第六十一話 クルツクの戦い 前編
まだ試作段階の航空機。
モルロとの前線にはいる数は、いまのところ先行配備された16機のみで、戦線に変化を与えるには数が少なすぎる。
偵察に使えれば、それで十分。それ以上のことは望まない。
本来であれば、そうあるはずだった。
だが……一人の魔王の登場により、その戦力は本来あるべきそれを大きく上回ることになった。
エリュテイアは彼の事を「あの変態は一個師団分の価値があります。……割と本気で」とのちに語ったほどだ。
そして、それは戦線に意外な変化をもたらしていたのだ。
「もう100騎以上か……。たった一か月で、それだけの数もの龍騎兵があの空の化け物に食い荒らされた」
「バッティーン殿、早急に攻勢に出なければ我々はやられてしまいます。あの空の魔王に」
「……そうだな」
最初に『魔王』が戦場に現れてから一か月、バッティーンはその間を偵察に費やした。
敵――大和帝国はどこにいて、どれくらいの兵力を持っているのか。
どんな武器、兵器を運用しているのか。
それらを知らなければ戦いにならない。
その偵察の結果、理解したことはたった一つ。奴らには魔王が付いているということだけだった。
バッティーン軍前線から、大和軍前線までの距離約100km。この間を、モルロ人たちは「死の平原」と呼んだ。
と、言うのもこの平原に偵察に出かけていった多くの部隊が、ほとんど壊滅状態で帰ってきたからだ。
乗騎を37mm砲で爆破され、命からがら帰ってきた彼らは口々にこういった。
「魔王だ、魔王が現れたっ!」
「一瞬で俺たちは全滅したんだ、嘘じゃねえ!」
「信じてくれ! 俺は見たんだ、ファイアドラゴンが、あいつに叩き落とされるところを!」
――『カノーネン・フォーゲル』。
37mm砲搭載型の五式戦闘機は、あまりに強かった。機体が強いというより乗っている奴がだいぶおかしいだけだが……。
まあ、彼が戦果を上げたことに違いはない。
何しろ、バッティーンが送り出した龍騎兵偵察隊の多くが彼の手によって抹殺されてしまったのだから。
この魔王の登場により、龍騎兵による威力偵察は困難なものになった。送り出せば、送り出した分だけ殺される。
そんな状況が続けば偵察どころではない。
だが。
かといって騎兵偵察も難しかった。
的が小さく数の多い騎兵隊であれば、魔王の攻撃を潜り抜けて大和軍の前線まで近づくことができる。
だが、そこには機関銃陣地があり、大きく目立つ騎兵では偵察する前に、簡単にハチの巣にされてしまう。
騎兵を使っても被害は大きく、碌な情報は得られないのだ。
このまま偵察を続けていても、戦力が異様な速度で消耗していくだけ。得るものはない。
敵の情報を探れていないのに攻撃に出るのはリスクが大きい。
同じハーンの息子でも、「おれ、バルカ人! 殺す!」と勘に任せ攻撃を仕掛ける野生児ドルジクと違い、バッティーンは思慮深かった。
だが、このままとどまっていても……事態は好転しない。
「俺はどうするべきだ? どうすればあの魔王に勝てる!?」
前にも進めず、留まる決断もできず日々頭を悩ませるバッティーン。
思慮深いとはいっても元々あまり頭を使わない遊牧の民、そのストレスはあまりに大きい。
……そんな彼に一枚の手紙が届く。
「バッティーン殿! ハーンからの手紙です!」
「なにっ!? 父上からか! 内容は!?」
「バッティーン軍は何をしているのかと問いかけております。即時攻撃命令も……」
「おおっ、勇猛果敢な父上らしい判断だ」
1000騎の龍騎兵を従えているのにも関わらず、一向に動こうとしないバッティーン。彼に業を煮やした、皇帝ハーンが大和軍に対する攻撃命令を送ってきたのだ。
