第六十三話 アハト・アハト
大和帝国軍前線から10km後方。
そこには総統エリュテイアを守るべく、展開された親衛隊陣地があった。エリュテイアのいる野戦指揮所を中心に、歩兵部隊、砲兵部隊が何重もの円で囲うように展開。
塹壕と鉄条網で囲われたそれは、さながら即席の要塞。
さらに、多少陣地を突破しても後方から総統閣下率いる親衛隊戦車大隊が突撃してくるというおまけつきだ。
この防衛線を突破するのはそう簡単ではない。
だが……。
それはあくまで「総統エリュテイアの首を狙った場合」の話。
親衛隊員全員が強固に守られているわけではなかった。
その最右翼を守る外周陣地は……たった4門の88mm高射砲からなる小さな対空陣地。砲とわずかな守備隊がいるだけの貧弱なものだ。
一方、突撃してくる龍騎兵は100騎程度。数の暴力。
「な、マズいわね……まさか、これほどの規模の敵部隊が浸透してくるなんて」
高射砲指揮官を務めるメイドさんは、予想外の事態に頭を悩ませる。
大和帝国としても敵軍――総統閣下に害をなす存在が、後方まで侵入してくる可能性はある程度想定していた。
だが、彼らが主に想定していたのは、後方かく乱を狙った騎兵部隊を主力とした少数の部隊か、あるいは野生の『人食い鳥』や『ワイバーン』。
機関銃を装備した守備隊がいれば、小さな高射砲陣地でも十分追い払える。むしろ、高射砲陣地が真っ先に飛来する敵を撃墜することが総統閣下を守ることにつながる。
そんな戦闘を想定していたのである。
だが、現実は違った。
まさか潰走した敵軍主力の一部が、踵を返して前線部隊を大きく迂回し、突撃してくるなんて……。
もちろん、そんなことがあっても万が一にも総統閣下だけは守り切れるように親衛隊は配備されている。
親衛隊には戦車大隊もいるし、万が一にも対応できるだけの戦力はそろっている。
だが、最前線の彼女たちの命の保証はどこにもない。
親衛隊員は総統エリュテイアを守る盾であり、守られる存在ではない。肉壁として、陣地後方から主力が援護に来るまで、非力な戦力で戦い抜かねばならい。
「頼りになるのは……これだけね」
メイドが見つめる先には、長い砲身。
それは、エルフの使う飛行モンスターに対抗して開発された56口径88mm高射砲だ。
一応、対戦車砲として運用することも考えられており、直接照準射撃用の照準器と高初速徹甲榴弾を装備しているが……。
高射砲、と言う兵器は大和帝国にとって運用したこともない新型の兵器。
どこまでやれるのかは全く持って未知数。
「敵龍騎兵、2kmまで接近してきました。――射撃しますか?」
後ろには総統閣下がいる。自分たちは逃げ出すことはできない。ここで総統の御楯となって、ここで死ぬ運命なのかもしれない。
砲手たちも恐怖にかられた顔をしている。
だが……。
「……撃ちなさい。一頭でも多くのオオトカゲを仕留めるの、それが、閣下をお守りすることにつながるわ」
意を決し射撃を開始する。
のちに「最良の対モンスター兵器」と謳われる88mm高射砲の初陣である。
――見えた!
