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第九十二話 エルフの影

 ――話は少し過去にさかのぼる。



 

 ヘレルフォレード貴族学校から西に10kmほど離れた森の中で、一つの村から連絡が突如消えた。

 

 モンスターが日常に存在するファンタジー世界、村が消え去ることなど珍しい事ではない。本来なら、ちょいとその辺の三流冒険者でも送って調査、モンスターなり、盗賊なりの仕業にして御仕舞とするところだ。


 だが……。


 ヘレルフォレードには大和の総統閣下が来ている。村が消えることは珍しくもないし、大きな問題でもない。

 しかし、もし万が一彼女の身に何かあれば……文字通り国家の終わりだ。


 最強と名高い大和帝国軍が怒り狂いロンデリアにて破壊の限りを尽くすだろう。あの国がヤンデレと変態の巣窟であることは、ロンデリアの指導者層では常識となっていた。


 そうなってはマズイ。


 そう思った地元の街『テーム』の領主は、付近でもっとも優れた腕の冒険者に調査を依頼、彼の治める街で最高ランクの冒険者パーティーを森の調査に向かわせたのだ。


 ここまでは完璧な対応だろう。領主の判断は正しい。


 だが、問題はこの後。


 彼にとって想定外の出来事が、発生した。


 そう、送り込んだ精鋭冒険者パーティーからも連絡が途絶したのだ。


 あの森は何かおかしい、きっと通常の冒険者では対抗できない恐ろしい何かがいるに違いない。


 この問題は即座に、ロンデリア王宮に通達。事態を重く見たエリザベート女王の命令により、ロンデリアが誇る王立騎士団が調査のために出発することになった。




 この世界において、騎士とは力の象徴である。


 武勇に優れ、魔法を使いこなす者のみがなる事のできる特別な戦士階級。


 大和製の火器が入って以来、魔法というものの絶対性は薄れつつあるが、それでも、ファンタジー世界では優れた戦力を持つ集団と言える。


 そして、彼らは王立騎士団。


 ただの騎士団ではない、国内の数ある騎士団の中でも最高の戦闘能力を持つ騎士団だ。


 騎士団員の数は30名ほどとそれほど多くないが、一人一人が上級冒険者に匹敵するほどの実力の持ち主である。


 どんなモンスターが相手でも互角以上に戦えるし、仮に負けるとしても何人かは逃げ延びて情報だけは届けてくれる。


 軍隊同士の大規模戦闘でなければ、一定の成果を残してくれる精鋭部隊。ロンデリアの最終兵器と名高い。




 白銀の全身鎧を輝かせ、ミスリル製の最高峰の剣を掲げ、颯爽と王都ロンデンを出発する彼らの姿は雄々しく、誰しもが問題は解決されるだろうと確信した。


 だが、その予想に反して問題は何一つ解決しなかった。


 そう、この騎士団すらもが返り討ちにあったのだ。


 森の中に入っていった騎士団は、誰一人返ってこなかった。何の痕跡も残さずに、騎士団は消え去ってしまったのだ。


 国内最高戦力の騎士団ですら対応できない脅威。


 こうなると、もはや軍を動員するほかない。数の暴力をもってして問題の解決にあたるほかないのだ。




 そうして、時は現在に戻る。


 森の近くにある街『テーム』には地元冒険者を動員して編成された1000名からなる軍が派遣されることになった。


 この軍隊は街に到着すると、そこを拠点に作戦行動――森の調査を開始。


 危険であるからいきなり森の中に侵入することは無いが、周囲を取り囲むように偵察を始めるのだった。






 ……一方。


 テームにやってきた軍隊を、森の中からねっとりと監視する者たちがいた。


 昼間でも薄暗い森の中。闇に紛れる黒い外套を身にまとった二人の男女が、木々に隠れながら、軍の様子を覗っていたのだ。


 フードを深くかぶり、顔はよく見えないが……特徴的な長い耳だけは遠目にもはっきり見える。


 そう、エルフだ。


「ありゃりゃ? おかしいわね、人間どもが集まってきているわよ? 森に来た連中はぜーんぶ、ぐちゃぐちゃにして殺したのに……」


 あれは楽しかったわね、特にオーガを使って生意気な騎士団長をブチ犯したときなんか最高だったわ! と女エルフはけらけら笑う。


 そして、ひとしきり笑うと、急に真顔になって「それにしても変ねぇ、全部殺したからここに私たちがいるなんてわかるはずがないのに」と続けた。


 ……ちなみに殺された騎士団長は男である。


 そんな女エルフに、男エルフは深いため息をつきながら「お前が暴れすぎるからだろう?」と答えた。


「村も、冒険者も、騎士団も。あれだけ殺せば、エルフがいるかどうかわからずとも危機感を抱いて調査に来る。そんなことも分からんのか?」


「だってさ、下等種族がいっぱいいるんだよ? 殺さないともったいないじゃん?」


「まったく、俺たちの任務は来るべき侵攻作戦に向けた調査だ。攻撃ではない。こんなにモンスターを集めても意味がないだろうに……」


 男が振り返ると、そこには1000を軽く超えるモンスターの大軍がいた。


 ゴブリン、オーク、オーガ。各種人型モンスターに、オオカミ型やら植物型やらその種類は様々、彼らエルフは、森にいるモンスターの多くを魔法でテイムし彼らの指揮下に収めていたのだ。


