第五話 総統閣下と会議
さて、一同皆々様着席しまして……。
「こほんっ、それでは総統閣下も到着されましたので、これより第304回帝国御前会議を開始します」
咳ばらいを一つ、ボクの隣に控えたアヤメさんがそう号令を発し、ついに会議が始まります。
……が、その前にテーブルに広げられたこの資料の束を読んでおきましょう。
唐突に何か質問をされて何も答えられなかったら――想像するだけで恐ろしい。無能扱いは御免です。
えっと、なになに……こっちの資料は最終戦争における我が軍の戦果。
今までの戦いについての詳細が書いてありますね……うん、ボクの知っているとおりの戦況です。
どこで、どんな海戦があったのか、そこでどれだけの船が沈んだのか。何もかも、あのゲーム内の最終戦争と一致しています。
やっぱり、この国はボクの知っているゲームの中の大和帝国ではあるようです。
ひとまず安心、ある程度ゲーム内の知識が役に立ちそうです。
そして、こっちの資料は異世界転移についてですか。
諸外国との通信途絶、天体の位置の異常な変化。これにより我が国は異なる惑星上に転移したのではないかと推測される、ですか。
各国との通信状況についての表や、星空が一夜にしてどれほど変化したのか、図入りで詳しく説明されていますが……うん、まあ、分かったふりをしておきましょう。
っと、一通り資料を読み終えて顔を上げてみると……みんな揃ってボクの方を見ています。
これ、ボクが音頭を取って会議を進めないといけないみたいですね。
んー、どうしましょうか? ボクの中身がエリュテイア本人ではないことがばれないようにするには、黙ってオロオロしているわけにはいかないですし。
まず、現状の把握からですかね?
我が大和帝国は大洋に浮かぶ島国、絶海の孤島で周囲の国家と連絡もできず孤立している状況です。この状況をどうにか打開しないといけません。
この問題を解決できるのは……。
「海軍」
「はっ、ここに」
誉れ高き無敵の帝国海軍以外に存在しないでしょう。ボクの呼びかけに、紺の海軍軍服を身に纏った気難しそうな角刈りおっさんが答えます。
「即座に我が国周辺の調査を行いたいと思います。稼働艦艇はどれくらいありますか?」
「今すぐに動ける艦艇となりますと、戦艦4隻、装甲巡洋艦6隻、防護巡洋艦8隻、駆逐艦24隻です。そのほかには雑務艦や潜水艦が20隻ほど」
「……少ないですね」
記憶が正しければ寝落ちする寸前まで戦艦だけでも12隻は残っていたはずですが。
「なにぶん、激しい戦争でしたから。沈没を免れた艦も修理が必要なものが多く……」
ふむ、そうですか。確かに、残存艦艇のほとんどが大きく損傷していましたね。
損傷して即座には動けない。それならば、仕方ないです。修理が終わるのを待たないといけないでしょう。
と、なると偵察に使えそうな艦は、無傷の防護巡洋艦の8隻くらいでしょうか?
戦艦や装甲巡洋艦はあくまで艦隊決戦のための主力艦、偵察には向きませんし、万が一何かあった時の本土防衛の要としてあまり遠くには送りたくはない。
この世界の情勢が分からない今、主力艦まで偵察に送り込んで本土をがら空きにするのはあまりにハイリスクです。
駆逐艦は、外洋航行能力も航続距離が足りずこういった調査任務には不向き。
「主力艦と駆逐艦は急ぎ艦隊を再編、本土防衛を行うように。残った防護巡洋艦を用いて周辺海域を急ぎ調査してください。……何か問題は?」
「修理が終わった艦艇はいかがしましょうか? 新造艦もいくつか就役予定ですが……」
「あなたに一任します」
「はっ、了解いたしました。閣下のご命令のままに」
よし、これで現状の調査の問題は解決。てか、たぶんこれ以外に打てる手段はないと思います。
だって、この国、偵察衛星どころかまだ飛行機も開発されていない有様ですし。
地球でいえば第一世界大戦前後くらいの技術力ですかね? これでもラスバタ内ではトップクラスの技術力だったんですよ。
それで、次は……。
「総理、我が国の国内情勢はどうなっていますか? そろそろ食糧が不足してくると思いますが……」
現実時間にて一週間、ゲーム内時間にしてみれば約二年。最終戦争はそれだけの時間続いていました。
そして、我が大和帝国は大洋の島国。それほど食糧事情が良いわけではありません。
人口は1億2000万人、本土である大和島の面積は40万平方キロメートルと日本と同じ程度。
戦争に備え、準備は進めていましたが、それとて不十分でしょう。
なにしろ、あの最終戦争は現実時間で一週間後にはサービス終了することを前提にした戦争だったんですから。その後の事は何も考えていません。
「食糧に関しては……あと一年は持つかと」
「つまり、一年以内に食糧を外部から確保できなければ……」
「餓死者が出るでしょうな」
……予想よりかはマシな答え、場合によってはすでに食糧危機が発生してもおかしくなかったんですから。
しかし、国内の食糧問題に関しては即座にできることは限られています。
何しろ、我が国はつい昨夜までラスバタ最後の世界大戦、最終戦争の真っ最中だったんですよ。
国内は戦時体制でしょうし、食糧は配給制でしょう。畑にできる場所はすべて畑になっているはずです。
食糧の消費を何とか抑えなくては……。
「陸軍」
「何か御用でしょうか、総統閣下」
答えたのはカーキ色の陸軍軍服を身に纏ったハゲ眼鏡おっさん。このおっさんだけはボクの太ももを見つめていませんでしたね。
しかし、代わりに胸を凝視してくるのはどういうことなのでしょうか?
