第五十三話 驚愕するエルフ 陸戦 前編
城塞都市ウルフバニア。
それは、黒エルフ皇国とビーストバニア獣人国の国境付近に存在する都市。ビーストバニアの大地を守るために、獣人が作り上げた防衛の拠点だ。
そんな、ウルフバニアだが……炎に包まれていた。
街の中には獣人はほとんどいない。
そこには切り刻まれ、焼き払われたオオカミ族の死体と勝利の美酒に酔いしれるダークエルフの兵士たちがいるだけだ。
「いや、流石ですな、チョールヌィ執政官陛下。ご覧ください、陛下の軍勢があの犬畜生の街を見ごと焼き払いました」
「ほっほっほ、そう褒めるでない。この程度、我らエルフならできてあたりまえじゃ」
御輿に担がれ、満足げに支配した街を練り歩くチョールヌィ執政官。
彼は満足げに、「おい、兵士ども、金銀財宝はすべて奪うのじゃ。食糧も残してはならん」と、近くの建物で略奪に励む兵士に声をかける。
「チョールヌィ執政官陛下、ご覧ください。生き残りの獣のメスであります」
そんな彼の前に一人のオオカミ獣人を捕らえた兵士が現れる。
「ひっ、ひいぃ……た、助けてください……」
ロープで縛られ跪き、命乞いをする獣人。声からして女らしい。
犬のオスメスの違いが一目ではわかりにくいように、獣人の男女も分かりにくいのだ。
チョールヌィは、そんな捕虜を一瞥すると。
「汚らわしい獣を余の前に連れてくるでない。さっさと殺さぬか?」
と、不満をあらわにし、処刑命令を下す。
その命令に獣人を連れてきたエルフは「了解しました、陛下」と残忍な笑みを浮かべる。そして、迷うことなく『風刃魔法』を唱えて獣人をずたずたに引き裂く。
「これで、この街の獣人は全滅ですな」
「うむ、よきよき。さて、次の街を焼き払うのじゃ」
満足げにほほ笑むチョールヌィ。
民間人すら残さず殺し尽くす。そして、その行為に何の罪悪感も抱かない。
破壊と殺戮、これこそ、この世界の戦争の根幹なのだ。
そして、まだ戦いは終わらない。
民族浄化を基本とするこの争いは、どちらかが「絶滅」を覚悟するまで終わらないのだ。
街を奪い、破壊しつくすと次のターゲットを探し求め行軍を再開するダークエルフ軍。
さあ、次の街を襲おう。全てを奪い尽くし獣人を殺し尽くそう。足取りも軽く、意気揚々と彼らは前に進む。
だが、その行軍は長くは続かない。
次の街に到着する前に足を止めることになる。
若き国王が軍を率いて彼らの前に立ちふさがったのだ。
「くっ、ウルフバニア救援は間に合わなかったか……」
「悔みなさるな、殿下。この借りは、この決戦にてお返しください」
国王レオンに率いられるビーストバニア獣人軍。
その兵力は3万。
ダークエルフ軍襲来の方に際し、急遽編成されたウルフバニア救援軍だ。
彼らが救うべき、ウルフバニアは惜しくも陥落してしまったが、軍勢はウルフバニアからほんの数キロ地点までたどり着いており、近くの小高い丘の上に陣地を作って待っていたのだ。
「なんじゃ、あの獣ども意外に早く軍の編成ができておるのぉ。しかし、我がエルフに勝てるとは思えぬ」
「はっ、陛下のおっしゃる通りです。ここは決戦に最適な平野……野戦にて、敵主力を粉砕しましょう」
丘の上に陣取る獣人軍に気が付いたエルフ軍。
その数は1万5000。元々2万の兵力でビーストバニア侵攻を開始した彼らだったが、ウルフバニアの激戦にて戦死、戦傷者を多く出し、その兵力をいくらか減らしていた。
兵力差は約二倍。
だが、エルフは負けるつもりなど毛頭ない。魔法も使えぬ獣畜生にエルフが負けるなどあり得ないと思っているのだ。
即座に行軍隊形から戦闘隊形である横陣に隊形変更。決戦を受ける構えを見せる。
こうして二つの軍勢が向かい合い、決戦が行われたのだ。
「……大丈夫、僕は勝てる。――さあ、突撃ッ!」