 この圧倒的な軍勢を使い、村を滅ぼし、冒険者を消し、騎士団を全滅させたのだ。




 もちろん、魔法に優れるエルフとはいえ、これほど大量のモンスターをテイムするのは簡単なことではない。

 基本的には、一人のエルフがテイムできるモンスターの数は多くても一個小隊、30匹程度。


 1000を超えるようなこの軍勢を、たった二人のエルフが従えることなどできないだろう。


 だが……。


「だって、せっかく“例のあれ”を預けられたんだから使わないと損じゃん?」


「馬鹿者、あの決戦兵器はいざと言う時のものだ。遊びで使っていいものではない」


 例のあれ、決戦兵器。


 人間国家の調査と言う危険任務を帯びた彼らは、自衛用にとある物を預かっているのだ。


「あれがあるから、これほどのモンスターを従えていられるものの……マナが切れたらどうする? 長くは持たんぞ?」


「そんなの補充すればいいじゃん、ほら、この近くに街があるよ? 滅ぼして、人間を全部マナに変えちゃおうよ? ついでに、何人が拷問して、情報を吐かせればいいんじゃない?」


 ほらいい考えでしょ? と言う風に女は言う。


 そんな彼女に、暫し考えた後「……やるしかないか」と男も覚悟を決める。


 どのみち、軍まで派遣されて、森ごと包囲されたら突破するしかない。例の決戦兵器を使用してでも人間どもを皆殺しにする。


「おい、モンスター軍を再編成しろ。今夜、夜陰に紛れて攻撃を開始する、目標はこの近くの街『テーム』だ。ここを滅ぼし、人間どもの軍を撃滅する。そうすれば、俺たちを追ってこれまい」


「それ賛成。捕まえた人間は好きにしていいのよね?」


「情報さえ吐かせられれば好きにしろ。嬲ろうが、犯そうが、最終的にマナに変換すればいい」


 男はドライにそう言うと、森の中に消えた。






 ……その夜、ロンデリア軍の拠点『テーム』。


「ふわぁ……まったく、こんなちんけな森に何がいるのやら」


「でかいドラゴンじゃないか? ほら、近くに足跡があったんだろう? でっかい足跡だ」


「ん、ああ、あれか……ありゃ、ドラゴンの足跡じゃなくて巨人の足跡なんじゃないかってリンとかいう結構可愛い貴族の嬢ちゃんが言ってたぞ?」


「巨人? そんなのがいるのか、怖いねぇ。で、そのリンっていう嬢ちゃんについてちょっと聞きたいんだが」


「隣の隊の隊長さんだよ。どっかのデカい貴族のお嬢さんなんだとよ。とにかく、俺は眠いからちょっと寝る。一時間くらい経ったら起してくれ」


「おいおい、サボんなよ。てか、可愛いのか? その娘」


 森を見張ることができるテームの城壁の上では、当直の冒険者が眠たそうにあくびをしながら監視をしていた。

 

 昼間は調査で森の周りを歩き回り、夜は城壁の上で寝ずの番。


 流石の冒険者も、この激務には疲労が溜まっているのか、胸壁に背中を預け目を瞑って眠りだす始末。




 そんな時、森の中から、異様な地響きが鳴り響く。


「……おい、起きろ」


「なんだよ、ドタドタ騒がしい。飲み会でもやってんのか、これだから軍隊やら、おっさんやらが集まると……」


「馬鹿! んなこと言っている場合か、ほら、外を見ろ!」


「外だぁ? そんなとこ見ても――ふぁっ!?」


 目をこすりながら、冒険者が見た光景は無数のモンスターが森の中から飛び出して、街に向かって突撃してくるというものだった。


「数は?」


「最低でも1000だ!」


「数的には互角だが……相手にはオーガみたいな中級モンスターがうじゃうじゃ混じってやがるな。こっちは、素人冒険者も多い。こいつはハードな戦いになりそうだぜ」


 敵襲来の鐘の音が鳴り響き、宿屋で眠っていた冒険者たちは慌てて武装を整え、城壁に向かう。


 だが、少し遅かった。


 城壁こそ突破されなかったが、それほど大きくないテームの街はあっという間にモンスターに包囲され、逃げ道を失ってしまったのだ。


 生き延びたければ、戦うしかない。


 ロンデリア軍にとっては少々厳しい戦いの幕開けだ。


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