第七十五話 総統閣下とプレゼント
大和歴305年12月25日。
先の『プディング高地の戦い』で、黒エルフ軍を撃滅して一安心。
彼らも、9万の軍を失うとは思ってもみなかったようです。
よほどびっくりしたのか、増援に送っていた軍勢も引き上げさせ本土防衛の構えを見せています。しばらくは、向こうからこちらの領域に攻めてくることはなさそうですね。
これで、ボクの敵はルーナ帝国だけになりました。
後は、これをボコボコにすればおしまいなのですが……。
ちょっと、休憩です。
と、言うのも、報復兵器の準備がまだできていないんですよね。やっぱりこういう大事な兵器は完璧に仕上げないとだめですから。
そう言うわけで、一時休息のために自軍拠点『トラック島』まで、総統専用艦『富嶽』に乗って帰ってきました。
ちょっと前まで、ファンタジー世界だったトラック島ですが、ここ一年の改造で、海軍の街『横須賀』をそのまま小さくしたような赤煉瓦のお洒落な街並みができています。
島の中心には大きな飛行場ができていたりして……軍の拠点としての能力を十分以上の発揮できるようになっているようです。
もちろん、インフラなんかは本土並みで、島内のモンスターはすでに駆逐済み。
本土同様に、21世紀の地球人でも住みやすい環境になっているようです。
ん、普通の生活ができるって幸せです。
電気と水道が整っているだけでもう満足です。アルバトロス連合王国にはそんなものはありませんでした。
エルフとの戦いは本当に苦しかったです。
人間としての生活を半分捨てていましたからね。
大型自動車が走れるような道がないので、アヤメさん所有のキャンピングトレーラーも使えませんでしたし……。
てか、インフラがあまりにお亡くなりだったので、軽戦車も運用できるか怪しくて豆戦車を使ったくらいですし。
シャワーなんて、ハイドリヒさんのお店で浴びたくらいです。
匂いは気になりますし、アヤメさんはボクの匂いを嗅ぐたびに発情しますし……。
今度、アルバトロスに行くときは、最低限のインフラだけは整えておきましょう。
それで。
そのトラック島の港にボクはやってきています。
埠頭を見れば、前ド級戦艦4隻を主力にした帝国海軍第二艦隊が停泊していますね。いつみても立派です。
で、こんなところにやってきたのかと言いますとね……。
「どうです、エリュさん。気に入ってくれましたか?」
「うん、気に入りました! アヤメさん大好きです!」
「あぅっ! エリュさん、そんなに強く抱きつかれたら……発情しちゃいますよ」
……別に変な事はしていませんよ。
ただ、その……嬉しくてアヤメさんに抱き着いているだけです。まあ、アヤメさんは勝手に発情していますが、いつもの事なのでノーカウントです。
で、何に喜んでいるのかと言いますと。
「新総統専用艦『秋津洲』。エリュさんのために、私が私費で作りました……ちょっと海軍にもお金出させましたけど」
港に新しい船が来ていたんです。
ボクの目の前の埠頭に停泊する巨大な船、総統専用艦『秋津洲』。『富嶽』の後継艦にあたる艦ですね。
今日は12月25日、クリスマスです。そして、アヤメさんとボクの……その、記念日にあたるわけですよ。
ですから、アヤメさんがプレゼントとして新しい船を用意してくれたんです。
「常備排水量4万5000トン。武装は主砲に38,1センチ連装砲4基、8門。副武装に12,7センチ連装両用砲を8基16門。最大速力30ノットの高速戦艦になります」
「ん、解説ありがとうです。夜桜さん」
総統専用艦『秋津洲』。
その外観は……イギリスの巡洋戦艦フッドに似ていると思います。どことなくビスマルク風な雰囲気もありますが、うん、英国臭がします。
船体形状は英国巡洋戦艦風の長船首楼型、クリッパー型の艦首は緩やかなシアが付いてこれがまた美しいです。
武装の38,1センチ砲は今まで帝国が採用した砲の中でもっとも大きくて……迫力が凄いですね。
副武装の12,7センチ連装両用砲は、片舷に四基ずつ。対空もばっちりそうですね。
そして、何より艦そのものの大きさが、凄いんです。
全長は240メートル以上あって、近くに停泊している一万トン級の巡洋艦が小型の防護巡洋艦に見えるくらいです。
本当に化け物みたいな船です。
海軍で一番大きい戦艦『富士型戦艦』をはるかに上回る巨大戦艦です。
こんな化け物、ゲーム中に作った記憶はありません。ですから、完全にこの世界に来てから建造された代物です。
まだ異世界転移してきてから二年経っていないのに……よく建造できましたね。
てか、これ私費で作ったって言ってましたけど、どんなお財布しているでしょうか。1000億円くらいはするんじゃないんでしょうか?
