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第六十四話 裏切者

 大和帝国がクルツクの戦いで勝利を収めた頃。


 東方大陸の反対側、アルバトロス連合王国の一国、ロンデリア王国王都ロンデン。


 そのウェスター宮殿では、アルバトロスの王族が集結し、いつものように会議を行っていた。


「大和帝国からの情報によれば、エルフどもは西の獣人どもと戦っているというではないか! 今が好機、アルバトロス連合は、軍を集結しその背後からエルフどもを叩くべきだ」


 議場の中心に立つのは、この男――ルーナ王国国王ユリエス・ガリウスだ。


 彼は「この機に攻めなければいつ攻める! これこそ、人間の、大東亜共栄圏加盟国の成すべき聖戦である」オーバーなアクションで周囲を捲し立てる。


「ほう、言うじゃないか。それで、あんたはどれだけの軍を用意してくれるんだい?」


 そんな、ユリエスを白けた目で見るのは、ルシーヤ女王ディアナ。


 はんっ、口は達者だがどこまで信頼できるものか、と言いたいのだ。そのほかの王族たちも、ディアナに同意し、同じような視線をユリエスに向けた


 誰からも全く信頼されていないユリエス。


 普通であれば、萎縮してしまいそうになるだろうが、彼は違った。今回は、自身に満ち溢れた表情でこう発表する。


「我がルーナ王国は5万の兵を用意しよう! どうだ、筋肉女。これで文句なかろう」


「5万? ……アンタらしくないじゃないか」


 5万の兵力。


 これは、近代国家からすれば常備兵力で十分賄える程度の兵力でしかないが、中世レベルのアルバトロス各国にとっては膨大な兵力だ。


 近代国家と比べ、遥かに動員制度の劣っているアルバトロス連合王国は、人口の割にあまり徴兵できない。

 5万の兵ともなれば、国家存亡の危機に運用するレベルの兵力になるだろう。


「わたくし、何か裏を感じますわ。エリザ、あなたはどう思う?」


「あなたと同意見よ、シャール。けち臭いあの男が自ら兵をあげるなんて、おかしな話。違和感がないという方が変というもの……」

 

 酷い言われようであるが……。


 まあ、アルバトロス各国がどんなふうにルーナと言う国を見ているか、と言ういい例だろう。ドルチェリ国王ヴァルヘイム二世も「胡散臭いな……」と呟いている。


 だが、そんな心無い言葉にめげず、ユリエスは熱の入った演説を始める。


「私とて、一人の善良なアルバトロス市民だ! 人間として、憎きエルフを撃滅するこの好機に恵まれたのだ! ここは、人間同士の普段のいさかいは一度忘れ、出来うる限り協力し合うべきなのだ」


 私はそのために、犠牲を払うことをいとわない! 大東亜共栄圏のために!

  

 らしくもなく断言するその姿に……そこまで言われたら、と、その他各国も黒エルフ皇国に対する出兵を決める。




 こうして、アルバトロス連合王国は軍を編成、黒エルフ皇国と本格的な戦闘状態に入る。


 すでに黒エルフ皇国とビーストバニア獣人国が戦闘状態にあり、大和帝国とバルカ王国は大天モルロ帝国に進攻中。


 さらに、ここにきてアルバトロス連合王国が出兵を決定。


 これで、東方大陸に存在する国家はほぼすべてが戦争状態に入ったことになった。


 後に、この乱戦状態は「東方大陸大戦」と呼ばれることになる。


 戦いはまだ始まったばかりだ。




☆☆☆☆☆




 ……さてさて。


 時はルーナ国王ユリエス・ガリウスが、黒エルフ皇国に出兵しようと演説する一か月前まで遡る。


 黒エルフ皇国南方の海。


 そこに、一隻の戦列艦が停泊していた。艦名は『ルーナ』、ルーナ王国が誇る一等戦列艦だ。


「っち、もう一時間も待っているんだぞ。ダークエルフどもめ、なかなか来ないな……」


 そのルーナの甲板上では、一人の男――ルーナ王国国王ユリエス・ガリウスが、苛立ちを隠せない顔で水平線を睨んでいた。


「早く来い、大和に見つかってしまうぞ……」


 彼が恐れているのは、自分が黒エルフ皇国付近でダークエルフを待っている姿を大和帝国に発見されてしまうこと。


 東方大陸周辺の海は、すでに大和帝国支配下。


 しかも、先日の黒エルフ皇国とアルバトロス連合王国の海戦以降、「帝国の支配海域で、同盟国の艦艇が襲われるなどあってはならない」と、大和帝国は付近の海域の警戒を厳にしている。


