第九十話 総統閣下と入学式
ヘレルフォレード貴族学校。
それは、ロンデリア王国で最も格式高い名門校だ。
ロンデリア王都ロンデンから列車で数時間。人里離れた静かな湖のそばに建つ、かつて王城を務めたこともある巨城ヘレルフォレード城。
その城を中心に学生寮などを配置した広大な学園はロンデリア国内の学生の憧れの場だ。
入学条件は極めて単純。
貴族であること、それだけだ。
平民は一切入学できない、まさに上流階級のみの社交場だ。
上流階級の学校。
それは平民たちの通うような学校とは隔絶した特別な存在でなくてはならない。平民たちでは関わることもできない、そんな高位の存在でなくてはならない。
そういうわけで、ヘレルフォレードは周囲から隔絶された場所に存在している。
近くの街まで馬車で一時間はかかるし、周囲には人家などない。
普段は学生と教師、使用人たちだけの声が響く物静かなこの学校。
だが、この日ばかりは別だった。
普段は数百人の生徒が集まっても閑散としているヘレルフォレード城。
だが、今日はどうだろうか。
城内を埋め尽くさんばかりの人、人、人。
ロンデリア王国女王エリザベートを筆頭に、ロンデリア……いや、アルバトロス連合王国でも有数の貴族たちが集まっているのだ。
そんな貴族たちが見つめる城の広い庭では華やかな軍事パレードが執り行われ、軍楽隊の演奏が響き、親衛隊のメイドたちや最新鋭の戦車が行進する。
上空を見上げれば帝国海軍の艦載機や重爆撃機隊、陸軍の戦闘機隊や襲撃機隊などが見事な編隊を組み、パレードを盛り上げる。
いずれも帝国の軍事力の象徴だ。
その軍隊を率いてやってくるのは、大和帝国総統エリュテイア。
そう、この日は彼女の入学式なのだ。
「あれ? ボクの知っている入学式と違う……」
と、入場してくる戦車の上で苦笑いを浮かべる総統閣下。
のちに「史上最大の入学式」と謳われることになるこの式は、大和の国威を示しつつ人々の記憶に良くも悪くも刻み込まれるのだった。
☆☆☆☆☆
……はい。
入学式? も無事に終わって、学生になったエリュテイアです。
入学式で軍事パレードする馬鹿がどこにいるんでしょうか?
なんて、思ってアヤメさんに聞いても「私とエリュさんの入学式ですから、記憶に残るものにしないと」とかなんとか。
やっぱり、アヤメさんに常識というものは通じないようです。
うん、間違いなくこの入学式は、みんなの記憶には残りましたよ? 忘れられないと思います。
けど、これ入学式じゃないですよね?
入学式と言えば桜の花が咲き誇る中、厳かな雰囲気で新入生が挨拶するとか、そんな感じのはずです。
期待と不安で胸を一杯にしながら、ドキドキするあの感じ……。
ここロンデリア王国には桜なんてないですけど、とにかくあの何とも言い難い素敵な空間が入学式にはあるはずなんですよ。
それがですよ?
パレードが終わった後、学校の食堂みたいなところでそれっぽい式典はしましたけど、軍事パレードのせいで台無しです。
いいですかアヤメさん。
入学式はですね、機甲大隊がキャタピラの爆音をまき散らしながら庭を行進したり、飛行隊が百機単位で編隊を組んだり、戦列を並べた砲兵の一斉発射で城のステンドグラスを叩き割ったりするような騒がしい式典ではないのです。
あの軍事パレードのせいで周りの生徒はドン引きですよ。
最初は、「大和のエリュテイア閣下ですね!」とか「私はどこそこ公爵の娘です! よろしくお願いします!」とか。
きゃいきゃい言いながらボクに近づいてきていた同級生もパレードが終われば怖がってボクから離れていきましたよ。
一年生になったら友達百人出来るかな? とか思ってましたけど、これじゃ、一人もできませんよ。
……と、口にはしませんが、ほっぺを膨らませてアヤメさんに抗議します。
ぷくー。
「そんなにほっぺ膨らませても可愛いだけですよ。いいじゃないですか、そもそも、エリュさんには私だけいれば十分なんです。友達なんていりません」
「むう……」
ビクトリア調のティーテーブルにてボクと向かい合いながら静かにお茶を飲みつつ、何食わぬ顔でアヤメさんはそうおっしゃいます。
ここは、ヘレルフォレード貴族学校の学生寮の一室。
ヘレルフォレードの寮は、王族用、上級貴族用、下級貴族用の三つに分かれていて……その王族用のお部屋です。
宮殿みたいな建物の最上階で見晴らしもよくて、落ち着いた雰囲気のヘレルフォレードを一望できる良いお部屋です。
ティーテーブルもそうですが、部屋全体がビクトリア様式の結構シックで住み心地のよさそうな場所ですね。
ボクがこういうデザインの家具とか大好きなので、内装を整えてくれたんだと思います。
あらかじめ帝国が手を加えていて、電気水道ガスも完備だそうで……居住空間としては、帝国本土とあまり変わりませんね。
それで。
エリュさんに友達なんていらないって……ボッチ学園生活は嫌ですよ?