まさか、貧乳好き? ……気にしないでおきましょう。
「現在の総兵力は?」
「約150個師団、兵数に換算すれば200万。いずれも本土防衛のために待機しております」
……まあ、そうですよね、知ってます。
最終戦争のためにバリバリ徴兵して大軍を編成していたんですよ。けど、現状この兵力は重荷でしかないですね。
食糧難が発生するか否かという時に、200万の大軍なんて抱えて居られませんよ。
兵隊やめて米でも作ってください。
「大規模な動員解除を行いたいと思います。本土防衛に必要な最低兵力は?」
「20万あれば……」
渋い顔をするハゲ眼鏡。
まあ、軍縮をすれば陸軍のポストが減ってしまいますから、嫌がりますよね。けど、やらねばならぬことなんです。
「そうですか、では可能な限り早く動員を解除してください。あと第一海兵師団は即応体制を取っておいてください」
「……はっ、閣下の仰せのままに」
第一海兵師団、要するに海兵隊ですね。
この部隊は即座に敵地に上陸するために用いる部隊で……海軍の調査次第ではこの部隊を即座に送ることになるでしょう。
さてさて、そのほかの問題ですが……ん? よくわからないデブが挙手してますね。
「どうかしましたか? えっと……」
「農商省の石沢です」
農商省……あの、産業とかその辺を管轄するやつですね。分かります。
「その、大変申しにくいのですが我が国の経済の方がですね……」
言い淀むデブ。名前は、石破でしたっけ? うん、すぐには覚えられませんよ。てか、ゲーム内に内閣とかその辺の設定とか無かったですし。
あと、経済については言わなくても分かります。
だって、我が帝国は典型的な工業国、武器輸出国ですし。「カオスサーバーほぼ唯一の科学文明国」の名は伊達じゃないんですよ。
材料を輸入する元がなければ製品は作れず、製品を作っても売る先がなければ金にならず。
本当に異世界に転移したのかどうかは別として、周辺国から完全に孤立した現状では、経済が死にかけるのは道理。
しかし、これも即座には対応不可。
「……情報統制で何とか誤魔化してください。混乱を防ぐため国民にも問題が解決するまでは、異世界転移の事は伝えないように」
当分の間は、情報統制で耐え忍ぶしかないでしょう。
幸運なことに我が国はあくまで独裁国、悪の枢軸です。
マスコミは国家権力でねじふせるもの、国家にとって不都合な真実はどんな手段を使ってでも隠し通すんですよ。
……しかし、隠しておける時間に限界があることは確かです。情報というモノは案外あっけなく漏れ出るものですからね。
やはり何をするにしても、海軍の調査が第一です。
本当に異世界に転移したのか、そして、もしそうだったらこの世界がどんな世界なのか。それを知らないことには問題の解決はできません。
だから、期待してますよ。ボクの自慢の帝国海軍。
さて、ひとまず会議はこんなところですかね? みんなボクに違和感を抱いてはいないようです。
何とかうまく隠し切れた気がします。
よし、ひとまずセーフ。ボクって案外独裁者の才能があったりして?
ちょっとした解説 『唯一の科学文明』
大和帝国は「カオスサーバーにおけるほぼ唯一の科学文明国家」となっています。
なぜこのような現象が発生したのかと言うと、サービス開始初期のゲームバランスが極めて劣悪だったからですね。
比較的初期から強力な魔法兵などが使え、さらに魔法により最初から産業技術も高めの序盤特化型の魔法文明。
初期は槍などの貧弱な武器しか持たず産業技術も低め、しかし、ゲーム後半産業革命を終えてから覚醒する終盤特化型の科学文明。
最初はこの二つの文明しかなく、さらに、序盤の魔法文明が科学文明に比べあまりに強かったので、ゲームの初期段階の時点で世界中から科学文明は駆逐されてしまったわけです。
その後、アップデートなどでゲームバランスは改善されたものの、カオスサーバー内ではすでに勢力図が確定しており、新規に科学文明国が入ってくる余地はなく、絶海の孤島で争いに巻き込まれることなく生き残っていた『大和帝国』など少数が科学文明国として存続することになりました。