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第13話


ゾフィ・グレイヒムは元奴隷であった。

西方大陸の北部の獣人村で誘拐され、売られ、貴族の性奴隷になった。

吐き気を催すような醜悪な経験をさせられ、耐えきれなくなり買主を殺した。

そこから逃亡し、捕まるも命だけは奪われず、色々あってエルドリアでまた売りに出された。

エルドリアでは獣人の身体能力と、若さに注目され、騎士団に買い取られた。

そこから騎士見習いとなり、未来の騎士として訓練を積んだ。


ゾフィには剣の才能があった。

一か月で、彼女ほどの実力を持つ同期は居なくなり、

半年で正規の騎士ですら彼女には勝てなくなった。

一年後には百戦錬磨の教官をコテンパンにした彼女は、期待のエースとして騎士団の中で異例の影響力を持つに至る。

彼女は尊敬され、同時に避けられるようになった。

避けられる理由の大概は恐怖だったろう。

もっとも彼女が元奴隷の獣人であることもまた一つだった。

クラスには友人ができなかった。

そうなるとクラスは居心地が悪い。

休み時間はすぐ教室を後にし、訓練場をあてもなくほっつき歩いた。


そんな中、エルドリアの北部の田舎から一人の少女がやってきた。

リタ・ベンドリガーである。

サルでもパスできる入団試験において筆記、運動ともに超ギリギリで通過。

彼女は一学年下の後輩となった。


余りにも成績不良だったので、ゾフィはどんな奴かと観察した。

すると、聞いていた通り不真面目だと分かった。

座学も訓練も何もかも集中して取り組まず、常にぼーっとしている。

同期に話しかけられても話半分に聞くか、無視。

しかも、許可制のはずの魔術の研究がライフワークだという。

数少ない会話で「目標は邪神の召喚だ」と自信満々に話す彼女の周りからは、

次第に同期も離れていった。


そんなリタをゾフィは「興味深い奴」だと判断した。

ぼっち同士、仲良くなれそうだとも思った。

ゾフィは友人を渇望していたのである。

そこから二人の交友関係は始まった。


最初はゾフィから話しかけた。

はじめは距離を置かれたが、常に追いかけていたら次第に口を開くようになった。

特に魔術や邪神の話になると積極的に話してくれる。

それから一年、二人の仲は親友と言えるまでに発展した。

友人も家族も居ないゾフィにとって、唯一の近しい存在になっていた。


その頃には、戦争の足音は近づいていた。

リタは参加をしたがった。

家族が参加するからだ。

だが、戦いが苦手なリタは、自分は無力だから参加できないと言った。

ゾフィもそれに賛成した。

反対に、ゾフィは戦争に参加する気でいた。

戦闘に長けた自分は戦って、銃後のリタとその家族を守るのだ。


ある日、リタの部屋に向かうと、見知らぬ男が居た。

中肉中背、ネズミのような服。

腑抜けた面、しかしゾフィのタイプに片足を突っ込んだような面。

そして、三日前に渡された給与を使い込んだという。

座学でも超優秀な成績を収めるゾフィの頭脳は高速回転し、一つの結論に至った。

この男はヒモだ。

男っ気のないことを良い事にリタの寄生虫となり、骨髄まで吸い付くろくでなしだ。


しかし実情は違ったらしく、邪神だと聞いた時は驚いた。

まさか、本当に召喚するなんて。


だがよく考えてみると不自然だ。

こんな、無害そうな男が邪神?

リタが恋焦がれていた?