バッティーンは歓喜する。
眼前には長い謎の鉄の塊――高射砲陣地のみ。
あの、恐ろしい鉄の化け物――戦車はいない。ついに、敵陣後方に突入することに成功したのだ。
「我が軍を打ち砕いてくれた借り、貴様らの首で返してもらう!」
バッティーン率いる100騎の龍騎兵は、速度を上げ高射砲陣地に向かって突撃を開始する。
そんな彼らの耳に、88mm砲の大きな砲声。
高初速徹甲弾が空気を引き裂きながら直進、そして、爆発。
最初の爆発は四つ。そのうちの一発は先頭付近を走っていた龍騎兵に直撃し、木端微塵に粉砕する。
「て、敵の攻撃だ!」
「落ち着け、数は多くない。これなら突破できる!」
恐怖にかられる友軍を諭しながら、バッティーンはさらに前進。
敵の数はそう多くない、少なくともさっきの大和帝国軍主力部隊と比べればカスみたいなものだ。100騎の龍騎兵ならきっと突破できる。
だが……。
そこから繰り出される高速連射。
対空用に開発された88mm砲の連射速度は並みの火砲より速い。毎分10発の連射速度。しかも、高初速、高精度、一撃で龍騎兵を消し飛ばす大火力付きだ。
火を噴くたびに、数騎の龍騎兵が擱座する。
「な、なんという威力! なんという精度! あれは、龍騎兵を殺すために作られた魔法具か?」
バッティーンがそう驚愕するくらいには、効率的に龍騎兵を殺傷していった。
高射砲陣地を見つけてから、そこに到達するまでの距離は2km。
龍騎兵であれば、ほんの数分で駆け抜けることができるはずのその道のりがあまりに遠く感じる。
「敵は……敵は四体だけのはずだ! たったそれだけの相手に、平原を支配する龍騎兵が……」
もうバッティーンは現実を直視できない。
気が付けば、仲間の数は20騎。四分の一にまで減っていた。
そして、さらなる斉射でさらに二騎。数秒後の斉射で次は三騎。近づくにつれて精度はどんどん向上し、もう必中に近い。
しかし、ついにバッティーンはその悪夢を突破することに成功する。
「敵将を討ち取ることも叶わずか……だが、そこの化け物には死んでもらう!」
バッティーンは距離100メートルまで高射砲陣地に詰め寄ることに成功したのだ。
「死ねぇッ!」
そして、愛騎に鞭を入れ、陣頭指揮を執る指揮官メイドに襲いかかる。せめて、仲間たちの仇を! 執念の攻撃だ。
指揮官メイドも、その突撃を真正面から睨みつけ受けて立つ。
自分たちは十分な戦果を上げた。もうここで死んでも悔いはない。仇は総統閣下が取ってくださるだろう。
そんな、彼女の姿勢を見てバッティーンは、思わず「……なんて、いい女だ。殺すには惜しいな」と呟く。
モルロ人は強い女が好きなのだ。
が、ここは戦場。情けも容赦もない。
バッティーンのオオトカゲが大きな口を開け、指揮官メイドに……。
食らいつくことはなかった。
「アハト・アハト! それは素敵です! 大好きです!」
轟く発動機の音。
響く37mm戦車砲の発砲炎。
高射砲陣地になだれ込んでくるのは、龍騎兵だけではない。
総統閣下率いる親衛隊機甲大隊50両の戦車が、ギリギリのところで間に合い陣地に突入。
その持ちうる砲火力を生き残りのバッティーン達に撃ち放つ。
生き残りの十数騎の龍騎兵では、この戦車の大隊に戦いを挑むなど無謀もいいところ。
無数の砲弾を受け、彼らは最後の時を迎える。
「くっ、だめだったか……ドルジク兄さん……仇を」
バッティーン隊は、ここに壊滅。
何騎かの龍騎兵はバッティーンの死を見て逃走を図るも、追撃に現れた『魔王』の餌になり、平原に赤い花を咲かせた。
こうして、クルツクの戦いは危ないところがあったものの、大和帝国の完全勝利に終わったのである。
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「ちょっと、エリュさん。どういうことですか、大好きですって。アハト・アハトって、誰ですか?」
「ちょ、アヤメさん。痛いです。ぎゅーってしないでください。潰れちゃいます!」
「じゃあ、アハト・アハトが誰か教えてください。そうしないと、嫉妬で親衛隊に世界の全てを破壊しろと命じちゃいますよ?」
「高射砲ですよ! あれです! 西大尉も何とか言って下さい」
まったく、アヤメさんはこんな時に……。ボクがアヤメさん以外に目を向けるなんてあるわけないじゃないですか。
ほら、西大尉もアヤメさんを止めてください。
「親衛隊長官殿、落ち着いてください。総統閣下も……」
「大尉、これは私とエリュさんの問題です。黙っていて下さい。そうじゃないと、いつもエリュさんが車から降りた後、その残り香で“ヤッてる”ことを言いふらしますよ」
「えっ……西大尉?」
ヤッてるって、何を? ねえ、そんな顔を真っ赤にしてどうしたんですか? まさか、ボクをそういう目で見ているわけじゃないですよね?
大尉、黙ってないで、何か言ったらどうなんですか?
――「ごめんなさい」? いや、謝らなくてもいいんですよ?
ねえ、聞こえてますか?
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