不思議になって、アヤメさんの顔を覗き込んでみますが……って、どうしたんですか、アヤメさん、ちょっとご機嫌斜めですか?
えっ、「あんな巨乳と話さないで、今日は私だけを見てください?」……夜桜さんと話したのが気に入らないんですか?
もう、仕方ないですね。
わかりました、普段ならアヤメさんには我慢してもらうところですが、今日はボクとアヤメさんの記念日ですからね。
そう言うわけで、夜桜さんはちょっと下がっていてくださいね……そう哀しい顔しないでください、今度遊んであげるので。
「えへへ……クリスマスにエリュさんにプレゼントしたくて、急いで作らせたんですよ。ほら、前に戦艦に乗りたいって言ってましたからね」
ほら、さっそく乗り込みましょう、エスコートしてあげますよ、と、手を差し出してくるアヤメさん。
ん、好きです。
「はぁ……まったく、総統閣下の独占は憲法に反するというのにアヤメ殿は……」
と、夜桜さんがため息をついていますが……いいじゃないですか、ちょっとくらいイチャイチャしても。
あっ、アヤメさん腕組んでください。そうそう、もっと密着して……。
それから、『秋津洲』の艦内をアヤメさんに案内してもらって……。
「ここが寝室です。ほら、エリュさん、新しいベッドですよ。寝心地を確かめてみてください」
「んー」
……ふかふかのベッドに寝転びます。
戦艦ベースの船なので、居住性はよろしくないのかと思いきやボクの生活スペースだけは豪華に作ってあるようです。
寝室だけ見れば、富嶽のそれと同じくらいですね。……まあ、窓は小さいですが。
で。
「……アヤメさん、何してるんですか。まだ、お日様も沈んでないですよ?」
はい、お察しです。
アヤメさんの目の前でベッドに入ったらこうなりますよ。うつ伏せで、横になるボクの上に、アヤメさんが覆いかぶさってきて……。
まあ、いいです。
ボクもちょっとだけ期待してましたし。
でも、アヤメさん。
「……手に持っているそれ、何ですか?」
「私、まだエリュさんからのプレゼント貰ってませんから。これで貰うんですよ」
謎のポーション? らしき瓶を片手に持っているですよ。
プレゼントって……ボクがアヤメさんにプレゼントできるものなんて持ってませんよ? てか、ボクの私物は全部アヤメさんが管理しているので知っているでしょうに。
「いえいえ、ここにあるじゃないですか、私にプレゼントできるもの。エリュさんの初めてです」
「えっ?」
「何のために私が危険を承知でアルバトロス連合に向かったと思ってるんですか?」
「それは、エルフを撃退するため……」
「違います。ファンタジー世界にしかないこの薬を手に入れるためですよ。これ、生える薬なんですよ。何が生えるかは秘密ですが」
えっ? 生えるって、その、もしかして……。
「覚悟はいいですか、エリュさん。私の子供、孕んでもらいますよ?」
ちょっ……! あの、アヤメさん、ボクはまだ孕みたくない……じゃなくて、その孕むほうじゃなくて孕ませる方で……。
ん? わけがわからなくなってきました。
とにかく、そんな汚いガラス瓶に入った怪しい薬なんか飲んじゃだめです。ほら、ボクに渡してください。
処分するので。
「嫌です。せっかくの記念日なんですから、ちょっとくらい我が儘聞いてください」
ああっ、もうだめです。
夜桜さんっ! ミケさんっ! 誰でもいいので助けに来てください!
ヤバいです! アヤメさんを止めてください!
ちょっとした兵器解説『秋津洲』
スペック
常備排水量4万5000トン
武装 試製38,1センチ連装砲 4基
12,7センチ両用砲 8基
20mm四連装機関砲 多数
20mm単装機関砲 多数
装甲厚 艦側面 320mm 傾斜20度
甲板 180mm
砲塔 360mm
司令塔 360mm
速力 30ノット
馬力 15万馬力
航続距離 16ノット 8000海里
乗員 2000名
総統閣下が戦艦に乗りたいと言ったので作られた巨艦。外観は基本的には英国巡洋戦艦『フッド』だが、ところどころビスマルク臭がする。
総統専用艦と言うことで親衛隊に所属する艦艇だが、異世界移転により予算を削減され、大型戦艦を作れなくなった海軍が建造に一枚絡んでいたりする。