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第六十話 空の魔王

 人々は彼のことをこう呼んだ。


 ――『空の魔王』と。






 土煙を濛々と巻き上げ、平原を駆け抜ける12騎の龍騎兵。


 モルロオオトカゲに乗る彼らは、バッティーン軍主力から派遣された偵察部隊だ。全軍に先行し、大和帝国軍に接触、その情報を探るのだ。


 バッティーンは、それからどう動くか決める。


 敵を知り己を知れば百戦危うからず、と言うわけだ。


 ……だが、しかし。


「偵察しろ、だとか言われたがよ。誰が従うってんだ」


「おうとも、大和だか何だか知らねえけど、この平原じゃぁ俺らが最強なんだよ。俺らの手でぶっ殺してやろうぜ!」


 偵察隊本人たちは偵察するつもりなんてさらさらないようだ。本隊に先駆け、大和帝国軍を攻撃。一番槍をもらう気満々だったのだ。


 野蛮な風習が残るモルロ人において、一番槍とは代えがたい価値を持つ名誉だ。真っ先に攻撃を仕掛け、敵軍に打撃を与えられれば大きく名が売れる。


 そうなると、皇帝ハーンに覚えてもらえる可能性が高くなり、将来的に高い階級を頂けると、言う寸法だ。


 軍全体の勝利より、自分自身の戦功を。

 

 そう思ってしまうほど、一番槍には魅力があるのだ。




 特に、この偵察隊の指揮官トッティーはまだ若い。若さゆえの過ち、というものもあったに違いない。


 モルロ人らしく毛むくじゃらで汚らしい彼は、うすら笑いを浮かべオオトカゲを走らせる。


「へへっ、兵どもの士気も高い。これはいけるぜぇ……戦果さえ挙げりゃ、何しても文句は言われねえからな」


 そして、これからの戦果に期待し、ぐへへへっ、と汚く唾を垂らす。


 平原においてモルロオオトカゲに勝る存在はいない。


 ……まあ、ワイバーンとかドラゴンとか、より上位のモンスターに襲われれば話は別かもしれないが、そんなの使って来る敵軍はいない。


 圧倒的な数で叩かれれば流石に負けるが、こっちには他の連中にはない機動力がある。その気になったら逃げきる自信があった。


 バルカだか、大和だか知らねえが、この平原では俺たちが支配者なんだよ!


