺は器用ではない。
適当に流す。
なんにせよゾフィよりは弱いらしいので、安心である。
だが、果たして剣だけで勝つことができるのかは不明だ。
念のため、魔法を使う可能性がある事をリタには伝えておこう。
「……リタ。今回は魔術を使うかもしれない。
剣術だけで勝つのが理想だが、やばかったら合図する。
こういうお国柄だからな、魔術を使えば変な事を思われるかもしれないが、
負ければ元も子もないからな」
「ああ、分かった。詠唱ももう思い出さずに諳んじれる」
「頼むぞ」
この前みたいなのは、二度とごめんだからな。
そんなこんなで事前情報を仕入れたりしてたら、あっという間に30分が経った。
時間だ。
さて、行くか。
立ち上がると、リタがちまっと俺の袖をつかんだ。
素直に立ち上がれず、中途半端な姿勢になってしまう。
「そ、その」
リタはどもった。
「なんだ」
「……」
しばらくもじもじして、リタは口を開いた。
「……本当に、すまない。全部わたしのせいだと言うことは分かってる」
心底申し訳なさそうにするリタ。
俯くばかりに、つむじがよく見える。
前髪に隠れるその目は、少しうるんでいるかもしれない。
中々庇護欲がそそられるじゃないか。
気づくと、自然と頭に手をのせていた。
「む?」
「まあお前憧れの邪神様が実は強いってところを見せてやるよ。鼻くそほじって観戦してろや」
「はなく……汚い言葉は嫌いだぞ」
照れ隠しで汚い言葉使っちゃう人、いますよね。
俺です。
目を細めるリタをしり目に、立ち上がり、試合場へと向かった。
いっちょやったりますか。