第九十四話 総統閣下と襲撃機
戦争です。戦争のお時間がやってきました。
つい昨晩、ここヘレルフォレード貴族学校から10kmほど離れた場所にある街『テーム』がモンスターの集団から襲撃を受けたそうです。
現地に向かっていた親衛隊員から無線でそう言う報告があったとかなんとか、アヤメさんがそう言ってました。
かの街には冒険者からなる軍が派遣されていたそうですが、モンスターの数は多く、なかなか苦戦している模様。
情報によると、夜明けまでに兵士、市民合わせて500名程度が倒されたとか。
このまま救助がなければ、すぐにでも陥落する可能性があるとか。
人道的に見て、救援軍を派遣する必要がありますし、それを迅速に実行できるのはボクの軍隊だけ。
正直、ロンデリア王国軍には期待できません。
中世レベルの国家で、それも周囲の使えそうな冒険者はすでに動員した後。ここから、追加で冒険者を集めたり、軍を動員したりするのにはどれだけ時間がかかる事やら。
ロンデリア王国が問題を解決する頃には、街が陥落している可能性大ですね。
人間対モンスターとのことですから、ロンデリア国内の面倒くさい権力争いとはあんまり関係なさそうですし、ボクの親衛隊で問題を解決するのが最善の策でしょう。
それに……。
あの街には従軍しているリンさんがいるんです。クラスメイトで一応ぎりぎり友人枠の彼女に死なれるのは……悲しいですからね。
ボク、まともな友達いませんし。
「と、言うわけで救出に向かいますよ、アヤメさん」
朝一番、お目覚めと同時にアヤメさんから報告を受け取ったボクは、ベッドの上にちょこんと座ったままアヤメさんに指示を出します。
ちなみに服装は彼シャツならぬ、あやシャツです。
アヤメさんシャツ、略してあやシャツです。最近、アヤメさんはこういうプレイにハマっているみたいですね。
アヤメさんは、そんなボクの服を着替えさせつつ「……仕方ないですね。了解です、エリュさん。すぐに親衛隊第一連隊に出撃命令を下します」と、意外にあっさりオーケーを出します。
……ふーん。
なんていうか「エリュさんを危険な場所には連れていけません!」とか、もう少し粘ると思ったんですけど……。
ほら、そういうのあるじゃないですか。
別に期待していたわけでじゃないですよ? けど、大事な人を危険な場所には送りたくない的な、やり取りが……ほら。
ねえ、その辺、どうなんですか、アヤメさん。
「そう拗ねないでください、エリュさん。今回ばかりは私用もあるんですよ」
「私用、ですか」
「部下の一人が「この仕事は、他の人間には任せられない」とか言って、テームに向かったものですから、救いに行かないと……」
「部下の一人? ああ、報告してきた親衛隊員ですね。誰ですか、名前」
「ハイドリヒですよ。優秀な男なんですけど、自分以外を信用してなくて、大事な仕事は自分一人でしたがる悪癖があるんです」
ハイドリヒ? ハイドリヒですか。えっと、たしかあのエッチなお店を開く趣味がある、あの人ですか。
ああ、そうですか、その人を助けに行きたいと。
……もしかして、浮気ですか? ボク以外の人に興味がわいたとか、そう言うことないですよね?
そう言えば、今朝は報告とかでゴタゴタして……その、あれ、です。おはようのキスがまだですよね。
ボクは別に、その、したいわけじゃないですけど。
その、アヤメさんが、浮気をしていない証明をしたいというなら、どうしてもと言うなら、その……してあげなくもないですよ?
「はいはい、そんな顔しなくても分かってますよ。ほら、顔上げてください。浮気なんてしないのに、もう……」
顎クイから、アヤメさんの顔が近づいてきて……。
「んく……もっと……」
「はいはい、わかってますよ」
んっ……ぷはっ……嫌いじゃないです。今度からはちゃんと朝一番にしてくださいね。
あと、それとですね。別に、ボクはしたくはないんですが、いつものあれ、やらないんですか?
