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第九十一話 総統閣下と学園生活

 はい、ボクです。総統閣下です。


 入学してからおよそ、一週間くらい経ったでしょうか? 


 授業とか、寮生活とか、ここでの生活にも慣れてきて、いろいろ楽しめるようになってきました。


 さてさて。


 そんなボクですが、最近お気に入りのスポットがあるんです。


 それは、お城の中庭。


 親衛隊のメイドさんたちが、いたるところでライフルを構えながら警戒していることを除けば、静かで落ち着きのある庭園って感じの場所です。


 真ん中にある噴水とか結構ボクの好みで、こういうところで静かに写生とかすると、心が落ち着くんですよ。




 ……と、ボクのお気に入りの場所とか、そんなことどうでもいいですよね。


 して。


 こういう学校に入学したら、『決闘イベント』というものがありますよね。


 嫌味な貴族に絡まれたりしたところを、主人公パワーで圧倒する物語の見せ場です。


 まあ、言わずもがなボクの身にもそう言う決闘イベントがやってきたわけなんです。戦っているのはボクじゃないですけどね。


「喰らえ、エアカッターッ!」


「効きませんよ、そんな攻撃」


 ボクのお気に入りの中庭を縦横無尽に駆けまわりながら杖を振り魔法を乱射するリンさん。風属性の魔法ですかね? ボクは魔法に詳しくないのでよくわかりません。

 一発一発の威力は高いらしく、植木に当たったらズバッと切れるくらいです。


 そんなリンさんと戦っているのは、ボクのアヤメさん。


 風の刃をお得意の鋼線術で弾き飛ばして肉薄。目にもとまらぬ速さで、リンさんに思いっきり蹴りをかまします。ヤクザキックです。


 遠巻きに見守っているギャラリー達も「嘘だろ」みたいな顔をしています。


 まあ、そうですよね。飛び道具をガンガン避けながら突撃する人間なんて、漫画やアニメの世界くらいにしかいませんよね?


 この世界、ファンタジー世界ですけど、人間のスペックは地球とあんまり変わりません。


 拳で岩を砕いたりとか、剣で鉄を切り裂いたりとか、超反射で弾丸を回避したりとか。


 そういう無茶苦茶なことは普通にできませんし、できたとしても魔法でガンガン身体強化しないと……って、感じなんです。


 それなのに、アヤメさんはあのパワーとスピードです。魔法も使っていないはずなのに。本当に人間なんですかね? 強すぎませんか?


 あんなのに吹き飛ばされたリンさんは大丈夫でしょうか? 


 ……あ、立ち上がりましたね。10メートルくらい吹っ飛びましたが、元気そうです。服に着いた土埃をぱんぱんとはたきながら立ち上がりました。


「ッチ、仕留めそこないましたか……。あの、これ以上、私のエリュさんに近づかないでくれます? 目障りなんですよ、あなた」


「目障りかどうかを決めるのはエリュテイア総統だ、君じゃない。エアハンマー!」

 

 とかなんとか。


 そんな二人の決闘を、ボクは噴水のすぐ隣のベンチに座りながらぼんやりと見つめます。


 何してるんですかね、この二人は……と。 




 事の発端はほんの数分前。


 午前の授業も終わってすることも無く、中庭をアヤメさんとぶらぶら散策していたボクに、リンさんが「エリュテイア総統、お時間はありますか?」と話しかけてきたことでした。


 それに、暇だったボクは「いいですよ」と答えたんですが、アヤメさんは「私とエリュさんの二人きりの時間を邪魔しないでくれます?」と嫌がった上に、リンさんが退かなかったので過剰反応して「決闘だ!」と……。


 それで、こういうわけです。


「二人とも相当な腕ですね、リンさんも女王直属の騎士団級の腕はあるでしょう」


「あ、ロシャーナさんお久しぶりです」


 っと。


 どうやって止めようかなぁ、と眺めていれば隣にロシャーナさんがやってきましたね。どうぞどうぞ、座ってください。


 今日のロシャーナさんはいつもの宗教的な服じゃなくて、白衣と眼鏡で研究員っぽい恰好です。眼鏡をくいっと持ち上げればいけないお姉さん感があって、ちょっとえっちです。


「それで、どうかしましたか、ロシャーナさん? エルフの新しい技術について何か発見でも?」


「ああ、『マナ』についてですか。いえ、まだあの未知の技術については謎が多くて……それより、クッキーどうですか? 糖分の補給には最適ですよ」


 そういって、ロシャーナさんは袋に入ったクッキーを差し出してきます。チョコチップですかね?


 美味しそうですし、とりあえず一つもらいましょうか。


 ひょいっと手を伸ばして……って、誰かの手がボクの手を止めました。


 この手には見覚えしかありません。


「駄目ですよ、エリュさん」


「アヤメさん?」


 はい、アヤメさんですね。


 と言うことはですよ? さっきまで戦っていたリンさんは一体どこに……って、壁にめり込んでいますね。

 

 ボコボコにされて、漫画みたいに頭から綺麗に校舎の壁にめり込んでいます。


 死んでいるのかな、と疑いそうになる有様ですけど、抜け出そうともがいているので大丈夫だと思います。




 それで、何がダメなんですか? と、聞こうと思ったらアヤメさんはボクの手からクッキーを奪って、そのまま目にもとまらぬ速度でロシャーナさんの口に押し込みました。


「――ぬぐっ!? ふぐっ、や、やめっ、んぐっ……や、やばい、飲み込んじゃった」


「媚薬入りのクッキーは自分で処分してください」


 媚薬入り……? 


