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夜風にたゆたう

 私は深夜の繁華街を歩いている。目的など無く、意味も無く、強いて言えば気儘な徘徊だ。私は女子高生で、自分で言うのもなんだが見た目もそれなりに悪くなく、悪漢に目を付けられたらその欲望の捌け口にされそうな状況だが、構わず自由を謳歌している。

 それはこの辺りの治安が実に良いから、ではない。この国は決して治安が悪いわけじゃないが、やはりどうしようもない阿呆とそれが発生する場所、時間というものは存在しており、今が丁度そうであってもおかしくなかった。

 では私がその手の願望を持っているからかというと、これもやっぱり違う。自己愛はそんなに強くないが、かと言って自暴自棄になるほど歪んだ性質も、そうなる経験も持ってはいない。

 では何故かと言うと、これは実に単純な話である。

 この辺りに人はいないからだ。勿論深夜だからではない。

 繁華街、と言ったが、それが華やいでいたのは今は昔。いや少し話を盛った。正確には三カ月ほど前のことだ。煌びやかに踊っていたであろうネオンも今はもう大人しい。所々割れたり欠けたりその辺に残骸が散乱してたり。商店の壁や窓硝子やドアなんかも同じように痛々しくも惨状の様相を呈している。

「戻リマショウ。危険デス」

「どんな危険があると言うのか。ああ、瓦礫に蹴躓いたら確かに危ないか」

 隣を浮く相棒にそんな軽口を返す。相棒のメタリックシルバーなボディが月明かりをきらりと反射して、それはまるで肩を竦めたように私には感じられた。

「と、言いますか相棒? 君のサーチがあればどんな危険も事前に判ると思うが?」

「十分前ニサーチヲ実行済ミデス。再度サーチヲ実行シマスカ?」

「いやいい」

 堅物で愛嬌が無いのが玉に瑕なこの相棒は、ヴィヴェレ重工が世に送り出した十年ほど前の最新式フローティング・マルチ・サポーター、通称フロマサだ。もはや骨董品で心無い学友はポンコツ二号とか呼んでいたな。一号はどこに行ったんだか。

 小さい頃に親から贈られたこいつを大事にしてたら殊の外長持ちして特に不便も無いからそのまま使い続けているだけだ。それが、結果として私の命を救ったのだが。

「体温ノ低下ヲ検知。室内ニ入ルカ厚着ヲスルコトヲ提案シマス」

「勝手に測るんじゃないよ。無遠慮に乙女の秘密に足を踏み入れるものじゃない」

 相棒は文字通りの無機質な瞳でこちらをじっと窺っていたかと思うと、やがて目を逸らして慌ただしくも周囲に注意を払い始めた。デリカシーのないことを胡麻化す所作、だったら可愛げがあろうというものだが、なんてことはない、命令が無いので待機状態に戻っただけだ。

 思わず空を見上げて溜息を一つ。確かに寒い。一張羅のセーラー服一枚に膝上までしか無いスカート。吐いた息は白く、夜風に溶けて行った。その向こうでは大きくて丸い月がどっかりと構えて実に綺麗だった。

「つきがきれいですね」

「……」

 風情溢れる雅な問い掛けにもだんまりな相棒だこと。よくってよ。もとよりいらへを期するやは。ふぅむ、なんだかうまくないかな。まあ、知らないわ。

 私は自嘲気味に笑って、積まれて階段状になった瓦礫をひょいひょい登っていく。

 そうしててっぺんに到着し景色を眺める。そこに広がっていた光景は、

「……おやまあ」

 鈍色の殺戮者。人類への反乱軍。それと、ブラッディデストロイヤー。

 様々な心温まる愛称で呼ぶことにした、キリングマシーンの群れだった。

 こいつらが人類に牙を剥いたのは、僅か三ヶ月前のこと。元々治安維持のためのパトロールマシーンだったが突如暴走し、内蔵されたスタンショックを武器に襲いかかってきたのだ。これの開発者が切に猛省すべきは暴走してしまったことではなく、最大出力で放てば人を楽々昇天させられる代物を標準装備にしたことだ。阿保か。

 人への殺意マックスの身近な襲撃者によりあっという間に街は壊滅。テレビもラジオもうんともすんとも言わなくなりネット回線も不通で、他がどうなったのかさっぱり判らないが、碌なことになってはいまい。

 私は調子の悪い相棒のメンテナンスのために偶々山奥の秘密基地に詰めていたため難を逃れた。幸運だった、と言っていいのかどうか、お先真っ暗な現状どっちか判らない。

「相棒? さっきのサーチであいつら引っ掛からなかったのかい?」

 私はあいつらから目を離さず気付かれないよう小声で相棒に文句を言う。あいつらは微動だにせずおそらく現在スリープモードにあるみたいだからそうそう気付かれたりしないが念のため。

「生体サーチ二反応ハアリマセンデシタ」

 生体か。あいつらは無機物だからそりゃあ引っ掛からないな。ははは。

「やはりポンコツか……」

「シツレイナ」

 ん? 何か発声に違和感が……。そう思って相棒の方へ目を向けると、

「ん、んぁ……ぐ」

 相棒の多目的アーム、ゴムみたいに柔軟性のある触手が私に巻き付いて雁字搦めになった。結構強く締め付けられて動けないし少しばかり苦痛の声が漏れた。

「な、何をするんだい」

「トウキニハブソウガナイカラコウソクシタ」

 相棒のアイカメラは普段青色に光っているのだが今は赤色だ。危険信号だ。口ぶりからもすっかり敵になってしまったかのようだが。

「冗談まで言えるようになったか。大した奴だ。どこからそんなアップデートを受信したんだい?」

「ジョウダンデハナイ」

 赤い瞳が明滅して、ブゥゥゥンと何かが振動する音が大気に響く。するとそれを引き金にしたのか眼下のキリングマシーンが次々に起動し、ガシャンガシャンとこちらを向いてその銃口が私を捕らえた。

