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第九十八話 鹵獲作戦

 テームの北の森。


 そこに、潜む『スターリン』重ゴーレム。


「くっ、スターリンがいかに高性能だとしても、単機ではあの数には勝てんか……どうすればいい? 逃げ切れるか?」


 それに乗り込んだエルフは、一人コックピットの中で頭を抱える。


 一対一ならどんな相手でも負ける気はしないが、敵の数は多い。数の暴力ほど、戦場で役に立つものはない。

 実際、正面から立ち向かった仲間は一瞬で爆散した。




 どうすればいい? そう悩み考える彼を、少し離れた木の影からこっそり監視する男がいた。


 ラインハルト・ハイドリヒだ。彼は、モンスターの襲撃以降、エルフの新兵器が運用されていると推測し、街の防衛がひと段落着くと一人で鹵獲を狙い行動していたのだ。


「なるほど、予想通り、例の氷山船に搭載されていた新型の魔法機関を使って巨大な鉄のゴーレムを操ると……遅れたエルフの割にはよく考えますね。さて、どうやって捕獲しましょうか?」


 エルフが持つ謎のシステム『マナ機関』。大和帝国はその存在を知っていながら、それがどういうものなのかほとんど理解していなかった。


 完全に稼働する状態のマナ機関を鹵獲したことがないのだから当然だろう。


 氷山艦に搭載されていたものを、魔王の爆撃や戦艦の砲撃で吹っ飛ばしたものならいくつか鹵獲していたが、そんな残骸でわかることなどたかが知れている。


 詳細な性能を知るためにも、なんとしても、動くマナ機関が欲しい。


 そんな帝国の要望に応える形でハイドリヒは行動しているのだ。




 しかし、相手は全高18メートルの鋼鉄に囲まれた巨体。


 ハイドリヒの武装は、護身用のレイピアと拳銃のみ。いくらハイドリヒがオリンピック級のフェンシングの腕前を持っているとしてもこれで止めることは不可能だ。


「そうなると、まずは……ん、この足音は」


 そんな時、彼の耳につい最近聞いたことのある足音が届く。足音の方向を見ると、駆け寄ってくる一人の少女。


「はぁはぁ……。ここにいましたか、ラインハルト・ハイドリヒ殿ですね」


「あなたは、リン……でしたか。なぜ、こんなところに」


「あなたが、森に入っていくのが見えましたので何か手伝えないかと」


 そう言って、なぜか「くちゅん」と小さくくしゃみをするリン・フォレクロード。


 城壁の上で見張りをしていた彼女は、偶然、ハイドリヒが森の中に入っていくのを目撃し、追いかけてきたのだ。


 まあ、彼女にもいろいろ健気なところがあるのだろう。ハイドリヒも罪な男である。


 そんなハイドリヒも、彼女を邪魔だとは思わなかった。一度共闘しているし、彼女の実力が「使えないことは無い」程度はあることを確認しているからだ。


 無いよりかはマシ、邪魔にならなければそれで十分と、彼女に持ってきていた大型の背負い式無線機を背負わせる。


「あのー、ハイドリヒ殿? これは一体」


「無線機です。友軍に連絡を取る道具だと理解してください。では、あの兵器を鹵獲します」


「あの兵器? ……まさか、あの巨人兵器を?」


「ええ、もちろん。では、きっちりついてきてください」


 急に背負わされた無線機に、なんだこれ? と言う顔をするリン。だが、詳しい説明をするのは煩わしいと言わんばかりに、ハイドリヒは次々に行動していく。


 まず、彼が行ったのは無線を使った連隊隷下の連隊砲兵に連絡だ。


「リン・フォレクロード。よく聞いてください、作戦は単純です。まず、砲撃であの兵器を森からあぶり出します」


「森から? それはなぜ?」


「森の中では、こちらは歩兵くらいしか運用できませんからね。あの巨体を捕らえるのは困難でしょう。森から追い出せば……」


「使える手段も増えると?」


「わかっているのならよろしい、では始めましょう」


 森の外に出てきてくれれば、戦車隊による直接照準射撃もできるし、場合によっては航空支援――通称「魔王召喚」も可能になる。


 そうすれば、脚部を破壊するなりなんなりして、動きを止めることも容易。




 そう言った思惑の元、ハイドリヒの指示で、テームの街の南に展開していた連隊砲――75mm山砲8門が火を噴く。


 持ち運びに特化した山砲であり、重砲と比べれば射程も威力も劣る砲だが、それでも射程も7kmはあり、小さな森くらいなら射程に収め続けることができる。


 8門の砲から、撃ち出された砲弾は空中を飛翔し、ハイドリヒの指示した座標、エルフの乗る『スターリン』の上空に到着。


 空中で炸裂、破片をまき散らす。