剣を振り上げ、レオンが命令を下す。
その命令に従い、一斉に3万の獣人軍が突撃を開始する。決戦の火蓋が切って落とされたのだ。
「陛下、敵は無謀にも突撃してきました。その多くは即席の農兵、鎧も着ておりません」
「ほほう、では、魔法で引き裂けばよかろう、射撃じゃ」
杖を構え、一斉に魔法攻撃の準備を整えるエルフ軍。先制で魔法攻撃を浴びせ、獣人軍に大打撃を与える。
エルフ軍のいつものやり方、彼らの勝利の方程式だ。
……だが、彼らには一つ誤算があった。
異変に気が付いたのは、前線で戦列を組むダークエルフの名もなき兵士たちだ。
「おい、獣人どもの装備、おかしくないか?」
「ああ、そうだな。全員長槍だ。獣畜生らしくもない」
「鎧も着てないぞ? ついにあいつら鎧も無くなったのか?」
突撃してくる獣人たち、その装備を見て彼らはいつもと違う何かを感じ取る。
通常、獣人はそれぞればらばらの武器をもって戦いに参加する。
剣、槍、斧、槌、それぞれの部族が有り合わせの武器で戦列を組み、戦いに挑む。それが、獣人の戦闘スタイルだった。
雑多で統一されていない、山賊、盗賊に近い装備。
それが、獣人軍の特徴だった。
だが、この時は違った。
「へっ、良い槍じゃねえか。柄まで鋼で出来てやがる」
「しかも、全員分あるぜ? こんないい武器を短時間でこんなに大量に用意するとは若い国王もなかなかやるな」
そう、全軍揃って『ホームガード・パイク』を装備していたのである。
これには、大和帝国とビーストバニア軍の大決戦『タイガーバニアの戦い』にて、大損害を受け装備の大半を喪失していたことも影響しているだろう。
とにかく、この時の獣人軍は『長槍』で統一された一つの軍勢となっていたのだ。
「武器は整っている。あとは、エリュテイア総統から教わった戦術……果たしてうまくいくのか?」
「信じるしかありませんな」
そして、それだけではない。
ビーストバニア軍は戦術的にも今までより一歩先に進んでいた。
なんとエリュテイアから『ホームガード・パイク』を授かると同時にちょっとした戦の必勝法を教わっていたのだ。
レオンは手元のメモに目を落とす。
エリュテイアから送られてきたメモだ。そこにはこう書いてある。
『――戦の必勝法。
必要なもの。
兵隊……敵よりいっぱい
ホームガード・パイク……兵士の数だけ。
大和魂……無ければ根性、もしくは精神で代用可能』
かなり雑。だが、その後の文章も実に単純明快だ。
「鎧は移動速度が低下するので一切不要。槍もって死ぬ気で突っ込んでください。前の奴が死んでも止まってはいけません。前進、前進、また前進、肉弾届くところまで」
こんなものが戦術といえるのか?
レオンはそう疑問に思ったが、これを書いたのは先の戦争で散々自軍を粉砕した大和帝国の総統だ。
それに、そもそも装備不足で鎧なんて持っていないので、どのみち突撃以外に選択肢はない。
もしかすると……。
そう信じて、とにかく突撃命令を下す。
雄たけびをあげ、猛進するビーストバニア軍。
対するエルフ軍は、魔法で対応。魔法の有効射程100メートルに敵を捕らえた瞬間、近世の戦列歩兵のように杖先を揃え、呪文を唱え一斉に魔法射撃を開始する。
火炎魔法。
風刃魔法。
氷弾魔法。
様々な魔法がエルフ軍戦列から飛び出し、獣人軍戦列を襲う。
「ぐわぁぁぁ! 燃えるッ、助けてくれぇ!」
「目がっ! 目がっ!」
鎧も身に纏っていない獣人軍は、その射撃で大きな被害を受ける。炎に焼かれる者、肢体を捥がれる者、腹に氷弾を突き刺したまま前進を続ける者。
凄惨な戦場に歯噛みするレオン。
だが、止まるわけにはいかない。
前進、前進、また前進、肉弾届くところまで。それこそが、この戦術の肝なのだから。