第11話
さらに一週間が経過した。
俺とリタは、それなりに近い距離感で毎日を送っていた。
彼女にとって、俺は最も近くに居る戦友の一人となったのだ。
朝起きて、俺は朝食を作って、リタの見送りをする。
その後、一応家計を支えるため俺も出勤する。
この町には冒険者ギルドが存在する。
そこではクエストの受注が可能で、時間を選ばずいつでも小遣い稼ぎができる。
クエストはSからDまであるが、一般人ならだれでもできるようなお使いであるレベルDクエストをこなす。
簡単な冒険者クエストとか、騎士団のお手伝いとかだ。
俺は毎日冒険者ギルドへ通っていた。
ちなみに、ギルドの利用には冒険者登録が必要だったが、簡単な個人情報の用紙記入で済んだ。
出身とか職歴はでたらめを書いておいた。
確かめるすべは無いだろうし、たぶん大丈夫だろう。
仕事が終わったら、俺もリタも部屋に帰る。
夕食は俺が作る。
俺の方が早く帰宅することが多いからな。
あと、リタは料理が下手だからでもある。
で、夕食を済ませてまったりしたら寝る。
リタが別途なので俺は床に布団を敷いて寝る。
日本では座敷に布団派だったので不満はない。
耳をネズミにかじられるのはどうにかして欲しいが。
ちなみに、街の戦争準備は粛々と進んでいるようだ
そのせいで街は物々しさを増している。
騎士、傭兵をはじめありとあらゆるロクデナシが日に日に増えている。
正直リタのような美少女が街をほっつき歩くのは危険になってきている。
騎士見習いであることを加味しても危険だ。
いつゴロツキに襲われるとも知らない。
なので最近は保護者たる俺が騎士見習いの訓練所まで一緒についていこうとしたのだが、
「子供じゃない!」
と一喝されたのでやめた。
よく考えたら俺は召喚獣だ。
アズマ! 君に決めた! と、リサが呼べば、いつでもどこでも俺を召喚できる。
リサ俺を呼ぶ。俺ゴロツキ殺す。リサ安全ってわけだ。
なーんて便利な魔術なんでしょう、召喚って!
と思っていたらある日、晩飯を作ってたら本当に呼び出された。
冬が近づき、日の入りが早くなっていたその日。
だいたい5時くらいで、すでに町は薄暗かった。
リタのもとに召喚されると、場所は路地裏だった。
大通りからかなりはずれ、スラム街に近い。
そのせいで人目は全くない。
なんでこんなところに?
俺の前には3人のごろつき。
それぞれ、傷だらけの顔の男。
毛皮のベストを地肌に着込む山賊スタイルの小男。
理知的な目をしているが、物腰が鋭い男(こいつがリーダーか?)が横並びで道をふさいでいる。
ザ・カツアゲといった感じだ。
誰もがいきなり現れた俺に目を見張っている。
いきなり現れたエプロン着用、お玉所持の男に驚くのは自然の反応だ。
「な、なんだお前」
俺は後ろにいたリタを振り返る。
短剣を抜き、臨戦態勢だ。
しかし怖いのか足は震えている。
「き、来てくれてよかった……!」
ふむ。
まだ襲われたばかりで、傷を負ったりとかは無いらしい。
ひとまず安心だ。
気丈な彼女の事だ。
見栄を張ってピンチになってから呼び出して、ギリギリ手遅れとか想像したが、そんなことはなかった。
で、この状況を読み取る。
考えるまでもなく暴漢と少女である。
やっべー火つけっぱだわー。なんて思ったけどそれどころじゃなさそうだ。
「……こいつらをボコればいいのか?」
お玉を肩にあて、リサに問う。
「そうだ! わたしが貴族だと知っていた! 計画的犯行だろう!」
「まじか……。ただのヤンキーじゃなくてガチ犯罪者じゃん。やっぱり危ないじゃんこの町」
「ああ、アズマの言うとおりだったな。ついて来て貰うべきだった。すまない」
だから言ったじゃない。
明日からはちゃんとママが送り迎えしますからね!