 こんなちんけな偵察隊の指揮官じゃこのトッティーは満足できない。


 大和とやらを食い荒らして、昇進。万の軍勢を率いるような立派な将軍になってやるぜ。


 そう意気高らかに、“真っ赤な旗を掲げ”彼らは前進を続けたのだ。




 ……だが、彼らは不幸だった。


 これ以上ないほどに不幸だった。


 彼らは出会ってしまった。地上部隊が最も出会ってはいけない存在に。


 そして、掲げてしまった。その存在に思いっきり狙われてしまう真っ赤な旗を。


 大和軍の前線から50キロまで近づいたその時、彼らの耳に聞きなれない爆音が飛び込んできた。


 液冷六気筒エンジンが奏でるエンジン音だ。


 だが、そんなことは彼らにはわからない。


「ん、何の音だ? おい、誰かわかるか?」


「空から響いているみたいだが……ワイバーンの鳴き声じゃねえな」


 何の音だろうかと、音のする方角を見上げ、首をかしげるばかりだった。




 だが、死神はそんな隙を長々と見逃してはくれない。


 数分もしないうちに彼らの上空に――『魔王』が現れる。


 大和軍が新開発した新型機『五式戦闘機』の4機編隊だ。彼らの主目的は、偵察。副次目標は敵地上部隊攻撃。


 今回は敵を見つけたため、攻撃に移るつもりのようだ。


 隊長機は、数ある五式戦闘機の試作型の一機、37mm砲をモーターカノンとして機首に装備した通称『カノーネン・フォーゲル』である。


「赤い旗! 赤軍か? ――やっと獲物を見つけたぞ」


 その隊長機に搭乗しているのは……親衛隊員のメイドたちから『空のロリコン』と呼ばれているルフトバッフェ出身のとある急降下爆撃狂である。


 ちなみに、なぜロリコンと呼ばれているのか、彼自身理解していない。


 心当たりがあるとすれば、28歳年下の妻と結婚したことだろうか? しかし、彼女は成人していた。

 従ってロリコンではない。


 この大和とかいう国の総統は幼い雰囲気があって結構可愛いと思う、と心の中でこっそり思っているが、断じて彼はロリコンではない。




 ……さて。


 獲物を見つけた彼は僚機を上空に待機させ、ただ一機、荒鷲のように急降下する。


 敵はたったの12騎、そんな少数の敵に大人数で襲い掛かる必要などないのだ。


 ぐんぐん迫る地面。だが、何も怖くない。


 直角急降下すら、楽々こなすこの男からすればただの急降下など小学生の遊びに等しい。


 そして……機首の37mm砲を一匹のオオトカゲめがけて撃ち放つ。


 その砲弾は「なんだありゃ? 新種のワイバーンか?」と、のんきに見上げていた一人のモルロ兵に弾着。


 オオトカゲの胴体と一緒に吹き飛ばした。


「なっ! おい野郎ども! 敵襲だ!」


「どうするんだ、トッティー! 敵は空にいるぜ!」


「こっちからは手が出せねえな……逃げるぞ」


 すぐ隣で肉片になった友軍。


 それを行ったのは、ぶーんっと変な音を立てながら飛んでいる“ナニカ”。


 よくわからんが、空にいるのは敵だ! そう判断したトッティーの行動は早かった。


 この辺は狩りと称して、人々を虐殺していた時の実戦経験やワイバーンに襲われた時の逃走経験が生きている。


 空からの攻撃にさらされた時は、とにもかくにも逃げの一手。即座に退散上空から見られないところまで逃げるのだ。


 が、しかし……彼らは知らなかった。


 魔王からは逃げられないと。


「ふんっ、アカどもの戦車を狩る事より容易いな」


 と、降下攻撃を繰り返す魔王。


 一度降下し、一発砲弾を放つ。砲弾は絶対に外れない。何故なら魔王の攻撃から逃れることができるのは勇者だけだから。


 一撃、また一撃。


 そのたびに、トッティー達の中に犠牲者が生まれ、この世を去る。


「ひっ、ひいぃぃぃ! なんなんだありゃ、化けモンだ!」


「ドラゴンだってあんな攻撃してこねえよ! 勝てるわけねえ!」


 恐怖。


 一方的に嬲られる悪夢。


 それは、日頃、まともな武器を持たない現地民に、巨大なオオトカゲを操り、彼らがやっていることとほとんど同じだ。


 生き残りたい、その一心で右に左に、必死に回避する龍騎兵たち。だが、魔王はそれを逃さない。

12回、トッティーたち12騎と同じ回数の降下攻撃を行う。


 それだけだ。


 それだけで、魔王の眼下の平原に生きているオオトカゲはいなくなった。全滅である。


「ふうっ、他愛ない。……この機体も悪くないな、シュトゥーカと比べれば酷いものだが、使えなくはない」


 味方からも「な、なんだこいつ? 一発も外さなかったぞ、化け物か?」と恐れられつつ魔王は戦場を後にした。


 乗騎を殺され、命からがら逃げだした一人のモルロ兵は後でこう語った。ほんの数分で12騎の龍騎兵を仕留めた化け物がいる、と。




 そして、このモルロ軍に対する大被害は、この日だけではなかった。


 バッティーン軍と大和帝国軍の間の約100kmの平原。そこを偵察のために渡ろうとした龍騎兵は、次々に命を落とすことになる。


 魔王が空を飛ぶたびに、12騎のオオトカゲがその命を落とした。この12と言う数は、『カノーネン・フォーゲル』が搭載している砲弾の数だ。

 

