第九十九話 総統閣下と次の脅威
世の中と言うのは、戦争に満ちています。
一つの戦いが終わっても、戦争は無くなりません。平和と言う名の次の戦争の準備が始まるだけです。
のんびり過ごしている時間なんて、独裁者のボクにはないのかもしれませんね。
……はい。
テームの戦いから、時は流れて二週間。
ボクたちは、平和を取り戻すことに成功しました。
迫りくるモンスターは撃滅、謎の巨大兵器も鹵獲に成功。
テームの復興とか、損害を受けた冒険者の遺族に対する保証とか、いろいろやるべきことは残っていますが……それはボクの仕事ではありません。
そう言うのはロンデリアの国内問題、ロンデリア政府に任せます。
ボクはボクで大和帝国総統のとしてのお仕事がいっぱいありますからね。
親衛隊に今回の戦いについての調査を命じたり、怪我をした西少佐のお見舞いに行ったり、アヤメさんと制服お買い物デートに行ったり……独裁者エリュテイアは忙しいのです。
それに、これからも会議のお時間です。
先の戦いについての情報がまとまったらしいので、報告を受けないといけないわけです。
そういうわけで、ヘレルフォレード貴族学校の一室。
普段はあまり使われていない埃っぽい部屋を、掃除して長テーブルをポンポンといくつか配置して即席の会議室に変更。
むさ苦しいおっさん達を集めて御前会議のお時間です。
上座に座るボク、その後ろにはいつものようにアヤメさんが控えます。
ボクから見てテーブルの右側には陸軍さんが四、五人ずらっと並んで、反対側には同じ人数の海軍さんが並びます。
その奥には敵兵器の鹵獲という大戦果を上げて鼻高々な親衛隊の金髪の野獣と魔法関係の有識者として連れてきたセレスティアルのロシャーナさん。
陸海軍がにらみ合っていることを除けば、完璧な布陣ですね。
さてさて。
「それでは、この戦い『テームの戦い』の総括に入りましょうか。えっと……」
「エリュさん。まずは、親衛隊情報部のハイドリヒから今回の戦いの調査結果について報告ですよ」
「ん、ありがとうです、アヤメさん。ではそうしてください」
はい、どうぞ、と指名してあげると奥の方に座っていたハイドリヒさんが立ち上がって報告し始めました。
「はい、今回の『テームの戦い』。この主要因は、ロンデリア国内に潜入したエルフのスパイと断定されました。このスパイが特殊兵器を用いてモンスターを操作、テームを襲ったことが、この戦いの原因です」
その報告に「ざわざわ……」と陸軍が騒ぎ、海軍が、引き攣った顔で凍り付きます。
ん、ここから先はお察しですよ。ハイドリヒさん、一度、止まってください。最近、諸事情で国防予算を削っているので、陸海軍が予算の奪い合いをしていてですね……はい、発作的なやつです。
「これはどういうことですかな、海軍殿。このロンデリア王国は島国である。海軍がしっかりしておれば密偵など入れんのではないかね?」
「これは海軍の怠慢であるな! このようなミスを犯す惰弱な海軍など即刻解体し、海上親衛隊にでも統合してしまえばいいのだ!」
「そうだ、もし総統閣下の身に何かあればどうするつもりか! これは責任問題だ!」
と、鬼の首でも取ったように責め立てる陸軍と……。
「全責任を海軍に押し付けるのは間違いである。今やエルフは、外洋航行能力を得ている。世界中の海にエルフが出没するということである。広い海を完全に封鎖するなど、不可能だ!」
「そもそも、陸軍が戦車などと言うおもちゃに多額の軍事予算を費やしているから、軍艦の数が用意できておらん。陸軍こそ、親衛隊に統合しその予算を海軍に振り分けるべきである!」
「そうだ! それに、敵に上陸された後、ロンデリアの陸軍は何をしておられたのか? エルフの存在に気付かず怠惰に過ごしていたのではないか? 海軍としては、陸軍にも責任があると考える!」
と、反撃する海軍。
ボクの前では、陸海軍のおっさん総勢約10名程度が、互いに激しくののしり合っています。いい歳をした大人が、みっともなく椅子から立ち上がって、互いにギャーギャー喚きながら指を差し合ったり、唾をまき散らしたり……。
はぁ……何をやっているんですかね、この変態たちは。
普段から、やれ陸軍は貧乳派だとか、やれ海軍は太もも派だとか、くだらないことで喧嘩しているのに、まだ喧嘩したりないんですかね?
「あ、ちなみに私は太もも派です。知ってます?」
そんな喧嘩に紛れて、そんなことを、耳元にささやいてくるアヤメさん。知ってます、あと、そんなことは聞いてないです。
それに、アヤメさんは、他のところも好きですよね?
