第四十九話 総統閣下と面談会
死ぬかと思いました。
舞踏会に出向いたら突然興奮した人の群れが、ボクに押し寄せてきて……その、押しつぶされるんじゃないかと。
アヤメさんが守ってくれなければどうなっていたことやら……。
ソファーにアヤメさんと並んで座って……軽くもたれ掛かります。
「よしよし、怖かったですね。エリュさん。ほらほら、もっと甘えていいんですよ?」
「……もう大丈夫です」
そして、ここは『百合の間』の近くの……休憩室的なところです。暖炉とかソファーとかが置いてあるくつろぎの空間です。
舞踏会の会場では危なくて話しにくいので、ここで各国首脳と一対一でお話し合いをしようと言うわけですね。
そう言うわけで……。
最初に話すことになったのは、ロンデリア王国のエリザベート女王。しわしわの上品そうなお婆ちゃんです。
噂によれば90歳以上の高齢。
あまりに長い間、女王として君臨していることから、アルバトロスの国民からは「不死身の女王陛下」とか「世界が滅んでも女王エリザベートは死なない」と言われているとのことです。
さて、その女王陛下ですが……。
「同じアルバトロスの民として、本当に申し訳ないわ」
と、頭を下げて謝ってくれています。
このお婆さん、あの騒乱に参加しなかったみたいですし、エリュテイアポイント高めです。
「本当に大変だったでしょう? 私も若い頃は、男どもに言い寄られて大変だったから気持ちはよくわかります」
「わ、若い頃ですか」
「ええ、あれは今から70年は昔の話です。あの頃の私は美しく王族と言うこともあって、それはそれは、引く手あまたでした」
いまのしわくちゃの私からは想像もできないでしょう? 昔を懐かしむように、エリザベート女王は続けます。
「けど……そうね、結婚を機にそんなことは無くなりました。エリュテイア総統も身を固めてはどうでしょうか? 良いロンデリア紳士を紹介しますが……」
「えっと、あの……ボクは……」
良いロンデリア紳士って……男の人ですよね?
ボクは、まだ結婚とかはしたくなくて……。特に男の人との結婚とか、考えるだけでオエッてなると言いますか。
「女王陛下、その点に関しては問題ありません。エリュさんは私と結婚するので」
「えっ?」
「あらまあ、それは……素敵ね」
えっと、アヤメさん。急に何を言っているんですか、ボクはあの……。
「まだ今の関係を続けたいですよ? その……」
「恋人関係ですか?」
「えっと、その……」
「あらあら、若いわねぇ」
うう……。
その恋人関係って口に出して言うと恥ずかしいっていうか。ちょっと、なんか違うような。ほら、女王陛下も笑って……。
「わかりますわ、そう言う若い頃のピュアな気持ち。私も70年前はそんな気持ちを抱いて今の旦那と結婚したの」
クスクスと笑う女王陛下。
「そうね、お二人が結婚するというのなら、養子と言うのはどうかしら? 女の子同士の結婚だと子供ができないでしょう?」
「……養子ですか?」
「子供はいいものです。ご結婚の際には、私の知り合いのロンデリア紳士の子供を養子として迎えるのは……」
えっと。
「ボクたちはまだ結婚もしてなくて……」
「ふふっ、そうね。ちょっと早かったかしら? 先が短い老婆のお節介、お気になさらないで」
あ、はい……。
それから、エリザベート女王とは今後の経済協力とか軍事協力とかちょこちょこ話し合って……。
あとは政府に丸投げします。
詳しい取り決めとかは頭の良い官僚に押し付けるのです。
話し合いが終わって……「有意義なお話ができて満足です。ありがとうございました」と部屋を後にする女王陛下。
「ちょっとお節介焼きでしたけどいい人でしたね、アヤメさん」
「……いい人、ですか? はぁ、エリュさんは能天気ですね。まっ、そういうところが可愛いんですけど」
……?
どうしたんですか、アヤメさん。……んっ、頭撫でてくれるんですか。
「エリュさんはそのまま純粋無垢なままでいてくださいね」
ん、よくわからないですけど……善処します?
っと、次は……。
「オーホッホッホ! わたしく、アルバトロスの美しき花、シャールですわ!」
なんか、騒がしいのが来ましたね。
フレート王国の王女様だとか。年齢は、二十代前半でしょうか? 今時アニメでも見ない古典的な貴族のお嬢様って感じの人ですね。
顔は結構かわいいですね。
一般人と比べれば圧倒的に美人ですし、アイドルとか女優さんとかそう言う美人ぞろいの中でも上位に食い込める、それくらい整っていると思います。
流石は王族と言ったところでしょうか?
けど、アヤメさんみたいなゲームのアバター由来のトンデモ美人と比べれば「ちゃんと人間しているなぁ……」って感じです。
それで……。
シャールさんでしたっけ? 部屋に入ると、ボクと向かい合うところに置いてあるソファーに向かって……いえ、向かいませんでした。
そのまま通過して、ボクの目の前までやってきました。
座らないんですか?
