第五十四話 驚愕するエルフ 陸戦 後編
被害に臆することなく鬼気迫る勢いで突撃を続ける獣人軍。
「ふんっ、獣が……相変わらずの突撃か?」
「焼き払ってしまえばいいさ、『炎の精霊よ……』」
エルフ軍は冷静に魔法弾幕射撃を続け、獣人に打撃を与え続ける。
十人、百人、千人と獣人軍の被害は増え続け、その戦列は大きく乱れる。獣人の中には、死を恐れ、すでに逃げ出すものも現れ始める始末だ。
だが……完全に突撃を破砕することはできない。
魔法の単発火力は十分、だが連射能力が不足しているのだ。魔法というものは「炎の精霊よ、うんぬん……」といった呪文を唱えなくては発動できない。
訓練されたエルフ兵士で30秒に一回、それが魔法射撃の速度だ。
もとより、獣人軍の方がエルフ軍の倍ほどと数は多い。
一撃喰らっても、次の攻撃が来る前に生き残った兵たちで無理やり肉弾突撃を行えば……弾幕射撃を突破することは不可能ではないのだ。
……無論、これはナショナリズムによってもたらされる不屈の精神力と『ホームガード・パイク』以外の一切の装備を持たない軽装による速力のなせる業だ。
重い鎧を着ていれば、その分突撃速度が落ち長い間射撃を受けることになってしまう。連射速度が遅くても、のろのろ近づいていれば被弾数は多くなってしまう。
防御を捨て去ってでも、被弾数を減らす。そちらの方が、死傷者が減るならそれが正解。
ある種の悪魔的合理性と言えるだろう。
「うぉぉぉっ、取ったッ!」
そして、衝突。
最前線を進んでいた獣人の槍がついに、ダークエルフの喉笛に届く。
この瞬間、二つの軍勢が、ぶつかり合い肉弾戦に移行する。だが、この時点ではエルフはまだ何も焦っていなかった。
「接近したくらいで何を……剣製術式発動――魔道剣っ!」
ある者は剣を抜き、またある者は魔力で編み出した刃を杖から発生させ近接戦闘に移行する。
エルフも最初から魔法弾幕で敵を全滅させることなどできないとは理解していた。
魔法弾幕は機関銃でも速射砲でもない。所詮は中世、近世レベルの攻撃。万の軍勢を遠距離攻撃のみで溶かし切ることなどできはしない。
だが、敵の数を減らし、その戦列を大きく乱すことができればそれで十分。
敵は疲弊し、こちらは準備万端。
この状況で戦えば、肉弾戦を行ってもエルフが勝つのは道理。今までずっとそうだった。何度獣人と戦っても、エルフが負けたことはない。
……さらに。
「よし、今じゃ。敵後方を狙い近衛騎兵隊を投入せよ」
「はっ、チョールヌィ陛下のご命令のままに」
御輿の上から命令を出すチョールヌィ執政官。
彼のお抱えの精鋭重騎兵隊をここで投入したのだ。
この騎兵隊は、中世ヨーロッパでいう騎士に近い。フルプレートアーマーを身に纏った重装備の騎兵である。
ただ、武装は普通の騎士とは違う。
通常の騎士が持つのは『ランス』だが、彼らが持つのは『杖』と『ランス』が一体化した武器。
騎兵突撃に加え、魔法射撃までこなす万能兵科。
魔法騎士とでも呼べばいいのかもしれない。
馬の機動力、フルプレートアーマーの防御力、魔法射撃の火力。
攻守走、全てが高水準に整ったまさにこの世界の主力戦車だ。
魔法戦列歩兵の濃密な魔法射撃で乱れた敵戦列を、後方から騎兵隊で一気に押しつぶす。理想の戦術、まさに必勝パターン。
だが、獣人もただではやられない。
「くっ、獣人め。なかなかやるな!」
「押しきれない。いや、時間が経つごとに敵の攻勢が強くなる。くそっ!」
前線のエルフ歩兵の被害が急速に増え始める。
その原因は――『ホームガード・パイク』である。
この時のエルフの主装備は杖。近接武器は携帯に優れた剣などがメインであった。
それに対し、長い槍は近接戦闘では有利。槍衾を形成し、チクチク突けばほぼ一方的に攻撃することができるのだから。
両軍がぶつかった当初こそ戦列の乱れなどにより互角の戦いになっていたが、時間が経ち獣人軍の戦列が整い、槍衾が形成されれば……。
数で劣っていたこともあり、どんどんエルフが不利になっていく。
今まではこんなことはなかった。
何故なら、獣人軍の装備は文字通り雑多で整っていなかったから。
それぞれが有り合わせの武器しか持っていなかったから、こんな風に槍衾を作って戦うなんてことはできなかったのだ。
どんな戦いでも最終的には取っ組み合いの乱戦になり、武器の差のないほぼ同条件の戦闘に陥る。
だからこそ、あらかじめ魔法で敵に打撃を与えられるエルフが勝つ。
そうであったはずなのだ。
