第八十話 総統閣下と戦後世界
「と、言うわけでルーナは陥落。その首領ユリエスは捕縛されました。……ここまでで、何か質問はありますか?」
「ん、無いですよ。アヤメさん」
新総統専用艦『秋津洲』の総統執務室のソファー。
そこでボクは、アヤメさんに膝枕してもらいながら事の顛末について報告を受けます。
チハ戦車隊が突撃したのは想定外でしたが、ルーナ攻略作戦はうまくいったようで何よりですね。
ふむ、チハの量産も悪くないかもしれませんね。
巷の噂ではルーナでの活躍でチハがアルバトロス各国で、帝国戦車の象徴的な役割を果たしているのだとか?
帝国戦車と言えば帝国の稲妻ことチハ戦車! チハと言えば最強! みたいな感じです。
豆戦車しか使えないような異世界のインフラには15トンクラスのチハ戦車は少々重いですが、象徴的な部隊として独立中戦車大隊みたいなのを編成して局所的に投入するみたいなのは面白そうですね。
……まあ、それは、またいずれ陸軍さんとお話ししましょう。
陸軍航空隊も大規模にする予定がありますしね。
新型の重爆撃機とか襲撃機の開発とか……いろいろです。
とにかく。
これにて、東方大陸で巻き起こった大規模な戦争に一応の終わりがやってきました。
これまで、ボクたち大和帝国が一連の戦争で抱えていた戦線は三つ。
一つは、先ほど終わりを迎えたルーナ戦線。
ルーナ帝国を自称し、周辺国に攻撃を開始したルーナ王国を止めるための戦争で……これは、ルーナ内の寝返りもあってすぐに終戦しましたね。
敵の首領、自称皇帝のユリエスさんは、全身複雑骨折しているところをバルカ王、バアル・バルカに捕縛されたそうです。
次に、ダークエルフとの戦線。
ルシーヤ王国とドルチェリ王国と国境を接する黒エルフ皇国。この国の侵攻を阻止するための戦線です。
こちらはボク自ら出陣し『プディング高地の戦い』で、敵東部方面軍を粉砕したことで、平和を手に入れることができました。
攻撃の意思を挫き、一時的な膠着状態にすることに成功したわけです。
和平交渉とか、講和条約とか結んではいませんが……。
ダークエルフと人間の間に国交なんてないですし、講和もなにもないので互いに攻撃していないこの状況が一応の終戦状態、って感じです。
こんな不安定な状況をいつまでも続けるのは嫌なので、いつかダークエルフとも国交を結びたいですが……なかなか難しそうです。
異種族と言うのは面倒です。話を聞いてくれませんから。
いつかは殲滅戦を仕掛ける必要があるかもしれません。
殲滅戦とか、悪役みたいなのでやりたくないですけど……。ボクの国、そっちの道のプロフェッショナルが多数混入してきているので、やろうと思えばできてしまうのが何とも……。
……はい。
そして、最後、これはモルロ帝国との戦線ですね。
戦争と言うより蛮族狩り? こちらは、とうの昔に敵主力を粉砕して残党処理のお時間。大掛かりな戦争はすでに終わっている感じです。
蛮族を追い払って手に入れた新しい土地に、世界各地から移民を招き入れれば完璧です。
一応、移民たちが最低限の自衛能力を得るまでボクの帝国がおんぶに抱っこしてあげないといけないと思いますが……まあ、それくらいは将来の先行投資と思えば悪くないでしょう。
将来的に大規模な市場に育ってくれることに期待します。
この三つの戦線が終わり、今帝国は平和になりました。
満州や各同盟国からの資源も、集まってきて帝国の産業も復活中……。
「……ひとまず、これで基盤は安定しましたね。また裏切者が出ない限りは」
「そうですね、エリュさん」
一連の戦争にて東方大陸で、ボク達に抵抗する勢力はほとんど消え去ったと言っていいと思います。
唯一抗えそうなのは、黒エルフ皇国くらいですが……彼らも戦争で消耗していて今すぐに脅威になるわけではないですからね。
平和です。
こういう争いのない日々も悪くはないですね。
ですが、まだすべてが解決したわけではありません。問題は戦後処理です。
例えば……。
「ルーナの今後ですね。どうしましょうか?」
「ルーナですか? エリュさんは、どうしたいとかあります? エリュさんの望み通りに処理しますけど……」
「んー、面倒くさいので関わりたくないですね」
裏切者のルーナの処理ですね。
ボクとしてはボコボコにしたのでもう満足ですし、戦後のどさくさに紛れて鉱山の採掘権とか、鉄道の運用権とか、港の使用権とか……いろいろ、利権をいただければ、もうそれでいいかな、なんて。
ルーナに大和帝国軍を派遣して、GHQよろしく本格的に治めるとかはやりたくないですね。
複雑怪奇そうなアルバトロス情勢に必要以上に首を突っ込みたくはないものです。
「関わりたくないですか?」
「……単なる願望です。実際にはそれ相応に首を突っ込まないといけないと思いますよ。ルーナは上手に負けましたからね」
「上手に負けた、ですか?」
お膝の上のボクの頭をなでなでしながら、そう問い返してきたアヤメさんにボクは指折り数えながら説明します。
「まず、アルバトロス最強のルーナ軍は綺麗に残っていますよね。……んくっ」
「おや、エリュさんどうしたんですか?」
「いえ……なんでもないです」
今一瞬、ボクのお尻に誰かの手が触れませんでした? ……アヤメさん、今真面目なお話をしている最中なんですけど。
えっ、「……私じゃないですよ」ですか?