「さて」
いっちょ吊るし上げますかい。
俺に驚いていた三人は、俺を見定めるようにじろじろ見ている。
しばらくて顔面傷だらけの男が一歩踏み出してきた。
右手には抜身の長剣。
使い古されている。
ベテランの殺し屋とか、そんな雰囲気。
「てめえ、ナニモンだ」
「邪神だ」
「じゃしん? ハッ! ふざけてんのか?」
「ふざけてない。邪神だ」
「ちっ……。調子乗ってんのか? ザコがよお!」
じりじりと三人が詰め寄る。
話し合う気はないのか。
俺は大してガタイも良くない。
数的にも優勢だ。
いきなり現れたロジックは分からないが、問題はないと踏み、高を括ったのだろう。
ふふふ、人を見た目で判断するとは愚かなり。
冥土で後悔させてやるぜ。
「リタ」
「?」
「こいつら殺してもいいのか?」
「こ、殺すのはちょっと……」
「じゃあ半殺しだ」
半殺しか……。
骨だな。
骨折るか。
骨の半分折れば半殺しだと、白髪の兄ちゃんも言ってた。
俺は右手の人差し指をバキッと鳴らした。
「半殺しだぁ!? ……なめてんのか!」
小男が吠える。
それを、リーダーっぽいやつが制止した。
戦う前に何か伝えたいようだ。
「俺たちの狙いはその手に痣のある女だ。誰かは知らないが、もし渡せば、お前は見逃してやってもいい」
リーダーが指をさす。
その先にはもちろんリタ。
先程計画的犯行とか言ってたな。
リタは貴族だし、何か目的があるのだろうか。
身代金とか、物好きにうっぱらうとかか?
いやいや。俺が「僕だけは見逃してください!」なんていつ言ったよ。
何が見逃してやる、だ。
こっちは臨戦態勢だっつーの。
「あいにくこの子と俺はセットなんだよ。連れ去るなら俺もよろしく」
「……そうか。ならば覚悟しろ。こちらは半殺しなどではなく、殺しに行く」
ごろつき三人が殺気を放つ。
「行くぞ!」
「「おう!」」
寸分のズレもなく、息ぴったりで三人が躍りかかる。
三人での戦闘に慣れているようだ。
仲良し三人組なのだろうか。
そいじゃま、仲良く三人そろって半殺しにしてやんよ。
まあ、そっちが本気なら、ちょっと手元が狂って死んじまうかもしれねえけどなあ!
ぎゃははははは!
「さあ、リタ詠唱しろ!」
魔法で帰り撃ちだぜ!
「わ、分かった!……『闇より出でて、闇より深き暗黒の力よ……』 あれ?」
「ん、どうしたん?」
「………なあ。な、なんだっけ続き」
「あれ? リタさん?」
「すまん続き忘れた」
「ま、まじ?」
ドゥッと冷汗が噴き出るのを感じる。
お、お前が長ったらしいの考えたんだろうが!
せめて覚えといてくれよ!
いや、てか、覚えられるような内容ににさせとけばよかった。
こうなることを予想してなかった俺が悪いのか。
「おらあああああああ!」
ごろつきが剣を上段に構え、突進してくる。
目はマジである。
魔法を削がれた魔導士は、弱い。
三人を徒手空拳でやり過ごすとかは無理だ。
土下座するか?
いや、もうそんな時間は無い。
リタを差し出すか?
さすがに外道か……。
まずい、万策尽きた。
策なんて策考えてなかったけど。
なんて思っていたらごろつきは目の前。
思ったよりもみんなでかい。
遠かったから分からなかったけど、小男でも俺と同じくらいある。
こ、怖え。
剣が軌跡を描きながら振り下ろされる。
あ、死んだわ。
「何をしてるのよ!」
ガキィッ!!
