第七十話 ポルラント騎兵奮戦
――敵陣地を奪取せよ。
それは、不可能にも近い命令だった。
そもそも、騎兵というものは陣地攻略には向いていない兵科。野戦にて、機動力を生かし敵側面、背面を攻撃することでその真価を発揮するが、逆に防御の整った敵にはめっぽう弱い。
しかも、今回は狭い山道を駆け登りながら、敵の砲火を潜り抜け、敵陣に突入、突破というあまりにも厳しい条件だ。
騎兵の脚力も坂を登れば十分には発揮されない。そんな中、砲火を浴びるのだから、ほぼ自殺に行くようなものだ。
だが、その命令が下った瞬間、歓声が沸き上がった。
「聞いたか諸君! 我らポルラント有翼騎兵の初陣だ! しかも、あのエリュテイア総統からの命令だぞ」
「うぉぉぉっ!」
「総統のメイドはこう言ったらしい「あの陣地を騎兵で突破するのは不可能だと」。どうだ諸君、できないのか!?」
「我らポルラント騎兵は最強無敵! 祖国独立のためには命も惜しまぬ不敗の戦士!」
限りなく不可能な任務。
その任務をなんと軍のトップから直々に下された。
これは、我々が頼れられている証拠では? きっとあの陣地を奪いとれば、総統閣下はポルラント人の雄姿に感動し、独立に協力してくれるだろう。
プラス思考のポルラント人はそう考え士気が急上昇。
「いいか、諸君、エリュテイア総統の言葉にこういうものがある「ボクの辞書に不可能と言う文字はない」と!」
「美しき太もも! 総統閣下万歳! 祖国ポルラントに栄光あれ!」
サーベル(大和製税込み約12万円)を高らかと掲げ、総統閣下万歳! と、口々に叫びながら、意気揚々と狭い山道に150騎のポルラント騎兵は突撃していったのだ。
ちなみに美しき太ももとは、総統閣下を呼ぶ際の枕詞のようなものである。ああ、畏くも陛下は……と言うように、ああ、美しき太ももの総統閣下は、と使用される。
「な、何だあいつら! 突撃してきたぞ。自殺行為だ、死にたいのか!?」
「野蛮な人間の考えることなんてわかるか、死にたいなら殺してやれ」
「この鹵獲した大砲ってやつ、撃ってみたかったんだよな……」
エルフ軍第一陣地。
そこでは、二門の砲と一個中隊程度の戦列歩兵が並び、突撃してくるポルラント騎兵に砲口と杖先を向けた。
たった150騎の騎兵で、この重厚な防御陣地を突破しようなどと片腹痛い。
「よぉし……もう少し引きつけろ……いまだ! 撃てぇッ!」
発砲。
黒色火薬がまき散らす大量の煙がエルフたちの視界を覆う。視界ゼロの中、エルフたちは魔法を乱射する。
二門の砲から撃ち出されたブドウ弾、さらにエルフの杖から無数の魔法が撃ち放たれ……硝煙の向こうからは叫び声と馬の嘶きが響く。
「やったか?」
悲鳴にも聞こえるその声に、砲を操作する一人のエルフはそう口にした。
だが、それは戦場では絶対に口にしてはいけない言葉。
煙の中を、赤い光が突き抜けてくる。それも一つや二つではない、10、20だ。
「なんだ、ありゃ……」
「敵の騎兵が燃えてんのさ、俺たちの魔法で」
「なら安心だな……って、なんかあの光、近づいてきてないか?」
「んな馬鹿な……燃えながら突っ込んでくるわけないだろ?」
そのまさかであった。
騎兵の突撃が生み出す風圧で煙が晴れ、エルフたちの眼前にポルラント騎兵が姿を現す。
砲撃により、顔面を半分吹き飛ばされた者。
エルフの魔法により燃え上がった者。
ポルラント騎兵自慢の羽飾りは、火炎魔法で燃え上がり赤い炎の旗と化す。
だが、彼らは足を止めない。ひたすらに「総統閣下万歳!」、「ポルラントに独立を!」と叫びながらサーベルを振りかざし、エルフ軍陣地に突撃する。
「な、何なんだこいつら! 何故死なない!?」
「なにか強力な防御魔法でも使っているのか? 人間のくせに!」
「ひっ、退け! 防御陣地は一つじゃないんだ!」
種も仕掛けもない、気合い一つで死すらも恐れず突き抜けてくるポルラント騎兵のあまりの気迫に、さしものダークエルフ達もしり込みし、思わず後退する。
「――突破したぞ! 総統閣下万歳!」
「大隊長を見ろ! 顔面半分ぶっ飛ばされて、燃やされても前進を続けているぞ」
「すげぇ! あれぞポルラント人の鏡だ!」
「いや、よく見たら大隊長、馬に乗ったまま死んでるぞ! 第一中隊長、指揮を引き継げ!」
ポルラント騎兵の被害も大きい。
すでに大隊長以下、十数名がブドウ弾を食らい死亡。負傷者も含めれば、ほんの一瞬で戦力の10パーセント以上を喪失している。
だが、止まらない。
「いいか、総統閣下からの命令は「敵陣地の奪取」だ! まだ敵陣は三つもあるぞ!」
「すべて奪え! 奪うまで俺は止まらねえからな!」
総統閣下本人が「第一陣地だけでも取れればいいかな」と考えているなど、彼らは知らない。
