第九十七話 鉄の男
親衛隊は、その火力、物量をもってテームの街を制圧すると、街を通り抜け北側――森に向かって進軍を始めた。
50両のチハ改がパンツァーカイルを組み進軍。それに、ハーフトラックに乗った兵士が続く。
問題の根源は、あの森の中にある。故に、絶対に逃がさないと……。
その大和帝国に立ち向かったのは、エルフが誇る決戦兵器。
人型重ゴーレム『スターリン』だ。
形式名称は『IS-1』。その巨体は、一般的な人類の魔力で運用できるサイズをはるかに超越した全高18メートル。
その巨体を、エルフの最新技術である『マナ機関』を用いることで動かす。
中世の騎士の鎧を模した優美なデザインをした機体は、エルフ的革命精神を象徴する赤色で染め上げられ、士気高揚に役立つ……らしい。
そして、その手には巨大なライフル型の杖――魔道銃だ。
これは、大火力の火砲を使う大和帝国に対抗するためにエルフが作り出した火器で、放たれる『魔力弾』の有効射程は1kmほど。
連射こそできないが短口径の60mm砲と同じ程度の破壊力を持つ。
テーム包囲戦の最中、森の中から行われた支援射撃の正体はこれである。
鋼鉄製の装甲、優れた魔弾兵器。
この『スターリン』人型重ゴーレムは、火力と防御を併せ持つエルフの魔法技術の粋なのだ。
しかも、この『スターリン』は、ただの兵器ではない。強力な戦術兵器なのだ。
その巨体と積載量は、ファンタジーでは貴重な存在。特別な改造を施せば既存の兵器、運搬手段とは一線を画す能力を得ることができる。
「ふへへ……『スターリン・コマンダンテ』。こいつの能力でもっと遊びたかったのになぁ」
「おい、もうモンスターはほとんどやられたんだ。モンスター指揮システムは切っておけよ、マナの無駄だ。俺の『ファブリカ』の補給能力にも限界はある」
「ちぇ……楽しいのになぁ、モンスターを使って下等種族を殺すのは。ま、いっか、こいつの性能でねじふせるのもそれはそれで楽しそうだしね」
二人のエルフは、森に隠されたそれぞれの『スターリン』によじ登ると、その胸部のコックピットに入る。
女エルフが搭乗したのは、背部のバックパックに大型アンテナを装備した『スターリン・コマンダンテ』、通称『モンスター指揮仕様』だ。
この大型アンテナから広範囲に魔法を放ち、周囲一帯のモンスターをテイム。最大で1000体までのモンスターからなる軍隊を編成できるという便利な代物だ。
巨大兵器である『スターリン』が、今まで人間に見つからずにロンデリア国内に存在し続けることができたのもこの仕様であることが大きい。
大量のモンスターを随伴歩兵のように展開し、発見者を速やかに排除することができたのだ。
一方の男エルフが乗る方も特別仕様。『スターリン・ファブリカ』、分かりやすく説明すれば『マナ補給仕様』だ。
人間の命を魔力に変換することで作られる高濃度の魔力『マナ』。
これを入手するのは大変で、原油からガソリンを精製するには専用の製油所が必要であるように、人間からマナを回収するにも専用の機材が必要なのである。
このファブリカ仕様というのは、その機材を背部の大型バックパックに背負っているタイプのことを指し、人間のような魔力を持つ生命体を捕獲できれば、いくらでも戦地でマナを補給できるというものだ。
今回のような補給を受けることが困難な少数での潜入任務にはもってこいだろう。
搭乗員をコックピットに収めたそれぞれ仕様の異なる二機の『スターリン』は、マナ機関から独特の甲高い音を奏でながら待機姿勢から、立ち上がり戦闘態勢に入る。
「システム起動良し。マナ残量は、21パーセントかぁ、物足りないわね」
「使い過ぎたな、どこかで人間の村でも潰して補給しなくてはならないだろう。しかし、どうにかしてあの敵軍を撒いて逃げなくては……」
「ふんっ! 高等種族のエルフ様が逃げる? そんなことはありえないわ、下等種族を粉砕、突破するのよ」
高らかと宣言する女エルフ。
そんな彼女の操縦に従い、彼女の『スターリン・コマンダンテ』は迫りくるチハ戦車隊にめがけて突撃を開始する。
彼女の逃亡作戦は極めて単純だ。
高等種族であるエルフが背を見せ逃げるなどあり得ない。撤退するにしてもエルフの力を全世界に証明しなくてはならない。
この場合、彼女がとることができる進路はただ一つ。
敵陣正面突破だ。制圧前進あるのみ。優れた『スターリン』の戦闘能力をもってして、敵軍を殲滅、逃走を図る。実に分かりやすい。
確かに極秘兵器のスターリンを人間に晒すことには大きなリスクがある。だが、それでも優等種族としての威信を守らなければならないのだ。
そして、その作戦に従い、「おい、ちょっとまて、あの数相手に突っ込むのか? 森の中でゲリラ戦を……」と、止めようとする相棒の制止を堂々と振り切り、その巨体を晒すのだった。
その姿を最初に確認したのはパンツァーカイルの先頭を進むチハ改戦車。
戦車長は大隊長でもある西少佐だ。彼女は、ちょっと前まで大尉で総統専属の運転手だったが、諸事情で昇進、戦車大隊の大隊長になったのだ。
別に総統閣下のパンツを盗んで左遷されたわけではない。
「――西大隊長! 敵です! 前方に、巨大人型……モンスター? いえ、兵器確認!」
