第八十二話 大和帝国の新兵器
ダークエルフが、希望を乗せた箱舟を出港させたその頃……。
大和帝国においても、海軍に新たな艦艇が加わり、実戦に投入されようとしていた。
異世界転移から約二年。
流石にこれだけの時間が流れると、大和帝国海軍の編成も大きく変わりつつあった。
オンライン戦略ゲーム『ラスト・バタリオン・オンライン』。
その最後の決戦『最終戦争』により、多くの艦艇を失っていた大和帝国は、その補填のために次々に新型艦を建造、前線に投入していったのだ。
これにより、これまで主力を務めてきた『前ド級戦艦』や『装甲巡洋艦』は旧式化し、より高性能な『ド級戦艦』や『巡洋戦艦』が戦列に並んだ。
進歩したのは主力艦だけではない。
それらを支える補助艦艇も進化した。
長らく使われてきた『防護巡洋艦』は、より大型で長い航続距離と速い巡航速度を持つ『軽巡洋艦』に取って代わられた。
この軽巡洋艦――『阿賀野型防空巡洋艦』は米海軍のアトランタ級巡洋艦のように12,7センチ両用砲をハリネズミのように搭載した艦だ。
対水上戦闘では少し威力不足が懸念されるが……。
敵艦隊がそれほど脅威ではない、むしろ空を飛ぶモンスターの方が恐るべき存在であるこの世界ではそれほど問題にならない。
異世界に適応した理想の巡洋艦と言えるだろう。
駆逐艦も進化した。
この世界にやってくる前の帝国の駆逐艦の任務と言えば、沿岸域で敵魚雷艇を排除することや沿岸域まで接近してきた敵主力艦に夜襲を仕掛け、肉薄、雷撃を行うことだった。
しかし、異世界に来てからというもの、大型艦の脅威となりうる魚雷艇は消え去り、高価な魚雷を叩き込むほどの大型の敵艦艇も無くなってしまった。
だが、彼らの役割がすべて失われたわけではない。
彼らは今までの任務を失った代わりに、世界の海を哨戒し、海賊狩りを行うという任務が新たに発生したのだ。
未だに治安がよろしくない異世界。カリブの海賊よろしく交易船を狙う悪辣な海賊がそこら中に存在しているのだ。
そんな海賊たちを無視することはできない。だが、彼らが使っているのは小型の帆船や、ガレー船。
そんなものに主力艦や巡洋艦を投入するのはあまりにオーバー、過剰戦力。
小型で安価、低燃費な取り回しの良い駆逐艦が好まれたというわけだ。
だが、広大な海を、長い時間偵察し続けるという任務に既存の駆逐艦は適応していなかった。
航続距離は短く、何より、沿岸域を主戦場としていたため、まともな外洋航行能力を有していなかったからだ。
それゆえに、1000トン程度しかなかった駆逐艦は、2000トン程度まで大型化し『特型駆逐艦』と呼ばれる新型になった。
して。
これらの真新しい艦艇を最も多く配備されたのは、トラック島を拠点に、東方大陸に派遣された帝国海軍第二艦隊である。
東方大陸における帝国の制海権確保のために派遣されたこの艦隊は、他の艦隊よりも新型艦への更新が多かった。
まあ、彼らが異世界移転してから常に最前線であったから当然であるともいえる。
さて、その編成だが……。
第二戦隊 『敷島型戦艦』 敷島 朝日 三笠 初瀬
第一巡洋戦艦戦隊 『伊吹型巡洋戦艦』 伊吹 鞍馬
第一防空戦隊 『阿賀野型防空巡洋艦』 阿賀野 能代
第一、第二、第三駆逐隊 『特型駆逐艦』 計12隻
万が一の艦隊決戦のために旧式戦艦こそ配備されているが、その他の艦艇はいずれも最新鋭。東方大陸近海の制海権を守り抜くという帝国の意思を感じられるだろう。
さらに……。
「あれが空母ってやつか?」
「はい、艦長」
第二艦隊の拠点『トラック島』。
その港では、第一防空戦隊の旗艦『阿賀野』に乗る厳つい海の男、鮫島が新たに配備される艦を奇妙なものを見る目で見つめていた。
武装らしい武装は見えない。平べったいただの船。おおよそ軍艦らしくないその姿に違和感を覚えずにはいられない。
「新型艦『鳳翔』ね……さて、あんなものがどれくらい使えるのやら、だ」
不機嫌そうに艦長席に腰を沈めながら鮫島は唸る。
ちなみに彼が不機嫌なのは、彼が勝手にライバルだと思い込んでいる若林が最新鋭の巡洋戦艦の艦長に栄転したからだ。
巡洋戦艦――それは、鮫島の乗る防空軽巡洋艦『阿賀野』とは違いれっきとした主力艦であり、しかも、最新鋭艦だ。
鮫島は憎々しげに、近くに停泊する『伊吹』を見つめる。
伊吹――それは、2万トン近い排水量を持つ巡洋戦艦。
その性能は帝国でも有数。ド級戦艦の『富士型』や化け物戦艦の総統専用艦『秋津洲』を除けば、帝国で最も優れた戦闘能力を持つ艦だ。
その外観は英国の巡洋戦艦レナウン級を小型にしたようで、「優美で美しい帝国軍艦の象徴」と評されることもある。
「っち、あれは良い艦だぜ。31センチ連装砲3基に、12,7センチ連装両用6基、速力30ノット……」
「豆鉄砲しか積んでない『阿賀野』とは格が違いますね」
「……違いない」
