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第五十六話 少年と救世主

 森の村に住む木こりの少年――ゴドリックは、大和帝国登場により、急速に動き始めた時代の波に乗ることにした。


 たった一国で、世界の経済を変える近代国家大和帝国。


 この国の登場で、中世的な物々交換経済は終わりを迎えつつある。


 このまま一生、田舎の木こりで生きてくことは困難だろう。村の中だけで全ての生活物資は自給できない。

 だが、外から何かを得ようとすれば金が要る。そして、村の中に『貨幣経済』と言う概念はない。

 

 お金がないから外で稼いでくるしかない。


 ならば、仕方なし。生活できないのなら、生活できる方法を模索するまで。


 故に、彼は『アメリカン・ドリーム』ならぬ『ヤマト・ドリーム』を追い求め、街に出稼ぎに出ることにしたのだ。




 薬を買いに行ってから一か月後。


一度村に帰り、腰痛の薬を村長に渡した後、彼は自分の荷物をまとめ始めた。そして、村人に別れを告げ、再度ジュノーの街に向かい始めたのだ。


「こうして、若人は期待を胸に街へ出る。蛮族が支配する恐ろしい平原を越え、大金を得るのだ! ……うん、悪くないな。ゴドリック冒険譚ってのも悪くない」


 とかなんとか。


 新たな冒険、新たな生活に中学生がよく陥る病気に感染しつつ、ゴドリックは馬を進める。


 森の細い道を抜け、平原に出ると周囲を警戒しながら駆け抜ける。


 森の外は危険地帯だ。


 いつどこで蛮族が襲ってくるかわからない。


 一瞬の油断が命取り……いや、油断しなくても見つかった時点で命取り。狩猟遊牧民族であり、生まれつきの優れた狩人であるモルロ人から逃れることは極めて難しい。






 輝く太陽の下、駆け抜けること五時間。


 日は高く、ちょうどお昼時。雲一つない快晴で、絶好の旅日和。


「ふう、そろそろ腹が減ってきたなぁ。おっ、ちょうど川もあるし……」


 ゴドリックが見かけたのは小さな小川。そこで、水を補給し、昼食を食べるのもいいだろう。


 彼は、馬から降り、水筒のふたを開け、小川の水を汲もうとした。


 が……。


 その瞬間、大きな足音が、遠くから響いてくることに気が付く。


「なんだ、蹄の音……馬? あと、これは――モルロのトカゲの足音だ!」


 マズイことになった。


 昼食どころではないと、ゴドリックは水筒を投げ捨て馬に飛び乗る。そして、思い切り鞭を入れ逃げ出す。




 直後、後方の丘から象ほどの大きさのトカゲが土煙をまき散らしながら、その姿を現す。


 そのトカゲは荒々しくも刺々しい見た目で、いかにも肉食の怪物と言った外見だ。


「出たな、モルロ人め!」


 正式和名、モルロオオトカゲ。学名はヴァラネス・モルロィ。


 平原を生息地とし、生物学的には翼を失ったドラゴンに近い物らしい。知能は馬程度、群れで暮らす生き物らしく家畜化もできなくはない。


 数は一匹、その背にはずんぐりと背の低い人影――モルロ人。さらに、そのオオトカゲの前を走るモルロ人弓騎兵が約10騎。


 これは、主力であるオオトカゲを活用するための、索敵、追撃部隊だ。


「ヒャッハッー! こんなところに馬鹿がいるぞ、獲物だ!」


「逃がすな、殺せ! 馬は貰うぞ! 人間は餌にするんだ!」


 まき散らされる唾液、血走った眼。


 汚らしい毛皮の服を身にまとったいかにも蛮族と言った姿。そんな姿のモルロ人は、楽しげに笑いながら、ゴドリックを追いかける。


「へっ、てめぇら騎兵は前に出て足止めをしろ! 俺が殺すから仕留めはするじゃねぇぞ!」


「あいよ、兄者!」


