第八十四話 氷結艦VS空母艦隊 中編
洋上をノロノロと進む氷結艦『セルシウス』。その背後に迫る巡洋艦『阿賀野』。
阿賀野は最大で30ノットの高速を誇る最新鋭軽巡洋艦だ。
のんびり進む帆船に追いつくのにそれほど時間はかからない。
「後方より、敵艦接近中! 駄目です、追いつかれます!」
セルシウスのマスト上では、見張りの兵が声を張り上げ、阿賀野が迫っていることを仲間に伝える。
双方の距離はもう1kmもないだろう。
とうの昔に、阿賀野はセルシウスを射程に収めているが撃たない。この距離でも、まだ、セルシウスが敵であると判明していないからだ。
だが、セルシウス側からすれば迫ってきている船が敵――大和帝国製のものであることは一目瞭然。
鋼鉄製で、黒煙を吐き出し、さらに帆も無く進む。
こんなものは大和製以外ありえないだろう。
見張り員の声を聴き、確認のため甲板上に上がってきていたセルシウス艦長は、自艦とは比べ物にならないほどの速力で迫ってくる『阿賀野』を見て逃げきれないと察する。
「副長、覚悟は決まったか?」
「はい、艦長。戦って生き残るほかない、ですね」
「相手は、大和製の軍艦だ。おそらく、アルバトロスの鋼鉄艦より高性能だろう」
「……本艦『セルシウス』の能力を信じましょう」
頷くエルフ達。逃げきれないなら戦うしかない。
「面舵一杯! 第一魔法小隊、甲板上に整列! 攻撃準備!」
そして、戦いはエルフ側の奇襲攻撃から始まった。
ゆっくりと回頭し、艦側面を阿賀野に向けるセルシウス。その甲板上には、艦内から慌てて飛び出してきた魔法戦列歩兵が並ぶ。
分厚い氷に囲まれたこの船は、艦内から攻撃することができない。
故に、ずらりと甲板上に戦列歩兵を並べ、魔法攻撃を行うのだ。
セルシウスが回頭している間にも、双方の距離は近づく。
その距離100メートル。ぎりぎり魔法の攻撃射程内と言ったところだ。阿賀野も速力を落としつつ回頭し、セルシウスに並走する構えだ。
甲板上の戦列歩兵の数は一個小隊、約60人。
「よし、射程内だ。放てェッ!」
艦長の号令と共に、この魔法歩兵が一斉に射撃し、60発の各種魔法が阿賀野めがけて放たれる。
火の玉、氷の槍、風の刃。
様々な攻撃が、阿賀野に殺到するが……。
「撃ってきたな、副長」
「はい。しかし、無意味です」
すべて弾かれる。
炎は装甲表面を少しばかり焦がすだけ、氷の刃はカツンと軽い音を立てるだけ、風の刃も塗装を剥がすくらい。
エルフ達の一斉射の戦果は何もなしと言っていいだろう。
阿賀野は軽装甲と言っても7000トン級の巡洋艦。歩兵を薙ぎ払うのが精々の個人魔法を食らって打撃を受けるほどやわではないのだ。
そして、この攻撃の代償は小さくない。
「面舵、距離を取れ。……これで、あの氷の塊が敵であることが判明した訳だ。それで、甲板に並んでいるのは、エルフか」
「はい、鮫島艦長。黒エルフ皇国とはすでに交戦状態、心置きなく戦闘可能です」
「よし、ならば、こっちも反撃だ。砲雷長、主砲は撃てるか?」
もちろんです、そう頷く砲雷長。
エルフ達の攻撃で、この未知の船『セルシウス』が明確な敵であると鮫島は判断することができた。
と、なればすることは簡単。砲撃し、沈めるだけだ。
この頃、大和帝国は黒エルフと事実上の戦争状態。かの国の持つ船は一律海賊扱いだ。当然、この氷結艦『セルシウス』も“海賊”と言うことになる。
阿賀野の主砲、12,7センチ両用連装砲、6基、計12門がその照準をセルシウスに向ける。
そして……射撃開始。
12門の砲から砲弾が発射される。
攻撃のためゆっくりと距離を取っていた『阿賀野』。
そんな阿賀野を見て「おお、やったか!?」ちょっとしたフラグを立ててしまっていたエルフ達。