「はいはい、ほら、失礼しますよ」
そう言うと、アヤメさんはボクのスカートの中に顔を突っ込んで……。
「んあっ! ……っちょ、強すぎです」
「綺麗に痕跡を残すためです、我慢してくださいね」
ボクの足の付け根あたりの内ももにキスマークを付けます。
べ、別に、ボクはこんな変態みたいなこと、好きじゃないですよ? 気持ちいいとか、アヤメさんに所有されてる感がちょっといいかも……なんて思ってません。
本当に思ってません。……ほんとうです。
けど、この前、リンさんがボクの太ももに血をぶちまけて以降、アヤメさんが「ここは私の物です! ほかの人には渡しません」と主張するので、仕方なく、マーキングさせてあげているんです。
そう言うことなんですよ、分かってますよね。アヤメさん。
「はいはい、ちゃんとわかってますよ。全部、何もかもわかってます。素直じゃないですね、エリュさんは」
……わかっているならいいです。ちゃんと、分かってくださいね、ボクのこと。
それじゃあ、テームの街を救いに行きましょうか? 戦車の用意をしてください。
あと、飛行隊に先んじて偵察命令を……そうです、あの人の部隊にです。ついでに航空支援も行ってください。
えっ……あの男に出撃させたら航空攻撃だけで敵が殲滅されるかもしれない? いや、流石にそれは……。
ありえそうで怖いですね。
まあ、敵が消え去ったら消え去ったで、別に問題はないので任せちゃいましょう。
☆☆☆☆☆
総統閣下の命令が下って一時間後……。
まだ夜明けからそれほど時間が経っていないロンデリアの曇った空の下、総統閣下の命令を受けた親衛隊第一飛行隊所属の48機の最新鋭襲撃機が編隊を組んで飛行する。
「……最新鋭機『屠龍』、悪くないな」
その隊長機のコックピットにはこの男……まあ、名前は言わなくても分かるだろう。後部銃座にはいつもの医者が乗っている。
彼が乗っている機体は――九式双発襲撃機『屠龍』。
それは、来るべき対エルフ戦に向けて大和帝国が開発した新型対地襲撃機である。
機体コンセプトは極めて単純明快「37mm砲を搭載し、高い運動性能を発揮できる飛行機」。そのために本機は帝国技術の全てを結集して作られたのだ。
機体は既存の帝国の航空機と比べれば大型に分類される双発機。
これは、当初の目的であった「37mm砲」を搭載した機体を単発機で作るのは不可能、もしくは極めて困難であると判断されたためだ。
現在存在する帝国でもっとも高出力の航空用エンジンは空冷星形450馬力の『木星』。1000馬力以上のスツーカですら翼下に37mm砲をぶら下げて飛ぶのは難しかったのだ、この程度のエンジンで扱えるはずがない。
モーターカノンに収めれば何とかなるかもしれないが、残念なことに空冷エンジンではモーターカノン配置は不可能。
モーターカノン配置ができる液冷エンジンはあるにはあるし、実際37mm砲をモーターカノンで配置した戦闘機も過去には開発したが……そのエンジンの馬力は200馬力程度と非力で将来性に乏しかった。
やはり機体性能を考えるなら大馬力の空冷エンジンを使いたい。だが、空冷機ではモーターカノン配置は難しい。
暫し悩んだ挙句、帝国技術者は考えた。
単発機でだめなら、双発機にしてしまえばいい、と。
積載量が多く、機首にエンジンを装備しない双発機なら37mm砲くらい軽く搭載できるのだ。
そうして、完成したのが本機である。
その外観は『屠龍』という名前から察しが付くように、大日本帝国が運用した双発戦闘機『二式複座戦闘機』に酷似している。
あの機体をエンジン馬力が低い分、小型化したような機体だと思えばいいだろう。
双発機の割にはなかなかスマートな外観をしており、総統閣下もお気に入りらしい。
機体構造は「どうせなら最高の機体を!」という変態技術者の意見により全金属製、最高速度は帝国軍機で最速となる300kmを発揮し、その性能はかなりのものだ。
武装としては機首に自慢の37mm砲を一門、後部銃座に7,7mm機関銃一挺、250kgまでの爆弾を抱えることができる。
現在の帝国の開発できる飛行機の中では最高の一品。
双発、全金属製ということで、その分お値段も高く、既存の機体の数倍の値段に膨れ上がり、あまりに高いので生産数は少なく……。
するわけがなく。
大量生産だ、量産効果で一機当たりの単価を安くするぞ! と、気合を入れて、襲撃機型のほかに20mm機関砲一門と12,7mm機銃二挺を搭載した重戦闘機型。
武装を撤去し500kgまでの爆弾を抱えられるようにした軽爆撃機型。
同じく武装を撤去し、カメラを搭載した高速偵察型など大量の派生型が作られているとのこと。
……ちなみに、これは完全な余談だが。
実は、多くの帝国技術者が不可能とさじを投げた単発エンジンで、十分な運動性能を持ち、37mm砲を搭載した機体を開発できた設計者が一人だけいたらしい。
彼が作った機体は、双胴式で片方の胴体にエンジンを、もう片方にコックピットと37mm砲を搭載した左右非対称型のゲテモノ。
性能は良好だったが、その、見た目がアレで……総統閣下曰く「なんか、嫌」とのこと。
当然不採用である。
適当な兵器解説 九式双発襲撃機『屠龍』編
最高速度 300km
実用上昇限度 6000m
航続距離 1200km
発動機 空冷星形九気筒『木星』450馬力 二基
武装 機首37mm砲 一門
旋回銃座 7,7mm 一挺
爆装 250kgまで
乗員 2名
見た目は二式複座戦闘機『屠龍』っぽいなにか。ただ、馬力不足を補うために軽量化や小型化など、随所に工夫がみられる。
大和歴310年現在の大和帝国の技術力は1920年代の中盤から1930年代の前半頃。この程度の技術力で、全金属製の双発機が作れるのかとか疑問に思ってはいけない。
大量生産を行うことで一機当たりの価格を低下させることを目的に、ほとんど同じ設計の重戦闘機型、軽爆撃機型、偵察機型など多くの派生型が作られている。