 この数字は、聞くだけで身震いするほど恐ろしい『悪魔の数字』としてモルロ人の中で鮮烈に記憶されることになる。


 敵からも味方からも恐れられる魔王伝説が始まったのである。




☆☆☆☆☆




 モルロ帝国に上陸してから、約一か月。


 ボクはすっかり住み慣れたキャンピングトレーラーのベッドの上でごろんと横になって、アヤメさんから手渡された報告書を読みます。


「オオトカゲ112騎、騎兵34騎撃破……一か月でこれですか?」


「はい、親衛隊第一航空隊所属の五式戦闘機16機のみの戦果です。……ちなみに、そのうちオオトカゲ108騎は例のロリコンの戦果です」


 むふー! と、ちっちゃい胸を張りながら報告書を見せてくれるアヤメさん。


 この報告書は親衛隊航空隊の戦果報告です。親衛隊と言うことでその管轄はアヤメさん。この戦果も、アヤメさんが挙げた戦果と言うことになるのかもしれませんね。


 自慢げな表情を見ると、本人はそのつもりみたいですし。


 しかし……この戦果は異常ですね。


「確か、敵軍の主力のオオトカゲの数が1000騎程度でしたよね?」


「はい、航空偵察の結果、それくらいかと。……あっ、彼らはあのオオトカゲの騎兵のことを龍騎兵と呼んでいるらしいですよ。捕虜から聞き出しました」


 捕虜からですか。


 なんか、「親衛隊が捕虜から聞き出した」ってワードだけを聞くと、ものすごく不穏な雰囲気を感じませんか?

 絶対、正当な手段で聞き出したわけじゃないような、そんな雰囲気を感じるっていうか……。


「大丈夫ですよ、エリュさん。法の範囲内です」


 その法に抜け穴、あったりしますよね? 絶対。


 ……っと、親衛隊の捕虜の扱いはどうでもよくて。


「えっと、敵軍主力の総兵力の十分の一を航空兵力だけで粉砕したことになりますね」


「私が航空機を早々と実戦投入した結果ですね」


 ん、そう言うことですね。褒めてあげます。なんなら、膝枕してあげてもいいですよ?


 えっ、膝枕はされるより、してあげたい? ……わかりました、思いっきり甘えるので受け止めてください。


 で……。


「この37mm砲搭載型の五式戦闘機は正式採用していいですね。気に入りました」


「カノーネン・フォーゲルですか? では、即座に生産ラインに追加しておきます」


 ん、結構です。


 たった一機で100騎以上の龍騎兵を撃破した性能、気に入りました。最重要量産対象にしましょう。

 これで、帝国軍航空隊は今まで以上の打撃力を手に入れることができるでしょう。


 ……と、アヤメさん、頭をなでる手が止まってますよ? もっとなでなでしてください。


「もう、エリュさんは甘えん坊ですね。……ここまで依存してくるとは嬉しい誤算ですねぇ、調教大成功と言ったところでしょうか?」


 調教って……毎晩毎晩やっているアレの事ですか?


 まあ、ボク自身、アヤメさんの事は嫌いじゃないですし、何の不自由もないのでいいんですけどね?

 ちょっとした兵器解説『カノーネン・フォーゲル』


 諸元

 最高速度160km  実用上昇限度5000m 航続距離250km 上昇力毎秒3m

 発動機 液冷200馬力レシプロ

 武装 機首モーターカノン37mm砲 一門 装弾数12発

 爆装 無し

 乗員 一名

 

 モーターカノン方式で武装を搭載できる新型200馬力エンジンが開発されたので試験的に搭載した機体。

 機首に、ロマン砲として37mm砲を載せたせいでバランスが崩壊。一部の変人にしか使用できないゲテモノとなった。


 第一次世界大戦中に似たような改造を施した機体があったような気がする。気になる人は調べてみてください。

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