第六十八話 総統閣下と黒エルフ戦線
状況を説明します。
現在、アルバトロス連合王国は滅亡の危機に瀕しています。同胞であるはずのルーナ王国の裏切り、ダークエルフによる侵攻。
すでに、アルバトロス各国は『ガハラ門の戦い』で、その戦闘能力の大部分を失い、指導者である王族を捕縛され、国家機能を完全に喪失。
迫りくる敵軍に対する反撃能力を失っています。
アルバトロス連合王国の東南にあるルーナ半島からは、ルーナ王国改め自称ルーナ帝国が膨張、北進し隣国であるフレート王国を攻撃中。
その兵力は10万程度。
ロンデリア王国がフレート王国を救援するために軍を派遣するようですが……さて、どれだけルーナに対抗できるでしょうか?
今のルーナは、我が国が輸出制限したため弾薬の新規購入ができないという致命的弱点を背負っていますが、それでも、その兵力は他国を圧倒しています。
フレートはすぐに降伏することで有名なので、まあ、お察しでしょう。
一方、西方からなだれ込んでくるダークエルフ軍は……親衛隊情報部からの報告によれば、現在アルバトロス連合王国の北岸、ドルチェリ王国を東進中だそうです。
これにドルチェリ王国各地の守備隊が対応、決死の防御戦闘を行っているそうです。
しかし、9万を超える大軍勢を持つダークエルフ軍に、主力軍を失った小規模な守備隊では勝てるはずもなく、各地で玉砕。
市民も一丸となって、ゲリラ戦を行っているようですが……地獄のような様相を呈しているらしいですね。
まあ、ダークエルフ軍については詳しい報告が届くので、対処しやすそうです。
自称ドルチェリ人のラインハルト・ハイドリヒさんが頑張っているのでしょう。
それで。
ルーナは裏切り、フレート、ドルチェリは攻め込まれ、ロンデリアは救援中。
そう言うわけで、アルバトロス連合の中で軍事的にフリーハンドな国はルシーヤ王国だけになります。
ルシーヤは、ドルチェリ同様、黒エルフ皇国と国境を接している国ですが、ダークエルフ軍が先に豊かなドルチェリに攻撃を仕掛けたため、貧しいルシーヤは今のところ無事と言うわけです。
一時的に見逃されているだけ、ともいえますが。
そんなルシーヤに、このボクを総司令官にしたバルカ軍2万、半獣人国軍2万からなるアルバトロス解放軍が到着。
その王都『モスカウ』まで駒を進めました。
「それで、アヤメさん。現地兵はどれくらい集まりましたか?」
「今のところ、1万人ほどです。これで、我が軍は5万の軍勢になります」
「ん、まあ、そんなところでしょう」
ルシーヤ王国の首都モスカウ、その中心にある王城『クレムリ城』の会議室では、ボクとアヤメさん……それと、その他大勢の司令官クラスや将校が最終的な作戦会議を行っています。
まあ、バルカ王とか、ミケさんとかですね。
……しかし、このお城の会議室はなかなかいいですね。気に入りました。
白い室内に金の装飾が施され、上品ながらも豪華なロシアチックな雰囲気。大理石の大きなテーブルも悪くない。……いいお部屋ですね。
「さて、これからの我が軍の動きです。最初の標的はドルチェリに侵攻中の黒エルフ皇国軍の撃破ですね」
「ハイドリヒからの情報によれば、彼らは黒エルフ軍東部方面。その戦力は9万となっています。対処できますか、エリュさん」
駄目なら、一度本国に帰って軍を編成してもいいんですよ? と、アヤメさんは言っていますが。
大丈夫です。
「ボクの辞書に不可能と言う文字はありません」
確かに、こっちは寄せ集めの軍隊で近代兵器を装備した大和帝国正規軍ではないですし、数でも劣っていますが……通信装置とか、スパイ網とか、防衛側の地の利とか、多少は有利な条件もあります。
9万くらいなら何とかなると思います。てか、なんとかします。
どうにもならなかったら……諦めて本国軍を動員ですね。現有戦力では動かせる師団がないので、徴兵とかしないといけないのでやりたくないですけど。
新規に部隊なんて編成すると予算が……。
「わかりました。では、進攻ルートはどうします? ドルチェリまで直進で行こうとすると……『バルバロッサ山脈』が邪魔になります」
