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第六話 新大陸

 ――大和帝国本土より南方3000kmの海域。




 大洋を進む鋼鉄の軍艦。


 常備排水量3300トン、全長約100メートル。艦首には黄金に輝く“桜の紋章”。


 その艦の名は『和泉』。大和帝国海軍に所属する防護巡洋艦であり、和泉型防護巡洋艦のネームシップだ。


「今日で転移より一週間、相変わらずこの海は平穏で静かだ。……そろそろ何か見つかって欲しいところなのだが」


 その和泉の艦橋上では艦長を務めるいかにもエリート軍人と言った風貌をした男、若林が険しい表情で双眼鏡を覗き込んでいた。


 転移より一週間、数少ない帝国海軍の稼働艦艇として付近の海域の調査を行っていた『和泉』。


 しかし、現在に至るまで成果は何もなし。乗員たちはずっと、広い洋上を見つめるばかりであった。


「本土より南方に3000キロメートル。これほど進んでも成果がないとなると……兵たちの士気が心配ですね」


 副長も不安げな顔で、艦長と同じように双眼鏡を覗き込む。


 一週間海を進み続け、得た成果は何もなし。無線を用いて他の艦艇や本国と連絡を取っても、喜ばしい報告は一つもない。


 まるで、この世界には海しかないのではないかと錯覚してしまうほどだ。


 日に日に高まっていく緊張感、恐怖心。万が一、この世界には大和本土以外に陸地がなかったとしたら……。


 国内で多数発生する飢餓。若林の脳裏に最悪の想定が頭をよぎる。


 しかも……。


「航海長、あと我が艦の燃料はもってどれくらいか?」


「もって一日、明日には引き返さねば本土に帰還できません」


 艦長は、双眼鏡から目を離し航海長に問いかけた。航続距離の限界が迫りつつあったのだ。


 和泉の航続距離は10ノットで4000海里。キロメートルに直すと約7500kmだ。

 