「あれは……おそらく、ゴーレムの一種でありますな? 随分と大きい、魔法に詳しいセレスティアル王国の聖女様でも連れてくればよかったですね……じゃなかった、ありますね」
「大隊長、まだ、その口調を続けているんですか? 戦車大隊の指揮官になって、総統閣下専属の運転手ではなくなったのに……」
「閣下が、たまに遊びに来てくれますからな。いざと言う時に備えて、閣下好みのこの口調はやめられません」
果たして、その口調を本当に総統閣下が好んでいるのかどうかは別として……。
森の中から飛び出してきた女エルフの『スターリン・コマンダンテ』を発見した戦車大隊は戦闘態勢に入る。
「砲手、目標との距離は?」
「1200メートル! 十分狙えますが、いかがなさいますか?」
「……700まで接近、必中距離で47mm砲を撃ち込むのであります」
「了解です!」
チハ改には高性能なスタビライザーなどは搭載されていない。よって、行進間射撃は不可能。
撃つたびに止まらなくてはいけないが……一々止まるなどまどろっこしい。もっと肉薄して必中距離で一撃必殺の砲弾を撃ち込む。
これが大和の戦車戦術である。
迫りくる50両のチハ改。
それを見て、女エルフは笑う。
彼女の乗るスターリンの大きさは全高18メートル。大きさだけで言えば全高2,4メートルのチハ改より、はるかに大きい。
数では圧倒されているがどうした? 気にするほどのことでもない、大きいものは強いのだ。どこかのちょび髭伍長もそう言っていた。
「……ひゃははっ、なにあのちっこい鉄の塊。ちんけな兵器ね、優美な『スターリン』とは美しさが違う。やっぱ、エルフは優等種族なのよッ!」
女エルフは、勝利を確信し自信満々にご自慢の魔道銃を向けると、西少佐の乗るチハ改に魔力弾を撃ち込む。
「敵発砲! 何かが来ます!」
「なっ、まさか、飛び道具? 総員衝撃に……うぐっ」
被弾。
チハ改の装甲から鳴り響く金属音、強い衝撃。
魔力弾は綺麗にチハ改の砲塔正面装甲に直撃、炸裂した。
だが、何事もなかったかのようにチハ改は前進を続ける。それもそのはず、チハ改の正面装甲は意外に分厚い50mm、一方の魔力弾の貫徹力は30mm程度……これでは装甲は抜けない。
ただ。
「かはっ……砲手、無事ですか……」
「主砲も自分もぴんぴんしてます! それより、大隊長、その傷は!」
「……くっ。大丈夫、被弾の衝撃で装甲が剥離して、金属片が腹に刺さっただけです。かすり傷です」
血の滴る腹部を抑える西少佐。
貫徹力が低いとってもそれなりに威力のある砲弾だ。装甲で弾けたと言っても、内部は無事ではない。
「それより、砲撃は?」
「可能です」
「よし、大隊全車、照準次第、撃て」
「待ってました!」
とはいえ、戦闘能力は一切失われていない。大隊長がちょっと負傷したが、その辺は気合と大和魂でどうにでもなる。
チハ改の47mm砲が次々に火を噴き、女エルフの乗る『スターリン・コマンダンテ』を滅多打ちにしていく。
「うわっ! くそっ、小癪な人間め! その程度で、エルフ様が……」
鋼鉄の巨人は、その腕を盾に胸部のコックピットを守る。腕を追加装甲代わりに犠牲とすることで、数発だけなら47mm砲にも耐え抜くが……。
耐えられる数には限界がある。吹き飛ぶ腕部、炸裂する砲弾、コックピットは炎に包まれ……。
「えっ、モニターが死んだ? なんで、私が……高等種族で優等種族のエルフである私が!?」
と、状況をいまいち理解できていない女エルフ諸共、彼女の乗るスターリン・コマンダンテは、マナの暴走を起し爆散した。
そして……。
『こちら暗号名“C”。森の中にもう一機、人型兵器を発見。鹵獲する、援護せよ』
「暗号名“C”……ハイドリヒですね。どうします、エリュさん」
「あの兵器の鹵獲ですか? 面白そうですね。許可します、上手くやってください」
テームの街の中央広場に面する冒険者ギルド。
臨時の総統指揮所となっているそこで次の作戦が動き出す。『スターリン鹵獲作戦』だ。
「ところで、アヤメさん。まだ、リンさんは見つかりませんか?」
「まだですね、安心してくださいちゃんと見つけます。――その後、どうするかは彼女次第ですが、あの泥棒猫には制裁を与えないと……」
「ん、何か言いましたか?」
「いえ、なにも」
寒気を感じて、くちゅんっ、と貴族の少女がくしゃみをしたのは言うまでもないだろう。
ちょっとした兵器紹介 『スターリン』編
IS-1『スターリン』
全高 18,2メートル
重量 120トン
装甲 胸部正面最大40mm
武装 60mm級速射魔槍
最高速度20km
マナ機関を利用することで、生産できるようになった巨大人型ゴーレム。超重戦車級の重量と速度に中戦車並みの装甲、火力を備えている……と言うと、重い割に装甲はペラペラで火力も低いと、あまり強そうには感じないかもしれない。
しかし、それはあくまで「合理化された現代兵器」と比べたらの話。「剣と魔法の世界の兵器」として考えると十分、高性能な超兵器である。
兵器のプラットフォームとしても優秀で、「コマンダンテ仕様」、「ファブリカ仕様」など、派生型も作られている。