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流れゆくもの

 山奥に作った秘密基地。伯父さんが所有していた物置小屋を使わせてもらっただけだが、それでも仲間連中でアイディアを凝らして物を持ち寄り、中々快適な空間になったと自負していた。それでよく集まってバカ騒ぎをしたものだが、それはもう昔のことだ。中学に上がった頃から部活に勉強、より魅力的な遊びに目が向けられ、この場所はいつしか皆に忘れられていった。

「ふぅ、寒い寒い」

 誰かが持ちこんでそのままのストーブを付ける。冬の冷気が容赦なく入り込むから暖房は必須だ。ついでにヤカンに水を汲みその上に乗っけておく。以前空焚きに気が付かずに冷やりとしたことがあったが、温かい飲み物も無くては困る。湧いたらすぐに机の鍋敷きの上に移すことを心掛けているからまあ大丈夫だろう。

 そんな危険と苦労が付随するこの場所にボクが未だに訪れるのは、ひとえに作業をするのに都合が良いからだ。機械いじりという、部屋でやるには広さが心許無いし汚れるし、かと言って学校では悪目立ちする趣味のためだ。

 まあ、今日はその予定はないのだが。いやこれはルーティンワークというか、言ってみれば部活動の部室みたいなもので、放課後とりあえず行く場所という位置付けなのだ。

 ぼーっとしているのもなんなので、鞄から教科書とノートを取り出す。確か数学から宿題が出ていたはずなのでこの場でやってしまおう。あの頃は遊ぶことしかしなかった秘密基地での勉強はなんだかむず痒いものがある。いつまでも慣れない。

「やっほー」

 少しの静寂を破るドアの開く音と共に入ってきたのは、幼馴染で昔この場所を共にした一人である学友だった。なんとも珍しいこともあるものだ。

「いらっしゃい」

 折角なので歓待しようと、ヤカンのお湯を紙コップに入れて手渡す。

「懐かしいけど、お湯か~。珈琲とかないの?」

 学友の軽口に肩をすくめて、そんなのあるわけないアピールをしてやる。

 学友も本気で言ったわけではないのでケラケラ笑ってお湯を呑んだ。

「てか珈琲なんて飲むの?」

「最近のマイブーム」

 小さい頃お祭りで間違えてブラック珈琲を飲んで以来苦手意識が強いが、なるほど、ここで飲むには色々と絵になりそうな気がする。今度試してみよう。

「それで、ここ最近来なかったのに、今日はどういう風の吹きまわし?」

 ここ最近どころかこの学友は中学に上がってからは一度も訪れていなかった。

「……それは、その」

 いつも即断即答な学友にしては歯切れが悪い。お湯を飲みながらちらちらこちらを窺う様は、いつもと違い過ぎて落ち着かない気分にさせられる。

「それよりさ、それ何やってんの?」

 机の上を見て、学友はあからさまに話題を逸らしてきたが、追及するのもなんなのでボクは素直に答えた。

「ん、勉強。てか宿題」

「真面目だねー」

「暇だったし」

「ふーん……」

 会話が途切れ、沈黙が流れる。何か話をしたいと思いつつ、なんだかんだ話題が無い。取り留めの無い話でも良いだろうに、一度間が開くと、どうでもいい内容だとなんだか憚られる。

 そもそも学友の方からわざわざやって来たんだから何かしら目的があるはずなのだが、それを切り出す気配がない。まさか用も無く来たってことは無いと思うが。

「……宿題か」

 学友はボソリと呟いたかと思うとその肩に掛けていた鞄から同じように教科書類を取り出し、椅子に座った。

「折角だし、一緒にやろっかな」

「……見せないよ?」

「殺生な!?」

 普段から直前に慌てている姿を見ていたので釘を刺したら案の定だった。ボクは苦笑して椅子に座って、鉛筆を握った。

 学友は口ではそんなことを言っていたが、拘泥するでもなく同じように数学の問題を解き始めた。地頭は良い癖に何故すぐサボろうとするのか。

 それからしばし、鉛筆を走らせる音だけが流れる。

 こうしているとあの頃のことを思い出す。と言っても別に同じように静かに勉強したことがあるわけじゃない。むしろこの小屋に教科書を持ち込んだことすら無かった。いつも大勢で何かしら賑やかに遊び騒いでいた。今のこの状況はあの頃とは正反対だ。だからこそ、そのギャップに昔を無性に懐かしく思ってしまうのか。

 ボクはちらりと学友を盗み見る。あの頃とは打って変わって大人しくノートに集中している。正直、その姿もボクのこの気持ちを加速させている。相変わらずそばにはいるけど、やっぱりどこか違っているのだ。