そうですか、ボクは裏切り者と嘘つきは嫌いなんですよ。すくっと体を起こしてアヤメさんに正面から抱き着きます。
それで、目と目を合わせて……。
「アヤメさん、何か言うことありませんか? 今なら怒りませんよ」
顔を近づけながらそう言うと……あっ、目、逸らしましたね。
はぁ、まったく。
「……そんなに触りたいなら言ってくれればいいのに」
「許可を得ずに、触る背徳感に浸りたい時もあるんですよ。ほら、太もも、無防備ですよ?」
んっ……もう、さっそく開き直りましたか? まあ、いいですけど。ほら、抱っこしてください。
お姫様抱っこです。
……と、話が逸れましたね。
「ガハラ門の戦いなどで、大きく消耗したアルバトロス各国の軍と違いルーナ軍はほとんど無傷です。戦う前に寝返りましたからね」
強力な軍が存在する限り、その国は主権を持ち続けることが可能です。
ルーナは、未だ10万を超える兵を有し、この屈強な軍がある限り、軍の消耗したアルバトロス各国では彼らに戦後賠償などの要求を突きつけることは難しいはずです。
逆切れされてルーナに攻め込まれたら、彼らには対処できませんからね。
さらにあの国は上手く立ち回っていてですね……。
「次に、たしか、ルーナ王のユリエスは……」
「怒れるルーナ市民により処刑済みですよ、エリュさん。逆さ吊りにされた後、石を投げつけられたとか?」
ん、ルーナ伝統の処刑方法ですね。
全ての元凶をユリエスに押し付けて、それを自分で処刑。ルーナ国内では自分たちは悪しき独裁者を倒した戦勝国側の人間的な意識が芽生えているとか?
これで、政治的に要求を通すことも難しくなりました。
できなくはないですけど……悪の独裁者が死んじゃったので戦後裁判で独裁者を罰して、みたいなパフォーマンスができなくなったのは痛いです。
おまけに、ルーナ国内では軍の司令官を中心とした新政権を作る予定をすでに立てているとか?
本当に敗戦後の処理が迅速すぎます。こちらが手を打つより何倍も速いです。
「奴らめ、負け方が上手い。いつもこうだ、奴らはどれだけ敗北しても平気な顔をして生き残る」
と、燃え上がるルーナから救出された後、苦虫を噛み潰したような顔でドルチェリのヴァルヘイム二世さんが言っていたことを思い出します。
このまま完全に放置していれば裏切者のルーナが、何食わぬ顔で国際社会に返り咲くことになりかねません。
ルーナに罰を与えたければ、何らかの形でボク達が介入してあげないといけないわけです。
……とりあえず、その辺は政治家に丸投げしておきましょう。そう言うさじ加減はボクなんかより本職の外交官の方がお上手ですし。
相応の賠償金を諸外国に払わせる、とかその辺が落としどころですかね?
ただ……。
基本は、アルバトロス各国に任せますね。モンロー主義と言うわけではないですが、余計なことに首を突っ込んで無駄に国力を消耗するのは嫌ですから。
面倒なことは他国に任せ、美味しいところだけをちゅーちゅーしたいですね。
「えっ、ちゅーちゅーしたい、ですか。吸いたいんですね……エリュさんが望むならいいですけど、何にも出ませんよ?」
「ちょっ、アヤメさん。何してるんですか? 急に脱ぎだして……」
「エリュさんが、吸いたそうな顔をしていたので……嫌ですか?」
……えっ、あの、その。勝手に心を読んでそう言う風に盛り上がるのはやめてくれませんか。
まあ、吸いますけど。
けど、そう言うのはベッドに行ってからですかね。ほら、せっかく横抱きしてくれているんですから、そのままベッドに運んでください。
まったく、アヤメさんは変わりませんね。……そういうところが、大好きなんですけどね。
ここまで読んでいただきありがとうございます! これにて、第四章は完結と言うことになります。
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