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第六十六話 ガハラ門の戦い

 大和歴305年9月。


 ついに、アルバトロス連合軍は黒エルフ皇国に向け兵を進めた。


 ルーナ軍5万、ルシーヤ軍4万、ドルチェリ軍3万、フレート軍、ロンデリア軍各2万。それに、各小国の軍が付け足されその数は、およそ17万だ。


 略奪に補給の大部分を頼る中世の軍隊では、これほどの大軍を維持することは困難。故に、彼らは、この巨大な軍隊は三つに分けて進軍を開始した。


 ドルチェリ、フレート、ロンデリア軍からなる北方軍集団。


 ルシーヤ軍、その他小国からなる中央軍集団。


 そして、ルーナ軍単体で構成される南方軍集団。


 それぞれの軍集団は多くても8万程度。これくらいの量なら、十分略奪で賄うことができる。




 北部のドルチェリから、中央部の旧ポルラントから、南のルシーヤ王国から。それぞれの軍はそれぞれの道を進んだ。


 これに相対したのは、黒エルフ皇国軍東部方面軍9万。ルーナの裏切りによりあらかじめ侵攻を知っていた彼らは万全の態勢で迎え撃つ。

 



 そして……両軍は一斉に黒エルフ領内最大の要所『ガハラ門』に集結する。


 黒エルフ皇国を南北に縦断するウラー山脈、黒エルフ皇国領深くにアルバトロス連合軍が侵入しようとすれば、必ず突破しなくてはならない巨大な山脈。


 その、唯一とも言っていい通過点、山の間の幅15kmほどの細い平地が、この『ガハラ門』なのだ。


 分進合撃。


 各方面から略奪を繰り返しながら進んできたアルバトロス連合軍はガハラ門に終結、各軍集団が集まり巨大な一つの軍となる。


 黒エルフ軍も、防衛のために軍を展開。


 両軍合わせ25万を超える大軍勢による大決戦が行われようとしていたのだ。




 戦いはまさに一進一退。


 ガハラ門に展開し防御態勢を取るダークエルフに、物量に任せ攻撃を仕掛ける人間軍。


 エルフが放つ数多の魔法と、人間が撃ち出す無数の弾丸が狭いガハラ門を飛び交う。


「凄い! あのエルフと十分に撃ち合えている! この兵器はすごいよ! 流石大和製だ!」


「くっ、人間め……珍妙な武器を」


 双方の兵器の性能は互角、いや、若干人間側の方が有利とまで言える。


 今までであれば、魔法戦列歩兵を有するエルフが優勢であったが、今回は大和帝国から購入した『四式小銃』で人間側は歩兵火力を増強。

 さらに、エルフが持たない兵器――大砲を用意し、支援火力も十分。


 弾丸と砲弾の雨を降らせエルフ軍に対し大打撃を与える。


 今までさんざんエルフの魔法に苦しめられてきた人間は歓喜し、逆にエルフは思うように戦闘を進められず苦い顔をする。


 数では人間が上、ならばこのまま押し切れる。


「まず初戦は勝ちと言ったところだねぇ」


「ええ、そうですわね、ディーナ」


 戦線後方で前線を観察するアルバトロスの王族たちは楽観的な笑みを浮かべる。勝利はすでに確実と言わんばかりに。

 だが……ふと、筋肉王女ディアナが妙なことに気が付く。


「……変だねえ、ルーナの展開している左翼から砲声がしない」


「あら、そうですの? わたくし、軍事には詳しくなくてよくわかりませんわ」


 17万の大軍を有するアルバトロス連合軍の戦列は15kmにも伸び、中央にいるディアナたちからは左翼の状況は遠すぎて見えない。


 だが、クーデターにより政権を奪取して以降、反逆者を粛清し続け、数え切れないほどの戦闘を経験してきたディアナの勘が明らかな異常を感じ取った。


 左翼に展開しているルーナ軍5万。


 大兵力であるそれが、戦っている様子がまるでない。


 とっさに彼女は振り返る。


 そして、司令部のテントの隅っこに座りワインを楽しむユリエスに詰め寄った。


「アタシャ、気が短いからね。長くは待たないよ、どういうことだい、ユリエス。あんたの軍勢は何をしてるんだい?」


「……フヒッ。さあ、分からないな、前線の指揮は将軍に任せている。そんなことより、ワインでもどうだ? ルーナ産ワインはあの大和でも好評と聞く……」


「ッチ、こいつ……」


 気味悪く笑うユリエス。


 思わず拳を振り上げ、殴り掛かりそうになるディアナだったが……。彼女は落ち着いてものを考えた。


