第七十八話 ルーナは燃えているか?
大和歴306年2月2日。
この日、ルーナ帝国帝都『ルーナ』は文字通り燃え上がった。
突如、ルーナ市街地で巨大な爆発が四つ発生したのだ。
市民は怯えた。
これは一体なんだ、まさか敵の攻撃か?
何が起こったのかわからない。
この時、アルバトロス解放軍は、まだルーナ国内に進入してすらいない。まだ、帝都ルーナは安全のはず……。
彼らが困惑するのも仕方がない。
この攻撃は遥か300km先のカルシカ島から行われていたのだ。
砲撃の主は報復兵器三号、V3砲――土を盛って作られた斜面に置かれた巨大な多薬室砲……通称ムカデ砲だった。
敵首都ルーナ、これを遠距離から砲撃、破壊することを念頭にとあるカナダ人を設計主任に大和帝国が開発した珍兵器だ。
主砲口径はナチスが開発していた同様の砲の15センチを上回る35,6センチ。
戦艦用に開発していた大砲を二門繋げて長砲身化、自軍拠点『カルシカ島』から帝都ルーナまでの距離約300kmを射程に収めるべく開発されたこの巨砲が、ついにその威力を発揮したのだ。
ちなみにこの兵器のあまりに珍妙な見た目に、地元のカルシカ島民は何かよくわからない魔法道具の一種と勘違いしたとかなんとか……。
……とにかく。
この砲を4門用意し、大和帝国はルーナ粉砕のために射撃開始。
かの街の全てを灰燼にしようとしたのだ。
このV3砲の射撃には期待で胸いっぱいの総統閣下も立ち会ったそうだが……残念なことに三射目で全門壊れたらしい。
どうも第一次世界大戦に毛が生えたレベルの大和帝国に複雑難解な多薬室砲は少々荷の重い兵器だったようだ。
総統閣下もがっくりである。
……とはいえ、4門から3射。合計12発放たれた14インチ砲弾は、ルーナ人を怯えされるのには十分だっただろう。
ルーナ側の被害は数件の家が吹き飛び、数十人の死傷が出ただけだ。
だが、それでも自分たちではどう頑張っても防げない未知の攻撃手段を敵軍が有していると分かっただけで、どうしようもない恐怖にかられることになる。
そして、報復兵器はV3だけではない。
砲撃から約一時間後、西の空から報復兵器一号、五式陸上攻撃機『新山』が約300機の編隊を組んでルーナに襲来したのだ。
モンスターがはびこるファンタジー世界。
ルーナも、頑丈な城壁に守られた城塞都市だ。
だが、爆撃機にはそんなもの何の役にも立たない。高度1000メートル付近を飛行しながら、街の上空に殺到する。
「銀だ、銀の怪物だ……」
「世界の終わりだ! ルーナはもうおしまいだ!」
ムカデ砲の長距離砲撃で怯えるルーナ市民の上空に、迫りくる空を埋め尽くさんばかりの銀の爆撃機の編隊。
上空を見上げる市民は、恐怖と共にある種の畏敬の念を抱いた。
アルミメタリック塗装が太陽光を反射し、きらりと煌めく。一機一機が、彼らの知る飛行モンスターよりも大きく、しかも、その機体を見せびらかすに低空を飛行してきている。
「……美しいな」
誰かがそう呟いた。
五式陸上攻撃機『新山』は、空力的にも洗練されていない不格好な複葉機だ。だが、そう感じずにはいられないほどの不思議な美しさがそこにはあった。
だが、しかし。
その爆撃機は決して美しいだけの無害な存在ではない。
都市を焼き払う恐るべき力を持った兵器なのだ。
「……おい、何か落としたぞ」
「黒い粒だ。まさか、攻撃か?」
60kg爆弾8発か、120kg爆弾4発、あるいは250kg爆弾2発。
ルーナ市民が見上げる中、それぞれの機体が約500kg、約300機合計で150トン程度の爆弾を投下し、ルーナ市街地を容赦なく焼き払った。
作戦は極めて巧妙だった。
まず、最初に大重量の大威力の250kg爆弾、120kg爆弾で建物を粉砕。その後、無防備になった市民に小型の60kg爆弾を投下し薙ぎ払う。
さらに、その上から防護機銃による機銃掃射を浴びせる。
それが、かつてルフトバッフェが行ったゲルニカ空襲を思い浮かべる鮮やかな戦略爆撃。