……まあ、アヤメさんの好みとかはどうでもいいです。いや、どうでもいいわけじゃないですけど……重々承知しているので、今さら聞くことじゃないですし。
そんなことより、この騒がしい連中を黙らせないといけません。
注目! という意思を込めて、ぱんぱんと、手を叩いて……あとは、「やめてください」という意思を込めて、ジト目でも向けておきましょう。
「……申し訳ありません閣下。あまりに海軍が不甲斐ないので陸軍として怒りを隠し切れず、このような無礼を」
「何を言うかこの陸軍は……。海軍としては、この無能な陸軍を国防上の問題として無視できず、つい熱くなってしまいました。申し訳ありません」
しゅーんとした陸海軍のおっさん達。
ん、分かればいいんですよ、分かれば。あんまり喧嘩しないでくださいね?
と、そんなことより……。
「こほんっ。それで、そのエルフの密偵はどうなりましたか?」
「はい、マインフューラー。エルフの密偵ですが、一体だけですが捕獲することに成功しました」
陸海軍が静かになったので、ハイドリヒさんに質問を続けます。
「えっと、一体だけ、ですか?」
「潜入してきた個体は二体ですが、メスの個体は戦車隊の砲撃で死亡。死体は回収できましたが……」
表情一つ変えずに、そう報告するハイドリヒさん。
メスの個体って……この人、完全にエルフを知的生命体として認めてませんよね? 流れるように人種差別的発言ですよ。
ボクの国は“変態”は多いですが、こんなタイプの“狂人”はいないはずなんですけど……。
全く、どこのドイツですか。怖いですね。
「ん、分かりました。それで、そのエルフは何か情報を漏らしましたか?」
「もちろん、簡単に。我がドイツの……」
「……あ、はい、そこから先は結構です」
手で制止してその台詞を止めます。いろいろ、ヤバそうなので。
たぶん、世界最高の医学薬学を用いて作った、特殊なお薬で情報を吐かせたわけですよね。相変わらず、えげつないことしますね。
それと、ここドイツじゃないです、大和帝国です。
で。
「……エルフの吐いた情報によれば、そう遠くない未来にこのロンデリア王国を攻撃する計画があるとか」
「……なるほど、要検討ですね。軍部に情報を渡しておいてください」
ロンデリア侵攻計画、ですか。
エルフが、どれほどの侵攻能力を持っているかはまだ明らかになっていませんが……油断は禁物です。
何しろ、この世界の戦争は基本的に異種族同士の「絶滅戦争」です。
同じ人間同士でも「スラブ人を、数千万人殺して残りは奴隷化する!」とか、訳の分からない理由で戦争をするのが『人類』という生き物です。これが、種族として異なる「人間」「エルフ」となるとどうなるか……。
想像もしたくないです。
エルフが攻めてくるかもしれない。そうなると、気になるのは彼らの戦闘能力ですよね。
先の『テームの戦い』では、何やら、凄い兵器が出ましたよね。おっきいロボットです。
「それで、そのエルフが持ってきていた兵器……」
「大型ゴーレム『スターリン』ですか。それに関しては、ロシャーナ殿から」
「はい、私から報告させていただきます」
ん、よろしくお願いしますロシャーナさん。
彼女が味方にいて、凄く助かりましたね。魔法技術には疎いボクの帝国には、ああいう複雑な魔法技術の結晶を理解できる人はいないですから。
「この兵器『スターリン』ですが、非常に優れた性能を持った兵器であると推測されます」
ふむふむ。
んむ? アヤメさんどうしたんですか? あ、資料くれるんですね、ありがとうです。
えっと、正面装甲約40mm、武装は高威力の魔道銃。総重量は120トンオーバーで、移動速度は最高20km……性能的には、超重戦車の重量に中戦車の性能って感じですね。
ファンタジー世界の国家が、技術的な限界を無視して無理やり作った超兵器としてみれば十分高性能なのでは?
「この兵器は、エルフが開発した新システム『マナ機関』を搭載しています。この機関は、生命を魔力化……早い話が、生贄化することで製造した『マナ』を用いて大魔力を運用する、というものです」
んー?
「魔力版エンジンとでも思えばいいですよ、エリュさん。マナはガソリン、マナ機関がエンジンみたいな感じです」
「ん、そう言うことですか。流石アヤメさんですね、わかりやすいです」
ふふん、と自慢げな顔をするアヤメさん。そう言う表情、嫌いじゃないです。
「……イチャイチャしているところ続けてよろしいでしょうか? このマナ機関ですが、現状、エルフの高度な魔法技術があってこそ、実現できている産物であり、さらに言えば、その性能にも限界があります」
特に小型化は難しく、この巨大なマナ機関を搭載するために『スターリン』は全高18メートルまで巨大化したと推測されます。
ロシャーナさんは、そう続けました。
小型化は難しい、ですか。
けど、逆に言えば船みたいな大きいものに乗せる分には困らないわけですよね。
出力がどれくらいかは、分かりませんが……もしかすると、ボクの海軍の脅威にもなるかもしれません。
異マル3計画を改める必要があるかもしれませんね。
あと、トラック配備の艦隊をロンデリア方面に移動させるべきかもしれませんね。決戦の準備をしないと……。