神話に出てくる邪神はもっとこう、禍々しいのだ。

胡散臭い。臭すぎる。

この男は邪神なんかでなく、大したことないどっかの悪霊か何かだろう。

憧れである邪神だと嘘をつき、尊敬を得、寄生しようと画策しているに違いない。

そう思って一つカマをかけた。


本当に邪神なら、強さの片鱗でも見せてみなさい、と。


そう言われて見せられた魔術は、戦慄を覚えるほどの威力を持っていた。


魔術。

元は邪神や悪魔、魔物のみが使用していた技能だ。

彼らが人類の手によって絶滅してから使えるものは居なかった。

長らく研究されていなかったのは、元々人類の敵が使っていた悪しき技術ということで、技術自体への嫌悪感があったからだ。

だが、人間同士の戦争の頻発し始めてから、ここ百年間でようやく人間の間でも体系化が進んだ。

それに伴い魔導士もちらほら生まれだしたが、まだまだ少ない。

高威力の魔術を使えるものはさらに少ない。

だからあのような規模の術を使えるこの男は、奇跡のような存在だ。

こんな辺鄙な場所に居てよい存在ではないはずだ。


……何者だ。

どこにでもいそうなただの男に、ゾフィは恐怖さえ感じた。

その日は足早に彼らの元を離れた。


それから少しして、リタが戦争に参加すると知った。

最初はアズマがそそのかしたのかと思った。

彼は本当に邪神、人の不幸を糧にする人類の敵なのだと思った。

だがそうではなかった。

リタ自身が言い出したらしい。

家族の為。

動機は変わらない。

何がリタを変えたのか?


そこでゾフィは気づいた。

そうか。

リタはあのアズマという男を召喚獣として得て、魔術を見て、自分も戦えるのではないかと思ったのだ。

自分が強くなったと、思ってしまったのだ。

アズマは直接的にリタをそそのかした訳ではない。

だが、間接的にリタを戦争へと向かわせていたのだ。

ゾフィはアズマを憎んだ。

だが、憎むべきでないことは理解していた。

アズマは不幸にもリタに召喚されただけなのだから、全く悪気は無いのだ。


しかしダメだ。

彼を頼ってはダメだ。

あの男は魔術も剣も一級品だ。

恐ろしい。

だからこそ目を曇らせる。

軍団にも対応できると思ってしまう。

だが、彼は一騎打ちで無双しても、大軍を相手にする力が無かったら?

今度の敵は万を超える。

焼け石に水だったら?

それにごろつきを相手した時みたいに、リタがテンパってしまったら?

魔力が足りなくなったら?

リタは死ぬ。

そう思った。


だからこそ。

アズマを説得しようとした。

だが説得は難航し、結局決闘で決着をつける事を申し出られた。

いいだろう。

それが一番手っ取り早い。


だが、ゾフィは負けた。

確かに少し気は抜いていた。剣だけで勝てるほど、こいつは強くないだろうと思っていた。

だが、失敗だった。

最初から最後まで全力を尽くすべきだった。

後悔してもしきれない。

ゾフィはリタの参戦を認めることになってしまった。


だが、ゾフィは優秀だった。

こうなることも危惧して、ゾフィは先に手を打っていた。


まず、リタの配属に手を加えていた。

座学も剣も騎士団で定評のあったゾフィは、今度の戦争で指揮を執る事になっていた。

本来は女神像下町防衛にあたる兵団の予定だったが、変更した。

より前線に近づき、前線を突破した敵兵を狩る遊撃部隊の指揮を申し出た。

より危険な部隊の指揮を見習いには任せられないと司令官に言われたが、

自分以上の実力と指揮能力を持つ者はエルドリアには居ない。

エルドリアは長らく戦争を経験していない。

そのため戦闘経験者はおらず、戦功を持つ者が居ない。

戦功が無いならば、指揮能力は兵法座学の成績で決まる。

自分より兵法座学で成績の良い者は居ないのだから、自分が一番有能だ。

そう言って押し通して承認させた。

部隊には見込みのある騎士見習いを複数付けることも認めさせた。


ここにリタを配属させた。

ギリギリだったが、間に合った。

配属させた理由は二つ。

まず、遊撃部隊はいざとなれば、逃走することができる。

逃げる理由を作っておいたからだ。

そしてリタをすぐ側に付ければ、彼女を自分の手で守ることができるからだ。


ついでに、アズマに訓練を施そうとも決めた。

魔術と剣をうまく使うが肝心の体はできていない。

だが、ごろつきに襲われた時のように、魔術も剣も使えない時はあるだろう。

そんな時のため、もう少し体は作らせた方が良い


彼女はこれだけでは満足できず、他にも計画を立てた。

近くにリタを置いても、いつでも逃げれるよう理由を作っても、召喚獣を鍛えても、

戦場では何が起こるか分からない。

万全の体制を整えるべく。


リタが大事だ。

肉親も死に、近づいてくるのは害悪となる者ばかりの事の世界で、

唯一の友。

自分の命と同じくらい大事な存在。

リタを守るなら悪魔に魂を売ることさえ厭わない覚悟だった。




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