第八十六話 エルフ達の戦争準備
作中時間が少し飛びます、ご注意ください
大和歴310年。
大和帝国で「ハボクック事件」と呼ばれる氷結艦遭遇事件から4年。
この数年間、世界は極めて平和だった。ほとんど何もなかったと言っていいだろう。
と、いうのも、この数年間、この世界にあるほとんどの国家は戦争をできるような状態ではなかったのだ。
アルバトロス連合王国を始め、東方大陸の国々は一連の大戦で疲弊し、これ以上の戦争を行う余力はなく。
大和帝国は、新たに増えた支配地域の戦後処理や、異世界転移後の経済的混乱の収縮で戦争どころではなく。
西方大陸の国家――神聖エルフジア共和国は、そもそも、航海技術を持たず海外に進出する能力を持っていなかった。
誰もが戦うことができず、生み出された平和。
だが、忘れてはいけない。
平和とは、次の戦争のための準備期間に過ぎないのだ。
神聖エルフジア共和国。
それは、ユーラシア大陸に匹敵する大きさを持つ巨大大陸『西方大陸』を支配する超国家だ。
構成種族は主にエルフ。人間に比べ一段高い魔法能力を持つ種族だ。彼らの人口は奴隷を除いても10億を超え、大和帝国の10倍近い。
この国でも、この数年間、次の戦争のための計画は進められていたのだ。
西方大陸西部にあるエルフジア共和国の首都『ジリエーザグラード』。
その中心にある大宮殿では、野心に燃える一人の男がいた。
彼の名は『ヨーゼフ・ジリエーザ』。この巨大国家『神聖エルフジア共和国』を支配する事実上の独裁者だ。
趣味は粛清。
特技は粛清。
必殺技は、北部の極寒の地「シベーリャ」に追放するシベーリャ送り。これは、エルフジア共和国民なら誰もが恐れる恐怖の象徴である。
そんな彼は、宮殿の玉座の間に据え付けられた豪華な玉座に座り、眼前にひれ伏す男に冷たい口調で声をかけた。
「同志ホルス海軍大臣、我々神聖エルフジア共和国の成すべきことは一体何かね?」
「は、同志ジリエーザ書記長。それは、優等種族エルフによる世界統一であります」
「正解だ、同志ホルス。そのために我々共和国は存在する」
まるで、それが当然のようにジリエーザは言う。
いや、この認識はエルフなら誰もが間違っていないというだろう。
なぜなら、この思想こそが『神聖エルフジア共和国』という奇妙な巨大国家を成り立たせる唯一の理由なのだから。
ユーラシア大陸ほどの巨大な大陸を、たった一国で完全に支配する巨大国家。
普通なら、こんな巨大な国家は存在できない。
国家というものは、その大きさに限度というものが存在するからだ。一定以上の大きさになると地域間の文化の違いや統治の限界により、国内は荒れ果て、いくつかの国家に分裂してしまうのだ。
だが、エルフジア共和国は分裂もしない、内戦もしない。
ジリエーザ書記長の元、一致団結し、エルフ国家を作っている。
そんなことができるのには、「同志ジリエーザの粛清が怖い」以外にも相応の理由がある。
そう、それこそが、エルフによる世界統一である。
この世界は、優等種族であるエルフの物である。故に、下等種族である人間などは、奴隷化、もしくは根絶しなくてはならない。
そのために、エルフは一度しがらみを完全に捨て、一致団結し、巨大国家『神聖エルフジア共和国』を形成。人間に対抗するのだと……。
つまり、エルフジア共和国は人間の奴隷化、根絶こそが国家の存在意義であり、それを遂行するために、国家の運営を行う。
そう言う存在なのだ。
そして、この時も彼らは『エルフによる世界統一』と言う大いなる目的のために行動をしていた。
「同志ホルス海軍大臣。数年前に、遥か海の彼方からやってきた“黒い肌の同志”のことを覚えているかね?」
「は、もちろんであります、同志。彼らの話の元、我々は“新大陸”を支配するべく、軍を整えてきたのですから」
よろしい。
ジリエーザは深くうなずく。
西方大陸――エルフがエルフジア大陸と呼ぶ大陸から人間国家を駆除し、制覇した神聖エルフジア共和国。
普通なら、それだけで満足してしまうような大きな戦果。
だが、それだけでは満足できない。いや、正確には“満足することができない”のだ。
