第九十五話 空からの増援
モンスターに完全包囲されているテームの街。
夜中に始まった攻撃は、夜が明けても弱まることは無かった。
エルフの魔法によって完全に操られているモンスター。
彼らは意思を持たないただの操り人形。死を恐れることなく前進し続け、まるで督戦隊に追われているソ連兵のように無停止侵攻を続けたのだ。
そんなモンスターから、テームを守るために一晩中戦い続けたロンデリア軍は疲弊しきり、さらに、犠牲も大きく戦力は低下しつつあった。
夜明けまでにロンデリア軍は500名を超す被害を出し、総戦力の四分の一を消耗。
一方のモンスターもそれなりに被害を出していたが……。
「ありゃまぁ、結構殺されちゃった。けど、またテイムすればいいだけなのよね!」
と、森の中で再度モンスターをテイムしたエルフから、次々に増援が送られ数的には開戦当初とあまり変わっていなかった。
ただでさえ劣勢だった戦力。その戦力差はどんどん広がり、さらに、戦闘による疲弊が溜まると……。
「大変だ! 北門が突破された!」
「なっ……」
守りに綻びが生まれる。
城壁の上で戦う兵士たちに届く凶報。
それは、街を守る最後の砦が突破されたことを意味する。
リンは、その報告を聞くと戦いの中で損耗し、7人まで減ってしまった部下の兵士を引き連れて、すぐに北門のある方向に向かった。
「嬢ちゃん、こいつは酷いな、完全にやられてるぜ」
「くっ、守れなかったか。なんと無様な……」
そこで彼女が見たものは、粉々に砕かれた城壁とそこからなだれ込んでくる大量のモンスター。そして、完全に抵抗を諦め武器を捨てて城門付近から逃げ出す兵士たちの無様な姿だった。
何人かの勇敢な兵士たちは家々から集めてきた家具などでバリケードを作っているが……。
そんなものでは長くは持たない。それはリンも分かっている。
だが。
「我が隊も支援に移るぞ、着いて来い!」
少しでもモンスターたちの足止めをするべく、杖を振るい、魔法を放ちながらリンは城門前に急ぐ。
完全に市街地に侵入を許せば、戦うこともできない市民が襲われることになる。
それだけは避けなくてはならない。市民を守ること、それはリンの貴族としての義務なのだ。
「戦力は、どれほど残っている?」
「ここにいる10人だけだ、後はみんな逃げちまったよ。そっちは?」
「私と部下の7人だけだ。いないよりかはいいだろう?」
リンは、城門の前で防衛陣地を構築する兵士に合流すると、バリケードの後ろから迫りくるモンスターに向けて得意の『風刃魔法』を放つ。
風の刃は、モンスターたちの先頭を突き進む大柄なオーガの胸に突き刺さる。オーガは、低い唸り声を上げ、傷口から大量の血を吹き出し、よろめいて足を止める。
その様子を見た兵士たちは「やったか? すげえな嬢ちゃん! 流石、貴族様、魔法の腕も一流だ!」と喝采を上げるが……。
リンは「……いや、やってない」と呟く。
次の瞬間、被弾したオーガは体勢を立て直し、何事もなかったかのように駆けだし始める。
筋骨隆々で名高いバルカ兵のそれを上回るオーガの大胸筋、分厚い筋肉。それの前には、魔法など無意味。
そう、筋肉は裏切らない。
鋼の鎧にも、魔法にも勝る究極の兵器なのだ。
「そ、そんなのありかよ……」
リンの部下の兵士たちも絶望しつつ矢を放ち、射撃で足止めを試みる。
が、そんなものでは濁流となったモンスターを食い止めることはできない。
瞬く間に、リンのいるバリケードまでモンスターたちが迫る。
その先頭を走るのは先ほどリンに撃たれたオーガ。傷つけられ怒りに燃えた彼は、鍛え抜かれた肉体を砲弾として貧弱なバリケードを一撃で突破する。
そして、無防備になったリンを見下ろすと力いっぱい棍棒を振り上げる。リンも魔法を撃ち、抵抗を試みるが……オーガの肩に深い傷を残すだけで仕留めきるには至らない。
魔法は連射不可能、彼女の周りの兵士もオーガに対抗できる筋肉を持っているものはいない。
チェックメイト。
まっすぐリンに向かって棍棒が振り下ろされ……。
「くっ、ここまでか」
リンが覚悟を決めた次の瞬間……。
オーガが爆音と共に破裂する。
どこからか飛来した砲弾で、上半身が弾け飛び消え去ったのだ。
そして、空から響くエンジン音。
「あ、あれ? 私、死んでない?」
自分自身が無事であることに驚くリン。
「……やれやれ、間に合ったようで良かったです。いい仕事ですよ、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル」
城壁の上で、ハイドリヒはリンを襲っていたオーガを狙っていた拳銃を下ろしつつその救世主を見上げる。
鋭い機首を持つ双発襲撃機――『屠龍』を。
そう空の魔王率いる親衛隊第一飛行隊、48機の襲撃機『屠龍』がテームの街上空に到着したのだ。
ご挨拶と言う風に、城門内に侵入してきたオーガに対し37mm砲をぶち込んだ魔王様。
