第五十八話 総統閣下と航空隊
やっぱりアヤメさんは過保護だと思うんですよ。
ここはモルロ戦線。戦場です。
だけど、ボクの生活はとても快適です。
何故って、おっきいキャンピングトレーラーをアヤメさんが引っ張ってきたからですね。でっかい軍用トラックでしか引っ張れないやつです。
キッチンとか、ソファーとか付いていて結構豪華です。
野戦陣地の真ん中にドーンッと置いてあって凄く目立ちますけど……。まったくもって、野戦陣地らしくないです。
しかもですよ? これ、一台だけじゃないんです。
ベッド付きの寝室用の車両とか、お風呂用の車両とか、いろいろ引っ張ってきて……戦場なのに、いつもと変わらない生活ができちゃっています。
ちなみに、これ全部アヤメさんの私費で作ったとか。
曰く「私のエリュさんを戦場で野宿させるんですか? 駄目です。……えっ、テント? それでもだめです。トイレとかお風呂とかどうするんですか!」とのこと。
……本当に過保護ですね。
けど、そういうところは嫌いじゃないです。
さてさて。
そんなアヤメさんですが、絶賛ご機嫌斜めなのです。キャンピングトレーラーのソファー、そこでボクをお膝の上にのせながら、ぷんぷんしています。
誰に怒っているのかと言えば……。
「なんなんですか、あの男は? ノックも無しに私とエリュさんの愛の巣に入ってきて! 処刑です! 処刑!」
あの少年です。
名前は知らないですけど、すっごい間抜けな顔をした男です。ノックも無しにボクたちのトレーラーに侵入してきたド変態です。
「まあまあ、アヤメさん。なにも殺さなくても……」
別に恥ずかしいところを見られた訳……ではありますけど。
アヤメさんがボクのほっぺを舐めていただけですし、下着を見られたとか、そう言うのだったら殺しますけど……ねえ?
「……むふぅ、エリュさんがそう言うなら殺すのは無しにします。そうですね、労働力が不足していますし、適当に強制労働させておきましょう」
哀しげに「あーあ、せっかくいいところだったのに……」とうつむくアヤメさん。
分かります、邪魔されてちょっと哀しいのはボクも同じです。
……だから。
その続き、しよ?
なんて、上目遣いで袖をツイツイ引っ張って、ちょっとお誘いしてみます。どうでしょうか……。
「わかってますよ、エリュさん。そんなもの欲しそうな顔しないでください」
「……んっ」
やっぱりアヤメさんは、口にしなくても分かってくれますね。
アヤメさんの細くて滑らかな指が、ボクの太ももに伸びてきて……ソファーの上に押し倒されて……。
――ブォォォンッ! と言う激しいエンジン音。
……うるさいですね。気持ちよくなってきたところだったのに。航空機のエンジンですかね?
トレーラーの上を低空飛行で通り抜けた感じです。
続いて煩いノック。
はい、強制ストップです。「なんなんですか、全く」と、げんなりした顔で、アヤメさんがボクを抱き起してくれます。
「総統閣下! 親衛隊長官殿! 航空隊であります」
……この声は西大尉ですね。
あの子、最近口調が変なんです。この前、アヤメさんと映画デートした後からですかね。
彼女は、ボク専属のドライバーですから、映画館までの足になってくれたんですけど、その帰りにこんな口調に。
何かしましたっけ? 映画の感想を伝えたくらいなんですけど……。
……っと、仕方ないので外に出ましょうか。
アヤメさんを引き連れてトレーラーの扉をガチャンとあけると、西大尉が敬礼で出迎えてくれました。
「閣下! 航空隊がきたのであります。って、あれ、服が乱れて……」
「寝てたので」
「あっ、申し訳ありません、起してしまいましたか?」
「……いえ、大丈夫です」
ちょっと申し訳なさそうにする西大尉。
たぶん、きっと。
本当に寝ていたと思ってくれているんですね、この子は。純粋だし、ボクの言うことは無条件に信じてくれる都合のいい子です。
騙しっぱなしじゃかわいそうですから、今度は一緒に映画を見ましょうか?
「……駄目ですよ、エリュさん。私以外の人とお出かけなんて」
「アヤメさんと一緒ならいいですよね」
「許しましょう。ただ、エリュさんの隣の席は私だけですからね?」
はいはい。
嫉妬深くて大変結構です。
っと、航空隊が来たって言っていましたよね?