「どういうおつもりですか、シャール女王」
アヤメさんが、立ち合がりシャールさんの前に立ちふさがり……臨戦態勢に突入します。
「そうね、率直に申し上げますわ。そこの二人――わたくしの女になりなさい」
……はい? いきなり何を言っているですか、この人は?
「わたくし、美しいモノには目がないの。二人の美しさ、気に入りましたわ。そして、狙った獲物は逃さない」
「ほほう、それは、実力行使も辞さないと?」
「ええ、もちろん」
アヤメさんとシャールさん。二人がテーブルをはさんでにらみ合い、ピリピリとした戦場の空気が場を支配します。
ひゅんっ、とアヤメさんが腕を振ります。
周囲に展開される細いワイヤー、鋼線術です。
「さて、どう動かれますか? フレート王国女王シャール、私に勝てるとでも?」
「勝算無しに挑む女がいるとお思いでして? 秘策がありますの」
――秘策。
その言葉に警戒をあらわにするアヤメさん。この世界は、ファンタジー世界、どんな魔法が飛んでくるのか……。
「それはっ――こういうおつもりですわ!」
先手を取ったのはシャールさん。
素早く自分のドレスを掴みスカート部分をたくし上げます。
パンツが見えそうになる瞬間……「エリュさん、見てはいけません」と言う声と一緒に視界が真っ暗に。
この香りはアヤメさんの匂いですね。目隠ししてくれているんですか。
んー、ちょっと柔らかいのでボクの目の前にあるのはアヤメさんの胸ですね。抱きしめてくれているみたいです。
「ちょっ、この破廉恥女! どういうつもりですか。私のエリュさんになんてものを!」
「あら、この下着。この国で購入した物でしてよ? 紐パン、と言うのかしら?」
「それはわかります。なぜ、そのようなものを……」
「わかりませんこと? これが秘策ですわ。百万の言葉より、下着を見せた方が早い……わたしく、常々、そう思っていまして」
「はぁっ?」
なんだこいつ? みたいな声を出すアヤメさん。
目隠しされて、目視では確認できませんが……会話を聞けば何が起こっているかくらい理解でいます。
なんなんですか、この人?
「それで、どうかしら?」
「どうもこうも……お引き取り下さい。ねえ、エリュさん」
「ん、そうですね。ちょっと、そういうのは……」
「あれま?」
心底意外と言った声を出すシャールさん。……パンツ見せたくらいでボクが陥落するとでも思ったんですかね?
「これは、策の練り直しが必要ですわね……撤収しますわ!」
ズバッと撤収するシャールさん。本当になんなんですかね、この人。
この世界には変な人しかいなんですか?
……っと、気を取り直して次です、次。
「次はルシーヤ王国のディアナ女王だそうです……って、まだ来てませんね、呼びに行きましょうか」
「そうですね」
ディアナ女王……えっと、あのマッチョな女の人ですね。ちょっと怖いから、あんまり会いたくなかったり……。
……
…………
………………
総統官邸の裏庭。
季節は冬、澄んだ空に月が綺麗なロマンチックな夜。
そこに一組の男女が立っていた。
……事情を簡潔に説明すれば男の方が、舞踏会で女を見初めて壁ドンして連れ出したわけだ。
「貴様の筋肉気に入った。俺の妻となり、我が子を孕め」
「な、なに言ってんのさアンタ。……アタシ達、王族ってことをわかってんのかい?」
いきなりこれである。
とんでもない発言だが、男は特に気に掛ける様子はない。それどことか、憮然とした表情で「わかっているつもりだ」と答える。
「それに、アタシャそんなにきれいじゃないし……ほら、大和のエリュテイア総統なんかと比べたらさ」
「そうだな、美しさでは我らが女神に敵う者はいない。……だがな、妻とするかどうかは別だ」
とある筋肉王国における“女”の価値基準は『筋肉』。
もちろん、美しい女性は好まれるし、極端に美しければ『戦女神』と呼ばれることもあるだろう。
だが、しかし。
子を産む女――妻としての価値は『強い兵士』を産むことができるか否か、この一点に全てがかかっている。
これは遺伝学的な問題である。マッチョでないなら、バルカでは生き残れない。だから、マッチョを好むものが生き残った。
そして、マッチョフェチの集団ができてしまった。
つまり、この男――バアル・バルカは、ルシーヤ王国王女のディアナを見て猛烈な『女』を感じ取ったのだ。
この告白が上手くいくかはもう少し後の話。
ただ……。
「とんでもないもの見ちゃいましたね、アヤメさん。ほら、ラブラブですよ、キスとか……」
「ちょっ、見ちゃいけませんよ、エリュさん」
次の面談者を探しに歩き回っていた、総統閣下とメイドさんがその場面を見てしまったのはここだけの話。
「酷いものを見てしまいましたね。ちょっとボクはああいうのは無理……」
「……そうですね、口直しにダンスでもどうですか? 私がエスコートしてあげますけど?」
「ん、お願いします」
そうして、恋するマッチョたちをその場に残し、二人は舞踏会に向かうのだった。