大型の主力艦の艦長になったライバル。一方の自分は、一段劣る防空巡洋艦の艦長。悔しくないわけがない。
そんな感じでこの一か月くらいずっと拗ねているのがこの鮫島の現状だった。
だが、そんな子供のように拗ねている彼に戦果を得る絶好の機会が訪れている。
「で、あの『鳳翔』の護衛が俺の新たな任務か。気に入らんが、実戦に参加できるなら悪くはない」
「航空機を用いて索敵、海賊の殲滅ですか。上層部も贅沢なことを考えますね」
空母『鳳翔』。
大和帝国が初開発した航空母艦で、異世界転移後に不要になった大型客船を改造して作られた逸品だ。
その性能は――基準排水量約1万5000トン、最大速度22ノット、艦載機24機、と軽空母としてはそれなり。
最低限の能力を持っていると言えるだろう。
艦載機は艦上戦闘機『海風』を8機に、つい先日実戦配備されたばかりの新型艦上攻撃機『海山』を16機となっている。
この『海山』は世界最強の大英帝国海軍が誇る“買い物かご”『ソードフィッシュ』によく似た複葉機だ。
発動機は空冷星形エンジン『木星』450馬力、最高速度は200km、爆装は250kg爆弾を二発となっている。
魚雷はない。
まだ、単発の艦上攻撃機に搭載できるほど小型の航空魚雷が完成していないのだ。
空母とその艦載機。
それがある程度形になったため、実戦テストを行う。そのための標的に選ばれたのが東方大陸近辺で悪さをしている海賊たちだ。
彼らと戦闘を行い、空母が実戦においてどれほどの能力を発揮するのか……それを確かめる。
そのために鮫島の乗る『阿賀野』を旗艦とした第一防空戦隊や、一個駆逐戦隊を率いて『鳳翔』は出撃するのだ。
「……まっ、ヒコーキってやつのお手並み拝見と行こうじゃねえか」
「案外、鮫島艦長より戦果を上げたりして……時代遅れな海の男は、退役かもしれませんね」
「馬鹿野郎、誰が時代遅れだ。あんなよくわからん木と布で出来た飛行物体に負ける俺じゃねえ。よし、出港準備だ。遅れるなよ」
機関一杯。
鮫島を乗せた『阿賀野』はトラック島より出撃。
目指す目標は……。
「ここから東、黒エルフ皇国の沖だ。あの辺には腐るほどエルフの海賊がいる。獲物には困らんぞ」
「艦長、海賊狩りに熱中して本来の空母護衛の任務を忘れないでくださいよ」
「安心しろ、俺は何度も言っているが模範的な軍人だ。任務にも上官にも忠実、毎日総統閣下に忠誠の誓いも立てている」
待ってろよ、若林。
今でこそ、でかい船に乗って鼻高々かもしれないが、今にお前を追い抜いてやる。
そう心に誓う鮫島であった。
……その一方。
「出港したか? 副長」
「はい、艦長。空母『鳳翔』を主軸とした第一航空戦隊はトラック島を出港、黒エルフ皇国沖に向かいました」
「そうか……ん、この茶は悪くないな。どこの茶だ?」
「満州ですよ」
トラック島に停泊する巡洋戦艦『伊吹』。その艦長室では、艦長の若林と報告に入ってきた副長が紅茶を楽しみながら会話をしていた。
その時、ふと若林は思い出す。
「『鳳翔』の護衛、巡洋艦『阿賀野』の艦長は鮫島だったか?」
……と。
「はっ、確か若林艦長のご友人で……」
「切っても切れぬ縁がある男だ。まったく、羨ましい限りだ。次の時代は空母が主役となるだろう。その初実戦を見られるとは……鮫島は、いつも運がいい。出来れば代わりたいくらいだ」
「艦長、その言葉、鮫島殿には聞かれないようにした方が良いかと。「嫌味か、このヤロー」と怒られてしまいますよ?」
「……嫌味? そんなつもりはないが」
紅茶を啜りながらキョトンとする若林。
がんばってライバルに勝ちたいという鮫島の心が分からないようだ。
いや、そもそも、若林は別に鮫島のことをライバルとも何とも思っていないので当然と言うかなんというか……うん。鮫島もなかなか可哀想な男である。
初恋の人も取られているし。
ちょっとした補足説明 『帝国の新型艦』編
阿賀野型軽巡洋艦
常備排水量 7200トン
武装 12,7センチ連装砲 6基
20mm四連装機関砲 4基
20mm単装機関砲 6門
速力 30ノット
馬力 約6万馬力
航続距離8000海里
乗員670名
元ネタはアメリカのアトランタ級防空巡洋艦。「この世界で脅威になるのって、空飛ぶモンスターくらいじゃね?」と言うわけで魚雷を捨てて対空砲マシマシ仕様。
伊吹型巡洋戦艦
常備排水量 1万9000トン
武装 31センチ連装砲 3基
12,7センチ連装両用砲 6基
その他小火器
全長215メートル
全幅26メートル
機関出力 9万2000馬力
速力 最大30ノット
航続距離 16ノット 7200海里
装甲厚 8インチ砲防御
乗員800名
英国巡洋戦艦レナウン級を少し小さくした感じの巡洋戦艦。速度にステータスを全振りしたため、装甲は主力艦としては薄く、重巡洋艦よりかマシ程度の装甲しかない。海軍曰く「戦艦並みの主砲を乗せただけのデカい巡洋艦」。