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第六十二話 クルツクの戦い 後編

 平原を駆ける巨大な軍勢――モルロ帝国バッティーン軍。約1000騎の龍騎兵を主力とする彼らの目的は、上陸してきた大和帝国軍への攻撃だ。


 物量こそ正義。


 地平線を埋め尽くさんばかりの大軍となり、大量の土煙を上げながら大和帝国軍がいると思われる方向に遮二無二突撃する。




 そして、その突撃の結果、大和帝国軍の最前線「クルツク高原」に到達。


 あと数分前進を続ければ、大和帝国軍の射程に収まる、そんな距離まで肉薄することに成功する。


「へへっ、何が魔王だ。何もいないじゃねえか、この大軍の前に怯えてんのさ」


 などと、兵士が口に出すことができるくらいには、順調な進軍。邪魔されることもなく、平原をただ駆け抜けただけ。


 バッティーン軍の中に安堵の感情が湧き上がる。


 もうすぐ敵陣だ。だが、魔王は現れない。なんだ、大丈夫じゃないかと。


 だが……。


「おっと、これは大物だ。流石の私でも食いきれんなぁ」


 順調だったのはここまで。


 彼らの上空についに、『魔王』が現れる。颯爽と戦場上空に飛来するのは親衛隊航空隊所属の16機の『五式戦闘機』。


 その指揮官こそ、モルロ人から恐れられる『魔王』である。


「例の魔王だ! 上から来るぞ、気を付けろ!」


「なに? 隊列を乱すなだと? できるか! 急ぎ散開しろ!」


 さっきまでの快調な進撃はどこへやら。


 散々魔王に叩かれていたモルロ人にとって、五式戦闘機のエンジン音は、ドラゴンの咆哮に等しい悪夢だ。


 その声を聞けば、尻尾を巻いて逃げ出せ。さもなくば、死が待つのみ。


 龍騎兵約1000騎、騎兵3万騎からなる巨大な軍勢が、16機の航空機の登場で狂乱状態に陥る。


 当初の攻撃命令に従い直進を続けるもの。


 航空攻撃を回避しようと、蛇行し始めるもの。


 魔王から距離を取ろうと逃げ出すもの。


 元々密集して行軍していた彼らが、そんな風に好き勝手に動けばどうなるか。


 当然、事故が多発する。各地で、龍騎兵、騎兵同士の衝突が発生し、混乱はより一層拡大。手の付けられないような状況にまで発展する。


 この事故で龍騎兵数十騎を失うほどだったと言えば、どれほど『魔王』が彼らに恐れられていたかが理解できるだろう。


 だが、これはあくまで彼らの自爆。




 ここから航空隊による攻撃が始まるのだ。


「よし、諸君、狩りの時間だ」


 魔王の指揮の下、各機は緩降下。即席で五式戦闘機に搭載されたサイレン――『ジェリコのラッパ』を高らかと鳴らしながら、バッティーン軍に攻撃を開始する。


 胴体下部に搭載していた30kg爆弾で龍騎兵を爆撃するもの、機首の7,7mm機銃で騎兵を撃つもの。


 照準装置も未発達、爆弾もまだまだ小型で低威力。


 だが、事故渋滞を起しているバッティーン軍に命中させるには十分で少なくない打撃を与える。


 魔王がいつも通り暴れたのは言うまでもないだろう。


 一通りの航空攻撃ののちには、事故を含め70騎以上の龍騎兵が戦死、もしくは戦闘不能なほどの損害を受けていたというのだから驚きだ。




 だが、彼らの地獄はまだ終わらない。


「敵は混乱しているぞ! 今が好機だ、撃てッ!」


 大和帝国軍後方の砲兵陣地から一斉に砲撃が始まる。機甲師団所属の機械化砲兵、海兵隊所属の砲兵連隊。


 100門近い火砲から放たれる無数の砲弾が、航空攻撃で混乱しているバッティーン軍に降り注ぐ。


 弓矢の雨くらいなら弾くモルロオオトカゲの甲殻だが、75mm野砲、105mm軽榴弾砲の弾幕を弾き返せるほどの強度はない。


 直撃すれば爆散、そうでなくても破片で損害。


「前だ、前に進め!」


「いや、下がれ! この攻撃から逃れるのが先だ!」


 さらなる大被害。


 将軍であるバッティーンをして「これは一度後退し立て直す必要があるな」と果敢なモルロ人らしくない判断を下すほどだ。


 だが、逃走は許されない。


