第七十六話 総統閣下と報復兵器
……はい。
危機はなんとか乗り越えました。
あの後、本気で「そんな変な薬飲まないでください」って、泣いたらやめてくれました。
アヤメさんは、「そんなに私の子供産みたくないんですか……」って、ちょっとショックを受けていたみたいですけど。
超えてはいけない一線がボクにはあるんですよ。
して、そんなトラック島の一角。
森を切り開いて作られたこれまた巨大な海軍航空基地にボクは来ているのです。
基地の場所は島の真ん中の平原。
滑走路は、2000メートル級の物が二本。その滑走路のそばに大型爆撃機ですら余裕を持って入る格納庫がずらりと並びます。
さらに、滑走路の横には格納庫に入りきらない爆撃機や戦闘機が並べられ……んー、見えているだけで100機くらいはいるんじゃないでしょうか?
とにかく。
まさに帝国の国力の象徴的な基地です。
そんなところにボクは「新型航空機」の視察にやってきたわけなんですよ。
「それで、これが報復兵器一号、五式陸上攻撃機『新山』ですか」
「はっ、わたくし、柴田が開発した海軍の新型機です」
並ぶ格納庫の中で最も大きな一つ。
そこに鎮座するのは……数機の複葉双発爆撃機。
開放式のコックピット、木製布張りの機体。
古臭いレトロな感じの爆撃機で、第一次世界大戦時、ドイツ軍が使用したゴータ爆撃機を思い浮かべればそれっぽいと思います。
色はキラキラの銀色。ジェラルミンむき出し風のメタリックカラーです。
もちろん、機体は布張りの飛行機ですから、塗装していないからこんな色をしているわけではなくて……。
塩害とかから機体を保護のためのアルミメタリック塗装だそうです。
海軍機らしいですね。
「性能は?」
「最高速度120km、航続距離800km、爆装量500kgまで……」
「最低限と言ったところですね」
機体を見上げながら、解説のために本国からわざわざ派遣された柴田さんに問いかけます。
んむ、機体性能は悪くなさそうですね。
その辺を飛んでいるモンスター『人食い鳥』よりかは高速で、最低限の足もあって、爆装量は貧弱ですけど……まあ、実戦投入できそうです。
問題は……。
「アヤメさん、数は十分ですよね?」
ボクの後ろで、ちょっと拗ねているアヤメさんに問いかけます。……早く、機嫌直してほしいですね。こっちの調子も狂ってしまいます。
「はい、海軍が約200機、陸軍が約120機、親衛隊が約40機発注し……すでに300機以上が就役しています」
ん、そうですか。てか、海軍だけでなく陸軍も親衛隊も発注したんですか。
「戦略爆撃はエリュさん肝いりの計画ですからね。どこも無視できませんよ。……はぁ」
はい、ため息。
あの日から数日経過しているんですけど、未だにボクの太ももを見ては名残惜しそうにため息をつくんです。
……駄目ですからね。そんな目をしても、嫌なものは嫌なんです。
もう……。
それで、全部完成すれば、合計で……えっと……。
「エリュさん、360機ですよ」
……。
あれ、こっちの世界に来てからボク、ちょっと頭が悪くなったような。昔はもう少し、早く計算できたのに……。
「アホの子の方が、扱いやすくて可愛いですからね。もうちょっと判断力を落とさせないと……」
と、アヤメさんがぼそりと呟きましたが……。ご飯に変な薬とか混ぜてませんよね?
こほんっ。
とにかく、数も十分ですか。これで、後はルーナ近くまで持って行って爆撃するだけです。
爆撃機で焼き払って終わりにできるならそれでいいんですよ。
「閣下、この機体は所詮急造機。あまりこの期待するのはよろしくないかと」
とか。
「エリュさん、いくら数を集めても戦略爆撃だけで敵国を屈服させるのは無理があるかと……」
とか、言われてますけど……爆撃隊の指揮官のドーリットーさんは、できるって言ってましたし。
ルーナを石器時代に戻すとかなんとか。
それに、報復兵器はこれだけじゃないですから。
他には……。
「満州の射爆試験場で、報復兵器三号の最終試験が終わったそうですよ、エリュさん」
「……報復兵器三号、あのムカデ砲ですね!」
ロマン砲ですよ、ロマン砲!
