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【原作版】葬送を見送るパーシヴァルの回想

 



 エスメラルダ女王の葬列がゆっくりと進む。


 早すぎるその死は、ようやく復興を遂げたこの国に暗い影を落とした。

 女王は生涯独身を貫き通した。どれだけ周囲が結婚を薦めても『私は国と結婚した』と首を縦に振ることはなかった。


 女王の妹ミランダ王女は熾烈な取り巻き達の争いの末、彼女の心を射止めた名門侯爵家の子息と結婚した。

 しかし、彼らは程なく別居した。子供もおらず、夫婦関係は冷えきったままだが、これ以上の醜聞を避ける為、現在も離婚はしていない。


 次期国王選出は難航を極めるだろう。


 エスメラルダ女王が我が子のように慈しんだこの国が再び争いの渦に呑み込まれるのは、火を見るより明らかだった。


 近衛隊長として女王の棺に付き従っているジャンが見えた。

 歳月を経ても尚冴え渡る冷悧な美貌が近衛隊長の華麗な制服と相まって美しい。

 若い頃はその完璧に整いすぎた美しさに遠巻きに眺めるしかできなかった女性達も、年月を経て渋みが増した姿に大人の色気を感じると近付く者も多い。鍛え上げてはいるものの、無駄な筋肉のないそのすっきりとした体躯がより若々しくみえた。

 近衛隊長として常に女王の側に侍り続け、温かな絆を育んだ彼を羨やましく思った時もあった。


 パーシヴァルの女王に対する感情はいつしか敬愛を通り越して渇望にも似たドロドロとした想いに変わってしまっていた。


 長く苦しい戦いの末に伯父リチャード・マッキンリー将軍が命を落とした。


 パーシヴァルを守るため、国を守るために。


 伯父が最後まで肌身離さず持ち続けたのは、たった一枚のポートレートだった。

 気高く美しい少女のそれにはマリーとサインが入っていた。

 状態保持の魔法がかかっていたのか、凄惨な死を遂げた伯父の遺体に寄り添うその一枚のポートレートは損なわれることなく穢れない美しさのまま伯父に抱かれていた。


 伯父が命がけで切り開いた血路のおかげで、辛くも勝利を手に入れた。

 皮肉にも伯父が亡くなってから、枷が外れたように魔力が格段に上がったのも大きかった。


 凱旋の日を昨日のことのように思い出す。

 

 長かった戦争は、国に疲弊をもたらしただけでなく、パーシヴァル自身にも疲弊をもたらした。

 華々しいはずの凱旋がとてつもなく虚しく感じた。


 バルコニーから出迎えた女王の姿に出陣の時を重ねた。

 いつか戦いが終われば想いを告げたい、そんな夢のような淡い綺麗な想いは、熾烈な戦いの中でいつしか摩耗し、その想いの核が剥き出しになってしまった。


 熱いマグマのような欲望、愛とすら呼ぶことも躊躇われるような全てを焼き尽くすようなその感情の奔流がパーシヴァルを苛んでいた。


 自身の女王に対する感情はいつしか敬愛を通り越して渇望にも似たドロドロとした想いに変わってしまっていた。

 側にいることが苦しかった。焦土と化した国土を復興したら、身を引こう。


 復興が進む中、事件が起こった。

 女王襲撃事件。

 あの長かった戦争は、人々の心の中に遺恨を遺していた。女王に凶刃が迫る中、身体が勝手に動いていた。

 そっと肩に触れる、女王を護って付いた傷痕に。

 あの日、泣きながらこの傷を抑えて氷魔法で止血した女王の面影が胸によぎった。

 女王の涙と自分にすがりついた彼女の柔らかな感触が甦る。

 女王が、自分の前で感情を現したのは後にも先にもその一回限り。自分に向けられた笑顔はただの一度も見たことがなかった。


 胸ポケットに入れた女王のハンカチを取り出した。

 あの日どさくさに紛れて入れ替わったそれは、優美な刺繍の施された逸品だった。

 思いのよすがに肌身離さず持ち歩いている自分は伯父に似ているのかもしれない。


 女王を救った謝礼に王配の地位をと、病床の老宰相からの打診。正直、揺れた。

 あんなにも焦がれ続けた想い人の側に常にいる事ができるのだから。

 だから、返答する前に女王の気持ちを確かめたくて王宮を訪ねた。

 女王は、薔薇園にいた。咲き乱れる薔薇すら霞むほど麗しいその姿に気持ちが高揚した。全てをなげうっても手に入れたい。

 しかし、嬉しそうに微笑む女王の傍らにはジャンがいた。

 自分には、到底その温かな空間に入れるとは思わなかった。

 この先、例え王配になれたとしてもジャンに嫉妬し続けるであろう醜い自分が容易に想像できた。


 そのまま薔薇園から目を背けるように踵を返し、老宰相に王配の辞退と辞職の旨を伝えた。


 伯父の自宅から発見された遺書にあった、彼の遺児ダリアを口実に。


 ジャンがあろうことかダリアを誘惑する暴挙に出たせいで辞職は難航を極めたが、見事誘惑を耐えきってくれたダリアのおかげで無事女王の側から抜け出すことが出来た。


 最後の日に見た女王は胸が痛い程美しく、その整った美貌から一切の感情を読み取る事は出来なかった。


 女王に恋い焦がれた男は、宮廷を辞した。


「おじ様、そんなに女王陛下に未練があるなら、王配のお話お受けすれば良かったのに…。ジャン様素敵。」


「ダリア、ジャンを諦めさせてすまなかったな。お前には、いずれ良い伴侶を見つけてやるから…。」


「おじ様、私にだってジャン様が本気かどうかなんてわかりますわ。私はいつか私だけを愛してくれる人を自分で捕まえますからお気になさらず。」


 女王の棺は見えなくなるまで、パーシヴァルはそこに佇んでいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ひゃーーーー。素敵な素敵なお話でした。異世界だけどイメージ中世騎士。なんて素敵なのでしょうね。愛ひとすじ。読み終わって、余韻に浸っています。ありがとうございました。
[一言] お話しを上げて下さり、ありがとうございます。 とても泣ける回でした、、、、(T ^ T) みんながとても可哀想で、、、、。 もう一度読み直して、いかに幸福に突き進んできたのか、 噛み締…
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