第12話
「辞令が出る?」
「そうだ」
ゴロツキに遭遇した二日後。
雲一つない晴れの朝。
出勤前の支度をするリタはいつもより入念に身を整え、薄く化粧までしていた。
いつもはラフなトレーニングウェアに皮の防具という出で立ちなのに、
エルドリア国旗をモチーフにした白が基調の礼服だ。
ベルトには、父親に貰ったという立派な長剣が差されている。
勤務後にデートの予定が控えているOLみたいだ。
しかし、彼女の表情からワクワク感は感じられず、緊張が透いて見える。
浮ついた理由でないのは明白だ。
何かあるのか聞いてみたところ、正式な配属が今日決まるらしい。
司令官直々に辞令を下される。
彼は高貴な身分なので、身綺麗にしておくのが礼儀だそうだ。
「配属か。後方支援のはずだよな?」
「多分そういう認識で間違いない」
エルドリアは西方連邦との戦いを控えている。
エルドリアの国土は地球でいうとイングランド規模で、それなりの規模の軍を編成する国力持っている。
その内女神像下町を守備する部隊は聖都の有力貴族ドナウバー家を中心に、
・2つの中堅貴族、5つの地方貴族による騎士
・傭兵
・冒険者
・領民の兵士
で構成される。
領主に仕える騎士は司令官からの指令を解釈し、傭兵、冒険者、領民を指揮する立場だ。
騎士見習いは騎士の補佐的扱いとなる。
側付きとなり指揮を支持する者、
病院や兵站管理後方支援する者に分かれる。
能力あるものは側付きに。
無いものは後方支援に回されるそうだ。
魔術研究にかまけて剣術が疎かなリタは、後方支援に回されると予想しているらしい。
「しかし、変なんだ。司令官直々に配属を言い渡すのは大抵それなりの地位の者だけだ。
騎士見習いであり剣術も苦手な私が、重要な役を任されるはずもないのに」
「そうなのか? 案外魔術の能力が認められて大抜擢とかかもよ」
「わたしの魔術に興味を持っている奴は騎士団にいないぞ……」
虚しい笑顔が俺に向けられる。
残念ながら彼女の周囲にで召喚術の研究を認めようとする者は居ない。
ゾフィは例外だ。
かわいそうになあ、と思っていたら遠くから鐘の音が聞こえた。
朝の時報である。
「あ、もうこんな時間か」
いつもより身支度に時間をかけ過ぎたようだ。
慌てたリタは姿見で最後のチェックをして、玄関に向かった。
「では、行ってきます」
「いってらっしゃーい」
新妻のごとく、俺はリタの姿が見えなくなるまで見送り続けた。
リタを送り出してから少しして、来客があった。
誰かと思って覗き窓を窺うと、またゾフィ・グレイヒムであった。
前回彼女が俺の部屋に来た際、俺は殺されかけた。
リタによって助けられたが、いま彼女はいない。
警戒しながら、ドアを開けた。
「こんにちは」
「どーも。何の用? リタならもう出たぞ」
「あんたに用事があるのよ」
「俺に?」
ずかずかと部屋へ入るゾフィ。
何かあっただろうか?
逡巡するが、特に彼女とは約束もしていない。
「今暇よね? ヒモだし」
「ヒモて。もう働いてるんだなそれが!」
どや顔でふんぞり返ると、彼女は面白くなさそうに「そう」と呟いた。
しかし働いているとはいえ俺に出勤時間は無い。
暇にしようと思えばいつでもできる。
なので今暇になった。
……対してゾフィは騎士見習いである。
出勤がある職業だ。
こんな所に居ていいのだろうか。
「用事とかの前に、お前は出勤しなくていいのか?」
「いいのよ。今日は午前休。私みたいな成績優秀者は有給が与えられるの」
なるほどこっちの世界にも有給制度ってあるのな。
でも、貴重な有休を俺の為に使ってもいいのだろうか。
いや、有給を使ってまでこなすべき用事なのか?
……まさか。
リタに俺が手を出してないかの調査じゃないだろうな。
リタにべったりらしいゾフィの事だ。
午前いっぱい使って俺を尋問とかありえる。
そして尋問とは名ばかりで、『事実』を吐くまで拷問が続くのだ。
ボンテージで俺に鞭打つゾフィを想像する。
悪くない。
「で、用事ってのは?」
問うと、ゾフィが詰め寄ってきた。
「知ってるわよ。リタが戦争に参加するって」
顔を近づけられてドキッとしたがそれどころではない。
明らかな苛立ちが見て取れたからだ。
「あんたがそう言ったの? リタが人を殺すように」
「は?」
人を殺すように?
それはいくら何でも聞こえが悪すぎる。
「話が突飛すぎだし、俺はそんなこと言ってない」
「あの子は人を殺した事が無いのよ。戦争に参加するなんて決める訳ないわ。
あんたのせいじゃないの?