 ……こんなやつ殴っても無駄だ。そんな時間があるのならば……。


「コサック騎兵に命令を出しな、左翼の監視に向かうように」


 近場にいたルシーヤ軍の士官に命令を下すほうが、ずっと有意義だ。騎兵斥候を送り出し、自分の信頼できる部下に状況を確認させる。

 そして、自分自身もテントから飛び出し、周囲の兵たちに命令を出しに行った。


「……クヒヒッ、もう遅い」


 それゆえに、彼女は小さく呟かれたその声を聞き取ることはなかった。






 戦線は人間軍が若干優勢。


 射撃戦を終え、両者は最終段階、銃剣を用いた肉弾戦に移行していた。


 この時エルフ軍は、獣人軍に負けたことを教訓に、長い杖の先に刃を取り付け即席の槍として使える改造を施していたが……。


 銃剣突撃してくる人間軍に対しては、良くて互角。


 エルフ軍中央と左翼は押され、もう長くは持ちそうになかった。唯一無事な右翼は、人間軍左翼、ルーナ軍と文字通り向かい合い戦ってはいなかった。


「……モリヤー将軍! ルーナはまだ動かないのかね!」


「まだ動きません、やはり裏切りは嘘だったのでは?」


 くうっ……と、歯噛みするエルフ軍東方司令ムスタ。


 だが、ここでついに……。


「……っ! ルーナ軍動き出しました! アルバトロス軍中央に攻撃開始!」


「よし! 流石裏切りのルーナ! 早速人間を裏切ったか! よし、将軍、ここで一転攻勢だ!」


「はっ!」


 先ほどまでとは一転、一機に不利になったのは人間軍だ。


 何しろ、自軍左翼5万が裏切り、攻撃を仕掛けてきたのだから。


 先ほどまでは、アルバトロス連合軍17万対エルフ軍9万と数で優っていた。だが、今やルーナ軍5万が敵となった所為で12万対14万となり数的劣勢。


 さらに、今まで押せ押せと前進していたことが仇となった。


 正面にエルフ軍、側面にルーナ軍と片翼包囲の形になり、集中砲火を浴びる。瞬時に戦線が崩壊するということはなかったものの指揮系統は乱れ、混乱した。




 おまけに、ここでルーナが次の一手を打った。


「どういうつもりだい、アンタ!」


「信じられませんわ! これは処刑案件ですわ」


「この重要な局面で裏切りなど……キサマ、それでも我らと同じ人間か」


 戦線中央の王族たちのテント。そこで、ディアナ、シャール、ヴァルヘイム二世に詰め寄られるユリエス。


 だが、彼はくつくつと笑うばかり。


「残念だが、処刑されるのは君たちだよ」


 そう言って、指をパチンと鳴らす。


 次の瞬間、テント内に一斉にルーナ兵がなだれ込んでくる。


「この場は完全に我がルーナ軍が制圧した。おとなしく、捕虜になってくれるかね?」


「……これも全部計算どおりかい? ルーナ国王ユリエス・ガリウス」


「ああ、無論だ。醜い筋肉女。そして、訂正しよう。私はルーナ国王ではない。ルーナ皇帝ユリエス・ガリウスだ」




 ルーナの裏切りによって戦線は不利に、さらに指揮官である王族たちが捕まり、戦線の立て直しは困難。


 こうして、ガハラ門の戦いはアルバトロス側の敗北に終わった。


 さらに、この戦闘はこれだけに終わらなかった。


 エルフ領域に侵入していたアルバトロス軍は敗走の際、落ち武者狩りにあった。


 途中、略奪しながら進軍してきたこともあり、エルフ民衆からの恨みは凄まじく壮絶な報復攻撃が行われた。


 当初17万で攻撃を開始したアルバトロス軍で、本国に帰還できたのは僅か7万。その多くはルーナ軍の兵士だ。


 こうして、アルバトロス連合軍は壊滅。いや、事実上消滅した。


 王族たちも、高齢により戦場に行けなかったロンデリアのエリザベート女王を除けば、全員ルーナに捕縛され、アルバトロス各国は国家としての機能すら危うい状況に陥った。


 この機を逃さず、侵攻する黒エルフ軍、ルーナ軍。

 

 特にルーナ軍は、大和から購入した15万丁のマスケット銃を使い10万を超える大軍を編成、隣国フレートになだれ込んだ。


「クヒッハッ! やはり、このユリエス・ガリウスは天才だ! これで、ルーナ帝国を建国できるぞ!」


 狂喜するユリエス。


 ここまでは、何もかも彼の思い通りなのだから。

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