目の前で火花が散ったかと思うと、斬撃が防がれた。
少女だ。
少女が現れた。
男三人の剣を、一人で受け止めている。
男の誰よりも小柄なのに。
何という膂力。
「ちっ! また新手か!」
リーダーが顔をしかめる。
俺はしりもちをついて、うんこを漏らしかけていた。
顔を見上げると、そこには猫耳の剣士がいた。
「ゾ、ゾロ!」
「ゾフィよ!」
ごめん剣士違いか。
「早く! 詠唱の続きを! 『闇より出でて、闇より深き暗黒の力よ。今、邪神紋章を通じ冥界の屍に力を』でしょ!」
ゾフィはじりじりと押し込まれつつ叫んだ。
はっとしたようなリタが続きを詠唱する。
「闇より出でて、闇より深き暗黒の力よ。今、邪神紋章を通じ冥界の屍に力を!」
紋章が光る。
即、俺に魔力が流れ込む。
よし! これで使える!
素早く立ち、右手を前にかざす。
すぐに魔術を撃ち込まなければ。
しかし、範囲攻撃だとゾフィを巻き込んでしまう。
どうしよう。
『麻痺』で全員の動きを止めるか?
いや、その拍子で敵の剣があたりでもすれば大変だ。
決めた。
行使するのは、邪神の固有魔術だ。
魔力を錬成する。
錬成した魔力は邪神固有の性質を持つ。
久しぶりだが、成功してくれ!
「破壊!」
かざした右手を、握る。
リンゴを潰したような。
ゴシャっという音がする。
直後、
ごろつき達の剣が音を立てて折れた。
「なっ……!」
「もらったわ!」
ゾフィは彼らの隙を見逃さなかった。
格闘技に持ち込まれる前に、剣をふるう。
剣は容赦なく、しかし可憐に舞った。
三本の線が、男たちを斬ったかのように見えた。
しかし、どれも浅い斬りつけ。
防具は貫通していないのではないか。
「そんな弱弱しい剣では殺せんわ!」
傷だらけが嘲笑する。
呆気に取られていた二人に対し、彼は即座に剣を捨て、
拳でゾフィに躍りかかった。
切り替えが早い。
こいつが最も戦闘に秀でていたようだ。
大丈夫か、とその光景を見たものは思っただろう。
「甘いわね。確かに骨を断ったわ」
しかし、そんな心配は杞憂だ。
なぜなら、「破壊」は物を破壊する邪神固有の魔法。
剣だけでなく、防具も服も、全て破壊していた。
つまり丸裸も同然。
傷だらけの防具と服ははずるりと落ちた。
その下には、一本の切り傷がついた男の素肌。
「あなたはもう、死んでいるわ」
彼女がにたりと笑う。
世紀末発言はハッタリではない。
傷だらけの傷口から、鮮血が噴き出す。
斬撃は、しっかりと骨まで絶ち、心臓を斬っていた。
「ま、まじかよ」
そう言い残した彼は、ドウッと地に伏した。
瞬く間に、血だまりが広がる。
グロかったからか、リタが「うっ」と声を上げる。
「くそっ……魔導士が何でこんなところにいるんだよ」
「……引くぞ」
遺体となった傷だらけを見た残り二人が我に返る。
傷だらけよりも一歩後ろにいた彼ら二人は、浅い傷で済んだようだ。
リーダーはすぐに判断し、小男とともに逃走した。
途中、破壊された防具と服がずるりと落ちた。
彼らは全裸になったが、わき目も降らず逃げた。
逃げ慣れているのかもしれない。
路地裏が再びシン……と静まり返る。
地面には、遺体が一つ残された。
「……ゾ、ゾフィぃぃぃ!!」
すっかり涙目になったリタがゾフィに抱き着いた。
怖かったのだろう。
抱き着いた彼女はエンエン泣いた。
「怖かったでしょう。もう大丈夫よ!」
「ありがとう~~~~!!」
邪神とは言え、少し前まで俺も一端の人間だ。
頭を下げて礼を言う。
「ありがとう、ゾフィ。まじで助かった」
「本当よ! 邪神を名乗るなら、あんなの秒殺でしょ!」
「ごめん。俺が悪いな……」
今回俺には落ち度があった。
確かにこんなところを一人で歩く彼女は不用心だったと言える。
しかし頼りにされた俺は役に立たなかった。
詠唱を言えなかったリタを責めることはできない。
恐怖で頭がいっぱいなのに、あんな長文思い出す方が難しいのだ。
普段から練習冴えるなり、こうなるケースを考えて詠唱を俺が決めたり、
やりようはあったはずなのだ。
だから、何というか、申し訳ない。
「……勘弁してよね。ま、いいけど」
はあ、とため息をつくゾフィ。
もともと当てにして無かったといった様子だ。
い、一応最後の決め手は俺の魔法だぞう……? 一応ね?