 直撃弾を狙わないのは、万が一にも爆散させないためだ。





「な、何だ! 爆発? これは攻撃か、こちらの場所がばれているのか!? しかし、近くには何もいないぞ、一体どういう手段であんな攻撃を!?」


 爆発と、機体に当たる金属片。それにより、エルフは自分が攻撃を受けていると理解する。


 彼の乗る『スターリン』の装甲は砲弾の曳火射撃くらいなら余裕で耐えられる。しかし、撃たれれば気分が良くないし、危機感を抱く。


 そして、彼は無線なんてものを知らない。


 まさか特殊工作員が徒歩でこっそり近づいてきて、無線で座標を指示して砲撃してきているなど想像もつかないだろう。


 一体どうして攻撃されているのか? それすらも分からずに、がむしゃらに機体を動かし逃げることしかできない。


「……目標は移動を開始。追いますよ、リン」


「追えるのか? あんなに大きいと速度も……」


「森の中は足場が悪いですから、あの巨体では走りにくいでしょう。それに、元々それほど早くはないようです」


「な、なるほど……」


 彼の言う通り、『スターリン』の運動性能は高くない。


 最高速度は平地で時速20km、今回の森の中のような足場の悪い環境だとその半分も出ないだろう。


 まあ、重量が120トン以上と、ドイツが誇る超重戦車『マウス』に匹敵するから仕方ないともいえる。




 リンの背負った無線機を使い、周囲の部隊と連絡を取りながら追いかけるハイドリヒ達。


 彼の指示により、親衛隊の優れた砲手が砲弾を浴びせることで継続的に砲弾が降り注ぎ、エルフは移動し続けなければならない。


 しかも、砲撃は完全に計算しつくされており、まるでエルフを一定の方向に誘導するように弾着するのだ。


 そしてついに……。


「大隊長! 目標発見、森から出てきました! ハイドリヒ殿の指示通りです」


「今度は脚部を狙ってくださ……狙うのであります!」


「了解、さっきは爆散させたことで、ハイドリヒ殿に怒られましたからね」


 砲弾の雨に追い回され、森から逃げ出すエルフ。


 待ち構えるチハ改、一個中隊16両が待機中。これもハイドリヒの計算の内である。


「ぬぉっ、しまった! 先回りされていたのか!」


 エルフが悟るがもう遅い。一個中隊から発射された47mm砲は彼の乗るスターリンの両脚部を粉砕。


「ぐぁっ! やられただと!?」


 支えを無くし、ひっくり返る『スターリン』。


 何度か立ち上がろうともがくが、足を失っては立つことはできない。仰向けの姿勢で、数回ジタバタした後、完全に動きを止めた。


 逃げきれない。


 そう思ったエルフは、コンソールを操作し、せめてスターリンの鹵獲を防ぐために自爆しようとするが……。


 彼が自爆するより早く、コックピットが開けられる。


「だ、誰だ――ぐえっ!」


「次からは外から開けることができないように、鍵をかけるといいでしょう。まあ、残念ですが、あなたに次というものはありませんが」


 そして、入ってきた男――ハイドリヒの拳によって一撃で昏倒させられたエルフ。コックピットから引きずり出され、お縄となった。


「ハイドリヒ殿、これでえっと……」


「作戦は終了です、後はこのゴーレムをヘレルフォレードに運ぶだけですね。あそこでは、かつての上司がオカルト的な魔法の研究をしていましてね……」


「はぁ……。では、エルフの方は?」


「こちらで然るべき“処置”を行います。あなたが気にすることでありません」




 こうして、一連の騒動は終わりを迎える。


 テームの街は、突破された北門を中心に大きな被害を受けたものの無事。


 鹵獲されたスターリンとエルフは、大和帝国の“研究”の役に立ったらしい。






 そして……。


「エリュテイア総統、助けに来てくださったんですね」


「あっ、リンさん。無事だったんですか? どこに行っていたんですか、探してたんですよ?」


「ハイドリヒ殿と鹵獲作戦に。彼のおかげでこの通り無事に帰還できました。彼には感謝してもしきれません」


「ハイドリヒ……? ああ、あのエッチなお店を開いて、自分で利用する性癖がある変態ですか。たまにはいいことするんですね、あの人も」


「えっ、エッチなお店? 変態?」


「そうです、知りませんでしたか? あと、スパイ小説好きで、変な暗号名とか考えるちょっと厨二病的な一面も……」


 へ、へえー、そうか、そんな人だったのか……。もっと真面目な感じの男の人だと思ったのに。

 

 本人の知らぬところでちょっぴり失望されるハイドリヒ。


 可哀想に。

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