それに、アヤメさんは恋人枠。友達枠も欲しいわけでして……ケモミミ少女のミケさんくらいですよ、ボクと友人として話してくれるのは。
他に友達枠は……リンさん、でしたっけ? 急に倒れたりするところがある病弱さんですけど、あれから少し仲良くなってですね……。
「エリュさん? もしかして、今、別の女のこと考えてます? 私以外の女のことを考えましたね?」
「……いえ、全然。そんなことはないです」
ちょっと別の人を思い浮かべれば、お怒りの様子でボクのことを見つめてくるアヤメさん。
過保護と言うか、ヤンデレと言うか……。
否定しないと後が怖いので、ポーカーフェイスで紅茶を啜ります。
「……どうだか。エリュさんは浮気性ですからね。この前だってあのリンとかいうスケベそうな顔をした女に太ももを触られて、ちょっと嬉しそうだったじゃないですか?」
スケベそうな顔をした女……リンさんは、結構クール系だと思うのはボクだけなのでしょうか?
……あとそれって、あの列車の中での出来事ですよね。急にリンさんが倒れてきて、ボクの太ももにダイブしてきたときの。
いや、確かにちょっとくすぐったくて、ちょっといいかもとは思いましたけど。
それに、リンさんもどこからか出血していたのでそれどころではなかったと言いますか。
……こほん。
この話を続けると、アヤメさんが病んで大変なことになりそうなので強制的に咳払いで話を変更します。
嫌ですよ、アヤメさんによる監禁生活は。
えっと、それで何か話題は……っと、窓の外を眺めてみれば、寮の周りに忙しそうに88mm高射砲を設置するメイドさんたちの姿が。
陣地でも作っているんですかね?
「アヤメさん、アヤメさん。ボクの護衛に親衛隊員を連れてきていましたよね? あれ、どれくらいの規模なんですか?」
軍事パレードでとんでもない数のメイド兵が行進していましたけど……大隊、いや、連隊規模より多かったような気が……。
「護衛ですか? えっと、歩兵連隊三つに、中戦車大隊一つ。あと、独立重戦車大隊に、飛行隊を二つですね」
「だいたい一個師団分くらいの戦力ですか? ボク一人の護衛には過剰では?」
一個師団、兵力としては一万人くらい。
よく考えなくてもとんでもないですね。SPの数が一万人みたいなものですから。狂ってます。
「いえ、足りません。エリュさんの価値は一国に匹敵しますからね。ちなみに、さっき言ったのは親衛隊だけです。このほかに、陸軍が二個師団と独立中戦車大隊二個、独立重戦車大隊を一個を持ってきてますね」
うげ……いつの間にそんなに持ってきたんですか。
全く聞かされていませんでしたけど。
親衛隊、陸軍合計すれば歩兵だけで三個師団分くらいの兵力になりますかね。
戦車も機甲師団こそ来ていませんが、親衛隊、陸軍合わせれば五個戦車大隊はあるので、250輌、機甲師団に配備されるくらいの数はありますよ。
飛行隊だって、一個飛行隊は16機の中隊が三つの48機編成に予備機少々の約50機なので二個飛行隊で100機はありますよね……。
合計すれば4万から5万くらいの兵力がここにいるのでは?
帝国の総戦力の二割くらいになるかも……本当に過剰です。
ロンデリアで戦争でもする気でしょうか?
「いいですか、エリュさん。エリュさんに何かあれば、国民が発狂します。即ち世界大戦の始まりです。それを防ぐためなら、このくらいの兵力は安いものです。――それに」
エリュさんも機会があればロンデリアに軍を派遣するつもりだったですよね?
アヤメさんはそう続けます。
……否定はしません。だって、ここロンデリア王国はボクたち人間国家の同盟『大東亜共栄圏』の東端に存在する国家です。
もし、海の向こうのエルフ国家が攻めてくるなら、間違いなくここです。
いつかは軍を配備したいな……とか、思っていた場所です。
そう考えると、この馬鹿みたいな大軍も悪くないのかも?
ああ、それにしても友達が欲しいです。ちょっと理由をつけてリンさんのお部屋に遊びに行ってみましょうか?
やっぱり危ないですかね、アヤメさんが発狂するかもしれませんし。
それよりかは、研究員のロシャーナさんのところのほうがマシですかね? ほら、研究成果を見たいとか理由を用意できるから……。
うん、悩ましいですね。
誤字報告ありがとうございます!
分かりにくいところ、解説が欲しいところなどないでしょうか? もし、ありましたら感想の方で伝えてくださるとうれしいです。