第七十九話 帝国の稲妻
ルーナ守備隊がクーデターを決行。
市民も参加したそれにより、ルーナ市内は大混乱に陥った。
血と悲鳴に染まり、火災による黒煙が充満し、人々の怒号が飛び交う。爆撃で焼けただれた建物から這い出る人に手を差し伸べる人さえいない。そんな地獄絵図。
そんな中、その混乱に巻き込まれることなくぼんやりと立ち尽くす二人の男がいた。
「……なんか、城壁の向こうヤバくね?」
「黒煙上がっているし、燃えているよ」
「早く中の様子を確認したいなぁ、家族も心配だし……。つーか、交代の兵はいつ来るんだよ」
ルーナの街を守る城壁。その城門を守る衛兵である。
どうやら、クーデターで忙しい上層部は、街の外にいる彼らの存在をすっかり忘れてしまったらしい。
特に指示を出されることもなく、それどころか、交代の兵士も来ない。
状況を教えてくれる人もいないので城門の前で立ち尽くすほかなく、どうしようかな、と悩むばかりだ。
そんな彼らの前に、奇妙な物体が突っ込んでくる。
キャタキャタピラピラと響く履帯の音。巻き上がる土煙。
「なんだあれは? 新手のモンスターか?」
「白地に赤い丸……あれは、大和の旗だ! あのモンスターは、大和の旗を掲げているぞ」
兵士たちが驚愕しながら見守る中、土煙を巻き上げながら帝国の旗を掲げ、街道をルーナの街めがけて真っ直ぐ駆け抜けてくる三両の戦車……いや、自走砲だろうか?
88ミリ砲を搭載した『チーハー』、120mm砲を搭載した『キングチーハー』、そして、短砲身の150mm榴弾砲を搭載した『シュトュルムチーハー』。
異形のモンスターと言っても差し支えのない魔改造兵器たちが、ルーナめがけて突入してきたのだ。
これらの指揮を執るのは、現在帝国で最も優れた戦車乗りとされる男――ミハエル・ヴィットマンだ。
彼は三輌のチハ戦車の先頭を行く『チーハー』に乗り、部下に指示を出していく。
「攻撃のいい機会だ。戦車隊の力を見せつけよう」
「ヴィットマン大尉、独断専行は……」
「状況をよく見ろ、今俺たちが突っ込んであの城への道を開かなくてどうする? ……失礼、私は大和の兵士だ。衛兵君、道を開けたまえ」
ヴィットマンは誰よりも的確に状況を把握し、そして、絶好の機会を失わなかった。
元々、都市砲撃用に配備されていた彼らチハ自走砲部隊。
彼らの任務はこっそりルーナ近郊に強襲上陸して、こっそり街のすぐ近くまで移動し、「V3ムカデ砲による砲撃が失敗し」さらに「爆撃機部隊が思ったような戦果を上げることができなかった」場合に備えることだった。
万が一、それらの攻撃が失敗すれば、お茶を濁すように砲撃し、全て撃ち尽くせばチハの機動力を生かして撤退する。
そんな運用を想定していたものだから、もちろん、危険な市街地戦を行うことは全くの想定外。
何しろ、あくまで彼らは『自走砲部隊』。
近接戦闘を行うことは想定されていないのだ。
だが、しかし。
ヴィットマンはあえてそれを行った。これこそが、彼を優秀な戦車指揮官としているところだろう。
クーデターを成功させるには、自分たちが突入し、自慢の巨砲で独裁者の立てこもる城の門をこじ開けるのが最も早い、彼はそう判断したのだ。
街を守る最後の砦、城門の前で一時停止するチハたち。
チハの上に乗るヴィットマンを始めとした大和兵と二人の衛兵は暫し向かい合う。
衛兵たちは、三輌の魔改造チハを前に及び腰だ。
なんだ、この化け物は? 俺たちはどうすればいいんだ? 俺が上司に報告しに行くから、お前は残れ。いやだ、お前が残れよ、こんな化け物と一緒にいたくない。
地球人からすれば小さくて可愛らしいチハ戦車だが、この世界の住民からすれば巨大な鉄の塊が唸り声を上げながら突き進んできているに等しい。
下手なモンスターよりずっと怖い。とにかく恐ろしかった。
だが、彼らとて命を懸けて街を守る衛兵だ。
「大和の兵士よ、我々にも意地がある。この城門は守備兵の名誉にかけて開けられぬ」
と、内心びくびくしながらも、最低限の仕事として彼らは答える。
「では、こじ開けさせてもらおう。弾種榴弾、撃て」
それに対するヴィットマンの答えは射撃命令。
交渉の時間はない、迅速さこそが肝要だと彼は理解していた。
魔改造チハ三輌は、その巨砲を一斉に放つ。
城門は、木材を金属で補強した高さ5メートルはある頑丈なものだ。
だが、シュトュルムチーハーの15センチ榴弾砲を始め、対戦車に使うにしてもオーバーキルな攻撃を前にすれば一撃で吹き飛ぶほかなかった。