35,6センチ多薬室砲。――通称V3砲。
この大砲は、元々新型戦艦に乗せるつもりで開発していた35,6センチ砲が、海軍予算の都合で余ってしまったのでそれを改造して作ったそうです。
射程は、えっと……300kmくらいは飛ぶらしいです。
開発者のカナダ人によるとですけど。
「エリュさん、あんなゲテモノに期待しちゃだめですよ? あんなの作るくらいならでっかい列車砲でも作った方が……」
「列車砲……」
それもいいですね。80センチ列車砲とか……パリ砲みたいな長距離砲も捨てがたいですね。
……って、アヤメさん、そんな可哀想なものを見る目で見ないでください。
えっ、「アホの子になるように甘やかしてきましたけど、やり過ぎましたかね?」ですか。
むう……。
まったく。
そんなに頭をなでなでしても許してあげませんからね?
「アヤメさん、ボクをこんな風にした責任、取ってくれますよね?」
「はい、もちろん、責任は取りますよ。……エリュさんの覚悟が決まれば、ですけど」
はっ……そうでした。
今のアヤメさんはそっち方面でちょっと危ない精神状態でした。
……アヤメさんは、結構飽き性なので二週間もすれば飽きて元に戻ってくれると思いますが、それまで、大変ですね。
……と、エンジン音です。
格納庫の表に車が来ましたね、迎えでしょうか?
「閣下、総統閣下はおられるのでありますか!」
って、この声は西大尉ですね。どうしたんでしょうか?
「閣下、報復兵器二号が港に届きました! ご視察願えますか?」
あ、やっと届きましたか。
新兵器『キングチーハー』が。
☆☆☆☆☆
はい、そう言うわけで西大尉の運転する車に乗って港にやってきました。
当然ですが、アヤメさんもセットです。
それで……港には三両の戦車が並んでいます。
その戦車の横では戦車乗りのドイツ人が「ティーガー戦車を受領できると聞いたのだが、この鉄くずは一体……なに、チーハー戦車?」とか言ってますね。
はい、頭悪い戦車です。
車体は大日本帝国が誇る主力中戦車『チハ』っぽい中戦車。
それから砲塔を外し、海軍が試作して没になった12センチ高射砲をポンと乗っけただけの即席車両……と、言うのがもっとも正確なこの戦車を表現する言葉でしょう。
まあ、酷い言い方をしてしまえば廃品の再利用です。
この『キングチーハー』の元になった『チハ』もどきの中戦車は、開発中止のボツ車両。
試作車ができるくらいには開発が進んでいたんですけど、中戦車の開発計画は急変更ソ連の『T-50軽戦車』を基にしたより先進的な案に変更。
チハモドキが必要な状況ではなかったですから少数の試験車両だけ残して、開発、生産中止。余った車両は倉庫の肥やしになっていたわけです。
それを、もったいないという理由で都市攻撃用に大口径砲を搭載した自走砲に改造した訳です。
「閣下、88mm高射砲を載せたものと、短砲身の15センチ榴弾砲を載せたものもありますが……」
「ん、そうですね。88mmを載せたものは『チーハー』、15センチ榴弾砲を載せたものはホロ……じゃなくて、『シュトュルムチーハー』と名付けましょう」
ん、我ながら悪くないネーミングですね。
この大口径を搭載した三両で都市を焼き払うのです。
「……エリュさん、流石にこんなへんてこ兵器では無理があるかと」
と、アヤメさんはいつものように苦言を呈していますが……。
確かに、否定はできませんね。
チハモドキの再利用を考えていただけなんですが……このゲテモノ使えるんでしょうか?