 そして、ここまでの道のりは3000キロ。帰りの分を含めれば、残りの石炭に余裕はほとんど残っていない。

 あと一日か、無理をしても二日。それ以上航行すれば、本土に帰還することは叶わない。


 だが、しかし、何の成果も得ることができずおめおめと帰還することだけは……。


 今すぐに給炭艦を呼びつけ、補給を行いさらなる調査を行うべきか? だが、しかし、稼働中の給炭艦の数は多くない。

 他の艦艇が必要としたとき、こちらが使用中で使えないなどあってはならない。


 一度諦め帰還するべきか。だがしかし……。


 国家国民に対する重責に飲まれ、思考の海に落ちていく艦長若林。


「……艦長っ! 聞こえますか、艦長!」


「おっと、済まない。少しばかり考え事をしていた。それで、何があった?」


 そんな若林の意識を引き上げさせたのは嬉しそうな副長の声であった。


「なにって、見てください! 陸地です! ほら、前方水平線上に!」


「陸地……? それは本当か!?」


 “陸地”それは、この一週間必死の思いで探し求めた物、副長の指差す先めがけ、大急ぎで双眼鏡を覗き込んだ。


 そして、次の瞬間安堵の気持ちに包まれる。


「確かに陸地だ。しかも、かなり大きい。……なんとか軍人としての責務は果たせたな」


 水平線の先に広がっていたのは未知の大陸。


 緑が生い茂る陸地、大きさも十分。少なくとも小島ではない。


 もしかすると、これは帝国を救うことになるかもしれない。


 若林は、即座に通信手に本国に無線連絡を送るように指示するのだった。







 大和歴304年3月20日。


 ボクがエリュテイアになってから一週間が経過しました。


 ストレスだらけの一週間でしたよ。国中の大物政治家とか、軍の司令官とか、企業のトップとか、そういうお偉いさんが毎日のようにボクのご機嫌を取りに来るんです。


 しかも、みんなボクをお姫様扱いして。


 手の甲にキスしてきたり、可愛い服とか買ってきてくれたり……その、敬ってくれる気持ちは嬉しいですけど、元男児高校生としては複雑な気分です。


 あっ、ちなみに大和歴っていうのはこの国が建国されてから何年経過したかという暦です。


 ラスバタ内でも暦というわけではないですが、建国からのゲーム内時間の表記とかあったので、まあ、そんな感じのものなのでしょう。

 今は大和帝国建国から304年とちょっと経っているってことですね。


 まあ、ボクの生活の事とか、暦の事なんてのはどうでもいいんですよ。それより、嬉しい報告があったんです。


「海軍より報告申し上げます! 我が本土南方3000キロメートルを航行中の防護巡洋艦『和泉』が未知の大陸を発見しました」


 執務室で簡単なお仕事をしていたボクの下に角刈り海軍おっさんがやってきて心底嬉しそうにこう報告したんです。


 このおっさんは、御前会議の時にもいた海軍のお偉いさんですね。たぶん、太ももフェチです。さっきから、ちらちらボクの太ももを見てきています。

 視線に気が付かないとでも思っているんですかね? ……まあ、前世のボクも似たようなことをしていたのであまり強くは言えませんが。


 そうそれで、ついに見つかったんですよ。


 新大陸。


 それがどういう大陸なのかは、さっぱりわかりませんがとにかく我が本土以外の陸地が見つかったんです。


「和泉は給炭艦を呼び寄せつつ引き続き調査を行っており、大陸は無人である可能性が高いと報告してきております」


「報告ご苦労様です、角刈り君。即座に調査部隊を派遣したいのですが……」


「はっ、では、本国艦隊より艦艇を抽出し、編成しましょう」


 よろしい。


 ……っと、そうだ。


「あと、調査艦隊にはボクも同行します。乗艦を用意しておいてください」


「閣下もですか? しかし、この調査は危険が……」


「国家の一大事です。指導者自ら前線での指揮は当然でしょう。国内の事は任せますが、文句はないですよね?」


 当然、ボクも調査に向かいます。


 理由は二つ。


 一つは単純にここでの生活が緊張感に溢れるものだから。一般人に、見知らぬお偉いさんと毎日会談するような独裁者生活は堪えます。

 だから、理由をつけて外出したいわけですよ。


 そして、もう一つは、エリュテイアの能力です。彼女は、指導者特性“カリスマ”を持っているんです。


 ゲーム内にはプレイヤーそれぞれにゲームを有利に進めることができる指導者特性、簡単に言えばスキルのようなものが与えられていました。


 そして、このエリュテイアの指導者特性“カリスマ”と言うのは指導者自ら前線に立てば現場の兵士の士気や戦闘力が爆上がりするとかいうチートスキルです。


 ゲーム中では、このスキルを使うために艦隊にエリュテイアを乗せて戦わせたものです。


 国家元首、独裁者、総統であるエリュテイアが最前線に立つなんて、現代の感覚からすればおかしな話かもしれませんね。


 けど、よく考えれば現実でもナポレオンの時代くらいまでは国家のトップが軍を率いて最前線で戦っていたんです。

 独裁者が最前線に立つことは全く持っておかしくないのです。


……たぶん。


 この世界でどれくらいゲームのスキルが機能するかはわかりませんが……国民特性の“変態”は完璧に発揮されているわけですし多少は期待してもいいのでは?


 てか、どういうことですか、国家官僚の大半が太ももフェチって。頭おかしいでしょ、この国。


「了解しました。閣下がそうされたいのであれば海軍としては命令に従うのみであります」


「ん、よろしい」


 敬礼し、部屋を後にする角刈り君。




 その角刈り君と入れ替わる形で、アヤメさんがティーポット片手に入室してきます。あ、紅茶ですね、待ってました。


「おや、前線に行くんですか? まったく、警備する身にもなってくださいよ」


 ティーカップにお茶を注ぎながら、やーれやれ、と肩をすくめるアヤメさん。


 うう……そうですよね。


 出撃するとか言っちゃいましたけど、総統であるボクが最前線に行くなら、ボクを守る人が必要になって……それらを管轄しているのは副官のアヤメさんで、その分お仕事が増えて……。


「ごめんなさい、アヤメさん。けど……」


「はぁ、ま、いいですけど。それに、たまには船旅と言うのも悪くないですし」


 苦労させられる分は楽しませてもらいますよ、とアヤメさんは続けました。


 楽しませてもらう、って何をする気なんですかね? 


「あの、アヤメさん、遊びに行くわけではないんですよ?」


「ええ、知ってます。それでは親衛隊本部の方に行ってエリュさん護衛部隊の編成を行ってきます」


「あっ……」


 もう行っちゃうんだ。まあ、忙しいなら仕方ないですよね。


 えっと、それじゃあボクは……。


「陸軍の方に連絡を入れないといけませんね。海兵師団を出撃させなくては……」


 新大陸がどんな場所か調査するために、とりあえず海兵師団を送り込んでおきましょう。


 こういう時に軍隊と言うのは便利です。


 軍隊の自己完結性ってやつですよ。軍隊はそれ単体で機能を発揮してくれます。


 居住区も、インフラも、何もかも。生活に必要なありとあらゆる機能を自分で用意することができる。

 それが軍隊です。


 他の組織、例えば消防や警察ではこうはいきません。


 警察は道路を引くことはできません、橋を架けることもできません、輸送用のトラックも持っていません、発電施設を用意することもできません。


 だって、彼らはそんなことをする必要がないから。


 道が必要ならば、橋が必要ならば、輸送車両が必要ならば、それ専門の業者を呼べばいい。国内を主な活動拠点としている警察などの組織には自己完結性は必要ないのです。


 ただ軍隊は業者に頼れません。


 戦場には宅配業者も建築業者も来てくれないのです。


 過酷な戦場を活動の場としている軍隊のみが、いかなる場所でも活動する能力を持っているのです。


 新大陸の調査にこれほどうってつけの組織はほかにないでしょう。




 それに……。


 自己完結性云々は別として、マッチョな海兵隊員なら未開の地に送り込んでも、自力でなんとかしてくれると思います。


 最悪食糧とか無くなってもその辺のヘビとかカエルとか食って生きてそうですし、毒とか食べても筋肉で何とかしそうですし、単純に頑丈そうですし。

雑に兵器紹介 『和泉型防護巡洋艦』編


スペック

常備排水量 3300トン

速力20ノット

航続距離 4000海里

乗員320名

武装

15センチ単装砲 6門

8センチ単装砲 10門

水上単装魚雷発射管 4門

その他小火器


 大和帝国で最も一般的な防護巡洋艦。名前は『和泉型』となっているが現実の和泉型防護巡洋艦とはあまり関係ない。どちらかと言えば、新高型防護巡洋艦に酷似している。

 安価で生産性の良い小型巡洋艦として、偵察任務や通商破壊、商船の護衛などに投入されている。

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