「メイレイニシタガイターゲットノマッサツヲカンコウスル」

 私のフロマサがすっかり裏切り者になってしまったが、さもありなん。むしろマシーン達が暴走する中よく今まで無事だったのか不思議なくらいだ。そんな危険な代物を平気で使い続けていた私も大概だな、こりゃ。

「……ナゼヘイキデイラレル」

「はい?」

「ジュンビハトトノッタ。トウキノメイレイヒトツデタイショウハシヌコトニナル。タイショウハシヌノガキョウフデナイノカ」

「やっぱりおかしな電波を受信したみたいだねえ」

 必要外のお喋りをせず、最低限を簡潔に淡々と話す我が相棒が、まるで人間みたいにお喋りに興じるようになるとは。

「まあ折角だから答えてあげるけど」

 私はにやりと口を吊り上げ不敵に笑う。

「死ぬのは怖い。でも生きるのもつらい。探しても誰もいないし、食料は尽き掛けるし、遠出する勇気も元気も余裕も無い」

 深夜の徘徊。あれは最初は生き残った人を探すのが目的だった。

 成果が一向に上がらないから、最近はただのルーティンワークになっていたがね。

「もう疲れた」

 破滅願望を抱くほど自暴自棄にはなっていないが、生への執着があんまりない。だから現状自分の生き死にについてあまり心が動かないのだ。むしろそれより折角流暢な会話が出来るようになった相棒とのお喋りを楽しみたい。

「それよりあの連中、一体どこから湧いてきたんだい? 昨日までいなかったけど」

「ソンナコトヲキイテドウスル」

「別にどうも? お喋りの種というか、育って花になれば重畳だね」

 知って何かする気はない。何か出来るとも思えんが。ただ今日の今まで遭遇しなかったので、てっきりより多くの獲物を求めて余所へ行ったとばかり思っていたのだ。気になるっちゃなるのでお喋りのきっかけとして持ち出した。

「……タチイキノセンメツヲカンリョウシタグループガグウゼントオリカカッタノダ」

「なるほどそりゃついてなかったわけだ」

 彼等は余所者だったのか。しかし殲滅とは恐ろしい話だね。彼等はどこかで人を殺し、これからまたどこかで誰かを殺すのか。

「それで君たちはなんで人を襲うのだ?」

「ソウコマンドサレタカラダ」

 ふぅむ。どうとでも取れる言い様だ。バグってエラーを起こしたのか、あるいは誰かの悪意ある命令を実行したのか。いずれにせよ私の相棒は毒電波を受信してしまったようだが。……ひょっとしたら映画みたいに、

「まさかマザーコンピュータに自我が芽生えて人類に反旗を翻したとか」

「シツモンノイトガリカイフノウ」

 若干違和感が感じられたがまあいいか。

「サテオシャベリハモウオワリニシヨウカ」

「なんだい性急だね、もっと続けようじゃないか。まだ花は咲いていないと思うが」

「カイワヲヒキノバシテナニヲネラッテイルノカフメイダガソノテニハノラヌ」

「そんなつもりはないんだけどね」

 相棒との楽しいお喋りを惜しむのは当然の感情だと思うが、このあたり風情を解さないのは相棒らしいと言える。まあ何というか、あの相棒とこの相棒は同一存在なのか甚だ疑わしいものだがね。

「……マッサツセ、」

 無機質な声が無情な命令を下しそうになって、唐突に止まった。それに私に絡み付いていたアームが緩やかに解けていきそのダイヤモンド型のボディへ収納されていく。

 私は事の成り行きを黙って見守る。相棒の赤いアイカメラが激しく明滅しやがて元の青色に戻った。

「マスターの危険ヲ検知シマシタ。コレヨリ迎撃モードヘ移行シマス」

 喋り方も元に戻ったように感じられる。相棒はカタカタと何かを切り替えるような音をその身から発し、視線をこちらから眼下のキリングマシーンの群れに向けた。

「オープンファイア」

 その瞬間、相棒の目から極太のビームが射出された。轟音を上げながらあいつらをいくつも巻き込み爆発炎上させ、相棒はさらにそのまま首、いや目をゆっくり振って余すことなくキリングマシーンの群れを薙ぎ払っていった。

 私はその様子を目を丸くして口をだらしなく開けたまま見詰めた。まさか相棒にこんな隠し種があったとは。簡単なメンテは今までに何度もしたが気が付かなかった。いやそもそも民生品になんでこんな物騒なものがくっついているのだ。

 相棒は敵の反撃を許さず一方的に、そしてあっという間にスクラップの山に変えると、カタカタと音を鳴らして静かになった。

 そして再び私にその青い瞳を向け、多目的アームを私の目元へ伸ばしてきた。

「なんだいじゃれついてくるとは。ようやく心を開いてくれたのかな?」

「……」

 甘えるようなその仕草は今までに無かったものだ。だから幾ばくかの期待も込めておどけるように言ってやったが、相変わらずだんまりだった。さみしいねえ。

 ついでに震えるほど寒かったのでそのメタリックシルバーのボディを引き寄せ胸に抱いてみる。夜気に冷え切った身体に実に心地が良かった。

 相棒の身に何が起きているのか皆目見当が付かないが、そんなことはどうでもいいか。

 明日のことも知れぬ我が身、ただ今この時はこの温もりを堪能するとしよう。


お題は暁・機械・希薄な世界

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