 オオトカゲに跨る指揮官が、部下の騎兵隊に命令し、その命令に従って騎兵が散開。


 ゴドリックを包囲するように機動する。


「くそっ、荷物を捨てなきゃ逃げれねぇな!」


 追いつかれれば殺される。


 ゴドリックは腰のナイフを抜くと、もったいないと思いつつ馬に括り付けていた荷物を切り捨てた。

 着替え、寝具などの生きていくために必要な荷物だったが、命には代えられない。


 だが……。


「ひゃはぁっ! なんて、のろまだ。こいつは、本当に馬に乗ってんのか!?」


「おいおい、ロバの間違いじゃねえのか!?」


 それでも逃げ切れない。


 生まれついての、遊牧民族であるモルロ人に森の中で生まれ育った少年が馬術で勝てるはずがないのだ。


 あっという間に追いつかれてしまう。


「へい、兄ちゃん止まりな。今なら、痛くしねえからよ」


「けひひっ、まっ、一息に殺すだけだけどな」


 ゴドリックを左右から挟み込み、下種な顔を見せる二騎のモルロ騎兵。二人とも弓を引き絞り、その照準をゴドリックに向けている。


「そう言われて止まる馬鹿がいるのかよ? ――死ねっ!」


 が、臆することなくゴドリックは背負っていた弓を構え反撃に出る。危険な平原を武器も持たず突破しようとしていたほど彼は無謀ではないのだ。


 狙いは右のモルロ騎兵、照準を定め矢を放つ。


 が……。


「あ? どこを狙ってんだ、坊や」


 その矢は、モルロ兵の遥か頭上を飛び去って言ってしまった。もう、それは見事な外しっぷりだ。


 あまりの外しっぷりに逆に困惑するモルロ兵。「う、うるせー、今のは威嚇だ! 次こそっ!」っと、やけくそ気味に再度弓を放つが……またまた大外れ。


 まあ、単なる木こりが弓を扱えるはずもないのだ。


「く、くそっ。思ったより難しい」


「お前、弓の使い方も知らねえのかよ! たまげたなぁ!」


「へへっ、冥土の土産に教えてやるよ。いいか、弓ってのはこう使うんだ! ほれっ!」

 

 にんまり笑い、矢を放つモルロ兵。


 ひゅんっと軽い風切り音。


「うぐっ!」


 矢は見事にゴドリックの肩に命中、痛みに耐えることができず、彼はもがきながら落馬。地面を数メートルも転がることになった。




 倒れ伏すゴドリック。


 馬を失い、怪我をした。落馬の衝撃で足を挫き、もう歩けそうにない。


 もうだめだ、おしまいだ。


 重い足音と共に近づいてくるオオトカゲ。


 乗っているのは、とどめを刺すと言っていたモルロ兵だ。


 もう逃げることはできないだろう。だが、ただで食べられるのは勘弁だ。懸命に上体を起こし、弓を構える。


 迫りくるオオトカゲに、せめてもの反撃と矢を放つ。


 だが……その矢は、カツンッという軽い音と共に、トカゲの堅い甲殻に弾き返されてしまう。


「っち、せめて刺されよ。硬すぎだろ……」


 意味のない文句を口走りながら、力尽き仰向けに倒れる。自分を食らおうと大口を開けるオオトカゲを見上げ、最後の時を覚悟する。


 俺の人生はこのトカゲに食われて終わる。人生とはこうもあっけなく終わる物なのかと。




 しかし……。


「……足音、いや違う?」


 倒れたゴドリックの耳に聞きなれない騒音が飛び込んでくる。


 それは、まるで金属が軋むような音。


 ゴドリックを天国に連れていくために天使が舞い降りてくるにしては少々物騒すぎる音だ。


「あ、兄貴! この音はなんでしょうかい?」


 そして、それは幻聴でもないらしい。


 倒れたゴドリックを取り囲むモルロ兵たちもその音に困惑し、音の発信源を探そうときょろきょろと見渡している。


 そんな中、音はどんどん近づいてくる。


 これは、一体何なんだ? 