「強硬突破します」
「ダークエルフ軍が、狭い山道に守備隊を集め防備を堅めているというハイドリヒからの情報もありますが……状況的に不利では?」
「問題ありません。状況とやらはボクが作るので」
ルシーヤとドルチェリの間にふさがる山脈『バルバロッサ山脈』。この山脈を迂回、もしくは突破しなくては我が軍はドルチェリ王国に向かうことはできません。
して。
当然、迂回と言う選択肢はないです。
結構大回りになるので、時間がかかりすぎるんですよ。
直進した場合は2週間もあればドルチェリ国内に進入することができますが、山脈を大きく迂回した場合3倍か4倍程度の時間がかかります。
そうなると、非常にまずいことになりかねないんですよね。
ダークエルフ軍は今、東部方面軍9万だけをアルバトロス戦線に振り分けています。
が、この状況がこれから先も続くとは限りません。時間が立てば、ビーストバニア方面やモルロ方面など他方に差し向けられていた軍や予備兵力がドルチェリ侵攻の支援にやってくる可能性は十分にあります。
場合によっては、ルシーヤに攻め込んでくるかもしれません。
そうなってくると、既存の兵力では対処できなくなります。
なんとしても、増援が来る前に黒エルフ軍東部方面軍9万を、迅速に撃滅する必要があるわけです。
無理をしてでも山脈を強行突破、ドルチェリ内に進入し守備隊を集め決戦を挑む必要があるわけです。
決戦、何があっても決戦です。
「悪くないな……」
と、お嫁さんを助けに遥々この地までやってきたバルカ王も言っておられますし。この方針でいいでしょう。
「あのー、総統閣下?」
……ん、どうかしましたか、ミケさん? そんなに不安そうな顔をして?
「私、軍を率いた経験とか無いんだけど……その、私がエリュサレム軍の司令官でいいのかなぁ」
暑苦しいマッチョの横で、ちんまりと座るミケさん。
彼女は、軍事知識もほとんどない一般人ですが、可哀想にエリュサレム半獣人国アルバトロス派遣軍のトップになってしまったんですよね。
大和帝国総統であるボクの知り合い、と言うとても雑な理由で。
……まあ、ちょっと前まで奴隷だった半獣人たちの国である『エリュサレム半獣人国』には、まともな軍事知識者、軍人はいません。
兵士こそ、建国以来ビーストバニアの侵攻に備え、大急ぎで訓練していたのでよく訓練されていますが……兵隊と違って将校の教育には時間がかかります。
まだ、まともな指揮官が育っていないんですよ。
どうあがいてもまともな指揮官がいないのならば、まだ人脈を使用できそうな人がトップに立つ、と言うのも悪い選択肢ではないのかもしれません。
まあ、もっとも。
この事は、最初から織り込み済みです。
「大丈夫です。フレートで使えそうな将校を雇ってきました。彼です『腐敗のハゲー元帥』です」
「……ハゲーはあだ名だ。本名はダヴー。よろしく頼む」
っと、ミケさんに、ムスッとした臭い禿げおっさんを紹介します。
このおっさんは、周辺国に「即戦力として使える将校」はいないか、と問いかけたらフレートの方から速達で届きました。
とても臭いです。
その服絶対、洗ってないですよね? 洗濯って知ってます?
見た目がひどすぎて本国から追放されたんじゃないかと言う噂も……。
まあ、実際にはフレート軍が壊滅して率いる軍がいなくなったから送られてきたらしいですけどね。
「えっ……ちょっと、その人大丈夫なの? 見た目とか……」
「外見は酷いものですが、能力は一流と聞きます。実際の指揮はハゲー元帥に任せてみて大丈夫だと思いますよ?」
……まあ、能力が酷くても使わないと人材がいないんですけどね。
彼と一緒に、フレート人の前線士官とかもセットで送られてきたので、何とか半獣人軍を使える状況に持って行けそうですね。
あとは、このハゲの実力次第です。
さあ、作戦会議はこのくらいにして行軍を始めましょう。
目指す先は『バルバロッサ山脈』。
この山脈を強行突破しなければ、まずお話になりません。それから、現地ドルチェリで戦っている兵士を吸収、軍を増強しつつ黒エルフ軍に決戦を挑みます。