何とも言えない顔をしていると、ある程度泣いたリタがゾフィから離れた。
「うう。そ、そういえば、なんでここが分かったんだ……? わたし普段こんなところ来ないのに」
「あ。ああ、そうね。ちょっと近くに用事があったのよ! ……その、副業の」
ゾフィは「あれよ。あれ」と付け足す。
「あ、そういえばゾフィは副業もしてるんだったな。確か、慈善事業の手伝いか?」
「そうそう! それよ! でも、こっちに来たのは偶然だからね。運がよかったわ!」
あ、そうなのか。
スラム街近くだから、貧民救済的な事業なんだろうか。
なんにせよ、助けに来られたのは偶然だったのか。
もしゾフィが近くに来ていなかったと思うと、ぞっとするぜ。
「ま、助かったんだからよかったわ。ひとまず、死体のある所に居合わせたらめんどくさいし、解散よ。解散」
「そ、そうだな。騎士団の連中に見つかったら、一日拘束されるな! 逃げよう」
「ええ。アズマ、私は優秀だから、成績に傷をつけたくないの。分かったら行くわよ」
「おけです」
路地裏を後にした後、俺たちは夕食を外で済ませて帰路に就いた。
ゾフィによると、最近地方貴族を狙った人攫いが流行っているということだ。
地方貴族が狙われるのは、高位の貴族に比べ重要度が低いからだ。
女神像下町のような上位クラスの貴族でも容赦なく殺しに会う犯罪都市では、地方貴族の捜査や対応は後に回されがちになる。
平民はなおさらだ。
そして平民に比べ、貴族は高い身代金を要求しやすい。
騎士団の動き出しも遅いから、金が手に入る確率も上がる。
よって地方貴族の子息が誘拐される事件が増えているのだ。
もちろん、このような犯罪に町の治安部隊である騎士団も対策を打ってはいる。
が、パトロールを増やしたり、罪を重くしても犯罪件数が減少していないのが現実らしい。
この町は今全域で治安が悪いが、中心部から外れたスラム街近くは特に悪い。
スラム街は犯罪の温床だ。
人攫いも身を隠しやすい。
なので、彼らにとってスラム街近くをほっつき歩く少女は良いカモだったらしい。
ちなみに、どうしてリタはそんな所を歩いてたのか。
「妹に会いに行っていた」とリタは答えた。
妹が居るのは魔導士養成機関である女神像西魔道学校だ。
学校はこの町を出て一時間ほどの場所にある。
町を出て学校に行くには、町はずれのスラム街をつっきるのが一番早い。
だがそこを幼い妹が通るのは危険だ。
なので騎士見習いであるリタが定期的に会いに行くよう決めているのだ。
いやはや、妹だろうがリタだろうが、どっちにしても幼いだろうに。
回り道をすればいいのに、自分なら立ち向かえると思っていたらしい。
現実は厳しい。
洗練された犯罪者には男の騎士でも一人では立ち向かえない。
しかもリタ、ガクブルだったじゃん。
リタは自信過剰というか、抜けているというか。なんとなく危なっかしい。
回り道をするにせよ、妹に会いに行くとき一人は危険だ。
ゾフィからは、妹に会うときは常にそばに居るように厳命された。