「守備隊は!? 守備隊は何をしているんだ!?」
「駄目だ、あんな空を飛ぶ目標を落とせるはずがない!」
「じゃあ、冒険者たちは? ルーナには白金級の最上位冒険者が何人かいただろう? ドラゴンとだって戦える彼らなら……」
熟練の最強冒険者たちに希望を託す市民。
ドラゴンを撃墜できるほどの魔法を放つような、国家でも有数の冒険者の腕ならきっと……。
だが、彼らの希望は叶わない。
その冒険者たちは、大量の爆撃機を見るや否やルーナの敗北を確信し、「大和とは商売のために今後とも仲良くしたいんでな」とルーナを見捨てて、逃走を開始したのだ。
かろうじて戦えそうな精鋭は逃げ去った。
後に残されたのは、ルーナを守るために配備された守備隊だけだ。彼らの持つ飛び道具と言えばマスケット銃か弓矢、ちょっとした魔法。こんなものでは、まともな防空戦闘は行えない。
300機の爆撃機による空からの一方的な戦い。
その美しさから、アルバトロスの真珠と謳われたルーナの大理石の家々は吹き飛び、観光地として有名な闘技場『コルッセオ』も炎に包まれた。
街の中心にある最も巨大で美しい建物、皇帝の城には、一機の『新山』が急降下爆撃を浴びせ、二発の250kg爆弾を届けたという。
ちなみに『新山』は急降下爆撃に対応していない。
操縦手を務めた『魔王』の成せる業だ。
「ああっ、私のルーナ帝国がッ!」
魔王に狙われたというのに奇跡的に生き残った皇帝ユリエスは、崩れた城から燃え上がるルーナ市街地を見て絶望した。
そして、理解した。
もう何もかも終わってしまったのだと。
この一連の攻撃で、1000を超える建物が損傷し、死者だけで1万人を出した。負傷者も含めればこの数倍の人数になるだろう。
大都市ルーナとはいえこの時の人口は10万人にも満たない。
一日で都市機能がほぼ崩壊したと言っても過言ではないのだ。
同時刻。
爆撃に乗じて、北の国境ではルーナ帝国を陥落させるべく、アルバトロス解放軍が進軍を開始したが……。
もう、彼らが進軍するまでもなかった。
「もはやこれまで! 今こそ、クーデターの時だ! 悪しき皇帝を玉座から引きずりおろせ!」
この爆撃を契機に、機会を窺っていたルーナ守備隊は皇帝を裏切りクーデターを決行することを決意する。
さらに市民も……。
「これは神の怒りだ! 神罰だ! 大和の女神に喧嘩を売ったユリエスを吊し上げろ!」
彼らの認知をはるかに超える超々距離からの砲撃。
さらに、空を覆い尽くさんばかりの爆撃機の爆撃。
これらを、人知を超えた存在からの攻撃と判断した彼らは、それを呼び寄せることになった皇帝に抗議の声を上げて、武器を取り彼のいる王城まで軍と共に行進を始める。
「くそっ、殺されて堪るか! おい、お前たち城壁はまだ無事だな、城門を閉じろ! 殺されるぞ」
「はっ!」
「……っ! そうだ、王族どもを捕らえていたな。人質にして立てこもるぞ!」
ルーナの広いメインストリートを、守備隊を先頭に市民が列をなし襲って来る。
その光景は、ユリエスの城からでもばっちり見えた。
すでに彼に忠誠を誓っているものはほとんどいないが……腹心など、ユリエスが失脚すれば一緒につるし上げられかねない一部の人間は、城門を堅く閉じ籠城の構えを見せた。
戦いはすでに最終局面。
クーデターに詳しいとある筋肉女王は「クーデター経験者のアタシが言うのもなんだが、あんたら早めに降伏しな。それで、国外に逃げるんだ。さもなくば死あるのみだよ」とユリエス達に助言を与えたという。
誰かが彼女たち王族を救い、皇帝ユリエスを捕らえればおしまいである。
それを阻止するのはただ一つ、城を取り囲む高い城壁だ。
この戦いを終わらせるには、この頑丈な城壁を粉砕する何かが必要になるのだ。
「まさか、こんなポンコツ戦車が役に立つ日が来るとは思わなかった……。パンツァーフォー、あの城門をアハトアハトで消し飛ばすぞ」
三輌のチーハー戦車が、随伴歩兵一個大隊を引き連れルーナ市内に突入を開始した。