 子ども染みた感傷だ。きっと冬の寒さが心を竦ませた所為だ。

 今が不幸ってわけでも無し。身勝手な哀愁はこの辺りで振り払うとしよう。

「珈琲は無いけど、麦茶ならあるんだ。飲むかい?」

「冬に麦茶? ……貰おうかな」

 学友の返事を聞いてボクは席を立った。小屋の隅の棚から買い置きのティーバッグを取り出し、まだお湯が随分残っているヤカンに放り込む。

「なんだか懐かしい味がする」

 その麦茶を飲んだ学友がそんな感想を呟くのがなんだかおかしくて、ボクは内心で笑った。それを顔に出さないよう苦労しながら、同じく棚にしまっていた遊び道具を色々と取り出し机に並べた。

「それは?」

「久し振りに、どう?」

 トランプに将棋、囲碁とオセロとチェス。花札もあった。あの頃熱中した思い出の品だ。童心に帰って楽しみたいと、学友を誘う。

 学友は最初何か思案する顔になったが、やがてふっと笑って、

「我に挑むか……よかろう。かかってくるがよい」

 威厳たっぷりにそんなことを言って机の上に広げていた教科書類をいそいそと片付けた。顔のにやつきが隠せていないので、この辺学友は変わっていない。

「ストレート!」「フラッシュ」

「飛車ゲット!」「王手」

「さ、三コウ?」「これは無効試合だね」

「……ッ!」「チェック」

「…………むぅ」「雨四光」

 相変わらず学友は強かった。ボクだって決して弱いわけじゃないはずだが、学友はその上をのらりくらりと越えていく。悔しいが、心地良い。手が届きそうで届かず、夢中になって勝負を挑む。

 冬は日が落ちるのが早いのもあって、気が付けば窓の外は夜の帳が下りていた。

 ボク達はそれでもなお遊びに興じた。空白の時間を埋めるように、なんてのは少し過分な言い様だが、それでも何かを取り戻せているような気がして、止め時が見つからなかったのだ。

 けれどそんな楽しい時間は、唐突に鳴り響く携帯電話で終わりを迎えた。

 呼び出し画面には家族の番号。それに戦々恐々とした思いを抱きながら、無視するわけにもいかずに出て案の定のお小言の嵐。門限なんて洒落たものこそ無いのだが流石に親は心配したようだ。

「家もだ」

 学友は似たようなのがメールで来たらしい。少しばかし苦い顔をしている。

 名残惜しいがここでお開きだ。時間ならあるんだ。会おうと思えばいつでも会える。そんな簡単なことに今日ようやく気が付いた。

散らばった道具を手早く片付け、ストーブを消す。二人して帰り支度を整えると、最後に電気を消して小屋を出た。

 外は満月でそれなりに明るいが、それでもやはり心許無い。それに山奥で人気が無いので、普段ならこんなに遅くならないよう注意するのだが、今日は時間を忘れてしまうくらい楽しかったから仕方ない。

 我ながら危機感が希薄な気がしないでもないが、まあ、今は頼れる相棒もいるし問題はあるまい。

 コートのファスナーをしっかり上げて、学友と歩き出す。

 しばらくはお互いに無言で山道を下っていたが、ふと学友が口を開いた。

「あのさ……」

 何かを言い掛けて、しかし後が続かず、ボクはまじまじと学友を見詰めた。

 学友は落ち着いた目を真っ直ぐ道の先に向けており、さっきの声はボクの幻聴か何かかと疑い始めた頃になって再び話し始めた。

「実は転校することになった」

「……え」

「親の仕事の都合で春から東京だ」

 冷や水を浴びせられたかのように、身体の芯が冷えていくのを感じる。

「そっか」

 素っ気なく、そんなことしか言えない。

「まあ、どーせ来年には高校に上がるからね」

 志望校が違えばお別れなのはそうかもしれない。家が近くとも、新しい生活が始まれば忙しくなって疎遠になってもおかしくは無い。その時期が多少早まっただけ、なのだが、そう割り切れるほどボクはまだ大人じゃない。

 かと言って、仕方ないことに無理を言うのも格好悪い。だから、去来する様々な思いを噛まずに呑み込んで、ボクは大人のフリをする。

「東京ってことは、アキバにいつでも行けるってことか。羨ましいね」

「そう言えば行きたいって言ってたね」

「色々と聖地だからね」

 ボクはふふんと笑って言う。ちゃんと笑えているか心配だが、学友は何も言ってこないのできっと大丈夫なのだろう。

 でもそこから二の句が継げず、学友も口を閉ざしたままで、ボク達は風が木々を揺らす音だけを聞きながら歩く。

 小屋から家までそんなに距離があるわけじゃないので、もたもたしていたらすぐに帰りついてしまう。それでも何を言うか迷い、思いが形にならずにぐちゃぐちゃになって、結局何も話せないままだ。

 ボクは小さく息を吐いて夜空を見上げる。この澄みきって冷涼な空気もやがては緩み、終わりを迎える。それもきっと、あっという間なのだろう。

 時間なんてあるようで無かった。過ぎてから後悔しても、それは多分もう取り返せない。そう考えると、どうしようも無い情動が胸の奥から湧き上がってくる。

 そしてボクは学友へと手を伸ばして――


お題は春・ヤカン・消えた遊び

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