 最後の力を振り絞り、音の響く方向、丘の上を見上げた。


 そこにあったのは……ゴドリックが初めて見る存在。


 無数の金属の塊――総統親衛隊機甲大隊所属の戦車部隊だ。






「アヤメさん、なんかでっかいトカゲがいるんですけど。この辺りは、先行した機甲師団が制圧しているはずなのに」


「あいつら、しくじりましたね。取りこぼしがあるとは、許せません、私のエリュさんに何かあったらどうしてくれるんでしょうか? あとでお仕置きです」


 突如、モルロの地に現れた機甲大隊。


 その戦車部隊の先陣を切るのはこの人達、総統閣下とアヤメさんだ。


 彼女たちが乗るのは新型の試作軽戦車――試五式軽戦車。


 既存の三式軽戦車との違いは、砲塔が一人用から二人用に大型化し、戦車長だけではなく専属の砲手を乗せられるようになったこと。


 今回は、総統閣下が戦車長を、アヤメさんが砲手を務めている。


「ん、お仕置きは後です。アヤメさん、目標敵オオトカゲ。主砲撃ってください」


「はい、了解です。エリュさん」


 目の前に敵がいる。ならば、ドカンと一発。


 照準は腕利きのアヤメさん。外しはしない。


 試五式軽戦車の主砲から放たれた37mm戦車砲弾はオオトカゲに直撃。弾種は徹甲榴弾、弓すらはじく甲殻だが、軽戦車の装甲すら容易に貫徹するこの砲弾の前には無力に等しい。

 容易く貫徹し一撃で頭部を爆散させる。


「う、うぉぉぉっ、な、なんだ? 神の雷か!?」


 ゴドリック、驚愕。


 絶対に自分では敵わない化け物がドカンと爆破、頭部が粉々になったのだ。驚かない方がおかしい。


 さらに……。


「親衛隊各車発砲です。エリュさんに害をなす存在を焼き払いなさい」


 アヤメさんの命令で、大隊所属の戦車約50両から一斉に発射されるのだから、堪ったものではない。


「ぬ、ぬぉぉぉっ! 神様助けて!」


 砲弾は、次々にゴドリックと彼を囲うモルロ騎兵の周囲に弾着、信管が作動し炸薬を炸裂させる。


 ……なぜ、この攻撃でゴドリックが死ななかったのかは不明だ。37mm榴弾の威力不足か、それとも運が良かったのか。


 ただ一つ言えるのは、モルロ兵たちはゴドリックほど運が良くなかったということだ。


 彼らは降り注ぐ戦車砲弾に悲鳴すら上げることができず蹴散らされ、ほとんど絶滅する。


 残った一騎が「ひぃ、ひいぃ……!? あ、兄貴がやられた。逃げるんだぁ……」と怯えながら逃げ去っていくが、それも次の斉射で吹っ飛び死んでしまう。


「生き残ったのか……」


 気が付けば、一人平原で寝そべるゴドリック。


 自分を追いかけていた蛮族たちはみんな死んだ。


 そう判断した彼は、安堵からか気を失った。

 ちょっとした補足説明『大和帝国戦車の進化』


 ルノーFT-17モドキの『九九式軽戦車』。

 ↓

 性能はほとんどそのまま車体前方に機銃手席が追加され、ちょっとハ号っぽい形になった『三式軽戦車』。

 ↓

 車体前方の機銃が主砲同軸に移動。さらに、砲塔が大型化、砲塔内に砲手と戦車長が乗れるようになった『試五式軽戦車』。九八式軽戦車ケニっぽい。


 ……ここまででは、基本スペックはあまり変わりません。扱いやすくなったり、整備性が上がったりしているだけです。

 このほかにも、ラスバタ時代に重戦車をいろいろ開発していますが、「高価で扱いにくい」と輸出用に生産するだけで、自国では運用してなかったりします。

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