ついでに、城門近くにいた衛兵も「のわぁぁぁっ!」と悲鳴を上げて吹き飛ぶが……直撃ではなかったので、かろうじて命だけは助かったようだ。
「……大尉、道が開けました! 前進しますか?」
「無論だ。では衛兵諸君、失礼した。全戦車、前に!」
障害を一撃で排除したチハは突き進む。
最終目標を粉砕するまで。
……さらに、チハが城門を粉砕した数分後。
「ふぅ……ふぅ……どうだ、筋肉将軍! こちらについてきて正解だったろう! これで、我が妻を救いに行ける!」
「はぁ……はぁ……。王よ、あまり無理は……げほっ」
全力疾走するチハの後を追いかけるようにマッチョ300人が突き進んでくる。
彼らは、バルカ人部隊、最も優秀な近衛兵300だ。
彼らの立ち位置は、一応、チハ戦車隊の随伴歩兵と言うことになる。……まあ、機械化歩兵でも何でもないただの歩兵なので最高速度40kmをたたき出すチハには置いて行かれているが。
どうやらこの国王、ルーナ国境線から軍を率いて進軍するより、少数部隊でもいいから大和帝国の特殊自走砲部隊と共に強襲上陸したほうが、敵に捕らわれている妻に早く出会えると踏んでいたようだ。
……とにかく。
かくして、チハ戦車隊とマッチョたちはルーナ市内に突入する。
ルーナのメインストリートを、チハが駆け抜け、マッチョが追う。チハのキャタピラで石畳がめくれ上がるが特に気にしないようだ。
そんな鉄の塊とマッチョの集団。そんな奇妙な彼らの行軍に、何事かと恐る恐る市民が集まるが……。
「諸君、私は帝国より諸君らの支援を命じられたヴィットマンだ! 諸君らの名誉ある革命を手伝わせてもらう」
と、戦車指揮官自らそれっぽいことを言い、「おお、大和の兵士が助けに来たぞ、悪辣な独裁者ユリエスを吊し上げろ!」と道を開けてもらう。
一部市民は、「俺の家族は、大和に殺されたんだ! あの銀の空飛ぶ化け物の攻撃でな!」と街を砲爆撃した大和に悪印象を抱いているようだが……。
「あの攻撃は悪しき独裁者に対する神罰だ。そして、それを実行した大和は神の国だ!」
と、周囲の仲間たちに説得され、やむなく道を空ける。
実際、容易く大都市を焼き払った大和の攻撃は神か何かの物に思えてならなかったからだ。
かくして、チハ戦車隊はこれと言った妨害を受けることなくユリエスが立てこもる城に到達する。
「……なんだあの怪物は! だれか、あの化け物を殺せ! この皇帝ユリエスを! 私を守るんだ!」
と、城の中ではユリエスが吠え立てるが……誰も、チハ戦車隊に挑むものはいない。彼を守るはずの家臣達は、背を向けユリエスの元から離れていった。
「忠臣は……忠臣はどこにおる!」
ユリエスの悲痛な叫びが場内に響き渡る。
そんな彼の近くの部屋で囚われている筋肉女王は、窓枠が吹き飛びボロボロになった窓から外を眺めつつ、「ふんっ、あんたみたいな裏切者に心から忠誠を誓う奴なんているわけがないじゃないか」と呆れたようにつぶやいた。
そして、「それより、見てくれよ、アタシの旦那だ。いい男だろう?」と同じ部屋の中にいる他の王族たちに自分を助けに来た旦那を自慢するのだった。
そして……。
「よし、目標城門、撃て」
火を噴くチーハーの主砲。
城を守る頑丈な城門を一射で消し飛ばすその砲撃を、ルーナ市民は「おおっ、見よ神の一撃だ!」と畏れ讃える。
のちのこの砲撃は「帝国の稲妻」として、称えられることになる。
チーハー戦車の恐るべき破壊力が、この世界に広まり伝説となった瞬間であり、この伝説により、この世界においてチハは大和帝国を代表する戦車になるのだ。
戦いは終わりを迎える。
砲撃で穿った城門にバルカ人部隊を始め、クーデター軍が突入を開始する。
場内に残った十数名のルーナ重臣たちは皇帝と共に最後の抵抗を試みるが、マッチョの大軍に勝てるはずもなく玉砕。
皇帝ユリエスは、捕らえていた王族たちの部屋に行くと「近づくなよ! もし、それ以上近づいたらこいつらを殺す」とナイフを突きつけ王族たちを人質に立てこもるが……。
「アンタっ、遅かったじゃないか!」
「愛しの妻よ! 会いたかったぞ!」
と、再開に喜ぶマッチョたちの猛烈なハグの間に挟まれ……「ぎゅえっ」と、悲しい声を上げて潰れた。
かくして、王族たちは解放され、ルーナは陥落した。
これにより、ルーナ帝国は滅び、ルーナ戦線も事実上終了した。
そして、世界は戦後処理に向かって進み始める。