部下もそれに続き射撃を開始……はしない。
敵味方が入り乱れる近接戦闘に、航空機で支援を行うのは相当な技量が必要だ。下手なものが行うと味方を誤射してしまう。
いや、下手と言うより、そもそも、百発百中の命中率をたたき出すような化け物以外無理と言うかなんというか……。
とにかく、レーザー誘導の精密誘導爆弾でもない限り、この乱戦に航空支援できるものは魔王くらいの物だろう。
そういうわけで魔王は引き続き城壁内の敵を掃討するが、部下は自分たちの技量でも破壊できそうな別のターゲットを探す。
「我らの隊長は、引き続き城壁内の支援をするが、俺たちは……」
「中隊長、森の中から増援が出てきています。数は、100程度。種類はゴブリンかと」
「数は、100か……森の中から出てきたばかりなら誤射の可能性は低いな、攻撃するぞ」
彼らが最初に狙ったのは、森と街の間、平原を渡り攻撃に向かっているモンスター――ゴブリンの増援だ。
その数は少なく見積もって100程度。
これらは、戦闘で倒されたモンスターの代わりに、エルフが森の中で新規にテイムしたものだ。
街から少し離れた場所にいるこのモンスターの周りには友軍兵士はない。誤射の可能性も低く爆弾の標的としては最適。
一個中隊16機の『屠龍』は、翼を翻し機首をこの群れの上空に向けると緩降下しながら胴体下にぶら下げた必殺の250kg爆弾を次々に投下。
「あははっ、面白くなって来たじゃない! それ追加戦力投入! 戦争ってサイコーねっ!」
と、楽しげに戦争しているエルフの前で、その増援部隊を完全に粉砕した。
「はえっ? えっ、なにこれ……」
突如、発生した16発の250kg爆弾の大爆発に驚くエルフ。
そんな彼女の前で、今度は別の中隊が城壁の外にいるモンスター部隊に機首の37mm砲を浴びせかける。
一発一発が対戦車用の徹甲榴弾の37mm砲弾は、弾着と同時に炸裂し、城壁のそばに固まっていたモンスターを数匹まとめて吹き飛ばす。
「おお、見ろ! 大和帝国の増援だ!」
「空飛ぶ怪物とはすげー物を用意したな! あれだろ、噂の空の魔王ってやつだ」
「さすがは、変態と謳われる帝国だ! 頼りになるぜ」
対地攻撃のために生み出された襲撃機は、その威力を存分に発揮する。
それぞれの『屠龍』が搭載弾薬を全て撃ち尽くす頃には、地上には数百のモンスターの屍が積み重なり、モンスターたちの優位は脆くも崩れ去った。
だが、しかし。
まだ、危機的状況は解決したわけではない。
上空の襲撃機隊では発見できない森の中に元凶であるエルフが潜んでいるし、何より、城壁内に入ってきたモンスターが残っているのだ。
城壁の外の敵は友軍誤射の危険も少なく47機の『屠龍』の猛爆撃で蹴散らすことができた。だが、城壁内の敵に攻撃できるのはたった1機。
冒険者たちは、大和帝国の増援により、士気を取り戻し侵入してきたモンスターたちに戦いを挑むが……。
「うぉぉ! オーガ、覚悟せよ! ――ぐわぁぁっ!」
「だ、だめだ。ジョナサンが一撃でやられた!」
「おい嬢ちゃん、ぼーっとしてないで撤退しな! オーガに吹き飛ばされるぞ」
冒険者を紙切れのように吹き飛ばすオーガ。
怪物的な筋力を前に、冒険者たちはなすすべもない。ただ、嵐の前の落ち葉のように消し飛ばされるだけだ。
そのオーガを倒せるのはたった一人。
標的の周辺に友軍がいなくなった一瞬の隙を突き、魔王の駆る『屠龍』は急降下。機首の37mm砲を叩き込む。
「これで16体……弾薬切れだな」
「想定より、中に入っている数が多いね。オーガだけで20はいるんじゃないかな? 君の部下が、もう少し上手なら援護させられるんだけど」
「今は駄目だ。友軍を吹き飛ばされたら冗談にもならん」
最後の砲弾を、暴れ回っているオーガの脳天に叩き込み吹き飛ばした魔王。
屠龍に搭載されている37mm砲弾の数は16発。これを、全弾優先度の高い目標――オーガなどの上級モンスターに命中させた魔王だが……城壁内のモンスターはまだ残っている。
城壁内になだれ込んできた数百のモンスターを、友軍に被害を出さずに撃破するのは魔王ですら不可能だったのだ。
「彼でも完全に殲滅することは不可能でしたか」
生き残ったオーガなどを先頭に、冒険者を薙ぎ払いながら市街地に向けて進軍しようとするモンスター。
それを城壁の上から見下ろしつつ、ハイドリヒは腕時計を確認する。
「ですが、時間稼ぎは十分。冒険者を後退させましょう。そろそろ、こちらの主力が到着する頃合いですからね。さて、私は次の仕事に取り掛かりましょうか」
そう言ってハイドリヒは城壁を後にする。
その十分後、彼の言った通りテームの街に増援がやってくる。
総統閣下に率いられた中戦車大隊に、親衛隊連隊だ。総兵力3000を超える近代兵器を装備したこの軍隊が残敵掃討を行うのだ。