ただ、『陣地の奪取』という大雑把な命令に従い前進を続ける。
そのまま、逃げ惑うエルフを牽き潰しながら第二陣地に突撃を開始するのだ。
☆☆☆☆☆
「騎兵戦力での突破は困難だろう。私が、半獣人軍を率いて突破する」
「できますか、ハゲー元帥」
「……ダヴーだ。半獣人軍の兵士としての練度は悪くない。短時間の訓練かもしれないが良く鍛えられた兵だ。私の指揮があれば、突破は可能だろう。犠牲は多いがな」
「多少の被害は避けられません。今は速度が命ですから」
後方陣地で、獣人軍を実質的に率いることになるハゲー元帥……じゃなくて、デブー元帥と作戦会議です。
……しかし、臭いですね。このおっさん。臭いが目に沁みます。
脱臭目的に炭をいっぱい置いてみましたが、全く効果なし。
消臭剤を持ってくればよかったですね。
っと……。
「ミケさん、どうですか。ポルラント騎兵の様子は。第一陣地くらい突破できましたか?」
「えっと、それがね?」
見張りを任せておいたミケさんにそう問いかけますが……どうしたんですか、そんな信じられないようなものでも見た顔をして。
「……アヤメさん」
「はい、双眼鏡ですね。どうぞ」
ん、ありがとです。
で、前線は……って、第一陣地に敵軍がいません。それどころか、味方のポルラント騎兵も居ません。
誰もいません。
どういうことでしょうか?
第一陣地にポルラント騎兵がいないということは……奪取に失敗したのでしょうか?
「エリュさん、第二陣地ですよ。第二陣地」
第二陣地?
そう言われて、そっちの方向を見ますが……って、ありえない。ポルラント騎兵です。ポルラントが突破しました。第二陣地を。
「どうかされたのか、エリュテイア総統。私は近眼でよく見えん」
隣に来たデブー元帥が、眼鏡をかけながら聞いて来たので「えっと、ポルトラント騎兵が第二陣地を突破しました。そのまま第三陣地に突撃します」とありのままの光景を伝えます。
「なに!? そんな馬鹿な! 騎兵であの陣地を突破などできるはずがない。それに、あの連中は今回の戦いが初陣の新兵のはずだ?」
「アヤメさん、予備騎兵に命令! 急ぎ突撃、ポルラント騎兵を援護してください」
……信じられない。
てか、そもそもなんで第三陣地まで突っ込んでいるんですか?
「第一陣地の奪取が目的では……」
最初に命令を下したとき、第一陣地さえ取れればそれでいいくらいに思っていたはずなのに、どうしてあんな敵戦線後方まで……。
「エリュさんが『敵陣地を奪取しろ』なんて不明瞭な命令を出すからでは? あの命令では、何処まで奪えばいいのかわかりません」
「それで、あんな敵陣奥深くまで突撃したと? いや、無理がありますよ、それは……」
馬鹿ですか? てか、どうやってあんなところまで突撃したんですか? 普通、その前に蜂の巣にされて死にますよね?
「気合いでは?」
「気合いって……そんな馬鹿な」
けど、現に目の前で突破が行われていますし……なんていうか、精神論でどうにかなるんですね。
……
…………
………………
エルフ第四陣地。
壊れた大砲と死体の山が転がるそこに、ボクは足を踏み入れます。
すでに戦闘は我が軍の勝利で終わりを迎え、防衛線を気合いで突破されたエルフ軍は、怯えて後退していきました。
「はぁ、はぁ……閣下、この大砲は私が鹵獲したものです。私は死にますが、祖国解放を……」
激戦で破壊された大砲。その砲にもたれかかる一人のポルラント騎兵。血だらけでもう立つこともできないのでしょう、荒い息をして目を閉じ力尽きます。
「エリュさん、彼は第三中隊の指揮官です。大隊長、第一中隊長、第二中隊長は、すでに戦死、彼がここまで指揮を……」
「傷は?」
「軍医を呼ばなくては詳しくはわかりませんが、砲弾や氷魔法による被弾、火炎魔法による火傷、槍による刺し傷が全身に無数に……助からないかと」
兵士を横にしてあげながら、アヤメさんが軽く傷を確認します。……どこからどう見ても助からないですね。全身、傷だらけです。
けど……。
「忠勇な兵士を死なせてはいけません。確か、軍医のガーデルマンさんを連れてきていましたね?」
「はい、例のあの人と一緒に山を登ってきているはずです」
「……そうですか、可能な限りの処置をしてあげてください」
エルフ軍の陣地に突撃したポルラント騎兵の大半は戦死。指揮官クラスで生き残っているのはこの人だけです。
……まさか、これほど優秀な騎兵がいるとは思いもしませんでした。死なせるにはあまりに惜しいです。
彼らの奮戦のおかげで、極少数の被害であの防衛線を突破できました。
この犠牲を無駄にはできません。さあ、次は山を越えてドルチェリに向かいましょう。そこで、エルフ軍を撃滅するのです。