 まさか、と思ってロシャーナの方を見ると、みるみる真っ赤になって「んふっ」とか「服が擦れるだけで、あっ」とかなんとか。


 仕舞いにはビクンと痙攣して、「も、もうだめです、失礼されてもらいます」と校舎の方に逃げ去ってしまいました。


「まったく、少しでも目を離すとこれです。エリュさんも変態束縛ストーカーには気を付けてくださいね」


「……はーい」


 変態束縛ストーカー、怖いですね。注意しましょう。


 ところで、ボクから24時間離れなくて束縛キツイ上に、他の女に子と話すと怒るし、毎晩ボクにあんなことやこんなことをしてくるメイドでド変態の“変態束縛ストーカー”がいるんですけど、アヤメさん、心当たりはありませんか?




 と、冗談はこれくらいにして。


 入学してから、こういうの多くて困っているんですよね。


 まあ、媚薬を仕込んでくるのは初めてですけど。告白してきたり、デートのお誘いをしてきたりなんかは多いですね。

 隣の部屋のシャールさんは、夜這いしてきましたし……。

 

 全部アヤメさんが駆除してくれるので、実害はそんなにないですけどね。




 それで。


 ベンチから立ち上がって、壁に埋まっているリンさんを救出に向かいます。

 

 後ろでアヤメさんが「あんな女放っておいて、デートにいきましょうよ」とか、言ってますけど、流石に壁にめり込んだまま放置するのは気が引けます。


 それにしても、綺麗に埋まってますね。『壁尻』と言うワードが脳裏をよぎります。


 あまりに見事に埋まっているからか、周りには「尻だ、尻があるぞ」とか「なにかしらこれ……奇妙なオブジェね」とか、なんやかんや、人だかりができていたりして……。


「はい、すみません、通してくださいね」


 と、あまり大人数が集まっても邪魔なのでギャラリーを排除して……。


「こ、これは申し訳ありません、エリュテイア閣下! おい、みんな離れろ!」


「ひっ、ひい! な、なんて冷たい目だ。まるで、豚を見るような眼でこっちを見ている。こ、殺されるっ……!」


 ……はい。


 ボクを見ると、顔を真っ青にして逃げ出す生徒たち。あっ、通してくれるだけでいいんですよ? そんなに逃げなくても。


 しゅーん、ちょっと悲しいです。


 ボク、そんなに怖いですかね?


 怖がられ続けるのは嫌なので、あとで鏡の前で笑顔の練習でもしておきましょう。……って、どうしたんですか、アヤメさん、ボクの後ろでそんなにニコニコして。


 もしかして、ボクの後ろからあの子たちを睨んで追っ払ったりしてないですよね? アヤメさんは怒ると怖いので、みんな逃げちゃいますよ?


 むう……。




 ……さて。


 問題は、壁に突き刺さったリンさんです。どうやって抜きましょう、これ。


 目の前に立ってみたらわかりますが、結構深く刺さってます。


 んー、やっぱり物理的に引き抜くしかないですよね?


「あの、リンさん? 大丈夫ですか、引っ張りますよ?」


「――その声はエリュテイア総統ですか、かたじけない」


 ぐいっ、とリンさんの腰を掴んで引っ張りますが……「閣下? あの、加減しなくてももう少し強く引っ張って大丈夫ですよ」と、言われる始末です。


 だめですね。ボクではパワー不足です。


 こうなると頼れるのはアヤメさんだけです。「そんな泥棒猫、壁に刺さったままでいいんですよ」と、つーんとへっち向いてるアヤメさんに上目遣いで「……あやめさん?」と、お願いします。


 すると、嫌そうな顔をしながらも「エリュさんがそこまで望むのならば……」と、リンさんを引き抜いてくれました。


 片手で、ひょいっと。


 この人の腕力はブルドーザーか何かなんですかね?




 で。


 ボロ雑巾みたいになったリンさんを、休ませるために近くのベンチまで運んで……あ、当然運ぶのはアヤメさんです。ボクの力ではズリズリ地面を引き摺ることになりますからね。


 とりあえず横にしておきましょうか? 座るだけの体力とかなさそうですし。


 と、そう言えば……。


「リンさん。ボクに何か要件でもあったんじゃないんですか? お時間よろしいか、って聞いてきましたよね?」


 アヤメさんとの決闘騒ぎで聞き忘れてましたけど、何か大事な要件があるのでは?


「ああ、その件でしたら……実は私、従軍することになりまして」


「従軍、ですか?」


「ええ、実は近くの森で騎士団が、行方不明になったとかで……女王陛下は軍を編成し調査をするつもりなのだとか。指揮官クラスの貴族の人材が不足しているので、私も志願した、と」


 ふむふむ。


 近くの森で、騎士団が壊滅ですか。実に興味深いお話です。騎士団と言えば、ファンタジー国家ではかなりの戦力。


 それが壊滅するということは……まあ、たぶん、なんか、その……いるんでしょう。ヤバいモンスターとか。


 場合によってはボクも動いた方がいいかもしれませんね。

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