 海の上で一時間も、二時間も停泊していれば見つかってしまう可能性は十分にあった。


 そうなってしまえば……彼の計画は破綻してしまう。


 大和帝国に見つかってはいけないことをしようとしているのだ。




 もし、発見されてしまえば、ルーナ王国は全てを失ってしまうだろう。国際的な立場も、国土も……。


 一分が一時間にも感じる待ち時間。


 だが、今回ばかりは彼は幸運だった。


 大和帝国の哨戒艦が現れる前に、水平線の彼方に一隻のガレー船が現れる。黒エルフ皇国の船だ。


「おお、やつら予定通り一隻でやってきたようだな……罠ではない、ということかね? モリヤー将軍」


「はっ、ロムスタ司令の思われる通りかと」


 その甲板上には、色眼鏡を掛けた男ムスタ・ロムスタと彼の副官であるモリヤー将軍。

 

 彼らは黒エルフ皇国東方軍――つまり、対アルバトロス連合王国部隊を率いる男たちだ。


 ちなみに、黒エルフ皇国には東部方面軍のほかに、執政官が直々に指揮する『中央軍』と対モルロ帝国用の『北方軍』が存在している。




 して。


 一等戦列艦『ルーナ』の甲板上。


「おお、あなたがルーナ王国国王ユリエス・ガリウスですか」


「いかにも、そちらは黒エルフ皇国東方軍司令ムスタ・ロムスタだな?」


「ええ、その通りです」


 色眼鏡を外しながら、ムスタ司令は答えた。


 黒エルフ皇国において一方面軍を預かるお偉いさんと、ルーナ王国の国王の密会。


 これはただ事でない。


 人間とダークエルフ、異なる二つの種族が争いもせずに対話しようとしているのだから……その裏に種族間の対立すらも超越してしまう巨大な権益が動いていることはまず間違いない。


 そして、その話とは……。


「それで、あのお話は本当なのかね。貴国がアルバトロス連合王国を裏切るというのは」


「本当だとも、我々アルバトロス連合は近々、貴国に攻撃を仕掛けることになる。その際に、我々ルーナは連合を裏切り、背後から攻撃する」


 裏切り。それも、国家を崩壊させるほどの巨大な裏切りだ。


 ちなみに、裏切りはルーナ王国のお家芸である。……だから、誰にも信頼されないし、戦争で負けるたびに「次はルーナ無しでやろうぜ」とか言われるのだ。


「その裏切りの際、我が軍を攻撃しないでいただきたい。それだけで結構だ」


「……なるほど、我が国にとってはうれしい話です。ですが、貴国に対するメリットがあまりないように思えますね。裏切り信頼を失った結果、軍が温存できるだけでは?」


「あるとも、今我が国はアルバトロス最高の兵力を持つ国となっている。各国の軍が一度崩壊すれば……アルバトロスの支配権は私のモノになる。そして、私は……」


 周辺国を併合しルーナ帝国を復活させ、アルバトロスの皇帝となる。


 そう野望を語った。


 彼――ユリエス・ガリウスの夢は皇帝になること。


 しかも、ただの皇帝ではない。かつて、アルバトロス南方を支配し、現在のアルバトロス文明の原点ともいわれる大帝国『古代ルーナ帝国』の皇帝だ。


 今のルーナ王国は弱くはない。だが、所詮は列強国の一つに過ぎない。対等の国力の存在など、いくらでも存在する。

 

 なんなら、大和帝国と比べれば明らかに劣勢だし、それどころか、バルカとかいう筋肉国家にも負けている。


 アルバトロスを支配した偉大なるルーナ帝国に比べれば一段も二段も劣る存在だ。


 そんなものの王ではユリエスは我慢できない。彼は偉大なる皇帝になりたいのだ。


「……なるほど、そのために貴国以外の軍を滅ぼしたいと」


「そうだ。そして、貴国は国境を接しているルシーヤ、ドルチェリの西部を奪えばいい」

 

「なるほど、面白い。双方にメリットがある」


 ほくそ笑む両者。


 ユリエスは、自分の計画が十分上手くいくと思っていた。


 ほんの一年か二年だけでも、アルバトロス各国の動きをダークエルフによって制限できれば自国の軍備なら制圧可能。

 そして、大和帝国は同盟国の内政状況には口を出さない主義に思える。


 一度、ルーナ帝国を復活させ周辺国を実効支配してしまえば、きっと文句は言うまい。


 ルシーヤとかドルチェリとか、エルフに国境を接している国の領土が少しばかり奪われるかもしれないが……そんなことは、ルーナにとって関係ないこと。


 ルーナの土地が奪われないのであれば、彼にとって気にするべきことではなかった。


 問題は、この話にエルフが乗ってくるかどうかだが……分の悪い賭けではないと考えた。




 実際、ダークエルフとしても悪い話ではない。


 いや、仮にルーナが裏切らないにしても、アルバトロス連合が自国に対し攻勢に出るという情報を得ることができただけで十分な収穫だ。


 それでなおかつ裏切り、アルバトロス連合軍を崩壊に導いてくれれば……人間の領土をいくらか奪い取れるかもしれない。


 それだけで十分だ。


 二人はがっちりと手を結ぶ。ここに、エルフと人間のいびつな同盟関係が結ばれたのだ。


 かくして、ユリエス・ガリウスは確かな成果を得ると本国に帰還する。そして、来るべき裏切りの準備を進めた……。

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