【番外編】ジャン視点3
本日二話目です。
ミランダ嬢から、聖誕祭のお誘いが来た。
家族のいない俺には淋しい思い出しかなかった聖誕祭が途端に楽しみになるから不思議だ。
あの子はやはり天使かもしれない。いや、天使だ。
パーシヴァルにもエスメラルダ嬢からお誘いの手紙がきたと浮かれている。今までいろんな女性からの聖誕祭の誘いを断り、この部屋でいつも通り過ごしていた奴が珍しい。
しかも余程嬉しいのか、何度も何度も手紙を読み返してはエスメラルダ嬢の書いた文字を指でなぞっている。
乙女か?パーシヴァル、乙女なのか。
いつものクールでダンディなお前はどこへいったんだ。
その恐ろしい程に分厚い手紙には、何かの呪いがかかっているに違いない。
「レディ・エスメラルダは天使に違いない。」
奴の呟きが聞こえてくる。恋する乙女と化したパーシヴァルと先程の俺が同じ思考をしていたなんて思いたくない。さくっと無視するに限る。
まあ、これで毎年二人きりで聖誕祭を過ごしているせいで流れた怪しい噂は消え去るだろう。
そうだ、今年こそは正真正銘女の子と過ごせるんだ。
ちっちゃい子供だけど…。
流石に公爵家、お城みたいなお屋敷だった。豪華な空間に圧倒される。パーシヴァルは流石に王族だけあって物怖じしないが、只の孤児だった俺には厳しいものがある。パーシヴァルと一緒で良かった。
豪華な食事にも圧倒されたが、公爵夫妻はとても気さくな方で食べ進めるうちに緊張が解けていった。
いつものようにパーシヴァルと競うように食べる。
旨い。周りと比べて明らかに皿いっぱいに盛り付けられた料理がみるみる無くなる。
おかわりを勧められて、遠慮なくたくさん食べた。
いつも思うが、たくさん食べるのに、あんなに美しく優雅なテーブルマナーは一体なんなんだ。
士官学校でも、たまにパーシヴァルの食事風景にうっとりしてる謎の輩が多数存在するもんな。
パーシヴァルといつも一緒に食事しているお陰で最初はカトラリーが使えず手づかみで食べていた俺も、今ではテーブルマナーには自信がある。ここで物怖じせず食べていられるのも、パーシヴァルのおかげなのかもな。
「ジャン様は、たくさん召し上がるのね。素敵だわ。特にお好きなものは何かしら?」
ミランダ嬢がにっこり笑いながら聞いてくる。
可愛い、天使だ。癒されて寛大な気分だから、たまにはパーシバルに援護射撃をしてやろう。テーブルマナーの恩もあるしな。
「俺は何でも食べます。パーシヴァルは食べる事が何より大好きで、作るのも上手いですよ。特にパーシヴァルの作るバーベキューは最高ですよ。」
パーシヴァル、上手く次の機会が作れるといいな。
「食べてみたいわ。」
早速エスメラルダ嬢が食いついた?
「レディ・エスメラルダは、バーベキューしたことあるのかな?」
パーシヴァルがにこやかに微笑みながら、聞いている。俺、良い仕事しただろ。
⭐⭐⭐⭐⭐
狩猟は貴族の娯楽である。孤児の俺にとっては、生きる手段だったが…。
生きる為には何でも食べた、蛇もカエルも…。中でもウサギはご馳走だったな。美味しいし、食べたあとの毛皮も売れる。久しぶりにウサギ食べたいな。
「ジャン様、私ウサギが大好きなのです。ウサギを捕ってきてくださいますか。」
俺を見上げるミランダ嬢がちっちゃくて可愛い。抱き上げてすりすりしたい。犯罪者になりたくないからしないけど…。
ミランダ嬢がウサギを抱いている姿を想像する。天使だ。天使に違いない。白くて小さなウサギを生け捕りにしよう。彼女が大好きなウサギを食べたら悲しむに違いない。今日は大好物のウサギ料理は封印だ。
膝をついてミランダ嬢と目を合わせる。
「ミランダ嬢の為に可愛いウサギを捕ってきますね。」
ミランダ嬢が目をキラキラさせた。
「ジャン様、出来ればふてぶてしいくらい大きくて肉厚で食べごたえのあるウサギさんがいいですわ。私、モモ肉がむっちりしている大きめのウサギさんが好みですの。」
ウサギを食べ物として好きなんだね。意外な天使の思考に笑いそうになった。俺に家族はいなかったが、妹がいたらこんな感じだったんだろうな。
「俺はウサギ料理が得意なんです。あとで振る舞ってあげますね。」
「ええ、楽しみですわ。あと、捕ってくださったウサギの毛皮で襟飾りを創りたいのです。ウサギって食べた後も毛皮で楽しみが出来るんですもの素敵だわ。」
その考えに激しく同意します、我が天使。その令嬢っぽくない考え方いいな。同年代でこんな考え方してる女性いないかな。
「ミランダ嬢、俺は毛皮を鞣すのも得意なんですよ。毛皮が綺麗なむちむちの大きなウサギ、楽しみにしていてくださいね。」
ミランダ嬢に約束する。真っ赤になってこくんと頷くミランダ嬢がマジ天使だ。
狩りに出る時、ミランダ嬢が手を振ってくれた。嬉しくなって手を振り返した俺をエスメラルダ嬢が不審者を見るような目で見てくる。
いや、俺はパーシヴァルと違ってロリコンではないですよ。
パーシヴァルが怯む俺に気付き、俺の視線の先のエスメラルダ嬢の方を見た。パーシヴァルから殺気が溢れる。
俺はミランダ嬢とほのぼのしてたんだ。断じてエスメラルダ嬢に手を振ったわけではないぞ。誤解だ、だからその地獄の業火のような殺気を早急に鎮めてくれ。
その強烈な殺気に死を覚悟した途端、殺気が止んだ。
エスメラルダ嬢がパーシヴァルに手を振ったのだ。
にっこりと紳士の微笑みを浮かべてエスメラルダ嬢に手を振り返したパーシヴァルから喜びのオーラが漏れる。
パーシヴァル、俺にはお前が尻尾をぶんぶん振っている犬にしか見えないぞ。
「ジャン、お前は何を狙うんだ?」
「ウサギだな。ミランダ嬢から、お願いされたからな。」
ふふん。まだちっちゃいが可愛いレディからのリクエストだぞ。
「では、私は牡鹿を狙うとしよう。」
牡鹿、それはいつかパーシヴァルが話してくれた彼の祖国の王族の風習。プロポーズの時に自分が仕留めた牡鹿を相手に捧げ、相手とその家族と一緒に食べるという古の習慣。
やるのか?しかし、鹿などの大きめの動物はこの森にいないと森番からさっき話があったぞ。今日はウサギやキジなどの小さな獲物を狙う狩りだったはず。
「牡鹿はいないらしいぞ。」
「ジャン、私が牡鹿を狙うと決めたんだよ。」
パーシヴァルの瞳が怖い。我が士官学校のカリスマが狙った獲物を絶対に逃がさない奴だと俺は知ってる。
それが例え不可能であったとしても…。
彼の獲物は牡鹿だけなのか、それともその視線の先の少女もなのか。
颯爽と馬に跨がり駆けていく彼の背中を見つめた。ピンと伸びたその広い背中が彼の決意を語っているように見えた。
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