彼らが、地球では存在できないほどの不合理なまでの巨大国家を形成できているのは、単に「人間に対抗する」という大いなる目的があるから。
その目的の達成をやめてしまえば、彼らは自然に分裂し、エルフ同士での争いを始めてしまうだろう。
そうならないためには、人間と争い続けるしかない。
そして、大陸を制覇し終え、はて、次はどうしようかと考えていた矢先。
海の向こうからやってきた黒い肌の同志『ダークエルフ』。それは、黒エルフ皇国が、海の向こうにあるであろうエルフ国家に救いを求めるために送り込んだセルシウス級の一隻に乗ってきた人々だ。
「彼らの証言により、我々は新たな敵を見つけた。ならば、することはわかっているだろうな、同志?」
「は、もちろんであります」
立ち上がり敬礼する同志ホルス。
彼らは、このダークエルフ達から『東方大陸』の存在を、大和帝国の存在を聞き取った。
そして、この人間の国々を滅ぼすことを新たな国家目標として定めたのだ。
「以前なら、海を渡るなど不可能だっただろう。だが、今の我々には黒い肌の同胞から手に入れた技術――マナと氷結艦がある」
「200万トン級氷結空母を主軸にした100隻近い巨大艦隊でありますな。同志ジリエーザ、あと一年もあれば艦隊は完璧に稼働します。そうすれば、完全なるエルフの世界を建設できます」
「素晴らしい……だが、しかし、その前に問題がある」
「大和帝国でありますな」
大和帝国――この国の存在は、黒エルフ皇国を通じて、エルフジア共和国も知っていた。
曰く、強力な軍事力を持つ悪魔の国。東方大陸の国々に軍事支援を行い黒エルフ皇国を滅ぼそうとする邪悪の化身。
「巨大鋼鉄艦、空飛ぶ機械、地を這う鋼鉄の塊……いずれも、我々の敵としては十分だろう。対応策はあるかね、同志ホルス君」
「問題ありません、同志。すでに、我が共和国の魔法技術の粋を集めた新兵器を開発中であります。そして、最終的に勝つのは我々です。神に愛された偉大なるエルフが、人間風情に負けるはずがありませんから」
そう言って同志ホルスは、ジリエーザの前にスクリーンを展開し、魔法で映像を投射する。
そこに映されたのは……氷でできた巨大な戦闘艦、全高18メートルを超える巨大ゴーレム、いずれも強力な魔力を発生させる「マナ」を用いた兵器だ。
「これらの兵器があれば、人間との戦いを有利に進められるでしょう。これまで通り、モンスター軍団も動員する予定です」
「ふむ、素晴らしいぞ同志。だが、問題は他にもある、ナチどもだ……うっ、ナチ、その言葉を聞くと頭のどこかが痛む……何かを思い出すようだ……」
「同志、お気を確かに」
頭を押さえ始めるジリエーザ。
ナチ。その言葉を聞くだけで、彼の脳裏にある何かが反応し、強力な拒絶反応を起こす。
ちなみに、他に彼が嫌う言葉にトロツキーというものもある。この言葉は、この国で裏切者や敵対者、下等種族を指す一般的な言葉となっている。
トロツキーはピッケルで殴り殺すことがマナーらしい。
「……ふうっ、大丈夫だ。して、侵攻計画はどうなっている?」
「はっ、おおよその新大陸の情報は黒い肌の同志により調査済みであります。我々は、氷結艦隊を編成後、新大陸の東部、アルバトロス連合王国の一国『ロンデリア王国』に上陸します」
「ロンデリア王国か、それは一体どういう場所だ?」
「はっ、同志。この国は新大陸の近くに浮かぶ島国となっており、橋頭保として扱いやすいと推測されます」
なるほど、英国のような場所か、と納得するジリエーザ。
その彼の言葉に「英国?」と首をかしげる同志ホルス。彼にはその意味が分からないようだ。
ちなみに、彼らが“新大陸”と呼んでいるのは、大和帝国でいうところの“東方大陸”である。
彼らからすれば東にあるわけでもないし……というわけで、この呼称らしい。
かくして、エルフ達の侵攻計画は進む。
この短い平和が守られるのも、あと少しの期間だけだろう。
いつも読んでいただきありがとうございます!
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