現場を知らない奴の命令に従うなど……などと、現代の企業戦士なら文句の一つも言いたくなる場面であるが、この時のバッティーンは、どう判断を下せばいいのかわからず極度のストレス状態にあった。
そこに天の恵みと言わんばかりに、上司からの指示。
頭のどこかに「危険だ。敵の詳細が分からないのに攻勢に出るとは危なすぎる」と警鐘が鳴っているが、バッティーンはそれを無視した。
父の命令は絶対だ、だからこれは正しいに違いない。
そう覚悟を決め全軍に前進命令を下すのだった。
☆☆☆☆☆
モルロに上陸してから、約一か月。
モルロ帝国領に侵入し続けること約200km。沿岸からだいぶ離れて、内陸に食い込んできた今日この頃。
ついに決戦の時が来ました。
「閣下、航空部隊からの偵察報告です。敵軍主力、一斉に動き出しました」
「――進路は?」
「右翼の第一海兵師団です!」
例のシュトゥーカ大佐の度重なる航空攻撃に我慢できなかったのでしょうね、ついにモルロ軍が一斉攻勢に出てきました。
前線から10キロほど後方。
親衛隊陣地の野戦通信指揮所でボクは報告を受けます。
しかし、航空機は便利ですね。あの人のせいで、航空攻撃がメインみたいに思えますけど……偵察でもちゃんと威力を発揮します。
まあ、航空機が軍用化された当初の目的が偵察と言うくらいなので当たり前のお話なんですけどね。
「エリュさん、陸軍の機甲師団がすでに我が軍右翼に展開。クルツク高地を占領しました」
「敵の龍騎兵と、こちらの軽戦車。機甲打撃戦と言うわけですね」
なんでしょう、ボクって戦闘狂の血でも入っているのでしょうか? ちょっと、ワクワクしてきました。
決戦ですよ、決戦。
敵軍主力をこっちの機甲師団で思いっきり打撃する。こんなに楽しいことはないですよ。
「敵軍主力を取り逃がしたら後々面倒です。アヤメさん、陸軍参謀に発破をかけてください」
「……了解です。あと、エリュさんはここにいてくださいね? これ以上前に出ると危ないですから」
……見に行っちゃだめですか?
と、後ろに立っているアヤメさんの顔を見上げますが……。
んー、そんなに心配そうな顔をされたら流石に行きたいとは言えませんね。後方で我慢しましょう。
「ん、分かりました。じゃあ、後は決戦の報告を待つだけですね」
「ええ、そうですね。一応、親衛隊各隊に死守命令を下しておきます。前線部隊がまた敵軍を取り逃がすかもしれませんからね」
……あり得ますね。
てか、このモルロの平原で敵を捕捉し続けるのは不可能です。
普通の陸戦が起こる場所なら、戦場付近にはある程度人が住んでいますし、通れる道も限られています。
聞き込みをしたり、道で張り込みをしたりすれば、簡単に敵軍の情報を得ることができます。
ですが、このモルロの平原でそれはできません。
この平原には誰も住んでいませんし、まともな道もないからですね。
広い平原で戦う限り、軍隊は誰にも見られることなく自由自在に動き回ることができるのです。
もう少し大量の航空機をこちらが用意できていれば、話は別だったかもしれませんけどね?
なんていうか、陸戦と言うより、海戦に近い印象です。
洋上を好き勝手に移動できる艦隊を捕捉することは21世紀の軍隊でも難しいように、平原を好き勝手に動き回る敵軍を捕捉することはなかなか難しいのです。
そう言うわけで、ふらりと敵軍がこっちの後方陣地までやってくる可能性があります。
なので……。
「アヤメさん、ボクたちも戦車に乗っておきましょう。西大尉は?」
「昼食中です。呼びつけましょうか?」
「いえ、食べ終わるまでは待ってあげましょう」
ボクも急いで臨戦態勢です。
っと……。
上を見上げれば、何機か戦闘機が飛んでいますね。
まずは航空攻撃と言ったところでしょうか?
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