第八十八話 総統閣下と列車の中
抜けるような青空の下、蒸気機関車に引かれ、がたんごとんと進むメイドイン大和の列車。
その車窓から、ボクは中世風の田園風景を眺めます。
時刻は午前10時、太陽に照らされる景色はとても美しいですね。
ここはアルバトロス連合王国の一角、ロンデリア王国。簡単にどんな国か説明すれば、中世、近世の英国風のお国です。
東方大陸の東に浮かぶそれこそ英国くらいの大きさの島国で、齢90を超える女王、エリザベートさんが治めている国ですね。
さてさて。
なぜ、このボクがそんな国まではるばるやってきて、こんな列車に乗っているのかと言うと……アヤメさんに連れられて無理やり連れてこられただけですね。
制服デートとやらをするためだそうです。
入学する学校に向かっている途中と言うわけですね。
……ボクって、本当に独裁者なのでしょうか?
最近、自信が無くなってきました。なんだか、いっつもアヤメさんの言いなりと言うか、その、おかしくないですか?
ボクは独裁者で総統で、アヤメさんはそんなボクのメイドなのに……。
なんなんですか、制服デートって。
コンパートメント席、というんでしょうか? 四人乗りの個室式に分かれた客車の一室で向かい合って座るアヤメさんをちょっと非難するように見つめます。
ボクには総統としてのお仕事があるんですよ、分かりますか?
「仕事って、別にエリュさんは何もしてませんよね。時々、書類にハンコ押したり、各界のお偉いさんからプレゼント貰ったりしてるだけで、普段は遊んでばっかり……」
「むぅ。確かにそうですけど、ほら、兵器開発とか……」
「軍のお偉いさんと駄弁っているだけですよね? こんな兵器欲しいって、おねだりしているだけとも言いますが。この前だって新型の戦艦を4隻も作るとか張り切って……」
むぐっ。
そう言われれば、否定はできませんね。アヤメさんの言うように、普段仕事らしい仕事はしてませんけど。
その、ほら……なにかあるんじゃないですか? てか、総統閣下が入学なんておかしいじゃないですか?
なんて、問いかけるように見つめてみても、首をかしげて「ほらほら、せっかくの学生生活なんですから楽しみましょう?」と笑顔で返されるだけ。
もう、本当に仕方のない人です。
けど、その、前世では、キャンパスライフもできなかったので、こういう学園生活もちょっと楽しみかも、なんて思ったり。
お勉強は嫌いですけどね。
「えっと、それで、どこでしたっけ? 学校」
「あれ? 説明してませんでしたっけ?」
ええ、まったく。
だって、アヤメさん、ここしばらく、デートの予定を決めるので忙しそうだったじゃないですか。
おかげで、ボクは何も知らされずに、こんなところまで……。
「ヘレルフォレード貴族学校ですね。ロンデリア王国の首都、ロンデンから列車で半日ほどの古城を利用した伝統ある学校でして……」
資料もありますよ、と、制服のポケットから紙の束を取り出すアヤメさん。
……あのポケットはどうなっているのでしょうか? 明らかに容量と、内容物の大きさがあっていません。
あ、ちなみに、アヤメさんもボクも制服姿です。ちょっと、ファンタジー風にアレンジされたやつですね。
白を基調としたちょっと軍服っぽい上着に、いつものミニスカニーソ。
ちょっとコスプレっぽいですけど、素材は一級品を使っているみたいですから安っぽくはないですし、デザインも可愛いです。
ちょっぴり気に入っていたりして。
「まあ、噛み砕いて説明すれば、巨大合コン施設です。アルバトロス中の貴族のボンボンが集まって、顔見せする場、と言えばわかりやすいと思います」
巨大合コン施設……。だから、制服が可愛かったりするんでしょうか?