そんな、彼らに贈られたのはフラグ回収お疲れ様ですと、言わんばかりの12,7センチ砲弾の雨だ。
1km未満という超至近距離から放たれた12,7センチ砲は一発も外れることなく『セルシウス』に吸い込まれ、その威力を存分に発揮する。
セルシウス側面に命中した砲弾こそ分厚い氷ではじくことができたが……甲板付近に命中した砲弾は、攻撃のために整列する戦列歩兵を一撃で消し飛ばした。
「うぉぉッ! なんという威力だ!? 攻城級の大魔法か?」
驚愕。
戦列歩兵から少し離れた場所にいたため、なんとか吹き飛ばされず無事だった艦長たち。
彼らは自分たちの攻撃魔法とは遥かに格が違う砲撃。それこそ、自分たちを以前打ち負かしたアルバトロスの鋼鉄艦の砲撃よりも遥かに大威力のそれに驚きを隠せない。
「艦長! 甲板上の小隊が消滅しました! このままでは我々も危険です、艦内に!」
「お、おう、そうだな」
このままでは、第二射で吹き飛ばされる。
そうなる前に彼らは、砲撃から逃れるため甲板上の分厚い氷に空いた出入口用の小さな穴から、艦内に逃げ込んだ。
彼らが艦内に逃げ込んだ直後、阿賀野の第二射がセルシウスを襲う。
この12,7センチ砲は対空攻撃にも対応している両用砲、その連射速度も素晴らしい。
その連射速度は最大で毎分15発、4秒に1発の勢いで砲弾を撃ち放つことができるのだ。
ジャブの練習をするボクサーに嬲られるサンドバックのように、滅多打ちにされるセルシウス。
氷に覆われていないマストは吹き飛び、見張り員は空高く宙を舞う。帆を操作するため甲板にいた乗員も、氷漬けの甲板を赤く染め、この世を去った。
ボロボロになっていくセルシウス。
だが、なかなか沈まない。
セルシウスを覆う数メートルの氷が強力な防弾装甲となり、比較的貫徹力に乏しい12,7センチ砲弾を防いでいるのだ。
砲弾が命中する度に、セルシウスは激しい揺れに見舞われるが……。
「おお! また耐えたぞ! 流石エルフの技術力だ!」
「黒エルフ皇国、万歳! エルフ万歳!」
艦内への貫徹だけは許さない。
10分、20分と砲撃は続き、100発、200発と砲弾を浴びせられるが……セルシウスは沈まない。
その防御力にエルフ達は万歳し、歓喜する。
一方。
「敵艦、マスト喪失、航行能力を失います」
「だが、沈まないと来たか……。仕方ない、空母の攻撃隊の爆弾に期待だな」
「魚雷を積んでいればよかったのですが……」
「そりゃ、無い物ねだりってやつだな」
攻撃側の鮫島は、渋い顔でいつまでたっても沈まないセルシウスを見つめていた。
彼の乗艦『阿賀野』の主砲が火を噴くたびに、爆炎に包まれるエルフの氷の塊。
かろうじて船っぽさを出していたマストはすでに吹き飛び、もう氷山か何かにしか見えない。
しかし、それでも沈むことは無い。
分厚い氷の装甲を12,7センチ砲では貫徹できないのか、そもそも、氷は水に浮くから沈まないのか……。
どうも、鮫島の思うように敵艦を沈めることはできないようだ。
かといって、これ以上の攻撃手段を『阿賀野』は持っていない。完全に防空戦闘に特化したこの船は、魚雷などというものは搭載していないのだ。
そうなると……。
この氷の塊を沈められそうなものは、駆逐艦に搭載している魚雷か、あるいは航空爆弾か。
今回は、空母の運用試験も兼ねているし、艦載機による爆撃が最も適切だろう。
そう判断した鮫島は、後方の鳳翔に無線で連絡を取る。
攻撃隊の発艦を要請したのだ。
この鮫島の要請により、後方の空母『鳳翔』では攻撃隊が次々に発艦する。
その編成は護衛の戦闘機4機に250kg爆弾を二発ずつ抱えた攻撃機『海山』12機。その中には……。
「行くぞガーデルマン! 出撃だ」
「無理はしないでくれよ」
さりげなく混じる空の魔王。
この破壊神に狙われた『セルシウス』の運命は……。