 大和帝国からすれば、厄介な騎馬民族の主力を殲滅できる絶好の好機なのだ。逃がすわけがない。


「やつら、慌てふためいているな。情けない」


「近代兵器を知らないのなら、ああなっても仕方ないさ。相手が“スツーカ大佐”だしな」


 クルツク高地の上では、第一機甲師団所属の約200両の三式軽戦車が、パンツァーカイルを組んで待機していた。


 ちなみに、最新型の試五式軽戦車はまだこの部隊には届いていない。あれは、親衛隊に優先配備されているのである。


「よし、我ら戦車隊で片を付ける。パンツァーリートを鳴らせ。近代戦がいかなるものか、蛮族共に教育してやろう」


 パンツァーフォー。


 200両からなる第一機甲師団の戦車各隊は一斉に前進。バッティーン軍中央に切り込んでいく。


 戦車対龍騎兵。


 この世界における最強の機甲兵力を決める決戦だ。




 巨大な怪物の集団に、隊列を組んだ戦車部隊が突入していく様は、まさに怪獣映画のワンシーン。


 映画であれば、ここから血沸き肉躍る激戦が繰り広げられるのだが……。今回の戦いは、すでに半分勝負は決まっているようなもの。


 もし、バッティーンが万全の状態だったら勝ち目もあっただろう。


 航空攻撃や砲撃でいくらか削られたとはいえ、バッティーン軍はこの時点ではまだ700騎以上の龍騎兵を残している。


 200輌程度の戦車しかない大和帝国第一機甲師団に対しては、数の上では有利な状況であった。 


 しかも、三式軽戦車はそこまで高性能な戦車ではない。


 最高速度は自転車程度。車体重量7トン程度とそれほど重くない。


 一方のモルロオオトカゲの体重は重い物では10トン程度。その速度は、馬と同じくらい。


 その体重と速度を最大限活用し、必死必殺の体当たりを仕掛ければ……近代兵器である戦車を撃破することも不可能ではなかったのだ。


 だが、それはあくまでバッティーン軍が万全の状態だった場合。


 現実の彼らは、万全とは言い難い状況だった。




「よし、右のトカゲをやるぞ! 機銃手、騎兵を近づかせるな」


「了解!」


 車体前部の機銃から機関銃弾をばらまき騎兵を薙ぎ払い、37mm戦車砲で龍騎兵を粉砕する。


 この突撃に、半壊状態のバッティーン軍は対応できない。


 ただ突進してくる戦車から、兵士それぞれが独自の判断で逃げるか、抵抗するか判断することしかできなかったのだ。


 多くの兵士は、「逃げろ、逃げろ」と、背を向け敗走することを選び……。


 少数の兵士は、「うぉぉっ、平原の王者を舐めるなぁっ!」と果敢にオオトカゲを駆り、抵抗を試みる。


「左だ、突撃してくるぞ。小隊各車戦車、主砲発射」


 そんな少数派を待っていたのは、大和軍の戦車砲撃。


 戦闘の意思が残っているモルロ兵は、発見次第、戦車隊の集中砲火を浴び倒れていった。




 帝国機甲師団にまともに触れることもできずバッティーン軍は、龍騎兵500、騎兵1万の大損害を受け撤退を開始した。


 それは、単なる潰走。


 だが……。


「負けは認める。だが、このバッティーン、ただでは終われん」


「バッティーン殿、我らハーン近衛隊精鋭100騎が御傍に残っております。復讐戦を……」


「うむ、敵軍を大きく迂回。敵将の首を取る!」


 バッティーンは全てをあきらめたわけではなかった。


 すでに戦局の巻き返しは不可能。だが、せめて敵将の首だけでも……。


 ハーン近衛隊100騎の龍騎兵を連れた司令官バッティーンは、崩壊する戦線から離脱。大和帝国軍が、バッティーン軍の残党狩りに勤しんでいる隙を狙って、急機動。


 遊牧民特有の機動性を活かし、前面の大和軍を数十キロ単位で迂回その後方10km……総統閣下のいる親衛隊陣地に迫った。




「閣下! 敵襲であります! 敵龍騎兵約100騎が接近!」


「このままでは右翼に展開している高射砲陣地が襲われます!」


 メイドさんたちからの報告に、うげっ、と言う顔をするエリュテイア。


 後にクルツクの戦いと呼ばれる戦いの第二幕の始まりだ。

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