「そんな場所なので、勉強とかする必要は一切ありません。よかったですね、エリュさん。私との学生生活に集中できますよ?」
「はあ、もしかして、それが狙いで?」
「もちろん。――と、言いたいところですが、似たような巨大合コン施設は他にもあります。ここを選んだのは、その他の条件も“帝国”にとって有利だったからですね」
「帝国に……? いろいろ利権が絡んでいる、と言うことですか」
「正解です。この鉄道の敷設なんかもそれですね、あと軍の駐留権とか、土地とか……いろいろです」
エリュさんが入学するとなると、学校……いえ、国家の名声が上がりますからね。どこもかしこもあらゆる手を使って入学させようとしてきましたよ。
と、なんだか、自慢げな顔をするアヤメさん。
流石私のエリュさんですとか、なんとか。
ふーん。
……って、どうしたんですかアヤメさん。
急に立ち上がって。
えっ、ボクの隣に座りたいんですか? いいですけど、ほら、来てください。
すうっと、ボクの隣にやってきたアヤメさん。座ると同時に、さりげなく手を繋いでくれるのは高ポイントですね。
で、どうしたんですか……っと、ノックの音です。
ドンドンドンッ! と、騒がしいです。
誰なのでしょうか? とりあえず、「入って、どうぞ」と、声をかけます。
すると扉が開いて……。
「オッーホッホッホ! フレートの美しき花、シャールとはこのわたくしのことですわ! 御機嫌よう、麗しのフューラー」
と、ド派手な女王様、シャールさんがバァーンと扉を開けて登場してきました。後ろでは、取り巻きらしいメイドさんたちが、紙吹雪をばらまいて何か良くわからない演出していますね。
って、フューラーって、なんですか? もしかして、ボクのことですか?
それで、えっと、これは……。
「オッーホッホッホ、驚いているようですわね。わたくし、あなたたちが入学すると聞いて決意しましたの。わたくしも、ヘレルフォレードに入学しようと」
「は、はあ……」
ボクと向かい合う席に座るシャールさん。取り巻きさん達は、ボクに手を振りながらどこかに去っていきました。
しかし、どこからどうみてもシャールさんが着ている服、ボクと同じ制服ですよね……。えっと、その、今のシャールさんって20代後半ですよね。
その、なんていうか、いや、流石にきついものがあるといいますか?
そもそも。
「……アヤメさん、あの年齢で入学できるんですか?」
「理論上は可能です。ヘレルフォレード貴族学校は16歳以上の未婚の貴族であれば誰でも入学できますから。現に、実年齢300歳以上の私たちが入学できているわけですし」
けど、と、小声で問いかければアヤメさんも言葉を濁します。
やっぱり、あの見た目で制服着て入学はないって、感じですよね。
うーん、シャールさんも美人さんではあるのですが、年齢に見合った服装というものがあってですね?
「ちなみに、ヘレルフォレードには研究員としてセレスティアル王国の聖女ロシャーナもいますよ? 流石に制服は着てないみたいですが」
「へー」
最近見ないと思ったら、こんなところにずっといたんですね。確かに、ロンデリアに留学的なことをするって言っていたような気もします。
なんて、小声でアヤメさんと話していたら。
「あの、お二人は何を小声で話しておりますの? まさか、わたくしの美しさに見惚れて?」
照れますわ! と、なんかいい方に解釈してくれたので、ニコニコ笑っておきます。これが、ボクの奥義ジャパニーズテクニック“愛想笑い”です。
あはは……この人はなんで急に入学なんてしようとしたんでしょうか? もしかして、頭おかしくなりました?
と笑っていると、コンコンコン、とまたノックの音です。今度の音はやけに上品ですね。
誰ですか?
「っと、ノックの音ですわ。入っていいですわよ」
なんて、シャールさんは勝手に入室許可出してますし……。
それで、入ってきた人は……。
「エリュテイア総統、ご機嫌はいかが……。あら、シャール、あなたもいたの? その格好は……あらあら?」
ロンデリアの支配者、エリザベートさんじゃないですか。女王陛下自らこんな列車に乗るなんて、珍しいですね。
って、なんで、そんなに目を丸くして……ああ、30歳近いシャールさんが、学生服なんて着ていたらびっくりしますよね。
なんていえばいいんでしょうか、凄く浮いていますし。
当の本人は「可愛らしい服でしょう? わたくし、気に入っていますの!」なんて、言ってますけど。
あまりに、見るに堪えなかったのか、それとも知り合いの痛い姿を見たくなかったのか、エリザベートさんは「ああ、なんてこと……シャールともあろうものが……」と呟きながら、コンパートメントを後にしてしまいました。
わかります、その気持ち。
……その数分後。
気を取り直したのか女王陛下が、毅然とした表情で再度入室してきました。
そして。
「エリュテイア総統、こちらは私の親類のリン・フォレクロードです。今年、ヘレルフォレードに入学する閣下とクラスメイトになります」
「紹介に預かった、リン・フォレクロードです。エリュテイア総統、ぜひよろしくお願いいたします」
と、一人の少女を紹介してくれました。
なんでしょう。女騎士? みたいな雰囲気の女の子です。年齢は、17くらいでしょうか?
藍色のロングヘアーで、かなり可愛かったり……。
「……エリュさん? 浮気したらどうなるか、分かってますよね?」
……アヤメさん、声が怖いですよ。大丈夫です、だからそんなに強く手を握らないでください。
折れます。