あんた自分が邪神って言ってたわよね。
そそのかしたんでしょう? 人間に害を与えるために」
捲し立てるゾフィの剣幕は、俺が後ずさるには十分だった。
「まて、何を勘違いしているんだ。
俺が考えたんじゃない。リタが頼んできたんだ。
家族が戦うのに、自分だけ逃げられないってな。尊い理由じゃないか。俺も気持ちは分かる。
それに俺は強い。俺が側に居れば死ぬことはない。だから生き残れるよう手伝いをするって言っただけだ」
答えると、ゾフィはしばらく俺を見つめ、最後には深いため息をついた。
「呆れた」と呟いた。
「……なるほど。そういうことね」
「ああ。リタから聞かなかったのか?」
「リタからは聞いてないわ。参加希望票を見たのよ」
曰く、騎士見習いは強制されて戦争に参加するわけではないらしい。
参加するか、故郷に帰るかを選択することができる。
回答は紙に書いて提出する。
リタは、俺との相談を踏まえ、参加を表明したらしい。
「家族を見捨てられない……そういう子だったわね」
眉間を抑え、深呼吸をするゾフィ。
心が落ち着いたようだ。
肩の力を抜き、すとんと椅子に腰を落とした。
「ねえ、手伝うって……本物の戦争よ? 恐ろしさが分かってる?」
「分かってるつもりだ。昔は戦争をいくつもくぐり抜けたからな」
ゾフィの眉間にしわが寄る。
俺の発言がにわかに信じがたいようだが、これはマジだ。
「あんたがどんな過去を持っているか知らないけど。
……やめなさい。彼女を連れて、どこか遠くに行きなさい。
国王の言う騎士の義務なんて関係ない、そもそも女子に剣を持たせるこの国はおかしいんだから。戦争なんて参加しなくていいわ。
これは本気で言っているのよ」
「……」
「この町は負ける。
彼女はここに居れば間違いなく死ぬわ。
彼女が死ねば、召喚獣であるあんたも死ぬでしょう。
アズマ、あんたの為にもなるのよ」
ゾフィは語気を強めて、さらに詰め寄った。
だが、流石に町が陥落すると言っても市民、戦闘員全員死亡ってことはないだろう。
それに、リタは恐らく後方支援だ。
「戦争に参加とは言っても後方支援だろ?
直接戦わないし、危なくなれば逃げれるらしいじゃん」
「甘いわ。それは少しでも多くの見習いが参加するように騎士団がうそぶいているだけ。
後方支援なんて最初だけよ。
間違いなくこの町も落ちる。
市民の避難の時間を稼ぐ段階になれば、後方支援をしている騎士見習いも最後は全員戦うことになるわ」
……え、まじで?
後方支援って危なくなったら撤退するって聞きましたけど?
リタから聞いていた話と違う。
ゾフィの言い分では、後方「支援」とは名ばかりで、結局町を守るために後ろに配属されているだけになる。
「その顔、知らなかったの? そこで負ければ女は性奴隷よ。死ぬより辛い思いをするわ」
「敵が前線を突破したら、町に来る前に逃げる」
「それは撤退じゃなくて、敵前逃亡。
騎士にとって最大の屈辱と罪を彼女が甘んじて受け入れるかしらね?」
「……」
俺は何も言い返せなかった。
リタは責任感が強い。
召喚したからと見知らぬ男を泊めたり、
家族が戦うからと、無力なのに残ろうとしたりする事から明らかだ。
ならば、騎士の責任を放棄する事も考え難い。
仮に「うるせえ行こう!」と無理に連れて行こうとしても、「ここで一緒に死んでくれ」と言うかもしれない。
そう言われれば俺は従うことしかできない。
ゾフィは正しい。
急に不安が重くのしかかってきた。
「……」
しかし、しかしだ。
俺は約束をしてしまった。
一か月彼女を守ると。
それを今更破りたくはない。
「……ま、でももう約束したからな」
「はあ? 話聞いてなかったの? 死ぬわよ?」
「死なないし、死なせない」
「ゴロツキにやられそうになってたじゃない」
「あれは確かにミスだ。二度とない」
「言葉でいわれても信じられないわ。あんたはまた弱いわ。少なくとも、私より弱くちゃリタを守れない」
「……」
何も言い返せない。
俺はゾフィに魔術を見せ、実力を証明した気でいた。
確かに高威力で、人間でも使えるものは少ない。
あの時、確かにゾフィは俺の強さの一端を知った。
しかし、単発で効果力の魔術が使えるからと言って、数百の敵を相手する戦争でうまく立ち回れる保証にはならない、と思ったのだろう。
それにゴロツキに襲われて、魔術が使えず死を覚悟したのは誰だ。
そこを助けたのは誰だ。
俺は弱いと思われて当然だ。
彼女を納得させるには、少なくとも彼女より戦闘に長けていることを証明する必要があるのではないだろうか。
ならやる事は一つ。
そう考えた俺は、覚悟を決め、言い放った。
「ゾフィ。俺と戦え」
ゾフィは意外そうな顔をしながら、一瞬口をつぐんだ。
しかし、直ぐに好戦的な表情を俺に向けた。
「……いいわよ。一本でも取れば見直してあげる。でも無理なら、リタを説得しなさい。約束を破ってね」
「ああ」