だが、獣人軍が「統一された武器」を装備し、挑んだ今回の戦いは別だ。乱戦は発生せず、槍衾を前に、エルフ軍がほぼ一方的に引き裂かれることになる。
さらに、エルフ軍の苦境は続く。
槍にはもう一つ利点があったのだ。
「後列のライオン族部隊! 敵騎兵が来るぞ! 方陣を布き防御の姿勢を取れ!」
獣人軍戦列後方。
背後から一気に戦列に斬りこもうとするエルフ軍魔法重騎兵だったが……後列の獣人軍――国王レオンの自慢の精鋭部隊ライオン族の兵士たちが、王の命令で素早く方陣を組み対騎兵の防御態勢を取る。
「『炎の精霊よ……』――ええい、これでは接近できんぞ!」
エルフ騎兵は火炎魔法を放ち、その鉄壁の戦列を乱そうとするが……。
獣人軍第一列、第二列の兵士が肉壁となってそれを防ぐ。その後方の兵士たちは健在、槍を突き出し、エルフ騎兵をにらみつける。
流石は百獣の王ライオンと言ったところだ。
「まるで針山だ。こんなものに突撃すればこっちがやられてしまう」
「くぅ……たかが槍が、たかが獣が、このエルフ様に……」
魔法攻撃では勝負を決めきれない。
だが、槍衾に突撃していくほど無謀ではない。
何もしないよりかは良いだろうと、チクチク遠距離から魔法射撃を浴びせるが、一撃で戦局を変えることにはならない。
たかが槍、されど槍。
皆で鎧も着ずに槍もって突っ込む。
これだけで、エルフの必勝パターンが封殺され、むしろ、前線のエルフ軍歩兵戦列が押されつつある。
そしてついに……。
「だ、だめだ。後退するぞ!」
「こ、後退だと? 我らエルフがこんな獣畜生を前に後ろに下がる!? お前にはエルフとしてのプライドはないのかっ?」
「違う! これは攻撃のための後退だ! 距離を取り、魔法射撃を行うのだ!」
自軍の損害に耐え兼ねたエルフ軍前線指揮官の一人が自らの部隊に後退を命じる。
なんだかんだ、正当化しているが実際にはただの敗走である。
そして、その流れはエルフ軍全軍に伝播する。
「あ、あの野郎ッ! 逃げやがったぞ!」
「魔法射撃をするために退くらしいぞ」
「なるほど、それは名案だ! これは後退ではない転進だ!」
我先に戦列を乱し、勝手に後退を始めるエルフ達。本人たちは転進などと言っているが、どこからどう見ても敗走である。
魔法射撃を行うとか言っているが、統制がとれもしないのにできるはずもない。
「ちょ、チョールヌィ陛下! 兵が後退を始めております! すぐに我らも逃げ……いえ、転進しましょう!」
「う、うむ、そうじゃな。御輿を出せ! 近衛騎兵隊をワシの護衛につけさせるんじゃ。転進、転進じゃ!」
勝負は決した。
本心は別として彼らは負けているつもりもない。これは後退ではないと思い込もうとしている。
だが、そんなものはもうもはや無意味。
いや、むしろ、完全に負けを認めれば、エルフのプライドが発動して「負けて堪るか」と死守状態に陥ったかもしれない。
だが、彼ら曰くこれは「転進」であり「敗走」ではないのだから、意地で留まることもできない。
結果、ボロボロに潰走する。
「おおっ! エルフどもが逃げ出したぞ! 僕たち獣人の勝利だ!」
「うぉぉぉっ! 国王レオンを讃えよ! 若き国王! 偉大なる獣人族の覇王!」
逃げ去るダークエルフ達。
勝鬨を上げる獣人たち。
こうして、獣人軍は「二倍の兵力差で挑んだ」とはいえエルフ軍の勝利することができたのだ。
もちろん、その代償は少なくない。
エルフ軍約5000の被害に対し、獣人軍の被害は8000。魔法射撃などにより、多くの被害を受けていたこともあり、損害そのものは獣人の方が多かったのだ。
おかげで追撃もできない。
しかし、つかの間の勝利に喜ぶことくらい許されてもいいだろう。
問題はダークエルフの方である。
黒エルフ皇国は、西にビーストバニア、東にアルバトロス、北にモルロ帝国と三方向を敵に囲まれた国家だ。
このような四面楚歌の状況下でも、繁栄を謳歌してきたのは単にエルフの優れた魔法能力があったからだ。
エルフが強かったから、三方向の敵と渡り合い、自分たちの領域を守り切ることができた。
だが、どうだ?
海で大和製戦列艦に負け、陸では獣人風情に負ける。
特に獣人に対する敗北は致命的だ。何しろ、国家元首たるチョールヌィ執政官が出陣していたのだから。
「我が軍は近接戦闘に弱い。これを改善しなくてはならない」
「あの人間の船は鋼鉄製だった。我が軍も同様の船を建造し対抗するのだ!」
この二つの敗北は彼らダークエルフに大きな危機として受け入れられることになる。
そして、彼らは生き残るために大規模な軍事改革を行うことになる。
全ては次の戦争のために。