空を見上げれば……ああ、いましたね。
ぶーんっと、モルロの大空を自由に飛行している4機、一個小隊の複葉機。
見た目はフォッカーD,VII複葉戦闘機そのもの。てか、前に見せてもらった試作機とあまり変わりません。
「アヤメさん、あの飛行機は?」
「試一号航空機の発展型『五式戦闘機』です。親衛隊採用の新型機です」
「五式戦闘機……」
……おかしいですね。
「どうしたんですか、エリュさん? そんな怪訝そうな顔をして。ほら、見てくださいかっこいいですよね?」
とかなんとかアヤメさんは言っていますけど、軍用機の正式採用の話はまだボクの方には来ていません。
なら、飛行機が戦場の空を飛んでいることはあり得ないわけです。
親衛隊の装備は軍の物と基本的に共用ですから、軍の方で採用されていなければ親衛隊も戦闘機を持てるはずがないんです。
と、言うことはあの戦闘機は正規品ではありません。
もしかして……。
「ねえ、アヤメさん。あれ、実は、試作機を引っ張ってきたとかいうわけじゃないですよね」
「うぐっ、そんなわけないじゃないですか。……意外に鋭いですね」
聞こえてますけど。
……まあ、察しがつきますよ。
見栄を張りたかったんですよね、アヤメさん。
戦争に間に合わせるために、採用前の試作機をかき集めて戦闘機に仕立てて、実戦に投入させたってところですか?
そんな貴重なものを実戦投入なんて……。
「……はぁ、アヤメさんの見栄張り癖も困ったものです」
この前だって、ボクが車の運転できるって言ったら、必死になって練習始めましたもんね。
ボクをドライブデートに連れていくって、張り切って。まだ免許取れてないみたいですけど。
「ふふんっ、好きな人の前ですから、多少は見栄を張りたくなるものです。ほら、着陸しますよ、見に行きましょう」
……そうですね、行きましょう。ほら、大尉も付いてきてください。
野戦陣地の外、平らになっている原っぱにゆっくりと降下して着陸する4機編隊の五式戦闘機。
流石は第一次大戦レベルの飛行機です。
滑走路が無くても、その辺の原っぱに降りられるんですね。
タキシングして、ボクの近くに4機をきれいに並べると……パイロットが降りてきます。
って、あれ?
「アヤメさん、アヤメさん」
「はいはい、どうかしましたか?」
「あのパイロット、大和人じゃないですよね?」
一番機から降りてきたパイロット、どこからどう見ても大和の人間じゃないんです。
大和人ってのはその名の通り、ジャパニーズな見た目をしています。
けど、あのパイロットはなんていうか……外国人? 男の人なんですけど、ヨーロッパの人っぽい見た目です。
片足は義足ですか……ふーん、怪しいですね。
「……誰なんですか?」
「さあ? わかりません。大和国内の航空試験場に突如現れまして、本人曰くルフトバッフェがどうのこうのと……」
ルフトバッフェ? ドイツ空軍?
いや、でも、この世界にドイツなんてないし……もしかして、転生者とか転移者とかいうものなのでしょうか?
「そんな人をパイロットにして大丈夫なんですか? 逮捕しちゃいましょうよ」
「無理ですよ。逮捕しようにも、どう頑張っても逃げ切られて。軍用犬を動員して追いかけても駄目でしたし……」
なにより、パイロットしての腕がいいんですよ、凄く。
と、アヤメさんは続けます。
「パイロットとしての腕がいい、ですか」
「ええ、不思議なことに。どうやら、飛行機の操縦に練達した人物のようです。私達のように、異世界からやってきたのかも」
うーん、謎は深まるばかりです。この世界に航空機は大和帝国製のモノしかないですし、その初飛行もほんの数か月前です。
航空機の操縦に練達するほどの時間はないはずです。
やっぱりあの人は、異世界人……あ、牛乳飲み始めました。
「閣下、航空隊にいる友人からの話なのですが、あの男は山登りが趣味だそうであります」
「聞いてないけど、ありがとうです。西大尉」
片足義足、軍用犬に追いかけられても逃げ切る、牛乳が好き、山登り大好き……。
「……一緒に医者か何かいませんでしたか?」
「あっ、よく知ってますね、エリュさん。そっちは尋問の後、敵対的ではないので移民として認めて本国の医学学会に所属しています」
「その男、軍医として前線に呼びつけてください」
……ほら、この世界ってファンタジー世界じゃないですか。
たぶん誰かが、悪魔召喚か魔王召喚でもしたんでしょう。それで、あれが召喚されたみたいですね。
なんか……その……。
ご愁傷さまです。この世界のみなさん。
ちょっとした兵器解説『五式戦闘機』編
スペック
最高速度160km 実用上昇限度5000m 航続距離250km 上昇力毎秒4m
発動機 液冷160馬力レシプロ
武装 7,7mm機関銃を機首に二挺。
爆装 胴体下部に30kg爆弾一発
乗員 一名
……と、言うのはあくまで基本スペック。実際のところは「試一号航空機」を基に開発された戦闘機の試作品の寄せ集めを『五式戦闘機』と呼んで戦場に投入しているだけのシロモノ。
そのため、機体構造は様々。採用しているエンジンや武装もそれぞれ少しずつ異なっている。
中には、機首に37mm砲を搭載しているゲテモノも存在しているとか……。